203食目 マザークラス
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獄炎の迷宮・二十五層『嘆きの滝』
「おいおい!?『銀の羽音』の連中はどうしたんだ!!」
襲いかかる大量のフレイムスパイダーを薙ぎ払った俺は、
いつも悪態を吐きつつも協力してくる、
銀髪の女冒険者、自称『白銀の騎士』の姿が見えないことに気が付いた。
「頭ぁ! そういや、十七層辺りで見なくなりやしたぜっ!!」
ジャッカルの獣人ガッドがここに至って、
早く報告しなければならないことを報告してきやがった。
「あほぉ! 報告がおっせーよっ!」
俺は呆れつつも、襲い来るフレイムスパイダー達を叩き潰す。
残念ながら、このやり取りは『いつものこと』なので、
いちいち気にするわけにはいかない。
うちの連中に、細かいことを要求できるわけがないのだ。
「うほっ!!」
ゴリラの獣人ゴンザレスが、巨大な鉄球で灼熱の蜘蛛を叩き潰した。
いつもは俺をサポートしてくれるサブリーダーも、
一度、戦闘に入れば死ぬまで戦い続ける『バーサーカー』と化す。
うちの連中はこんなヤツらばかりだ。
いや、嫌いじゃねぇんだが……一人くれぇは、周りが見えるヤツが欲しい。
どちらかというと、俺もこいつらと同じタイプだからだ。
「おやおや、景気良くやってますなぁ」
「ブッケンドの爺さんよぉ! 今回も嬢ちゃんはお散歩かぁ!?」
触れればたちまち大火傷を負うフレイムスパイダーを、
素手で葬り去っている、この非常識な爺さんは
『風鳥旅団』のサブリーダー、ブッケンド・スウ・クラン。
ぶっちゃけた話、実質的な『風鳥旅団』のリーダーと言ってもいい。
「いえ、今回は『狩り』に出かけています」
「あぁん? 狩りだぁ!?」
狩りだと? ……っち! そういうことかよ!
要は冒険者ギルドに、今回の事件の犯人がいるってことかよ!
どおりで、ポンポンと緊急クエストが回ってくるわけだ!!
今まで俺達に集めさせていた、わけのわからねぇガラクタも、
そいつが何かに使うためってわけかぁ!?
「我々は、いいように利用されていたようですな。
そして今回の緊急クエストは我々の『口封じ』といったところでしょう」
「おいおい、そこまですることかよ」
あのガラクタを知ったくらいで消されちゃあ、たまったもんじゃねぇ。
絶対に生きて帰ってやるぜ。
そう誓いを立て、何匹目になるかわからない
フレイムスパイダーを叩き潰した。
にしても……蜘蛛の数が多過ぎる。
どういうことだ?
「ブッケンドの爺さんよぉ! この異常な蜘蛛共の湧きっぷりはなんだ?
溶岩の滝から、うじゃうじゃ出てきてるみてぇだが!」
「そうですなぁ……少し、つついてみましょうか」
ブッケンドの爺さんが腰を深く沈める。
その瞬間俺は叫んだ。
「てめぇらぁ! 伏せろぉぉぉぉっ!」
俺の声を聞いた連中は、理由も聞かず一斉に伏せる。
恒例のやり取りなので、だれも疑わず行動に移す。
その瞬間、溶岩の滝が爆ぜ奥が丸見えになった。
拳圧のみで、溶岩の滝を吹き飛ばしたのだ。
一瞬見えた滝の奥には穴が開いており、
その中には巨大なフレイムスパイダーが居座っていた。
「マザーフレイムスパイダーかよ……封印した魔物がどうして?」
「封印を解いたんでしょうなぁ」
迷宮においては、封印指定の魔物が多数いる。
基本、迷宮内の魔物は無限に再生するのだが、
その数は『迷宮』の意思で一定量に調整されている。
魔物の数が多過ぎても『迷宮』にとっては都合が悪い、
というのがもっぱらの通説だ。
だが例外がある。
それがここにいる『マザークラス』だ。
この『マザークラス』は冒険者ギルドの調査によると、
突然変異を起こした魔物という見解を示しているようだ。
俺も詳しいことはわからねぇ。
興味がなかったから、きちんと記事を読んでないからな。
俺が知っているといえば、
この『マザー』クラスは自分の眷属を次々と生み出し、
迷宮内を制圧しようとすることくらいだ。
『迷宮』も想定外なのか、この『マザー』クラスを排除しようと、
強力な魔物を送り込んでくることがあるほどの厄介な魔物だ。
そのお陰で乱戦になって、酷ぇ目にあったことがある。
『マザークラス』は、とにかく眷属を産み出す速度が速い。
討伐には通常であれば、十パーティーほど必要になるだろう。
「ちっ……やっぱり、冒険者ギルドで当たりかよ」
「でしょうなぁ……『マザークラス』の魔石は冒険者ギルドの管理下ですから」
俺達のパーティーも『マザークラス』の討伐に参加したことがあるから
知っているのだが『マザークラス』は倒されると、
人の頭ほどの大きさの魔石に姿を変える。
これは非常に貴重な物で、
売りさばけば一生遊んで暮らせるほどの額になるらしい。
ま……当然、売買は禁止されている。
何故なら『マザークラス』は封じられた魔石を砕くと復活するからだ。
逆に砕かない限りは復活はしないということだな。
ということは……町にこの魔石があると、
いつ大惨事になってもおかしくはないってことだ。
そのリスクを承知の上で冒険者ギルドは、
この魔石の力を利用して町の魔法器具を運用している。
今このカサレイムの夜を照らす街灯は
『マザークラス』の魔石の魔力を利用しているのだ。
「こりゃ、大事になるな」
「えぇ、だからサツキ様が赴きになられました」
魔石の管理は、ギルドでもトップに近い連中の管轄だ。
このことが大神殿の連中に伝われば、トップの連中は全員更迭。
下手をすれば処刑も免れないだろう。
……まぁ、俺達には関係のないことなのだが。
「で……それはいいとして、こいつをどうするかだよなぁ?」
「そうなりますな。
さてさて、いかがしたものか」
腰をトントンと叩き、思案にふけるブッケンドの爺さん。
せめて『銀の羽音』の連中がいれば討伐は可能だが、
連中はいつの間にか姿を消してやがる。
いい方法が見つからずイライラしていると……
突然、俺達の前に巨体の男が降ってきた。
降ってきたのだ。
人が落ちれば、ただでは済まない高さから。
恐らく上の階の罠に引っかかったのだろう。
凄まじい音を立てて、巨体の男は地面に激突した。
これでは即死だろう。
運がなかったな……と思ったその矢先のことだ。
砂埃が立ち上る中、その巨体の男は平然と立ち上がったのだ。
そして、その男はこう言ったのだ。
「ふぅぅぅ……ここは暑いですねぇ。
これでは、すぐに痩せてしまいそうです」
はぁ? いや、違うだろう。
もっとこう、痛いとか死にそうだとかあるだろう?
いやいや! その前に死ぬだろう普通は!!
ひょっとして……無傷なのか? あの高さだぞ!?
俺は男が落ちてきたであろう穴を見上げた。
高さにして、十五メートル以上はある高さだ。
そこから落ちて、無傷だなんてありえねぇ!
「おや……ご無沙汰しております」
「やぁ、これはブッケンドさん。
お久しぶりですね、サツキさんはお元気ですか?」
襲い来るフレイムスパイダー達を、
のんきに挨拶を交わしながら葬り去っていく巨体の男と老人。
その時、ガッドが信じられないという顔で俺に言った。
「か、頭ぁ! あの方って……もしかして!?」
俺より動揺しているガッドを見て冷静さを取り戻した俺は、
あの巨体の男がだれなのかを思い出した。
「あぁ……まさかな、少し異常な出来事だったんでテンパっちまったが、
あの人は……」
俺がそう言いかけた瞬間、溶岩の滝が爆散した。
その巨体の男が放った掌底突きで、
奥にいたマザーフレイムスパイダーもろとも、溶岩の滝が爆散したのだ。
もうこれには、ただただ口を開けて呆けるしかなかった。
「こんなもので、いかがでしょうか?」
「はい、上出来でございます。
相変わらず、お見事な『つっぱり』でございました」
ブッケンドの爺さんに褒められた巨体の男は奇妙なポーズを取る。
そして一言……「勇者ですから」と言いきったのだ。
そう……彼こそは、ラングステンの勇者、タカアキ・ゴトウ。
奇妙なポーズを取った勇者タカアキの手に光が集まり、
やがて大きな魔石が姿を現した。
これで、魔石を砕かない限りマザーフレイムスパイダーが蘇ることはない。
勇者の強さは噂にて聞き及んでいたが、まさかこれほどとは……。
「おや、サツキ様からの『テレパス』が……失礼」
どうやら、サツキの嬢ちゃんの『狩り』が終わったようだ。
意外に早かったところを見ると、無駄な抵抗をしたか
逃げた後かのどちらかだろう。
「サツキ様から冒険者ギルドのギルドマスターを
捕らえたと報告がありました。
どうやら、カサレイム支部のトップが犯人と結託していたみたいです」
どうやら、無駄な抵抗をしたようだった。
だが、よりにもよってギルドマスターが共犯とはな……。
「なんだそりゃ? ギルドマスターが共犯とは、ただ事じゃねぇな。
カサレイム支部のギルドマスターといえば、
一生遊んで暮らせるくらい金を持っているヤツだろう。
これ以上、何を求めてこんなことをしでかしたんだ?」
ブッケンドの爺さんの眉間のしわが深くなった。
この爺さんが、このような表情をするとは……。
今まで見たことがないぞ。
嫌な予感がするが……杞憂であってほしい。
「おいおい、黙っちまってどうしたんだよ?」
「……カオス教団」
うげっ!? マジかよ……。
よりにもよって、一番面倒臭い連中と繋がってやがったのか。
かかわりたくねぇなぁ……。
「恐らくは『永遠の命を授ける』という約束でも交わしていたのでしょうな。
富と権力を手に入れた者が次に求めるものは、
いつの世も『永遠の命』なのでしょう。
実に嘆かわしいことです」
それで、カオス教団の連中に唆されて、
こんな騒動を起こしたっていうのか。
下手をすれば、カサレイムが滅んじまうところだったんだぞ?
まともな頭をしちゃあいねぇな。
欲望に駆られたヤツっていうのは、どうしてこうも……。
「さて、この魔石はお任せしてもよろしいでしょうか?」
「はい、お任せください、タカアキ様」
勇者タカアキから、マザークラスの魔石を受け取るブッケンドの爺さん。
魔石を渡した勇者タカアキは俺達に背を向けた。
「私は犯人を、お仕置きしに行ってまいります。
ブッケンドさん、我が友のことはお願いいたします」
「はい、心得ました。
いってらっしゃいませ、タカアキ様」
そう言い残し、勇者タカアキは迷宮の奥へと消えていった。
そのユーモラスな姿とはかけ離れた強さが、
ひしひしと伝わってくる男だった。
間違っても敵に回したくはねぇ。
命がいくつあっても足りねぇや。
勇者タカアキを見送った、俺達とブッケンドの爺さん。
爺さんは俺の顔を見ると魔石を渡してきた。
「ガッサームさん、魔石をお願いいたします。
私は用事を済ませに行ってまいりますので」
「あぁ、別に構わねぇが……一人で行くつもりかよ?」
ブッケンドの爺さんは、勇者タカアキが落ちてきた縦穴を眺めて言った。
「ついてこれるのであれば……ぜひ、ご一緒していただきたいですな。
それでは、失礼いたします」
そう言うと、ブッケンドの爺さんは『壁』を駆け助走をつけて、
ぽっかりと空いている縦穴に跳躍した。
そして、縦穴の壁にしがみ付いた爺さんは、
そのままロッククライミングの要領で上に登っていった。
……ショートカットにもほどがある。
確かあの落とし穴は、二十層のトラップだったはずだ。
そこまで登っていくつもりなのか……?
「俺も腕に自信があると思ってたんだがなぁ……」
「あぁいうの見ちゃうと、自信なくなっちまいやすねぇ……頭ぁ」
「うほっ」
非常識な老人を見送った後、
俺達は魔石を慎重に守りながら地上を目指したのだった。
あぁ……もっと強くなりてぇなぁ。