215食目 エドワード・ラ・ラングステン
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僕の名はエドワード・ラ・ラングステン。
ラングステン王国第十五代目の国王になる予定の人間だ。
王になることが当然であり、義務だと思っている。
国民の生活と安全を守る。
これは将来、一番に考えなくてはならないことだと、
お爺様に事あるごとに言われた。
それはお爺様の、この国に対する姿勢を見れば理解できた。
自分のことを後回しにし、国民を救うべく自ら前に出る人。
それが僕の祖父、ウォルガング・ラ・ラングステン。
僕の自慢のお爺様だ。
残念ながら僕の父、リチャード・ラ・ラングステンは僕が生まれた後、
病でこの世を去ったと聞き及んでいる。
僕は父の顔を肖像画でしか知らない。
写真が一枚も残っていないからだ。
母上も僕を産んで間もなく亡くなったそうだ。
二人は僕をこの世に残して、遠くの世界に旅立ってしまった。
僕は王宮という特殊な環境にいたせいか、
父や母がいなくてさみしい、という気持ちが湧いてこなかった。
いつも傍にいてくれるお爺様が居てくれたからだと思う。
それに、僕には覚えることが山のようにあったから、
余裕がなかったというのもあるのだろう。
いくつからだったかは覚えていないが、
物心ついた時には既に専属の教師が就いていた。
毎日毎日、勉強が続いたけれども辛くはなかった。
自分の知らないことを覚えるのが楽しかったからだ。
刺激はなかったけれども、穏やかな日々が続いていた。
あの戦争が始まるまでは。
『魔族戦争』が起こってから僕の環境は変化した。
知っている人がどんどんいなくなっていく。
それがどういう意味なのかは、暫くして理解した。
理解すると恐ろしくなるものだ。
今まで感じなかった不安が、僕に纏わりつくようになった。
その不安を打ち払おうと、僕は勉強に精を出すも効果は今ひとつ。
やがて、僕の勉強を見てくれていた教師も戦場へと旅立っていった。
「必ず帰ってきます」と言い残して……。
不安は積もるばかりだった。
いつも傍にいてくれた人がいなくなる恐怖。
頭から毛布を被っても払われることはない。
かえって、その暗闇が恐怖を大きくするようで、なかなか眠れなくなった。
僕が心身共に疲れ始めていた頃、一人の少女に出会った。
お爺様に抱かれ、あの恐怖の頬擦りをされて白目になっていたエルティナだ。
それは、ちょっとした好奇心だった。
柱の陰に隠れて様子を窺っていたのだけど、
あまりに幸せそうなお爺様を見て、
僕も彼女に頬擦りをしてみたくなったのだ。
僕は勇気を出して彼女にアタックした。
エルティナは「ふきゅん、ふきゅん」と鳴いていたがお構いなしに続ける。
その最中に気付いた。
僕の不安が和らいでいたんだ。
それはきっと、彼女の温もりがそうさせてくれたのだろう。
彼女がラングステン王国に来てから状況は徐々に変わった。
無事に勇者タカアキが召喚され、激闘の末に魔王を討ち果たし、
悲惨な戦争を終わらせた。
その陰には、エルティナのがんばりがあった。
彼女の形振り構わない姿にフィリミシアの人々は奮起し、
共に負傷者達の治療を手伝ったと聞く。
それが戦争終結に繋がったのは間違いないだろう。
それからも、彼女は精力的に聖女として活躍していった。
実際は「俺は超一級のヒーラー」と公言していたが。
彼女は不思議な少女だ。
学校に入学してから、それが一層浮き彫りになった。
白エルフにもかかわらず、魔法の素質が壊滅状態とか。
魔法が爆発する。
確かに不思議な能力だ。
だけど、重要なのはその能力じゃない。
彼女自身が持つ不思議な求心力だ。
エルティナと学校で生活するようになって暫く経った頃。
彼女は一度、学校に来なかった日があった。
当時、流行り風邪が大流行していており、
大勢の患者の治療に当たっていたため、休まざるをえなかったそうだ。
その日は、クラスの雰囲気が妙におかしかった。
普段は纏まっているクラスの皆が、どうもぎこちなく感じたのだ。
「ん~なんか調子が狂うぜ」
ライオットが言ったその言葉は、皆の気持ちを代弁したものでもあった。
気付いている者、気付いてない者、さまざまであったが、
ただひとつ……はっきりしていることがあった。
エルティナがいないクラスには活気がない。
そう、彼女がいないと、このクラスは静かになってしまうのだ。
それは、まるで太陽が突然なくなってしまった感じ……
と言えばいいのだろうか?
この一件があって、僕は彼女の本当の能力を理解したのだ。
でもエルティナは、それを理解しているとは思えない。
何故なら、彼女は自然にその能力を発揮しているに過ぎないからだ。
そう、彼女の『愛』は全ての者に平等に分け与えられる。
それがいつの間にかクラスに浸透して、
皆を一つに纏めていたんだ。
僕らはその優しさに甘えていた。
だから、急に彼女がいなくなると、
クラスの心がバラバラになってしまったんだ。
では、彼女は誰に甘えればいいのか?
彼女には義理の両親がいて甘えているそうだが……
果たして本当に甘えることができているのだろうか?
本人はできていると思っていても、どこかで遠慮しているかもしれない。
であるなら僕に……。
僕は狡い男だ。
こんなことを考えてしまう。
どうしても、彼女の一番になりたいと思う自分がいるのだ。
「……ふぅ」
いけないと思っていても、彼女を一番に考えてしまう。
それはきっと、彼女の優しさに触れてしまったからだ。
僕が一番に考えなければいけないのは国民だというのに。
「……はぁ」
彼女の笑顔を間近で感じたい。
いつも共にいてほしい。
エルティナが傍にいてくれるなら、
どんな困難でも乗り越えられる気がするから。
「……ふふっ」
そう、彼女の笑顔は僕に元気を、更には希望までもを与えてくれる。
太陽のような眩いばかりの笑顔。
最初は膨れ顔しか見せてくれなかったけど、最近は笑顔の方が多い。
僕はそれが堪らなく嬉しい。
「……えへへ」
「エドワード様、勉強中にため息を吐きまくっていたと思いきや、
今度はだらしのない顔をして……いかがいたしたのですか?」
僕は急に声をかけられて、驚いてしまった。
危うく変な声を出すところだったが、ぎりぎりで耐えることに成功する。
僕は完全に油断をしていたのだ。
「レイドリック、びっくりさせないでくれ。
危うく変な声を出すところだったよ」
僕の専属教師レイドリックが苦笑いをして注意してきた。
彼は約束どおり……僕の下へと帰ってきたのだ。
全てはエルティナのお陰だ。
「また、エルティナ様のことを想っていらしたのでしょう?
エドワード様がため息を吐く理由は、彼女のことしかありませんから。
ですが、勉強の時くらいはお忘れになられてください」
「無理だよ……それほどに、エルの存在は大きいんだ」
「エルティナ様も罪作りなことで」
レイドリックがずれた丸い眼鏡の位置を直して、ため息を吐いた。
・・・・が、彼は自分がため息を吐いたことに気付き、
額を押さえて天を仰いだ。
「レイドリックもエルのことで、ため息を吐いたじゃないか」
「えぇ……不覚でありました」
レイドリックにとってエルティナは命の大恩人である。
『魔族戦争』において、彼女が最後に治療した重傷者が彼であり、
彼女達の戦争に終わりを告げた張本人でもある。
「どうも、我々は彼女に弱いようですね」
「はは、違いないね」
激動の夏が過ぎ、穏やかな秋がやってきた。
願わくば……彼女にとって、この秋が平穏でありますことを。
僕はそう祈り、再び机に向かったのだった。
◆エドワード・ラ・ラングステン◆
人間の男性。ラングステン王国王子。
金髪碧眼で器量良し。白い肌。外見は男の子というより女の子に近い。
腰まで届く長い髪を、三つ編みにして纏めている。
身長は低い。
一人称は「僕」
エルティナは「エル」