209食目 教皇様のお説教
◆◆◆
「ちょっと!? ブッケンドさん!!
タカアキ様が獄炎の迷宮に現れたって本当っ!?」
「はい、左様にございます。サツキ様」
『風鳥旅団』が溜まり場としている、築六十年のボロ宿屋『カミキ亭』。
その二階の一室にて、今回の騒動を纏めた報告書を制作していたところ、
我がパーティーリーダー、サツキ・ホウライ様が慌ただしく入室してきた。
なんとも、はしたないとは思うが……
これが彼女の性格なので、どうにもならないのが実情だ。
私の顔ぎりぎりまで自分の顔を近付けて喋っているが、
「そこまで距離を詰めなくとも聞こえております」
……と何度言っても聞き入れてもらえないので最近はスルーしている。
「あぁん! もうっ!
あんなつまらない連中、ガッサームさんに任せればよかった!
せっかく、今の僕をタカアキ様に見てもらうチャンスだったのに!!」
頭を抱えて体をくねくねさせているサツキ様。
いまだにタカアキ様に振り向いてもらえるよう、
自分磨きに余念がないそうだ。
いや、しかし……サツキ様は身内贔屓無しに綺麗になった。
今の彼女であったなら、タカアキ様も大いに悩んだだろう。
だがタカアキ様とサツキ様が出会ったのは、サツキ様が十二歳の時。
当時、彼女はあまりにも幼く、
恋に恋をする年頃だったのは明白だった。
……今も大差ないとは思うが。
「こればかりは、どうにもなりませんよ。サツキ様」
「う~」
頬を膨らませて部屋の隅でいじけだす彼女を放置し、
再び報告書を纏める作業に戻る。
今回の報告書作成はなかなかに骨が折れる。
何しろ勇者『二人』に聖女までかかわっているのだから。
「だ~お~!!」
「サツキ様、もう少し静かにいじけてください」
そう、この部屋の隅で奇声を上げていじけている少女こそ、
我がミリタナス神聖国の勇者なのである。
「ふ~んだ、ブッケンドさんの意地悪ぅ」
そう言い残して、バタバタと部屋を出ていくサツキ様。
もう少し落ち着いた勇者になるには、今暫くの時間が必要のようだ。
「やれやれ……これではエルティナ様の方が、よっぽど大人でございますよ」
孫のサンフォからエルティナ様がカサレイムで商売をしている、
と聞かされた時はなんの冗談だと思ったが……
後日、本当に商売を行っていると諜報部員から聞かされ、
あまりの衝撃に飲んでいた紅茶を気管に入れてしまい酷くむせたものだ。
その理由が、ラングステン王国の危機的財政を手助けするためだという。
とても幼い少女が思いつくようなことでもないし、
それを実行に移す行動力も末恐ろしいものがある。
しかもその行動が私利私欲ではなく、
誰ともわからない人々のため……というのだから、
まったくもって生まれながらに
エルティナ様は聖女であると納得せざるをえない。
「惜しむらくは、我が国に降臨しなかったこと……ですかな」
そうだ、我が国も長い歴史から生まれた闇を沢山抱えている。
残念ながら、ミレニア様はこの国を治めることはできても、
この国を蝕む闇を振り払うことはできないだろう。
色々なしがらみに、がんじがらめにされた彼女では……。
書き上げた報告書を『フリースペース』にしまい、
大神殿に赴く準備を始める。
この報告書を届ければ、
近いうちにエルティナ様は再び、
ミリタナス神聖国に赴くことになるだろう。
彼女には報告することが沢山ある。
今度は我が家に招くようサンフォに伝えなくては。
「さて……私もいつまで、この仕事を続けられるのやら」
椅子から立ち上がると腰が少し痛んだ。
長時間座り、筆を走らせていたためであろう。
ボロ宿屋のため、据え付けのテーブルと椅子も上等とは言い難い。
サンフォがもう少し成長すれば、私の代わりを務めてくれるだろうから、
それまでは老体に鞭打ってがんばらなくてはいけない。
私は腰を軽くトントンと叩き、
一階の酒場で私の愚痴を若いメンバー達に漏らしているであろう
サツキ様の下へと向かった。
◆◆◆
「むせる……」
俺はミリタナス神聖国の乾いた空気に思わずそう漏らした。
そして、ムセルが腕を上げてアピールしている。
はて……このようなやり取りを以前にもしたような?
「今日は一段と風が飢えておりますゆえ」
俺を迎えに来た白神官長のノイッシュさんが、この風のことを説明してきた。
ミリタナス神聖国では空気が強烈に乾燥することを
『風が飢える』と表現するそうだ。
確かに今日は以前来た時と比べて酷い乾燥具合だ。
ミリタナス神聖国は過酷な環境下に晒されているのだな、
と改めて思ったのであった。
大神殿に到着した俺達は以前と同様、謁見の間にてミレニア様と対面した。
作法は以前と同じだ。
「だが断る!」
俺はそれを無視して、ずんずんと元気よく歩いて行った。
その俺の姿を見て、慌てて早歩きで追いかけてくるルドルフさんとザイン。
周りに並んでいた神官達は俺の行動に驚いていたが、
あまりに堂々とした歩き方の俺を見ているうちに落ち着きを取り戻していた。
そして、ミレニア様の下まで僅かな時間で到着する。
「こんにちは、ミレニア様。
俺……沢山伝えないといけないことがあるんだ」
「えぇ……いらっしゃい。エルティナ」
ミレニア様の優しい呼びかけに応え、俺は彼女の下まで階段を登っていった。
そして登り切った俺をミレニア様は抱きしめたのだ。
「貴女がカサレイムのために戦ったと聞いて、本当に肝が冷えました。
嬉しかった半面、恐怖で胸が張り裂けそうだったのですよ?
ここにいる神官達も皆同じ気持ちです。
事実を知ったのは事が全て終わってから……
口惜しい思いをした者も多かったのです。
あなたを守るために、日々鍛錬を欠かさない者も大勢いるのですから」
俺は神官達に振り向いた。神官達は全員頷く。
その眼差しは真剣なもので同時に、
俺のことをとても思ってくれていることがわかるものだった。
たった一日。
それも数十分しか顔を合わせていないにもかかわらず、
どうしてここまで思ってくれるのだろうか?
「それは貴女が我々の希望だからですよ。
長い間、闇に包まれていたミリタナス神聖国に差した一筋の光。
自分の意思にかかわらず、貴女の行動は少しずつ確実にこの国の闇を
打ち払ってくれている」
ミレニア様は俺に優しく語りかけてくれた。
そして、俺の頭を撫でつつ微笑んでいる。
「そのとおりでございます。
聖女様がこの国に姿をお見せになられて以来、
国民達の顔には希望の光が戻りました」
ノイッシュさんが一歩前に出て膝を突き、そう告げてきた。
「聖女様はご存じないでしょうが、
貴女様の起こした奇跡はラングステン王国のみにはとどまっておりませぬ。
大神樹が顕現して以来、ミリタナス神聖国の環境も
徐々に回復していっているのです」
えっと……確かボウドス大神官長だったな。
彼が言ったことは衝撃的だった。
桃先生がんばり過ぎだろ。
その時、俺の頭に『それほどでもあるよ』と声が聞こえた気がした。
「そのとおりでございます。
今年は作物も順調に育っており、飢え死にする者も殆どいないでしょう」
大神官達が揃って頭を下げてきた。
「これも全て、聖女様のお陰でございます。
ミリタナス神聖国全国民に代わり、お礼を申し上げる所存でございます!」
ボウドス大神官長の言葉と共に神官達が一斉に頭を下げた。
違う、違うんだ。
頭を下げるのは俺の方だ。
こんなにも思ってくれていたなんて、思いもよらなかった。
王様の言っていたことは本当だった!
俺は自分のすることに、責任を持たないといけない存在になっていたんだ!
軽い気持ちで引き受けた聖女だったけど。
形だけの聖女だったけど。
いつの間にか信じ、慕ってくれる人達が大勢できていた!
謝らないと……! 俺は彼らに謝らなくてはいけない!!
「ごめんなさい……俺は皆を不安にさせてしまった!」
俺は神官達に向かって頭を下げた。
こんなに俺を信じ、慕ってくれる人達に気が付かなかったなんて……!
「おぉ……聖女様。お顔をを上げてください。
貴女様には悲しいお顔は似合いませぬ。
どうか、どうか……笑顔で健やかであってくださいませ」
そして神官達は祈り始めた。
それまで沈黙を保っていたミレニア様が口を開く。
「さぁ、これでお説教はお終いです」
「え?」
俺はいつ、お説教を受けていたのだろうか?
俺が不思議そうな顔をしていると、ミレニア様は優しく語りかけてきた。
「エルティナ、貴女は理解したはずです。
ここにいる者達がどのような思いで貴女を信じ慕っているかを。
この涙が何よりの証拠。
それに気付いた貴女は謝りました……心を込めて」
俺はいつの間にか涙をこぼしていたようだ。
最近は涙脆くなったような気がする。
その涙を指で拭ってくれるミレニア様。
彼女は微笑み話を続けた。
「過ちを諭し、気付かせ、どうすればいいのかを考えさせるのが『お説教』。
であるなら、自分で答えを導き出したエルティナに、
お説教することはもうありません」
そう言ってキュッと豊満な胸に俺を抱き寄せる。
いつもなら大興奮するのだが、その柔らかな感触は俺を落ち着かせてくれた。
「それに……ウォルガングに、お尻ぺんぺんでもされたのでしょう?
女の子にそんなことするなんて、考え方が古過ぎるわ」
ミレニア様はそう言って、意地悪く笑ったのだった。