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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第四章 穏やかなる日々
215/800

215食目 エドワード・ラ・ラングステン

 ◆◆◆


 僕の名はエドワード・ラ・ラングステン。

 ラングステン王国第十五代目の国王になる予定の人間だ。

 王になることが当然であり、義務だと思っている。


 国民の生活と安全を守る。

 これは将来、一番に考えなくてはならないことだと、

 お爺様に事あるごとに言われた。


 それはお爺様の、この国に対する姿勢を見れば理解できた。

 自分のことを後回しにし、国民を救うべく自ら前に出る人。

 それが僕の祖父、ウォルガング・ラ・ラングステン。

 僕の自慢のお爺様だ。


 残念ながら僕の父、リチャード・ラ・ラングステンは僕が生まれた後、

 病でこの世を去ったと聞き及んでいる。

 僕は父の顔を肖像画でしか知らない。

 写真が一枚も残っていないからだ。


 母上も僕を産んで間もなく亡くなったそうだ。

 二人は僕をこの世に残して、遠くの世界に旅立ってしまった。


 僕は王宮という特殊な環境にいたせいか、

 父や母がいなくてさみしい、という気持ちが湧いてこなかった。

 いつも傍にいてくれるお爺様が居てくれたからだと思う。


 それに、僕には覚えることが山のようにあったから、

 余裕がなかったというのもあるのだろう。

 いくつからだったかは覚えていないが、

 物心ついた時には既に専属の教師が就いていた。


 毎日毎日、勉強が続いたけれども辛くはなかった。

 自分の知らないことを覚えるのが楽しかったからだ。


 刺激はなかったけれども、穏やかな日々が続いていた。

 あの戦争が始まるまでは。


『魔族戦争』が起こってから僕の環境は変化した。

 知っている人がどんどんいなくなっていく。

 それがどういう意味なのかは、暫くして理解した。


 理解すると恐ろしくなるものだ。

 今まで感じなかった不安が、僕に纏わりつくようになった。

 その不安を打ち払おうと、僕は勉強に精を出すも効果は今ひとつ。


 やがて、僕の勉強を見てくれていた教師も戦場へと旅立っていった。

「必ず帰ってきます」と言い残して……。


 不安は積もるばかりだった。

 いつも傍にいてくれた人がいなくなる恐怖。

 頭から毛布を被っても払われることはない。

 かえって、その暗闇が恐怖を大きくするようで、なかなか眠れなくなった。


 僕が心身共に疲れ始めていた頃、一人の少女に出会った。

 お爺様に抱かれ、あの恐怖の頬擦りをされて白目になっていたエルティナだ。


 それは、ちょっとした好奇心だった。

 柱の陰に隠れて様子を窺っていたのだけど、

 あまりに幸せそうなお爺様を見て、

 僕も彼女に頬擦りをしてみたくなったのだ。


 僕は勇気を出して彼女にアタックした。

 エルティナは「ふきゅん、ふきゅん」と鳴いていたがお構いなしに続ける。


 その最中に気付いた。

 僕の不安が和らいでいたんだ。

 それはきっと、彼女の温もりがそうさせてくれたのだろう。


 彼女がラングステン王国に来てから状況は徐々に変わった。

 無事に勇者タカアキが召喚され、激闘の末に魔王を討ち果たし、

 悲惨な戦争を終わらせた。


 その陰には、エルティナのがんばりがあった。

 彼女の形振り構わない姿にフィリミシアの人々は奮起し、

 共に負傷者達の治療を手伝ったと聞く。

 それが戦争終結に繋がったのは間違いないだろう。


 それからも、彼女は精力的に聖女として活躍していった。

 実際は「俺は超一級のヒーラー」と公言していたが。


 彼女は不思議な少女だ。

 学校に入学してから、それが一層浮き彫りになった。


 白エルフにもかかわらず、魔法の素質が壊滅状態とか。

 魔法が爆発する。

 確かに不思議な能力だ。


 だけど、重要なのはその能力じゃない。

 彼女自身が持つ不思議な求心力だ。


 エルティナと学校で生活するようになって暫く経った頃。

 彼女は一度、学校に来なかった日があった。

 当時、流行り風邪が大流行していており、

 大勢の患者の治療に当たっていたため、休まざるをえなかったそうだ。


 その日は、クラスの雰囲気が妙におかしかった。

 普段は纏まっているクラスの皆が、どうもぎこちなく感じたのだ。


「ん~なんか調子が狂うぜ」


 ライオットが言ったその言葉は、皆の気持ちを代弁したものでもあった。

 気付いている者、気付いてない者、さまざまであったが、

 ただひとつ……はっきりしていることがあった。


 エルティナがいないクラスには活気がない。


 そう、彼女がいないと、このクラスは静かになってしまうのだ。

 それは、まるで太陽が突然なくなってしまった感じ……

 と言えばいいのだろうか?

 この一件があって、僕は彼女の本当の能力を理解したのだ。


 でもエルティナは、それを理解しているとは思えない。

 何故なら、彼女は自然にその能力を発揮しているに過ぎないからだ。

 そう、彼女の『愛』は全ての者に平等に分け与えられる。


 それがいつの間にかクラスに浸透して、

 皆を一つに纏めていたんだ。


 僕らはその優しさに甘えていた。

 だから、急に彼女がいなくなると、

 クラスの心がバラバラになってしまったんだ。


 では、彼女は誰に甘えればいいのか?

 彼女には義理の両親がいて甘えているそうだが……

 果たして本当に甘えることができているのだろうか?


 本人はできていると思っていても、どこかで遠慮しているかもしれない。

 であるなら僕に……。


 僕は狡い男だ。

 こんなことを考えてしまう。

 どうしても、彼女の一番になりたいと思う自分がいるのだ。


「……ふぅ」


 いけないと思っていても、彼女を一番に考えてしまう。

 それはきっと、彼女の優しさに触れてしまったからだ。

 僕が一番に考えなければいけないのは国民だというのに。

 

「……はぁ」


 彼女の笑顔を間近で感じたい。

 いつも共にいてほしい。

 エルティナが傍にいてくれるなら、

 どんな困難でも乗り越えられる気がするから。


「……ふふっ」


 そう、彼女の笑顔は僕に元気を、更には希望までもを与えてくれる。

 太陽のような眩いばかりの笑顔。

 最初は膨れ顔しか見せてくれなかったけど、最近は笑顔の方が多い。

 僕はそれが堪らなく嬉しい。


「……えへへ」


「エドワード様、勉強中にため息を吐きまくっていたと思いきや、

 今度はだらしのない顔をして……いかがいたしたのですか?」


 僕は急に声をかけられて、驚いてしまった。

 危うく変な声を出すところだったが、ぎりぎりで耐えることに成功する。

 僕は完全に油断をしていたのだ。


「レイドリック、びっくりさせないでくれ。

 危うく変な声を出すところだったよ」


 僕の専属教師レイドリックが苦笑いをして注意してきた。

 彼は約束どおり……僕の下へと帰ってきたのだ。

 全てはエルティナのお陰だ。


「また、エルティナ様のことを想っていらしたのでしょう?

 エドワード様がため息を吐く理由は、彼女のことしかありませんから。

 ですが、勉強の時くらいはお忘れになられてください」


「無理だよ……それほどに、エルの存在は大きいんだ」


「エルティナ様も罪作りなことで」


 レイドリックがずれた丸い眼鏡の位置を直して、ため息を吐いた。

 ・・・・が、彼は自分がため息を吐いたことに気付き、

 額を押さえて天を仰いだ。


「レイドリックもエルのことで、ため息を吐いたじゃないか」


「えぇ……不覚でありました」


 レイドリックにとってエルティナは命の大恩人である。

『魔族戦争』において、彼女が最後に治療した重傷者が彼であり、

 彼女達の戦争に終わりを告げた張本人でもある。


「どうも、我々は彼女に弱いようですね」


「はは、違いないね」


 激動の夏が過ぎ、穏やかな秋がやってきた。

 願わくば……彼女にとって、この秋が平穏でありますことを。


 僕はそう祈り、再び机に向かったのだった。

 ◆エドワード・ラ・ラングステン◆


 人間の男性。ラングステン王国王子。

 金髪碧眼で器量良し。白い肌。外見は男の子というより女の子に近い。

 腰まで届く長い髪を、三つ編みにして纏めている。

 身長は低い。


 一人称は「僕」

 エルティナは「エル」

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