202食目 アルア
◆◆◆
勢い余ってアルアに突っ込んでしまった俺達。
だが不思議なことに、
彼女に当たることなくスルリと彼女の中に入り込んでしまった。
『不思議なこともあるものだぁ……』
『いもっ!』
しばらく暗い空間を飛んでいると、何やら映像が音声付きで見えてきた。
優しく微笑む大人の男女の姿だ。
男が手を伸ばし撫でるしぐさを取った。
その後、聞こえてくるのは幼い少女の嬉しそうな声。
この声は……アルアだ。
映像は彼女の記憶だということか。
これって、プライバシーの侵害じゃないですかやだー。
『この男女はアルアの両親ってことか』
『みたいね……お母さんにそっくりよアルアちゃん』
俺の問いに、輝夜が答えた。
どうやら、この状態であれば輝夜と普通に会話できるらしい。
耳に桃力を集めての会話は疲れるし「ふきゅん」としか言えなくなる。
周りから見ると怪しい珍獣に見えるそうなので、極力使用は控えているのだ。
『どうやら、俺達はアルアの心の中にいるみたいだな』
『恐らくは……あ! 見て、とうき……じゃなかった、エルティナ!』
輝夜が何か言いかけたが、彼女の言うとおり記憶に異変が起こっていた。
彼女の幸せそうな記憶が、白く塗り潰されてしまっていたのだ。
『これはいったい……これじゃ、外の白い空間と同じじゃないか』
『そうね、でもこれで「白い闇」の正体がわかったわ。
これは恐らくアルアちゃんの「自己防衛本能」ね。
それが彼女の力で、形を持つに至ったのだと思うわ』
ということは、黒い空間のどこかにアルアがいるわけだな?
まぁ、ここもアルアなわけなのだが……
いやまて、外の体も彼女であるわけで……おごごご!?
アルアとはいったい……!?
『エルティナ、頭から煙を出している場合じゃないよ。
早くアルアちゃんを、迎えにいかなくちゃ』
『お、おう……そうだな!』
ふぅ、危なかった……もう、ダメかと思ったよ。
流石、輝夜は格が違った!
『えっへん』
口に出していなかったのだが、すかさず輝夜が反応した。
輝夜さん、まじぱねぇっす!
俺達は再び黒い空間目指して飛び進んだ。
見えてくる記憶達は、とても幸せそうな記憶達ばかり。
その中のアルアは幸せそうに笑っていた。
だが……ある場面を皮切りに、幸せな記憶は途絶えてしまった。
『これは……いったいなんだ』
燃え盛る家、血に塗れたアルアの両親。
下卑た笑い方をして近づいてくる、
無数の黒いローブを着た男達と白衣の老人。
この記憶は、白く塗り潰された。
いやらしい表情をした白衣の老人が、注射器を手ににたりと笑った。
注射器の中にはどす黒い液体が入っている。
他にも不気味な色の液体が入った注射器が十本以上もあった。
そして、か細く白い手に次々と突き刺さる注射器達。
アルアの悲鳴が耳に響く。
この記憶は、白く塗り潰された。
抵抗するアルアを、黒いローブを着た男達が棒のような物で叩き続ける。
やがて力尽き……動けなくなったアルアを、尚も叩き続ける男達。
意識を失うまでこの暴行は続く。
この記憶は白く塗り潰された。
奇妙な蠢くものを飲み込まされ、
黒いローブを着た男達が唱える呪文のような言葉を延々と聞かされ続ける。
泣き叫ぶ力もないのか、アルアはされるがままだった。
この記憶は白く塗り潰された。
『酷い……これが人にできることなの?』
『ゆるせないなっ、ゆるせないなっ!』
輝夜が戦慄を覚え、いもいも坊やが怒りを露わにする。
俺も輝夜達と同じ思いだ。
この腐れ外道共めっ!
もし俺がその場にいたら、容赦なく爆破処理してくれるものを!!
だが、これはアルアの過去の記憶。
もうすでに、起こってしまった出来事だ。
俺達はただ、この記憶を辿りアルアの下に向かうことしかできない。
そして再び記憶を見ることとなった。
黒いローブの男たちが、
白衣を着たいやらしい表情の老人に何やら紙を渡していた。
「jsdjんど、おいvんmdあkmdvdvmぢ!!」
そういうと、白衣の老人は何も反応しなくなったアルアを、
失望した目で見下し、彼女を殴りつけて部屋を出ていった。
殴りつけられてもアルアは何も反応しなかった。
まるで全ての感覚を失ってしまったかのように。
この記憶は白く塗り潰された。
『あの白衣の爺ぃ……転生者か』
『えぇ、そのようね……「日本語」を使って話していたわ』
そう、あのふあっきん爺ぃは日本語を使っていたのだ。
恐らくアルアが何を話しているのか、理解できないようにしていたのだろう。
同じく転生者である俺は、白衣の老人の言葉が理解できた。
「実験は失敗か、多額の研究資金を無駄にしおって!!」
そう言って、アルアを殴ったのだ。
研究のためにアルアの両親を殺害し、
彼女を散々弄繰り回した結果がこれであったのだ。
俺の心に激しい怒りが込み上げてきた。
それは思わず口から発せられる!!
「ちゅんちゅん! ちちちちちちっ!!」
くそっ! 俺は無力だ! 人の言葉すら発せられないとは!!(深い悲しみ)
『えるちん……』
『エルティナ……』
いもいも坊やと、輝夜が俺を心配してくれる。
でも、アルアには……。
その時、再び彼女の記憶が俺達の前に姿を現したのだが……
それは異様な光景だった。
うねりねじ曲がった異常な空間に、
同じく、うねりねじ曲がった不定形の体を持つ、
得体のしれない巨大な何かが、とんでもない言葉を連呼していた。
良い子は決して、口にしてはいけない言葉のオンパレードだ。
その何かの下では、同じく不定形の小さなタコみたいな連中が、
くっそ下手な楽器を鳴らして踊り狂っていた。
得体のしれない何かが、虚ろになったアルアを抱き寄せる。
そして、その体の『一部』をアルアに食べさせた。
その瞬間、彼女はビクリと体を震わせた。
ドクンドクンと鼓動が高まり、空間がが赤く染まった。
「あ……あははは! あ、あ、あ、あざぁ……あはは! ととと! す!」
途端に狂ったように笑いだすアルア。
何をされたんだ!? きちんと確認しなくては!!
『これ以上見てはダメ! 引きずり込まれるわっ!』
確認しようとした矢先、輝夜の『戒めの蔓』で視界と耳を塞がれた。
だがそれでも聞こえたのだ。
アルアの狂った笑い声と、くっそ下手な楽器の音、
そして……『ピー』な放送禁止用語の数々が!
これは、いったいなんなんだ!?
気が付けば俺は……いや『俺達』は全力で『桃結界陣』を展開していたのだ。
意識してやったわけじゃない……無意識でだ。
それほどまでに、危険な存在だったのか……あのタコの親分。
茹でタコみたいで美味しそうだったのだが。
『はぁはぁ……やっと白く塗り潰されたわね。
危なかったわ……まさか、あんな存在がアルアちゃんにかかわっていたなんて』
息も絶え絶えに輝夜が言った。
『こわかったよ! こわかったよ!!』
いもいも坊やも怯えている。
そんなに怖かったかな? 俺には美味しそうなタコにしか見えなかったが。
あぁ、帰ったら『たこ焼き』を食べよう、そうしよう。
……じゅるり。
おっと、こんなことを考えている場合ではない。
先に進もう、アルアが待っているはずだ。
そんな俺達の前に現れる記憶。
それは、とてつもなく凄惨なものであった。
用済みになったアルアを始末しようと、
黒いローブを着た男達の一人がナイフを手に持ち、
台座に括り付けられた彼女の腹に突き立てたのだ。
だが、アルアの腹からは一滴も血が流れ出てはこなかった。
それどころか彼女は、狂ったように笑い始めたのだ。
ゲラゲラと、ゲラゲラと……
聞き続ければ、気が狂いそうになるような笑い方で。
「あはは! てぃ、てぃてぃてぃん、だろろろぉす! あははは!」
狂ったように笑い続けるアルアの腹がひび割れ、
そのひびから大量の異形の白い犬達が飛び出してきた。
たちまちのうちに、黒いローブを着た男達は血に染まる。
ぶちぶちと音を立てて千切れるアルアの戒め……じゃない!
自分の手や足を引き千切っていやがる!
「あはは! てがちれぎるるる! おかりえりぃ! てって! あははは!」
うじゅうじゅと千切れた部分から無数の触手が伸びていき、
千切れた手足と結びつき元どおりになる。
本当に異常な光景であった。
俺の『ヒール』も大概なのだが……。
「あはは! いたいぃ? いたぃり、ってなんんだけっけ? あははは!!」
異形の白い犬に貪り食われる男を覗き込み、首を傾げるアルア。
その男は目を見開いて事切れていた。
その苦悶の表情を見て、再びアルアがゲラゲラと笑い出す。
白かった部屋は赤く染まり、ぐちゅぐちゅと咀嚼する音と、
アルアの狂った笑い声だけが響き渡った。
……この記憶は白く塗り潰された。
思わず目を背けたくなるような映像だった。
幾ら酷い行いをした連中とはいえ見るに堪えない惨劇だった。
だが、記憶はまだまだ続くようだ。
「ひ、ひひひ! 実験は成功していたのか! ……ごぼっ!」
四肢を引きちぎられた白衣の老人が、アルアを見て笑っている。
そして言ったのだ『実験は成功』と。
「あはは! し、しし、しっしむののん?
おまええ、しむのかっか!? あはははははははっ!!」
白衣の老人の髪を掴み片手で持ち上げるアルア。
四肢がないとはいえ、大人の体を片手で持ち上げるアルアは、
まともな存在でないことがうかがえた。
……今更なことだって、それ一番言われてっから!(赤面)
「ひひひ! ワシは死なんよ!
今ワシは、ここにはおらんからのぅ! ごぼぼっ!」
口から血の泡を吹いて、尚も自分は死なないと言い張る白衣の老人。
アルアはその言葉を聞き、理解したのかどうかはわからないが、
興味を失ったように白衣の老人を投げ捨てた。
まさに、あの時と立場が変わっていたのだ。
「あはは! こっこ、きらいらうなぁ! なくなくれれ!
くっく、くとぅとぉ……ぐぅあ、あ、あ、あ! あははは!!」
アルアが手を掲げて笑った瞬間、視界が白く染まった。
とてつもない轟音と光が埋め尽くす。
……この記憶は白く塗り潰された。
『これは……本当に事実なのか?』
思わずそう言ってしまうほど、信じられないような光景ばかりだ。
今度の記憶はアルアが、どこかの村に辿り着いたところからだった。
村人と思わしき『生物』がアルアに話しかけてきた。
「おめぇさん、そんな恰好でどうすたんだぁ?」
その村人の姿は、うねうねと蠢く人型の肉塊だった。
一丁前に簡素な服を着ている。
ぶっちゃけ、きしょい(確信)。
「あはは! アルア、はだかっか! るるる! いえいえ! あははは!」
「また、頭をやられた子が逃げ出してきたのか。
お~い、ラトさんを呼んでこいや~」
肉塊の村人が呼んできたのは、一人の黒服を着た人間の青年であった。
すこぶる美形である。
イケメンは爆ぜてもいいのよ?
「これは、これは……可愛らしいお嬢さんだ。
お名前は言えるかい?」
優しく語りかける青年にアルアは頷き答えた。
「あはは! あざととうすん! いやいあ!
あるるるるぅ! あ! あ、あ、あはははははははっ!」
アルアの答えに、ため息を吐く村人。
「こんなことが、いつまで続くんだかなぁ。
可哀想になぁ……まだ、こんなに小っちゃいのに」
その村人の答えに、ラトと呼ばれた青年は首を振って否定した。
「いえ、もう続かないでしょう。
お待ちしておりましたよ……我が主よ」
ラトはアルアの前に跪き頭を垂れた。
きょとんとしている村人を置き去りにして、
ラトと呼ばれる青年はアルアを抱き上げ、
黒い闇を生み出しその中に入っていく。
……この記憶は白く塗り潰された。
もう、なん度目になるかわからない記憶が姿を見せる。
今度は闇の中に、ラトと呼ばれる青年が立っている場面からだ。
「我が主様、これよりあなた様に封印を施します。
来るべき日までの間、その器をより強靭なものにするために」
「あははっ! ら~とっと! ないにするるん? あははは!」
ラトがアルアの腹に、宝石のような物をずぶずぶと埋め込んだ。
アルアは痛みを感じないのか、されるがままであった。
「はい、もう結構でございます、我が主様。
これで、封印は施されました。
耐久力と能力は、ぎりぎりまで抑えてあるので生活には困らないでしょう。
後は『約束の日』まで、人間達に紛れ込んで
生活をしていただければ結構でございます。
今までの記憶は、私のことを残して封印させて頂きます。
御用がございましたら、いつでも私をおよびください……」
そう言い残して、ラトの姿が闇の中に溶けていく。
この記憶は白く塗り潰された。
『ん……今度は学校か? いきなり記憶が飛んだな』
……ここは俺達の教室か?
でも、教室にいるのは人型の肉塊だらけであった。
いやいや、まてまて!
あの髪飾りは委員長の物じゃないか!
あの眼鏡の肉塊はフォクベルトか!? どうなってやがる!
まさか……アルアには、普通の生き物が全部肉塊に見えるってことか?
あ……いや、タコっぽいのもいるぞ。
あれは多分、ゲルロイドだな……サイズ的にいって。
半魚人みたいのもいるな、あれはリックかな?
ぶっ!? 異形の赤い犬ってアマンダか!?
結構、バリエーションがあるなぁ。
ガラッと教室の扉が開き、だれかが入ってきた。
金髪碧眼の珍獣……俺である。
というか、俺だけ肉塊じゃないのか? どういうことなんですかねぇ?
『この子の精神は異常をきたしているけど、
同等かそれ以上の存在だと、普通に認識できるみたいね』
『ということは、俺は異常な珍獣だったと……?』
沈黙した輝夜。
お願い、何か言ってください(震え声)。
他にはユウユウ閣下も普通に見えている。
それにシーマもだ……何故に?
後のクラスメイト達は、殆ど動く肉塊に見えているようだ。
いや、筋肉の塊もいる……たぶんブルトンだな。
なるほど、どおりで俺とユウユウ閣下とシーマに、くっついてくるわけだ。
後のクラスメイトは、得体のしれない物体にしか見えないもんな。
……この記憶は白く塗り潰された。
今度は……カサレイムに来た時の記憶か。
アルアは楽しそうに商売をしているようだ。
相手は肉塊だけどな!(困惑)
と、ここで映像が真っ黒になった。
気を失ったのだろう。
暫くして映像が映った。
肉塊に取り押さえられているクラスメイト達。
あれっ? 普通にクラーク達の姿が見えている。
さっきまでは肉塊の姿だったのに。
どういうことなんですかねぇ?
そして、歪む視界……泣き始めた時だな。
やがて走り寄ってくる肉塊の姿。
その鎧を着た肉塊は、アルアに向かってナイフを振り下ろす。
それを受け止めるモーベン。
彼もまた、アルアにはきちんとした姿で映っていた。
モーベン子分達は肉塊のままだった。
どういう基準なのだろうか? わからん。
アルアの記憶が、物凄い速度でフラッシュバックし始める。
この記憶は白く塗り潰された。
『アルアは近いな』
『えぇ……急ぎましょうエルティナ』
『いもっ!』
最後の記憶を見終えた俺達は、
アルアが待つであろう黒い空間を眩く照らしながら飛び続けた。
◆◆◆
『いたっ! アルアだ!』
黒い空間で、膝を抱えて泣いている少女の姿が見える。
しかし、白髪ではなく黒髪の少女のようだ。
でも俺は、その少女がアルアであると確信していた。
アルアに向かって呼びかける俺。
「ちゅんちゅん! ちゅんちゅん!!」
あ、しまった! この姿では話しかけることができない!
どうしたものか……?
「……だぁれ?」
膝を抱えて泣いていた少女が顔を上げた。
やはりアルアだ。
髪は黒く瞳の色は青いが、それ以外はアルアのものだったから。
これが本来の彼女の姿なのだろう。
だとすれば、俺達がいつも見ているアルアの姿は……。
「ちゅんちゅん! ちちちちちちっ!」
取り敢えず会話ができないので仕草で伝えようと試みたが、
アルアは首を傾げて困った顔をするのみであった。ちくせぅ。
仕方がないのでアルアの下に近付き、肩に降り立って羽を休める。
は~、どっっこらせ!
「蛇なのに、ふかふかなのね? 変な子」
ふきゅん!? 今の言葉は、誠にもって遺憾である!
君の方が変な子だって、それ一番言われてっから!!
抗議の意味を込めて、アルアのほっぺに体当たりをしておいた。ぷにっ!
しかし、その行為は彼女にとって、俺が甘えに来たと勘違いされたようだ。
少しばかり、アルアが微笑む。
だが、それも一瞬のことであった。
再び俯き暗い表情をする彼女。
「私はどうして、こんなところにいるのかな?
パパやママは、どこに行ったのかな?
会いたいよ……さみしいよ……」
「ちゅん!」
やはり、言葉は出なかった。
かといって獣信合体を解除すれば、どうなるかわかったものではない。
どうする……考えろっ! きっと何か方法があるはずだ!
おごごご……何も考えつかねぇ! 考えるとはいったい!?
頭を使い過ぎたとでもいうのか!? くらくらしてきた!
俺は頭から煙を出し、アルアの肩から落ちてしまった。
落ちた先はアルアの腹の部分。
「あ……蛇さん、どうしたの?」
アルアがぐったりしている俺を、心配そうに見つめている。
いかん、しっかりしなくては。
と……ここで俺はある記憶を思い出した。
そう、先ほど見たあの記憶だ。
こうなったら、あの男性に助けを借りるしかない。
あの宝石がきっと連絡手段に違いないと踏んだ俺は、
勢いをつけて、頭をアルアの腹に向かって突きつけると……
スルリと中に入ってしまった。
うおっ!? びっくらこいた!
「ひゃん!?」
アルアの可愛い悲鳴が聞こえる。
どうやら、くすぐったいようだ。
でもそんなの関係ねぇ! あれだ! あれを見つけなくてはぶしっ!?
ごちんと、頭が何かにぶつかった……いたいっしゅ(激痛)。
ぶつかったそれは、俺が探していたものであった。
ラトがアルアに埋め込んだ宝石である。
これをどうにかして、彼を呼べないであろうか?
う~ん、取り敢えず『つんつん』してみよう。
つんつん。
『入ってます』
宝石から声が聞こえた。
いや違う、思念が流れ込んできたといった方がいいだろう。
『おいぃ……あんたラトさんだな?』
『はい、いかにも私がラトでございます。
そういうあなたは?
主様の魂にしまった、この宝石に触れているようですが」
ラトさんには言葉が通じるようなので、俺達はこれまでの経緯を説明する。
説明を聞いて理解してくれた彼は、力を貸してくれることになった。
アルアの腹から頭を引っこ抜くと『ぬぽん』という音がして、
彼女はまた可愛らしい悲鳴を上げた。
「もう、どうしてそんなところに入るのかな……きみは?」
「ちゅん、ちゅん!」
俺は可愛らしく首を傾げ、わからない振りをして誤魔化した。
そして、闇の中からラトさんが姿を現した。
「お待たせいたしました主様……いえ、アルアお嬢様。
ただいま暴走している御力を抑え込みますので、しばらくお待ちください」
そう言って、半透明のプレートを出現させて作業を始めたラトさん。
俺は彼の肩に飛び乗り話しかけた。
『アルアは元に戻るのか?』
『元に戻る……とはどちらの状態でしょうか「陽の子」よ?
人の子、というのであれば、私の能力では不可能です。
今私がおこなっているのは、主様の力を制御する機能の修復。
過去の記憶が一時的に蘇ったせいで、機能が破損してしまったようです。
この作業が終われば……あなた方が知っているアルアお嬢様に戻ります』
俺は『そうか』といって彼から離れた。
しかし、希望が失われたわけではない。
彼は言った『私では不可能』だと。
つまりは、できるヤツがいるってわけだぁ!(名推理)
「さぁ、これでもう大丈夫です……お礼を言いますよ『陽の子』。
あなたのお陰で、取り返しがつかなくなる前に事無きを得ました」
「ちゅん!」
ラトさんの言い方だと、結構ヤヴァかったらしい。
なんにせよアルアが助かって良かった。
次第に空間が薄れ、あやふやになってゆく。
どうやら、アルアの心から立ち退く時がきたようだ。
「時間ですね……『陽の子』よ、アルアお嬢様をよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げたラトさんと、
手を振って俺を見送る、在りし日のアルアに見送られて、
俺達の意識は遠ざかっていった……。