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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第三章 聖女とミリタナス神聖国
210/800

210食目 カオス神の御子

 ◆◆◆


 薄暗い闇の中……青白い炎が灯る無数の燭台、

 その明かりに照らされる彼らの顔には若干の疲労が見て取れた。

 この場に集まった者達はいずれも苦楽を共にした同志だ。

 

「モーベン司祭、獄炎の迷宮での活動……ご苦労だったな」


「いえ、聖女を取り逃がし拠点を失いました」


 カオス教団の聖地に帰還した私は、

 ウィルザーム大司祭に事の顛末を報告していた。

 不測の事態に備えていたはずが、

 それ以上の事態に発展し聖女と協力することになるとは、

 夢にも思ってはいなかった。


「ふふ……貴公は欲が深い。

 これだけの成果を上げておきながら、まだ欲っするか?」


 ウィルザーム大司祭が無数の『神の欠片』を我らに見せる。

 これらはミリタナス神聖国の冒険者達に集めさせた物だ。


 冒険者達はこれが、わけのわからないガラクタと思い込んでいるようだが、

 とんでもない思い違いである。

 百八個ある『神の欠片』を集めた時……天界への門が開かれるのだ。

 そして、そこに我らが求める物がある。


「全てはカオス神様のため、できうることは全てしておきたいのです」


 円状のテーブルに集まった八人の司祭。

 その彼らが、私の言葉に頷いた。

 

 いずれも一騎当千の兵達だ。

 それぞれに得意の属性を持っている。


 私は炎属性の魔法を得意とすることから『獄炎のモーベン』と呼ばれており、

 他の司祭達もそれぞれに二つ名を持っていた。


「モーベン司祭、貴公が失態を犯すとは珍しいな?

 いったい何があった?」


『土石流のガッツァ』が重々しく言葉を述べた。

 大柄な体のドワーフで、彼とは二十年来の友人だ。

 彼は土属性を得意とする。

 慎重な性格と荒々しい攻撃の姿勢から付いた二つ名が『土石流』だ。


「……説明するには難しい。

 感覚的には異世界の神が干渉していたようなのだ」


 その場の雰囲気が凍り付いた。

 自分がおかしなことを言っているのは承知だ。

 だが……そうとしか言いようがないのだ。


 あの空間は……異常だった。


「けっ……てめぇばかり、面白いことが回って来やがるなぁ?

 俺にも回せよ……。

 なぁ、いい加減に俺とコンビ組もうぜ?」


『濁流のベルンゼ』がしかめっ面で私に提案してくる。

 彼は半魚人の男性だ。性格は短気で粗暴。

 だが、一度心許した者には一途な漢である。

 彼とも付き合いは長い。


 彼の得意属性はもちろん水属性だ。

 いかに強力な武力を持っていようが彼は搦め手を使い、

 自分の得意なフィールドに相手を誘い込み嬲り殺す。

 激しやすいがその実、戦いにおいては非常に冷静な男なのだ。


「ベルンゼ司祭……気持ちはわかるが、

 今のカオス教団には戦力を集中させている余裕はない。

 私達とて我慢しているのだ」


「然り」


『暴風のデミシュリス』と『雷怒のジュリアナ』が不満を漏らす。


 デミシュリスは魔族の男だ。

 非常に冷静沈着な男で、

 いかなる危機的な状況下でも取り乱したところを見たことがない。


 だが、一度戦場に立てばその圧倒的な能力を持って、

 情け容赦なく敵を切り裂くことから『暴風』の二つ名で恐れられている。

 二つ名でわかるとおり、彼の得意属性は風だ。


 そして、ジュリアナは人間の女。

 寡黙な女性で必要のない時は殆ど喋らない。

 彼女は言葉よりも行動で示すことを良しとしている部分がある。

 それ故に行動は迅速かつ大胆だ。


 そして、戦闘においては内に秘める激情を解き放つ。

 その戦いぶり、表情から『雷怒』の二つ名を持つ。


 実はこの二人は結婚しており、その間に子供が存在している。


「そうですよ。

 僕とて父上や母上との団欒を我慢してでも、

 カオス神様のために働いているのですから」


 夫デミシュリス、妻ジュリアナとの間に生まれた『閃光のバルドル』。

 彼こそ、現在の八司祭最強の男だ。

 母譲りの金色の髪が風に揺れ、

 父譲りの強い意志が宿る紫の瞳が憂いに染まる。


 弱冠八歳。

 だが、彼はカオス神様に愛されていた。

 あらゆる素質はSランク。

 容姿、性格、知性、全てにおいて文句のつけようがない。


 彼の得意属性は光属性。

 だが、強力なのは光属性だけではない。

 他の属性も他と比べ物にならないほど強力なのだ。

 その圧倒的な力の差と、

 彼が振り上げた手に宿る光属性の攻撃魔法を目撃した者達が、

 畏怖を込めて言った二つ名が『閃光』だ。


「けぇっ! 坊に言われちゃあ、何も言えねぇだろうがよっ!」


 ベルンゼはバルドルを実の弟のように可愛がっている。

 彼はその容姿故に幼い頃から迫害を受けていた。

 だが、バルドルはそんな彼を兄と慕い愛情を捧げてきた。


 両親に言われたわけではない。

 自分の考えで、正しいと思ったことしかしない子なのだ。

 それ故に、八司祭達はバルドルに無償の愛情を注ぐ。

 将来、カオス神様に最も近い者は彼だと確信しているのだ。


「くひひ……あんた……愛されてるわねぇ。

 でも、聖女ほどじゃないわ。あれは……異常よ」


 黒いローブに身を包んだ『深淵のジュレイデ』が

 水を差すようなことを言ってくるが……これはお約束のようなものである。


 事実、そう言った彼女はバルドルを一番可愛がっているのだ。

 下手をすれば両親よりも可愛がっている。

 バルドルも彼女を姉と慕っているから、事尚更であろう。


 彼女は謎が多い。

 常にローブを深く被り、誰も素顔を見たことがないのだ。

 わかっていることは彼女の得意属性が闇だということ。

 呪術の造詣が深いということ。

 そして、人形を作ることが得意だということだ。


「なんにせよ、モーベン司祭……貴公は暫し休養を取るのだ。

 貴公の衰弱振りは異様だ。

 異世界の神の干渉はあながち間違いではないだろう。

 離れていた場にて、貴公をサポートしていた私にも余波が来たほどだからな」


 カオス教団大司祭『先読みのウィルザーム』が私に休めと言ってきた。

 彼こそ、カオス教団のリーダーであり、我々が最も頼りにする男だ。

 その眼は常に未来が見えており、幾重にも張り巡らされた罠ですら、

 いともたやすく看破する。

 彼にかかれば戦場においての策略など無意味と化すのだ。


 そしてその行動は、全てカオス神様と信徒のために行われる。

『永遠の楽園』を取り戻すために。


「し……しかし! このような大事な時期に!?」


「だからだ……貴公を失うわけにはいかぬ。

 全てはカオス神様のため。

 正しき世界を取り戻すためだ……堪えてはくれまいか」


 大司祭に頭を下げられては断ることもできない。

 私は泣く泣く要請を受け入れることにした。


「このような大事な時期に……皆、すまない」


 私は司祭達に頭を下げた。

 これからだというのに……不甲斐ない自分に涙が出る。


「はっ! 情けねぇヤツだなぁ!

 てめーが寝腐っている間に全部片付けてやるよ! 

 その代り……美味い酒奢れよ?」


 ベルンゼが意地の悪い顔で私を見てきた。

 そうだ、私が苦しんでいる時は辛辣な言葉を投げかけつつも、

 彼が一番がんばってくれているのだ。


「あぁ! もちろんだとも……友よ!」


 私と彼は拳を合わせた。

 私が苦しい時は彼が、彼が苦しい時は私が……。

 長年、共に支え合ってきたのだ。


「うむ、バルドルよ……これが友情だ。

 そなたもいつの日か、無償の友情を分かち合う友人を見つけるのだ」


「はい! ウィルザーム様!」


 バルドルの頭を撫で、しわの深くなった顔で微笑む。

 そうだ、いつの日か……このような日の差さぬ場所ではなく、

 光り差す本物の大地で、このような光景を再び!

 そのためにはやはり、カオス神様の復活と邪神マイアスの打倒が必須。


 その時、闇から足音が聞こえた。

 コツコツ……と小さな足音がする。


 ガタッと八司祭達が姿勢を正した。

 徐々に感じ取れるようになる強力な力。

 これは……間違いない! あのお方の!!


「ふ……揃っているようだな? ウィルザーム」


「ははっ! 八司祭揃っております!!」


 闇から姿を現したのは、人間の姿をした小さな少年だった。

 だが、その姿は異常であった。


 黒い髪に眠たそうな眼、太い眉……そこまではいい。

 問題なのは、その体に刻まれたおびただしい傷の跡。

 十や二十ではない、数え切れないほどの傷が小さな体に刻まれていたのだ。


 それだけなら虐待を受けた子供だと、哀れんだだろう。

 しかし、この傷は虐待されて付いた傷ではなかったのだ。

 それを頷けるほど、このお方の力は異常であった。


 以前一度、このお方に付き従い、

 敵対していたマイアス教徒の部隊を殲滅しに赴いたのだが……

 私の目に飛び込んできたのは、圧倒的力による蹂躙であった。


 いや、あれは蹂躙ですらない。

 捕食……そう、捕食だ。


 強者が弱者を食らう。

 歯向かってくる者、逃げ惑う者、

 その全てを容赦なく、異形の力を以って血に染め食らっていったのだ。

 

 実際に食べていたわけではない。

 だが、私にはその行為が食事にしか見えなかった。


 邪神に唆された哀れな者達が『赤い光の粒』となって、

 このお方に吸収されていく光景が……。


「うむ、『神の欠片』も順調に集まっているようだな」


「はっ、現在六十三個集まっておりまする、御子様」


 ウィルザーム大司祭の報告に満足げに頷く御子様。

 そして、我ら八司祭に向けて改めて支持を下す。


「聞くがいい八司祭よ。

 神の欠片を集め、そして天界にあるカオス神の肉体を取り戻すのだ。

 さすれば失われし楽園は姿を取り戻し、汝らの苦労は報われる。

 カオス神に選ばれし『約束の子』である余が約束しよう」


 その声は厳しさと優しさがこもっていた。

 とても幼い少年が出せるような声ではない。

 だが、これが御子様が『約束の子』であることを納得させる、 

 要因の一つだということは間違いなかった。


「ははー! 全てはカオス神様のためにっ!」


 八司祭の返事を聞き届け、御子様は闇に溶け込むように姿を消した。

 頼もしく思う反面、恐ろしくもある。

 事実、私の背中は汗でずぶ濡れになっていた。


 ……長い苦渋に満ちた年月だった。

 だが、御子様の降臨によって、それも終わりに近付いている。


 我ら八司祭は手を合わせ、目的を達成することを改めて誓うのであった。

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カオス神:前世の主人公か?
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