217食目 オフォール・ブルースカイ
◆◆◆
学校のグラウンドにて、俺は澄み渡る大空を見つめていた。
青い空を流れる雲が気持ちよさげに瞳に映っている。
「いい風だな……」
俺の赤い髪の毛が風に吹かれなびいていた。
今日は体調もいい、これならば……あの青空にも届くかもしれない。
「いいぞ! オフォール!」
俺の背中に乗る白エルフの少女の掛け声を合図に、俺は力強く大地を蹴る。
徐々に速度を上げてゆき、遂に自己の持つ最高速度に達した。
「いくぞ! エルティナ!!」
そして俺は、両翼に渾身の力を込めて羽ばたいた。
ふわりと体が浮く感じがする。
「やったかっ!?」
エルティナのそのセリフはフラグであった。
俺は宙でピタリと止まり、慣性を無視するように垂直に落ちた。
「ぐえっ!?」
「ふきゅん!?」
俺の背中に乗っていた彼女が、コロコロと転がっていく。
これで何度目の失敗であろうか?
「くっ!? 失敗か! だが、たった二千七百十五回の失敗だ。
まだ慌てる時間じゃない」
エルティナは悔しそうに失敗の数を言った。
彼女は俺の失敗の回数を正確に覚えていたのだ。
俺は顔を両翼で覆って泣いた。
俺の名はオフォール・ブルースカイ。
鷲の鳥人だ。
俺には……ある悩みがあった。
鷲の鳥人にもかかわらず、空を飛ぶことができないのだ。
その理由がまったくわからない。
別に体のどこかが悪いわけではない。
風の精霊に嫌われているわけでもない。
飛び方だって練習した。
フォームだって問題ないって父さんに言われた。
……でも、俺は飛べなかった。
何がいけないのか、まったくわからない。
俺と同年代の仲間達はもう自由に空を飛びまわっている。
飛べないのは俺だけだった。
空を飛びたい! その思いは今だって持っている。
でも、こうも失敗続きだと人は諦めることを選ぶ場合もある。
かつての俺がそうだった。
この王立ラングステン学校に入学するまでに飛べなかったら、
もう飛ぶことを諦めようと……必死になって練習した。
ありとあらゆる手を尽くした。
だけど、その強い想いも空しく俺は飛ぶことが叶わなかった。
女神様に願懸けだってしたのにダメだった。
目の前が真っ暗になったよ。
あぁ……泣いたさ。
何故、俺は飛べないんだって。
父さんや母さんに八つ当たりもした。
そして、俺は飛ぶことを遂に諦めてしまった。
夢を捨てちまったんだ。
それ以来、俺は空を見なくなった。
もう風の声も聞こえない。
ずっと地面を見て生きていた。
そんなある日、一人の少女が無茶な注文を言ってきたんだ。
「おいぃ……オフォール。
俺を乗せて空を飛んでくれ」
「はぁ? なんでだよ。
ララァに頼めばいいじゃないか」
彼女が言うには、背中に乗ってゆっくり空の散歩がしたいのだそうだ。
ララァは背中に翼が付いているので背中には乗れず、
持ち上げられて飛んだところ、
非常に怖い思いをした上に空から落ちてしまったらしい。
「『ファイアーボール』で浮き上がらなければ即死だった」
とエルティナは言ったが、その落下地点に偶然シーマがいたそうだ。
無残にも、彼女は黒焦げになって倒れていたのだが、
突如何事もなかったかのように立ち上がり言ったそうだ。
元上級貴族でなければ死んでいた……と。
俺にはシーマの言っていることがよくわからなかったが、
彼女でなければ死者が出ていた大参事である。
俺は「ふきゅん、ふきゅん」鳴いて纏わりついてくる彼女に根負けし、
できもしない約束を交わしてしまった。
これが、現在に至る失敗回数の理由である。
「解せぬ……俺達のタイミングは完ぺきだったはずだ。
これは、神々が介入している可能性が……!?」
「んなわけないだろ? 原因がわかれば苦労はしないさ、エル」
俺達はいつの間にか、互いを呼び捨てにできる仲になっていた。
時間さえあれば、彼女は俺の飛ぶ練習に付き合ってくれる。
彼女には諦めるという言葉がないように思えた。
エルティナのお陰で失敗した際の擦り傷は、あっという間に癒される。
何故なら、彼女は一流のヒーラーであり、この国の聖女なのだから。
「お~ニワトリ。
そろそろ飛べるようになったか?」
「俺はニワトリじゃねぇ! 鷲だよ!!」
兎の獣人マフティが俺をからかいに来た。
まったく、暇なヤツだと心の中で悪態を吐く。
彼の肩に乗っているホビーゴーレムのテスタロッサは素直で可愛い子なのに。
「ほれっ、飲み物だ」
俺は投げられた飲み物を受け取り、一気に飲み干した。
そう、この気遣いがなければ「帰れ」と口に出していたことだろう。
こいつもなんだかんだ言って、俺を応援してくれている者の一人だ。
……口は悪いがな。
「よし、もう一回だ!」
「いいぞぉ……その意気だぁ」
背中にエルティナを乗せて、俺は助走をつけて再び羽ばたいた。
が……結果は先ほどと同じ結果になった。
失敗の理由がわからない以上、どうにもならないとは思うのだが、
エルティナは「失敗の数だけ成功は輝く」と言ってはばからないので、
無駄だとわかっていても俺達は挑戦し続けた。
「どうでもいいけどよぉ……足早過ぎだろ。
おまえ、そのうちニワトリじゃなくてダチョウって呼ばれるぞ?」
「うっせぇ、放っとけ!」
マフティの言うとおり、俺の走る速度、踏み込みは異常に鍛え上がっていた。
ライオットと競争しても負けたことは一度もない。
これは練習の副産物だが、地味に嬉しい成果でもある。
俺達の努力が無駄ではない証だ。
「エル、もう一度だ!」
「よっしゃ! 治療は終わった。いつでも行けるぞぉ!」
俺達は何度でも挑戦し続ける。
いつかあの大空を羽ばたくために。
いつの日か、あの青空の中で笑っていられるように……。
「ふきゅ~~~~ん!?」
がしゃんっ! がたがたっ! どさどさ!
「あー!? 食いしん坊が納屋に突っ込んだぞ!?
オフォール手伝えっ!」
「うおっ!? エル、しっかりしろー!!」
……その道のりは、果てしなく険しかった。
◆オフォール・ブルースカイ◆
鷲の獣人の男性。
顔は鷲寄りというか鷲。
腕は翼になっており、足も鳥のように鍵爪である。
もう、二足歩行の人型の鳥と言った方がいい姿である。
彼はクラスメイトから『ニワトリ』と呼ばれているが、
その原因は彼が空を飛べないからである。
また、オフォールの髪が赤いせいで余計にそう見えてしまう。
一人称は「俺」
エルティナは「エルティナ」