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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第一章 珍獣と聖女と仲間達
20/800

20食目 昔の俺と今の俺

どうも、聖女です。

あなたのケガに届けヒール。


午前四時三十分、戦闘開始。


負傷者の数は過去最大級である。間違いない。

最初の十分で長蛇の列。流石に、百戦錬磨のヒーラ達の顔が引き攣った。


これ、なんとかなるか……もうわっかんね~な!!

あはははは!!


現在、治療所だけでは負傷者が収まらず、野外でも治療を施している。

俺達も万全を期して事に臨んだが、予想を遥かに超えた事態になった。


治療して送り出しても、すぐ戻って来るヤツがいる。

これには流石に、顔も憶えてしまう。


「ま~た~お~ま~え~か~!!」


「へへへ」と頭をポリポリしながら、

すまなさそうに笑う土と血に塗れた若い兵士。

余裕そうに見えるが、彼は両足が切断されている。

この前は両腕が、その前は全身複雑骨折だった。


「もう少し、どうにかならんのか!?」


と怒りつつも『ヒール』で両足を再生させる。

兵士は「どうにもなりませんねぇ」と言った。


現在、勇者と魔王が、一騎打ちしているらしい。

その邪魔をしようとする魔族達を、体を張って守ってるのが彼らだ。

文字通り肉壁である。


「これが我々にできる唯一のことです。

 腑甲斐無いですが、勇者様の背中……我々で守ってみせます」


ちくしょう……何も言えなくなるじゃねぇか!

その兵士に『漢』を見た俺は「死んで戻ってくんじゃねぇぞ!?」と言って

背中をスパーン! と叩いて送り出した。実際には『ぺち』であるが。


◆◆◆


午前十時。


遂にリタイヤが出た。ビビッドとティファ姉である。

早すぎる! 予想以上の疲労具合だ!!


「デイモンド爺さん! カバーは!?」


「ジェームスを回しまさぁ! 頼む!」


「応!」と大柄なマッチョ爺さんがティファ姉達の抜けた穴をカバーする。

復帰までだいたい一時間程度はかかる。いや、これだと一時間で済むかどうか?


実は俺も既に『ワイドヒール』を使っている。

応急処置をして時間稼ぎをしてはいるが、重傷者は時間との戦いだ。

俺はそういったヤツらを専門に治療している。


「レイエンさん! 無茶するな! 顔青いぞ!?」


「……だ、大丈夫です! 引き際はわきまえてます!」


ギルドマスターのレイエンさんも、かなりきつそうだった。

腕は良いのに、持病がネックになってしまっている。

魔力多消費症。無駄に魔力を消費してしまう先天性の病気。

管理能力の高さを買われ、ギルドマスターに収まっているが、

本人は不満なんだそうな。

ヒーラーは治してなんぼだしな。


「くそ……持つのかよっ!?」


だれかが漏した悪態。

それはこの場にいた、ヒーラー全員が思っていることであった。


◆◆◆


午後一時。


復帰したビビッドとティファ姉。

入れ替わりでレイエンさんとジェームス爺さんが離脱。

しかもヒルダ婆さんも倒れてしまった。


復帰した人数よりも離脱人数が多い!?

ま~ず~い~ぞ~!! これ以上は……ん? なんだ? 目がぼやける。

そ、そんのことよりも、今この状況をなんとかする方が先だっ……!


「カ、カバーを……!?」


グラリ、と体が傾く。


な……!? なんだ!?

視界が暗くなる、意識が朦朧とする。ま……まさか、魔力が限界なのか!?

まだ倒れるわけには……いかな……い……。


俺の……意識は……ソコデトギレタ……。


◆◆◆


わしが聖女様に、ヒルダが離脱したことを伝えた時にそれは起こった。

今まで、倒れたことがなかった聖女様が、意識を失って倒れてしまったのじゃ。


悲鳴を上げるティファニー。

サブギルドマスターのスラストが、大声でビビッドに指示を出し、聖女様の

抜けた穴をカバーする。

スラストの声で我に返ったビビッドが、聖女様を抱え上げ、食堂に向かって

駆けていった。


「そ、そんな……あの聖女様が!?」


突然のことに騒然となる治療所。


「狼狽えるなぁ! 聖女様は大丈夫じゃ!!

 それよりも、聖女様が戻って来るまでここを維持するんじゃ!!

 正念場じゃぞっ!!」


万が一のことを懸念していた聖女様は、わしに『もしもの時』は頼むと

言ってきた。わしは、そのようなことは起こらないと思っておったが、

まさかの事態はこうして起こってしまった。

わしは、残ったヒーラーをまとめ上げる。ここが正念場じゃ。


「わしのヒーラー人生、全てをかけて持ち堪えてみせまさぁ……」


周りを見れば、同世代のヒーラー達がわしのもとに集結しておった。

わしの……いや、わし等の最後の戦いが始まろうとしていた。

聖女様が戻るまでのこの時間……絶対に死者を出したりはせんぞぃ!!


◆◆◆


「や、やっぱり無茶してたんだ!!」


はあ、はあ、と吐く自分の息が異常に大きく聞こえる。

僕は今、聖女様を抱え食堂のミランダさんのもとへ向かっている。

ビビッド・マクシフォード、それが僕の名だ。


ヒーラーになって五年。

僕が十五歳の時、素質が一番高かった治癒魔法に活路を見出し、

ヒーラーになった。

それから、五年間何とか露店ヒーラーで食い繋いできた。

贅沢はできなかったが、特に不自由もなく生活できてはいた。

だが、そこに魔族との戦争が起きたのだ。


僕のヒーラー生活に変化が起きた。

負傷した兵士や冒険者が治療を求め、ヒーラーギルドの治療施設は

かつてない程の負傷者で埋め尽くされ、僕も人手不足を補うために

駆り出された。


そこで初めて……人を死なせてしまった。


間に合わなかった。『ヒール』の治療速度が遅かったためだ。

これまでは精々、擦り傷や裂傷程度の治療しかせず、日々の生活費を

露店ヒーラーで稼いでる程度。それでは、練度も腕前も上がるはずもなく……。


今でも、死なせてしまった冒険者の仲間に言われた言葉が頭から離れない。


「何故……助けてくれなかったのっ!? 何故……この人だけっ!」


僕は何も言い返せなかった。どうやら彼女は死なせてしまった冒険者の

恋人だったらしく、僕を憎しみの籠った目で睨み続けていた。


それ以来、後悔と償いの日々だった。あの言葉と目を忘れたくて、酒に手を

出しても僕は下戸なのでまったく飲めない。情けない。

命の重さを軽く見ていた罰なのだろう、と自分を責め生活が荒れ始めていた。


そんな折に現れた小さな聖女様。素質がSで、しかも白エルフ!

瞬く間に中級治癒魔法を習得し、上級魔法も数日でマスターしたとか。


「やっぱり才能なのか……」


自分より小さな子供に、あっと言う間に追い抜かれ益々情けなくなる。

しかし、見てしまった。その日の魔法の勉強が終わったにもかかわらず

自室で治癒魔法の研鑽をしている聖女様を!

それも、一日だけではない、毎日……毎日だ!


素質の塊であり、膨大な魔力量を誇る聖女様が努力を惜しまない!!

僕は衝撃を受けた。そして自分を、恥ずかしく思った。

こんな小さな子が、こっそり努力しているのに、自分は何をしているのだと。


それ以来、努力を重ねてきた。

短い期間だったけど聖女様と活動して実力が付いてきたと思う。

ランクもDからBに上がった。その間は地獄だった、何度倒れたかわからない。

でも、聖女様は一度も倒れなかった。


しかし、その聖女様が倒れたのだ。今までも無茶してるな、とは

感じていたけど、聖女様は笑って「大丈夫だ」って言ってた。

皆……その笑顔で励まされた。


「はあっ、はあっ、こんな……!!」


こんなに小さな体で無茶をしてっ! 苦しいのを笑顔で誤魔化して……!!

目が滲む。情けない、大の大人が……!!


漸く食堂に到着する。驚き慌てるミランダさん。

肝の据わった、彼女の狼狽える姿は初めて見る。


「ミランダさん! どこか横になれる場所を!!」


僕の声にミランダさんは我に返り、急ぎ安静にできるスペースを作る。

そこにゆっくりと慎重に、聖女様を横たえた。


「聖女様をお願いします!」


そうミランダさんにお願いし、僕は駆け出す。

今……僕ができることを成すために。

聖女様が戻るまで、僕が……僕達が頑張らないとっ!!


僕は決意を新たにし、皆の待つ場所へと駆けて行った。


◆◆◆


……暗い……寒い……気持ち悪い。


なんだこれ? 初めてだ。今まで、こんなことなかった。

俺は今どうなってる? 感覚がない。何も聞こえない。何も見えない。


ケガ人共が待ってるんだ! こんな所で油売ってるわけにはいかん!

動け! 動け体!! 何故動かん!?


暗い、寒い、気持ち悪い。


くそっ! こんなことしてる場合じゃ……!!

しかし、状況は変わらず依然として全感覚がないまま。

いまだ経験したことがない倦怠感。俺の頭の片隅に「諦めちゃいなよ」と、

言う声が聞こえ始める。


暗い! 寒い! 気持ち悪い!!


ええい! 止めろ! 俺を惑わすな! 俺は諦めんぞ!!


しかし、それは虚勢だったのだろう。

俺はどこかで、こんなの無理!! と思っていたに違いない。

なんだ結局、いつもの中途半端な俺じゃないか……と諦め始める。

そうだ、向こうにいた頃から、俺は妥協と中途半端な生活しかしていない。


自分が困らなければ……どうでも良い。

自分が満足すれば、中途半端でも放り出す。そんなヤツだった。


……本当に? 俺はそんなヤツだったのか?

いやだ! 諦めたくない!! だれか、だれか……!!


無駄だよ、だれも来ないさ。今までも、これからも………

向こうにいた時からわかってただろう?


うるせぇ! 黙れっ!


結局……自分が良ければ、他人なんてどうでもいいって……。

自分がそうだったじゃないか? 今更……良い子ぶってどうするんだ?

見も知らずの他人じゃないか?


やめろっ! やめろっ!!


自分が仲間だと思っていても、彼等は俺を利用しているだけかもしれないぞ?

気味が悪いと思っているかも知れないぞ? その化け物じみた魔力を……。


やめろっ。


おまえを本当に必要だと、大切だと思っているヤツなんていないよ?

ここの連中も、王様も、デルケットもレイエンも、ヒーラー達も、

ここの住人達も、タカアキもそう、フウタも、アルフォンスも……。

そしてエレノアもだ!


やめてくれぇ……。


もう、疲れ果てている俺には、抵抗する力が残っていなかった。

段々と俺の心が冷たくなっていくのがわかる。

もう……諦めようか? 俺は……がんばったよな?


『諦めたら、そこで終わりだよ?』


え……? この優しい声はっ!?


闇の世界が桃色に輝き始めた。


かつてないほどの力が満ちる。闇は払われ、寒さはなくなり、気分は爽快だ。

そして闇の世界は光に満ちた。


『さあ、目覚めなさい。お前を待ってる人達がいるよ?』


俺は知っている。

この光を、この暖かさを、この優しさを!


俺は光を抱きしめ、意識が目覚め始めたのを感じた。


振り返れば昔の俺が、男であった頃の俺が手を振り「がんばれよ」と言った。

アレは俺だ、かつての俺だ!! 全身を傷で埋め尽くされた俺。

かつて『傷だらけのも…………』? くそっ、思い出せないか。

そして、その手には……桃先生だ! あの優しい声は桃先生だったのか!


「いいから行け。皆が待っているぞ」


 低く癖のある声、俺の声だ。

 かつての俺は、穏やかな笑みを浮かべ俺を促した。


「ああ! 行って来るっ!!」


俺は『かつての俺』に別れを告げ

『今の俺』を待っている人達のもとへ向かった。


待ってろ! 今行くぞっ!!


俺は今、本当の意味でこの世界に生まれたような気がした。

もう、中途半端はなしだ! 最後まで……全力で行くぜっ!!


白き可能性の珍獣。その挑戦が始まった……!!

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