200食目 白い闇
◆◆◆
「ここは……だれ? 俺はどこ? ふきゅん!」
気が付くと、辺り一面真っ白な世界に俺は、ぽつーんと立っていた。
困ったことに、とんぺーとも離ればなれになってしまったようだ。
首に巻き付いていた、さぬきすら見当たらない。
「本当にここは、どこなんだろうなぁ?」
周りを見渡しても本当に何もない。
ただただ、真っ白な光景が広がっていた。
ここはいったい、どこなのだろうか?
真っ白過ぎて、不気味な感じさえする空間だ。
「よし、わからん! 取り敢えず、皆を探すか……」
俺は姿が見えなくなってしまった仲間を探して歩き出した。
◆◆◆
……どれだけ歩いただろうか?
歩けど歩けど景色は変わらず、声を出して呼びかけても何の返事もなし。
行く当てもなく彷徨い続けるも、成果はまったくなかった。
頼みの綱の桃先輩ですら連絡が取れない。
呼びかけても「ざ~~~~」といった、不快な音が鳴り響くだけであった。
肝心な時にこれでは、困ってしまうんですがねぇ?
ここにきて、いよいよ俺の足がプルプルと痙攣しだした。
日頃の運動不足が祟ったのであろう。
しかたないので、俺は休憩を取ることにした。
「はぁ……疲れた、一休みするか」
俺はその場に座り込み、桃先生を創り出した。
俺の小さな手に光が集まり、美味しそうな桃が姿を現す。
「いただきま~す!」
シャクッ!
小気味いい音が真っ白な世界に響いた。
「はぁ……皆どこに行ったんだろう? 早く……早く……ん?」
早く……なんだ?
俺は何をしようとしていたんだ!?
思い出せない、頭が『真っ白』になっている!!
これは……まさか!?
「な、なんだとぉぉぉぉぉっ!
今……俺は『攻撃』を受けているっ!!」
危なかった!
桃先生を食べていなかったら、全てを忘れるところだった!
お、思い出せ! 自分の名を! 先代から受け継いだ大切な名を!
思い出した、俺の名は……!
「俺の名は……エロティカ!」
何か違う気がする。
近いようだが、絶対違う気がする。
……思い出せ、おもいだせ。
ぐ……ダメだ。
頭が真っ白になっていく。
こんなところでおれはくたばるわけには……。
◆◆◆
どのくらいじかんがすぎたんだろう?
ずっとひとりぼっちでさみしい。
『ぼくたちがいるよ』
なかまはどこに? なかまってなんだっけ?
『なかまは、あたたかいきもちにしてくれる、ひとたちのことだよ』
……なんでおれはがんばっていたんだっけ?
『わからない、だって……いつでも、がんばっていたんだもの』
がんばるってなんだっけ?
『あきらめないことだよ』
わからないわからない……。
おれはなぜこんなところにいるんだろう?
『それは、それは……
たいせつなともだちを、すくうためだよ! えるちん!!』
その時、俺の胸がとてつもなく暖かい温もりと、光を放ち始めた。
この光は……この光は!?
『えるちん、えるちん!
わすれないで、えるちんが、あいした、ひとびとを!
わすれないで、えるちんが、あいした、せかいを!
わすれないで……『ぼくたち』が、いっしょにいることを!』
この声は……俺は知っている!
俺と共に生きた家族のことを!
あぁ……そうだった! そうだった!!
俺は一人じゃない!
いつも俺と共に歩む『家族』がいたんだった!!
『いこう、いこう! えるちん!
ともだちが、えるちんを、まっているよ!!』
「あぁ! 行こう……いもいも坊や!」
俺は思い出した。
俺の大切な仲間を、家族を、守るべきものを!!
アルア……今『俺達』が行くぞ!!
俺は……心を燃やす、燃料は……勇気、そして、生み出すは……『愛』!!
そう、これこそが桃力の正体! 愛の力こそ桃力の源!!
今俺は、はっきりと理解したのだ!!
今……俺の中には、限界を超えた桃力が荒れ狂っている。
俺のプラチナブロンドの髪は、光り輝く桃色の髪へと変貌してた。
「いくぞ! いもいも坊や!『月光蝶』であるっ!!」
『いもいもっ!!』
俺の背中から虹色に輝く翅が現れ、
悲しく染まった白い世界を切り裂きながら『俺達』は羽ばたいた。
大切な友達を迎えに行くために。
◆◆◆
「ボリス! ベック! ポッチョ! 返事をしろ!」
なんだここは!? 冗談ではないぞ!
記憶を消去する空間など聞いたことがない!
「返事をしろ! 決して諦めてはならぬ!」
冗談ではない……冗談ではない!!
私は……家族を取り戻すまでは死ねぬ!
そして、仲間も見捨てぬ!
必ず……カオス神様を蘇らせて、この世を正しき姿にしてみせる!
カオス神様さえ蘇れば……失われた命も救済される!
邪神マイアスの好きになど、させてたまるかっ!!
だが、頭の悪いあいつらでは……
まともに教えを理解できぬあいつらでは……。
もう、ボリス達とは五年もの付き合いだ。
口論も喧嘩もしたし、共に喜びを分かち合ったりもした。
辛い時も、苦しい時も、文句を言いながら付いて来てくれた……
たった、三人の部下。
いや、違う……仲間だ!
あいつらがどう思おうとも、私はそう認識している!
「もう、愛する者を失うなんて……いやだっ!!
私から……大切な人を奪わないでくれっ!!」
私の絶叫は白い空間によって、白く染め上げられ儚く消えていった。
この空間は切なる願いも、白く染め上げ隠してしまうというのか!?
また、私から大切な者を奪うというのか!?
「モーベン様!!」
「親分!!」
「ずらー!!」
突然、白い空間からボリス達が飛び出してきた!
私の願いが届いたのか……!?
「おまえ達……!」
三人組は私に抱き付き泣きじゃくった。
「もうダメかと思っただぁ……!」
「そしたら、モーベン親分の励ます声が聞こえたずらぁ……!」
「ず……ずらぁぁぁぁ……!」
……っ!
これも、カオス神様のお導きか!
諦めなくて……本当に良かった!
もう、大切な者を失うなんてこりごりだ!
「おまえ達……よくぞ!」
一人より二人、二人より三人……。
今、私達は四人揃った。
この空間にいかなる力があろうと、四人揃った我らに打ち破れぬものなし。
「ゆくぞ、この空間を脱出する! 付いてこい!」
「へい! どこまでも御供いたしやす!」
取り戻して見せる、家族を!
守って見せる、仲間を!
そして……世界をあるべき姿に!
◆◆◆
『エルティナ! 無事だったか!』
『桃先輩も無事だったか!』
俺が月光蝶モードになって少し経った頃、
桃先輩の声が聞こえるようになった。
『ようやくリンクが回復した。
これは……そうか、君が力をかしてくれたか。
感謝する、月の子よ』
『ぼくは、えるちんが、だいすき。
だから「ぼくたち」は、がんばれるよ、いつだって、どこだって!』
そうさ、俺は一人じゃない。
いもいも坊や達がいる、そして桃先輩だっているんだ!
『桃先輩! この空間の原因はアルアだな!?』
『そうとみて、間違いない。
現在、彼女とのリンクが途絶しているので位置がわからない状態だ。
捜索は困難を極めるだろう』
わかっている。
でもそれは、レーダーやリンクを使った場合だろう?
「桃力よ……愛の力よ!
俺をアルアの下へ導いてくれ!!」
俺は全ての感覚を使って、アルアを感じ取ることに全力を尽くす。
当然、そのようなことをすれば墜落の可能性が出てくる。
だがそれは、一人の場合だ。
『いもっ!』
すかさず、いもいも坊やが舵取りを代わってくれた。
阿吽の呼吸で一つの体を皆で動かすのだ。
俺は……決して『一人』じゃないのだ!
『いた……アルアの鼓動を……命を感じ取った!』
俺達はアルアを取り戻すため『白い闇』を切り裂きながら飛び続けた。
◆◆◆
いたっ! アルアだ!
アルアはうずくまって泣いていた。
全てを拒絶するように。
「アルアァァァァァァァァァァッ!!」
俺はアルアの名を叫ぶが、彼女はまったく反応しなかった。
まるで、聞こえてないように。
『エルティナ、彼女の周りに特殊な空間が存在している。
これは……全てを拒絶する特殊空間だ。
突破は容易ではないぞ』
『関係ねぇ! アルア! 今、迎えに行くぞ!!』
俺はアルアに向かって突撃した。
すると突如、空間にひびが入り……
そこから、無数の白い異形の犬が飛び出してきた!
「な、なんだぁ!?」
その異形の犬はアルアを守るように陣取っていた。
『データ照合……該当なし。
十分に気を付けて戦うしかないな』
『応っ! 邪魔をするなら「ふきゅん!」と言わせるのみだ!』
接近した俺を向かい打つ異形の犬。
その攻撃は熾烈を極め、俺の体は血に塗れた。
だが、お構いなしに俺は突っ込む。
「アルアッ! 俺だ、返事をしろっ!!」
膝を抱えて泣きじゃくるアルアには、俺の言葉が届いていないようだった。
彼女まで、後わずかというところで見えない壁のようなものに阻まれ……
俺は一瞬の間、動きを止めてしまった。
その隙を突いて、異形の犬が俺に体当たりを仕かけ、
俺は吹っ飛ばされてしまう。
くそったれめ! 邪魔をするんじゃねぇ!!
「まったく、無謀の極みとは……このことを言うのですかな?」
吹っ飛ばされた俺を受け止めたのは……モーベンであった。
その後ろには子分の三人組がいる。
この状況で敵に会うなんて……最悪のタイミングだ!
「聖女エルティナ、提案があります。
私達は……一時、停戦を申し込みます。
この空間を脱出するまで……という条件で、どうでしょうか?」
モーベンは膝を抱えて泣き続けるアルアを、哀れみの目で見つめた。
その目は見下したものではない。
俺はその目を見た瞬間、理解した。
この漢の『本来あるべき姿』を!
だが何故、その心を持ちながら道を……
いや、今はそんなことを考えている暇はない!
「その提案、受け入れよう。援護……頼む!」
「お任せを……おまえ達! いくぞ!!」
「任せてくれずらー!!」
敵同士である俺達は、この危機的状況下で手を取り合った。
一人の『白い少女』を救うために。
ここに、俺とモーベン達との数年間もの間続く
『奇妙な友情』が生まれたのだった。