214食目 普段どおり
さて……目標が決まり、
各々に自分を高めるための日々を開始した俺達であったが、
結局のところ普段どおりの生活を送っていた。
それは桃師匠の言葉によるものである。
「おまえ達はまだ身体ができ上がっておらぬ。
今は逸る気持ちを抑え、普段通りの訓練を行うのだ」
その言葉は、クラスの皆の逸る気持ちを抑えるのに成功した。
特にライオットなどは、無茶苦茶な訓練をしようとしていたに違いない。
桃師匠はそれを見抜いていたのだろう。
だが……桃師匠に直接指導を受けていた俺に、それは当てはまらなかった。
「このバカ弟子がぁぁぁぁっ! きりきり走らんかぁっ!!」
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ちぬ~!!」(白目)
絶賛、無茶苦茶な訓練中である。
おごごご……身体ができ上がっておらぬ、とはいったい?
「わんわん!」
相変わらずとんぺーや、ぶちまるが付いてきて朝のランニングは賑やかだ。
最近はムセルも付いてきている。護衛をしてくれているのだろう。
「チュ、チュ、チュ、ちゅん!」
もっちゅトリオや、うずめも空を飛びまわっている。
「め~」
またしても羊のリリーちゃんが牧場を抜け出して、
俺のランニングに加わっていた。
たまに牛のジュリアンちゃんも混ざってくる。
「ぶはぁっ! よ……ようやく着いた」
「ふん……今日のタイムはまぁまぁだな」
季節は秋に差しかかろうとしている。
冷たい風が俺の火照った体の熱を持ち去っていった。
「エルティナ、汗を流してくるのだ。
おまえに風邪をひいている暇はないぞ」
「わかったんだぜ、桃師匠」
そう告げて桃師匠はリリーちゃんを連れて去っていった。
最近は桃師匠がリリーちゃんをライゼンさんの下へ送っている。
リリーちゃんも桃師匠に懐いているので満更ではないようだ。
脱衣所で桃先生を補給し浴場に行くと、湯船に何やら白い物が漂っていた。
「あはは! おっおはやぉ! エルッ! あははは!」
アルアだった。
一瞬、白過ぎてクラゲかと思ったぞ。
「おはようアルア。
長湯してるとのぼせるぞ?」
アルアは笑いながら湯船に浮かんでいた。
あれ以来、彼女に変化はない。
きっと安定している証拠なのだろう。
俺は体の汗をシャワーで洗い流し、温泉に向かった。
つま先からゆっくりと湯に浸かっていく。
「う~、沁みるねぇ……」
まるで年寄りのような発言であるが、思わず出てしまうのだ。
あの地獄のようなランニングの後は。
この温泉がなかったら、俺は即座に桃使いを引退していたであろう。
暫し温泉を堪能し、アルアと共に食堂に向かう。
そこはいつもどおり、美味しそうな匂いで溢れており、
いつもどおりの活気に満ち溢れていた。
「おはよう! エチルさん!」
「おはようございます! エルティナ様!
チゲちゃんも、きちんとお手伝いしてくれていますよ」
厨房の奥でチゲが手を振っていた。
ヒーラー協会において、彼が受け持った仕事は食堂での食器洗いであった。
力作業をさせようにも、
ゴーレムコアの出力が足りなくて重い物が持てなかったのだ。
俺を持った際は、かなり無理をしていたらしい。
後日、何故ゴーレムコアの出力が低いかプルルに調べてもらったところ……。
「驚いた、この子は『ホビーゴーレム』だよ。
こんなサイズのホビーゴーレムは初めて見るなぁ……
んふふ……もっと詳しく調べてみる必要があるねぇ。
……くうぃ~ひっひっひっひ!!」
眼鏡を光らせ、手をワキワキさせながら不気味に近寄ってくるプルルに、
戦慄を覚えた俺とチゲは戦略的撤退を実行に移した。
今の彼女は危険だと断言できる。
久しぶりに、あの奇妙な笑い声を聞いたからだ。
そんなわけでチゲがホビーゴーレムだと発覚し、
彼でもできる仕事を探していたところ、
食堂で人手不足だとの話を聞き、
それならばチゲに食器洗いをさせよう、ということになったのだ。
チゲはフレイムドールもどきなので、水に触れても全く平気だった。
本人も怖がる様子がないので大丈夫だろう。
そして、意外なことにチゲは綺麗好きだったのだ。
汚れて戻ってきた食器を丁寧に洗い、ピカピカになった食器を見て、
うっとりしている姿を目撃されているそうだ。
彼にとっての天職だったのだろう。
エチルさん達にも可愛がってもらえているようで俺も一安心だ。
「はい、ジェームス……桃師匠から頼まれた朝食ですよ」
「うおぉ……これまた随分と盛ったな」
今日の朝ご飯は肉そばだった。
超大盛で通常の三倍はあるだろう。
それ故か、赤いどんぶりに入れられていたのであった。
そばがのびてしまう速度も三倍だといけないので、
急いで食べなくては……(使命感)。
俺は重力属性日常魔法『ライトグラビティ』で肉そばを軽くし、
近くのテーブルに着いて食事を開始した。
おっと、その前に……。
俺はテーブルナプキンを身に着ける。
そばは、すすった際に飛び散るからな。
静かにすするという選択肢は俺にない。
あの豪快に音を立ててすすらないと、そばを食べている感じがしないし、
何より気持ち良くない。
やはりそばは、勢いをつけて食べるのが粋というものだろう。
勢いなだけに!(激うまギャグ)
「いっただっきま~す!」
手を合わせ、肉そばと作ってくれた人に感謝の気持ちを捧げる。
最近寒くなってきた影響で、ほかほかと湯気が立ち上っている。
さぁ、食べよう! 時間はあまりないぞっ!
俺は箸を手にし肉そばとの戦いを開始した!
『見せてもらおうか……きみの食べっぷりとやらを!』
「ちぃ! 赤いヤツ! のびるのが早い!!」
この量では無理もないが、やはり一部がのび始めている。
だが、俺は肉そばからの挑発を受けてしまった。
ここで開き直って、ゆっくりと食べるわけにはいかない!
「俺が一番……箸を上手く操れるんだ!」
俺は巧みに箸を操り、そばを『ぞぼぼぼ!』と豪快にすすり、
胃袋へと流し込んでいく。咀嚼するのは数回でいい。
風味を少し楽しむ程度に抑える。
やはり、そばは食べていて気持ちのいいものでないといけない。
『白い珍獣、更にやるようになった!』
肉そばから驚愕の声が聞こえるようになった。
既にそばは半分にまで減っている。
さぁ、ここからが勝負どころだ。
この量にはもう慣れた!
『人って、慣れていく生き物なのね……』
甘辛い味付けをされたブッチョラビのバラ肉から、そのような声がした。
肉を噛みしめると、じゅわ~と肉汁が口に広がり、
甘辛い味付けと相まって絶妙な味に変化していった。
これで俺の食欲が加速度的に上がってゆく!
俺は先ほどより速い速度でそばをすすっていった!
『ちぃぃぃぃっ!? 早い!』
どんぶりの端には相変わらず自分を前に出さない青ネギが、
恥じらいながらもちょこんと顔を覗かせていた。
何故、彼女がここにっ!?
「何故、青ネギを肉そばに巻き込んだ!
彼女は肉そばをするネギではなかった!!」
そう、俺は肉そばには『紅ショウガ』を添えるタイプなのだ。
『肉そばがなければ、彼女のアクセントとしての覚醒はなかった!』
「勝手なことをっ!」
俺は止めを刺すべく、残りのそばを一気にすすった!
ぞぼぼぼ! と気持ちのいい音を耳で、滑らかなそばの感触を喉で、
ほのかなそばの香りを鼻腔で堪能しする。
『ちぃ! 私ではヤツに勝てん! 青ネギよ……私を導いてくれ!』
「もう、勝負ついてるから」
そう、俺は肉そばを残らず食べきったのだ!
赤いどんぶりの台詞に対し、俺はドヤ顔を以って返した!
最早、以前の俺とは違うのだよ! 以前の俺とはっ!!
「ごちそうさまでしたっ! げふぅ」
俺は手を合わせ食材達と作ってくれた人、
そして熱いバトルを提供してくれた肉そばに感謝を捧げた。
「相変わらず、賑やかな食事ですね?」
ルレイ兄が空になった赤いどんぶりをトレーに載せる。
そのトレーには、同じく空になった小ぶりのどんぶりが載っていた。
ついでに下げてくれるのだろう。
「ありがとう、ルレイ兄。
肉そばに戦いを挑まれたら、受けて立つしかないんだぜ」
彼は「そうでしたか」と爽やかな笑みを返し、
トレーを下げ口へと持っていった。
その際、エチルさんとにこやかに会話を交わし、
職場へと向かったのであった。
「……くひひひ。恋ね」
「気配を殺して、後ろに立つのは勘弁なんだぜ」
いつの間にか、トレーにフレンチトーストを載せたディレ姉が立っていた。
彼女は忍者顔負けの気配の殺し方をマスターしているのだ。
恐るべし……ディレ姉!
「くひっ、最近……ルレイも痩せて容姿がよくなったから、
いろいろと噂されていたけど、まさかエチルが本命だったなんてね」
「ふきゅん……確かに。
初めて会った時は、小太りっだったもんな」
ルレイと出会ったのは『魔族戦争』真っ最中の時。
当時、彼は太っており現在のようなイケメンではなかった。
考えてみれば、戦争が終結しミランダさんが寿退社し、
新たにエチルさんが新料理長に就任してからだ。
……彼が痩せ始めたのは。
……まさか、エチルさんにアタックするために痩せた?
「くひひひ! いずれにしても、いじって遊ぶには申し分ないわね!」
「ふっきゅんきゅんきゅん! まったくだな!」
「あはは! あははは!」
俺とディレ姉は共に、最大級の暗黒微笑を浮かべる。
そして、口の周りに沢山のケチャップを付けたアルアも、
いつの間にか混じって笑っていた。
「激しい付きっぷりだな、おいぃ……?」
恐らくオムライスでも食べていたのだろうか?
俺はアルアの顔に付いたケチャップを拭ってやり、
共に食堂を後にするのであった。