201食目 獣信合体
「アルアッ!! 今行くぞ!!」
俺は再び虹色の翅で飛び上がり、アルアの下を目指し突撃を敢行した。
当然、異形の白い犬が俺の行く手を遮る。
「邪魔をするでないわっ!」
モーベンが火属性中級攻撃魔法『ファイアボルト』を発動し、
無数の炎の矢を打ち込んで異形の犬達を牽制する。
この攻撃に怯んだ隙を突いて、俺は再びアルアに肉薄するも、
再び見えない壁に遮られてしまう。
すぐそこに……アルアがいるにもかかわらず、一歩も先に進めない。
「アルアァァァァァァァァァァッ!!」
呼びかけても、叫んでも、彼女は気付く様子はなく、
ただただ……膝を抱え、体を震わせて泣いているだけだった。
この、見えない壁が……だったら!!
だが、俺はその見えない壁を強引にこじ開けようと試みた。
桃力を両手に収束させる。
今や俺の両手は、桃色に光り輝く爪と化していた!
『桃力をもっと収束させるんだ。
大丈夫、おまえならできる』
桃先輩の指示に従い、更に桃力を収束させていく。
俺は両手を合わせて光り輝く爪を、見えない壁へと突き刺した。
「うぬあぁぁぁぁぁぁっ!!」
ずぶり、といった感触。
俺の両手は見えない壁に突き刺さったが、その瞬間激痛が走った。
両手の指の爪が、殆ど剥がれてしまっていたのだ。
でも、このチャンスを逃すわけにはいかねぇ!
痛みを根性でねじ伏せろっ!
俺は桃力を両手に更に集中させる。
少しずつだが、両手が奥へと進んでいく。
「聖女エルティナ! 離れなさい!」
モーベンが俺に向かって叫んだ。
俺は何も疑わずに、その場を飛び退く。
彼は本来は敵であるが、信用に値する何かを俺は感じ取っていたのだ。
その直後、俺の肩に鋭い痛みが走る。
異形の白い犬の奇妙に歪んだ爪が、俺の血で赤く染まっていた。
やってくれたな!?
『えるちん!!』
『大丈夫だ! いもいも坊や!
それよりも体の操縦を変わってくれ!
見えない壁の突破に集中したい!』
俺は、いもいも坊やに体を委ねた。
俺は両手に桃力を収束することに努める。
『いもっ!』
俺から、バトンを受け取ったいもいも坊やは、
異形の白い犬の攻撃を軽やかに回避してみせた。
……俺よりも回避が上手な件に付いて(白目)。
こうも、わん公の攻撃が激しいと、見えない壁にすら近付けない!
くそっ……アルアの姿が見えるのに! もどかしいっ!!
それにしても、なんなんだ……このわん公達は。
倒しても、倒しても、白い空間のひび割れから飛び出してきやがる!
これじゃあ、きりがない。
『いもっ!? えるちん、よけきれないよっ!』
一匹目のわん公を回避した時にバランスを崩してしまった。
その隙を見逃すほど、甘い連中ではない。
二匹目のわん公が、俺の首を狙って飛びかかってきた!!
「お嬢ちゃんから離れろっ! この犬っころめ!」
モーベンの子分、背が高くてひょろっとしているベックと呼ばれていた男が、
俺とわん公の間に割り込んできた。
吹き上がる鮮血。
血塗れのわん公の口には、千切れた腕が咥えられていた。
「あ……あんた!?」
「へ、へへ……やらせねぇずらよぉ!」
身を挺して俺を庇った『敵』である男。
何故、ここまでの行動ができるのに……人攫いなんてまねを!?
俺は思わず口に出かけたが、これをなんとか堪えた。
今は救ってくれた男に『ヒール』を施さねば!
「『ヒール』!!」
みるみるうちに、ベックの腕は再生していく。
その光景に、彼は目を丸くして驚いている。
「うおぉ!? 凄いずらぁ! 腕が生えてきたずらよっ!!」
しかし、失われた血液は再生しない。
俺は腰袋に常備している『増血丸』を手渡しておく。
「これはなんずら?」
「飲んで! 血を増やす薬だ! 決してかまないように!!」
ガリッ!
おもいっきり顔を顰めるベック。
かむなって言っただろうに……(呆れ)。
『ヒール』を使用したことにより、収束していた桃力が拡散してしまった上に、
月光蝶モードも解除されてしまい……現在、俺は地上に降り立っている。
ぬあぁぁっ、足がプルプルするっ! ふぁっきん!
……しかも、また一からやり直しだよ!(白目痙攣)
アルアの前、正確には見えない壁の前に、
大量の異形の白い犬が陣取っている。
その数、およそ三十匹。
物量作戦で俺達を押しつぶす気か!?
でも、それでも俺達は一切引く気はねぇ! 突撃あるのみだ!!
俺は再び桃力を収束させ始める。
それを察したモーベン達も身構えた。
だがそこに、新たな介入者が登場したのだ。
「いた……エル! それにアルアも!」
「食いしん坊! って、なんで敵と一緒に戦ってるんだい!?」
ライオットとプルル、そしてムセル率いるゴーレム軍団であった。
『今情報を転送する。
時間が惜しい、戦列に加わってくれ』
桃先輩がモーベンと共闘することになった経緯を、
ライオット達に転送した。
忙しい時に、この転送のシステムって本当に便利だなぁ(確信)。
「そういうことかよ……わかった! 今だけは、一緒に戦う!
でも、おまえらがアルアにしたことは絶対に許さねぇからな!」
「肝に銘じておきましょう、獅子の少年よ」
ライオットとモーベンが構えを取った。
それを見たプルルは、ため息を付いた。
「男って……単純だねぇ。
僕はそんなに簡単に納得できないよ。
でも……まぁ、食いしん坊が信用しているんなら……いいかねぇ?」
そう言ってケンロクの腰に手を当てて、魔力供給を開始するプルル。
ムセル達も、突撃できる準備が整ったようだ。
「皆『俺達』に力を貸してくれっ!
いもいも坊やっ、もう一度……力を!『月光蝶』!!」
再び俺の背中に、虹色に輝く翅がその姿を現した。
俺はふわりと浮かび上がる。
俺の姿を見てライオットが驚きの表情を見せた。
「その翅は……いもいも坊やの!?」
「あぁ、そうさ。
いもいも坊やは、俺と共にある。
俺はいもいも坊やであり、いもいも坊やは俺であるんだ。
だから一緒に、友達を救うために力を貸してくれているのさ!」
ライオットは「そっか」とそっけなく答えたが、
彼の体にみなぎる闘志が、
ぐんぐんと上昇していくのが、はっきりとわかった。
「聖女エルティナ、これが最後のチャンスでしょう。
我々の体力も後わずか……あなたに我らの力を託します」
モーベン達の疲労の色は濃い。
それでも諦めることなく力を貸してくれる。
モーベンの脇を固める子分達も俺を見てニカッと笑う。
その笑顔を見て、俺は覚悟が決まった。
今こそ、突撃の時だ!!
「いくぞ! 皆……突撃だぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺達に立ち塞がる異形の白い犬達に目がけて、
俺達は突撃を開始した。
「ケンロク! 魔導キャノン! 撃ちまくって!!
ムセルとツツオウも弾幕張って!」
ケンロクとムセル、ツツオウの援護射撃で、異形の白い犬達は怯んだ。
そこにライオットとモーベン達が突っ込む。
「うぉりゃぁぁぁぁっ!」
「しゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
おいおい、休戦中とはいえ敵同士なのに、息がぴったり過ぎませんかねぇ?
凄まじいコンビネーションで、わん公達を葬っていく二人。
打ち漏らしはモーベン子分ズが仕留めていく。
『エルティナ、道が開けた! 桃力を集中させろ!』
「おぉぉぉぉっ、しゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺はボロボロの両手に、再び桃力を収束させる。
『ヒール』で治しておけばよかった、と思ったのは内緒だ!(約束)
再び見えない壁に、俺の両手が突き刺さった。
少しずつ、少しずつ、見えない壁を進んでいく俺の両手。
「亀裂から犬がっ!? どうなっているんだい!!」
「おいおい……冗談じゃない数だぞ!?」
プルルとライオットの悲鳴。
本当に冗談じゃない数が亀裂から湧いていた。
その数、百体以上。
おまっ! 冗談は、その面だけにしろよなっ!!(激怒)
「これが、我々が手を焼いていた原因だ。
あらゆる手を用いて封印を試みたが、ことごとく失敗に終わった。
恐らくは、あの娘をどうにかしない限り無限に湧き続けるだろう」
俺が見えない壁に集中している間に、そんなことをしていたのか。
しかも、最悪の結果だという……泣けるぜ。
こちらの十倍以上の数をもって、
俺達を物量で押し潰そうと襲いかかってくる異形の白い犬達。
ライオット達は防戦一方になってしまった。
「エルッ! 避けろ!!」
ライオットの声が俺の耳に届く。
俺の眼前には異形の犬が俺の頭をかみ砕こうと、
大きな口を限界まで開いて迫ってきたのだ。
モーベンも、その子分達も、大量の異形の犬達相手に手を焼いている。
ケンロク達もわん公達の迎撃で手が回らないでいた。
今、俺のカバーに入れるヤツはだれもいない!
ここで、回避して桃力の収束を途切れさせたら、もう一巻の終わりだ!
俺はもう、ここから離れるわけにはいかない!
もう目の前まで、おびただしい数の鋭い牙が迫ってきている!
ここまできて……やられるのかっ!?
「ちゅんちゅん!」
「ちろちろ!」
その時、茶色い小鳥と、その小鳥に掴まれた小さな白い蛇が、
迫りくる異形の白い犬に猛然と体当たりを喰らわせた。
顔面にその一撃を受け、悲鳴を上げてのたうち回る異形の犬。
どうやら、相当痛かったようだ。
だが、すぐに立ち直って、再び俺に飛びかかってくる。
その牙は……俺に届くことはなかった。
煌めく剣によって異形の白い犬は、その首を刎ねられたのだ。
「聖女様!!」
「っ! クラーク! 無事だったか!」
白い闇を切り裂いて、駆け付けてきたのは、クラーク達だった。
身に纏っている鎧はボロボロだが、彼自身は傷一つ負っていないようだ。
他のクラスメイト達も同様に、消耗しているがケガはない様子だった。
「アルア……援護します、聖女様!」
「頼む!」
クラーク達が凄まじい形相で、異形の犬達に切りかかった。
そのあまりの形相に、異形の犬達が怯え竦む。
「ちゅん!」
うずめとさぬきが俺の下にやってきて、いつもの定位置に落ち着いた。
「ありがとな……うずめ、さぬき。
アルアを取り戻して、皆で帰ろうな!」
「ちろちろ!」
俺は再び見えない壁をこじ開けようと、ずぶずぶと突き刺してゆく。
もう、両手に残っている爪はない。
両手は鮮血で染まり、激痛がほとばしっている。
でも、ここで諦めるわけにはいかない。
すぐそこで、泣いている友達がいるんだ。
俺が……俺達が今行くぞ! アルアッ!!
「だりゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
気合いを振り絞り、遂に見えない壁に穴を通すことに成功する。
ただし……俺の腕程度の大きさの穴だ。
くっそちいさなぁ、おいっ!
「でも、これで声は……」
そう言いかけた時、俺の傍の白い空間に亀裂が入り、
そこから無数の異形の白い犬が飛び出し、俺に食らいついた!
「エルちゃん!!」
リンダの悲鳴が響き渡った。
俺から吹き出す、おびただしい赤い血!
動脈をやられたか!?
『ヒール』を……やべぇ、意識が朦朧としてきやがった!
「っ! 聖女様!?」
「エルティナさんっ!!」
クラーク達の声が小さく聞こえる。
ちくしょう……もう少しだっていうのに。
アルアの下まで……もう少しなんだ。
…………あと、もう……少し。
『……なんじ、となえよ』
……なんだ? このこえは? どこかできいたことがある……。
『獣を信じ、その力を己のものとせよ。
汝を信じ、汝のために命を懸ける獣と一つになるのじゃ。
……汝、唱えよ! ……唱えよ!!』
ももせんぱいでも、ももせんせいでも、ももししょうでもない。
でも、おれはこのこえを……『知っている』。
「じゅう……しん……がったい……」
朦朧とした意識の中に鮮明に蘇る、奇跡の秘術の記憶。
俺は力を振り絞り唱えた。
かつて、唱えたことがある……力ある言葉を! 絆の言葉を!!
「獣信合体!」
その瞬間、俺の体は光の粒となって弾けた。
◆◆◆
「な、なんだこれは!?」
ソウル・フュージョン・リンクシステムのモニター画面は、
『WARNING』の文字で埋め尽くされていた。
部屋中にアラート音が鳴り響いている。
「トウヤ少佐! これはいったい!?」
トウミ少尉が不安そうな顔で、キーボードを操作している俺に問いかけた。
「わからん、イレギュラーの事態だ」
俺はキーボードを操作し、なんとかリンクを回復させようと試みるも、
その全てを拒絶されてしまっていた。
「こちらの信号を受け付けないだと……バカな!?
くそっ、このままでは……!」
エルティナが「じゅうしんがったい」と叫んだ瞬間、
俺はエルティナから強制『リンクアウト』させられてしまった。
通常の『獣信合体』では、このようなことは起こらない。
うずめとの『ビースト・リンク』画面が、出た瞬間にエラーが起こった。
彼女との調整は、もう済んでいたのにどうして……!?
これでは、エルティナがどうなってしまったのか確認することができない。
いったい、どうすれば……!
「ふぇふぇふぇ……遂に作動させおったか」
「ドクター・モモ! どうしてここに!?」
薄汚い白衣に身を包んだ壮年の男が、
ソウル・フュージョン・リンクシステムのモニターに映る
『WARNING』の文字を見て愉快そうに笑った。
「いやはや、研究のために残しておいた、
桃吉郎のソウル・フュージョン・リンクシステムが稼働し始めて、
何事かと思ったんじゃが……なるほどのぅ。
桃老師がまぁた、お節介をかけたようじゃな?」
「……桃老師が? しかしこれは!
それに、桃吉郎のソウル・フュージョン・リンクシステムが!?」
いったい、何が起こっているんだ!
桃吉郎は……いや、エルティナは無事なのか!?
俺とドクター・モモはモニターに映る『WARNING』の文字を、
見つめることしかできなかった……。
◆◆◆
目を開けられないほど、激しい光の後にエルの姿はなかった。
「エ、エル……エルはどこに!?」
俺は辺りを見渡すもエルの姿は見当たらなかった。
まさか、食われちまったのか? あの犬に!?
「ライオット……あれ」
ヒュリティアが指さす方には、奇妙な姿の生き物がいた。
翼を生やし、黄金の毛に包まれた小さな蛇が、
舌をチロチロ出しながら、とぐろを巻いている。
その顔には、眠たげな青い瞳がちょこんと付いていた。
「ま……まさかぁ、エルだっていうのかよぉ!?」
ガンズロックが驚きの声を上げる。
確かにエルの特徴があるけど……どうなっているんだ!?
「あ、でも尻尾に輝夜を巻き付かせていますよ。
恐らく、あれはエルティナで間違いないでしょう」
フォクベルトが冷静に、あの変な蛇がエルだと断定した。
モーベン達も、あまりの出来事に対応できていない様子で、
あんぐりと口を開けていた。
そんなんじゃ、エルとは付き合っていけねぇぞ?
まぁ、付き合わせるつもりはねぇけどな。
俺達が呆然としていると一匹の犬がエル? に飛びかかった。
だが、触れる間もなく「ジュッ」と音を立てて犬は蒸発してしまう。
エル? は犬達を睨み付けて咆えた!
「ちゅんちゅん!」
「ええ~!? 蛇なのに、その鳴き声なの!!」
リンダのツッコミが入った。
それはこの場にいた、だれしもが思ったことだろう。
まったく怖くない上に、うずめという小鳥の鳴き声だったのだ。
あ……しかも、ドヤ顔まで決めている。
あれは、エルで間違いないな。
やがて、エルティナは小さな翼を使って浮き上がり、
眩い光を放ち始めた。
その光を受けた犬達は、次々と蒸発してゆく。
やがて、白い空間にその光は満ちていった。
でも不思議なことに、その光は目をつぶらなくても平気だった。
優しい光、とでも言えばいいのだろうか?
本当に不思議な光だった。
犬達を全て消し去ったエルティナは、アルアの下に飛んで行き……
見えない壁を越えて、遂にアルアにまで辿り着いた。
そして驚いたことに、そのまま『スッ』とアルアの中に入っていったのだ。
「娘の心に入ったのだ。
彼女には本当に驚かされる……なぜ、邪神などに選ばれてしまったのか」
モーベンがエルのために祈りを捧げだした。
もう俺達ができることは、祈ることのみだということだろう。
「頼んだぜ……エル」
俺達は祈った。
エルとアルアが無事に戻ってくるようにと……。