199食目 対決、カオス教団!
◆◆◆
転移装置が起動した。
どうやら、ここにまで到達した者がいるようだな。
たどり着いた者が聖女なら、事はすんなり進むが……果たしてどうだろうか?
生贄の間で待つ私達の前に現れたのは、
小さな白エルフの少女と三名の冒険者だった。
私の口角が思わず上がる。
当たりだ、間違いなく彼女こそが『聖女エルティナ』だ。
「ようこそ、聖女エルティナ。
お待ちしておりましたよ?」
「おいぃ……アルアはどこだ! というか返せこの野郎!」
聖女様はせっかちであらせられる。
まだお互いに、名乗りを上げていないでしょうに。
「お初にお目にかかります。
私は『カオス教団』の司祭モーベンと申します。
あなた様のご友人は、こちらにいらっしゃいますよ?」
「アルアッ!? このふぁっきん野郎!
いたいけな幼女に、なんてことをしやがるんだ!」
我が神に捧げる生贄の台座に括り付けられた友人を見て、
聖女エルティナが激昂した。
「おっと、変な気は起こさぬようお願いいたしますよ? 後ろのお三方。
この娘の命は我々が握っているのですから……」
この冒険者達はかなりの手練れだと窺えるが、
私と彼らの距離はだいぶ離れている。
しかも、私の護衛にボリス、ベック、ポッチョの三人組を配置している。
万が一のことはないだろうが、それでも万全を期すために、
聖女エルティナの後ろに控えていた冒険者達に釘を刺して置くことにした。
やはり、何か仕かけようとしていたようで、
彼らの表情が苦々しいものに変わった。
これで、もう彼らは私の指示に従うしか手段は残されていないだろう。
その状況で聖女エルティナが口を開いた。
「ここには、おまえらしかいないのか?」
うぐっ! 言い返しにくい質問をしてくれる!
現在、何故か私の支部だけ人員が送られてこない。
増員を要請してから一か月以上も経過している。
立地条件が劣悪なのと交通の便が悪いのが原因だが、
それくらいは覚悟のうえで、カオス教団に入信している者ばかりのはずだ。
何故、私の支部だけ……ぶつぶつ。
おっと、いかん。
適当に誤魔化しておかなくては。
「現在は出払っておりますが、もうすぐ戻ってくることでしょう」
「そうか……今はおまえ達だけなんだな?」
聖女エルティナはニヤリとした。
いったいなんだ……その表情はっ!?
そして、彼女は急に驚いた顔をして横に振り向いた。
私も思わずそちらの方向を確認する。
いったい何があるというのだ!?
……だが、そこには一匹の猫がテーブルの上で丸くなっているだけであった。
というか猫!? ここには、そんな生物は存在しないはず!
「ぐえっ!」という悲鳴。
私の護衛をしていた三人が吹っ飛び、
私から距離を開ける形になってしまった。
……なんということだ、
聖女エルティナの行動は、私達に隙を作らせるものだったのか!
「過信したなぁ? 俺の秘技『よそ見』だ!
この迫真の演技を見破れるヤツは、スラストさん以外に殆どいない!」
「ぐぬっ、ぬかったか……!」
どこから現れたのか、
十数名の武器を持った子供達に取り囲まれてしまった。
それにしても……いくら不意打ちだとはいえ、あの三人が不覚を取るとは!
それに、この子供達はいったい何者なのだ!?
「おぅ、おっさん。
もう謝っても遅せぇぞ? ぼっこぼこにしてやんよぉ!!」
聖女エルティナの頭に、何故か『!?』の記号が見えた。
決して錯覚ではない。
そしてその記号を見た瞬間、私の脳内に警報が響いた。
「逃げろ」と本能が私に命じていたのだ。
だが、ここまでやっておいて「そうだな」と引き下がるつもりはない。
決意なくしてこのようなことをしたりはしない。
私は、私には……覚悟がある!
「ふふふ……やってくれますな?
しかし、切り札を出すには早過ぎたようですな!」
私は風属性妨害魔法『ウィンドボム』を最大威力で発動した。
『ウィンドボム』はその名のとおり風の爆弾である。
術者を中心にして、全方向に強烈な風を発生させることができるのだ。
主に敵に纏わりつかれた時に使用するのだが、
味方も吹き飛ばしてしまう欠点もある。
今この状況では使わない手はない。
何故なら……
「ふふ、ふははは!
これで、形勢は再び逆転ですな? 聖女エルティナ!」
台座に括り付けられた白い少女と、発動者である私以外は全員吹き飛ばされ、
状況はほぼ最初の状態に戻ったからだ。
「それはどうかな? もんじゃ!!」
エルティナの声に反応して私に飛びかかってきたのは、
いつの間にか台座の陰に隠れていた先ほどの猫であった。
「にゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「くっ!? たかが猫ごとき……猫ごとき……
って、なんだこの猫は!?
つ、強過ぎるっ!」
その猫はあり得ないほど強かった。
こちらの魔法攻撃をやすやすと回避し、
私の繰り出した拳の上に乗って私を引っ掻いてきたのだ。
いたたた!? 痛い痛い!
「今だ! ムセル、イシヅカ、ツツオウ! アルアを助けるんだ!」
「ちっ! そうはさせん!『ウィンド……』」
私は再び『ウィンドボム』を発動させようとした。
もう一度仕切り直せば私に勝機が見えてくるはずだ!
「させるか! うずめっ!!」
「ちゅんちゅん!」
聖女エルティナの帽子の中から、
茶色の小さな小鳥が勢いよく私に突っ込んできた。
「ぐわわっ!? いったいなんなのだっ!」
しまった、魔法が中断されてしまった!
尚も私の顔の前で羽をばたつかせて、魔法の邪魔をする小鳥。
私は手を振るって小鳥をどけようとした。
そしてそれは功を奏し、小鳥を追い払うことに成功する。
今度こそ、魔法で吹き飛ばしてくれるわ!
「遅ぇよ!『連撃拳』!!」
いつの間にか懐に潜りこんでいた獅子の獣人の子供が、
私の体目がけて強烈な拳を幾つも放ってきた。
「小賢しい真似をっ!」
かわしようがないので、急所の部分に魔法障壁をピンポイントで張る。
子供が放つ威力の拳ではない、一瞬……意識が飛びかけた!
それでも耐えることに成功する。
「親分に手を出すな! ちびっ子ぉ!!」
三人の中で一番体格のいいボリスが、
巨大なナイフを抜き放ち子供の獅子の獣人に切りかかった。
ベックとポッチョも冒険者と子供相手に戦闘を開始したが……
なんなのだ、この異常な強さの子供達は?
ありえん……下手な冒険者達など相手にもならない強さだ!
手練れの三人組が押され始めているだと!?
「おのれ……今のうちに娘を」
アルアという娘を盾にしようと向かった私の頬を何かが切り裂いた。
私の目の前にいたのは、台座の上に載っていたおもちゃのゴーレム。
そうだ、確かホビーゴーレムだったはず。
それが銃を構えて私の前に立っていたのだ。
まるで、娘を守るかのごとく。
おもちゃのゴーレムなど恐れるに足らず。
私は再び娘に近づこうとした。
その瞬間、先ほどと同じ部分に痛みが走り、
私の後ろにあった壁に亀裂が入る音がする。
「ま、まさか……」
ホビーゴーレムの持つ銃口からは煙が上がっていた。
三つある目が回転し……止まる。
そして、銃を私の眉間辺りに定めた。
『次はない』
そう、その緑色のホビーゴーレムが言っているように感じた。
冗談ではない。
この異常な連中はいったいなんだというのだ!
狼狽える私にとどめを刺すかのごとく、
更なる侵入者が生贄の間へと入り込んできた。
「観念しろ、おまえ達!」
見事な鎧で身を包んだ八名ほどの女性冒険者達。
彼女達はカサレイムで活動するパーティー『銀の羽音』の冒険者である。
「き……貴様達! どうしてここが!?」
「どうしてもこうしてもない……こういうことだ!」
リーダーである銀髪の女冒険者フラリーネが、
ドワーフの冒険者を切り倒したのであった。
◆◆◆
「ジャックさん!?」
援軍だと思われた女性ばかりの冒険者が、突然俺達に牙を剥いてきた。
咄嗟の出来事に皆の対応に遅れが生じて、
あっという間に総崩れとなってしまった。
「どういうことなんだ……おまえらっ!?」
髪の毛と同じ色の見事な剣に、べっとりと血糊を纏わりつかせた銀髪の女は、
倒れたジャックさんを踏みつけて言った。
「どうもこうも……私はおまえの仲間だとは、一言も言っていない。
私はカオス神様に忠誠を誓った高貴なる僕。
我らが神に従わぬ者は全て抹殺する」
俺に剣の切っ先を突きつける、銀髪の女の仲間達。
なんてこった! このまま、上手くいくと思っていたのに……!
「遅れてすまない、モーベン司祭。
あのお方からの指示で、今まで協力することができなかった。
……許されよ」
「あのお方が……それならば致し方あるまい。
下賤なる者との生活の方が、よほど辛かっただろうに。
よく駆け付けてくれた」
銀髪の女がモーベンと呼ばれた、
赤いローブを着た中年のおっさんに頭を垂れた。
その時、うなじに彫られた『カオス教団』の紋章が俺の目に飛び込んできた。
そんなところに彫ったら、
セクハラまがいのことをしないと確認できねぇな。
とにかく、この状況を打破しなくては!
もう半数以上が倒されてしまっている。
何か行動を起こさなくては全滅は必至だ!!
「動くな……死にたいのか?」
剣を突きつける女冒険者が俺を見下すように言ってきた。
そして俺の首元に剣を突きつける。
チクリと痛みが走った。
恐らく俺の首からは血が流れているだろう。
この女はそうすれば、きっと俺が大人しくなると踏んだのだろう。
だがそれは大きな間違いだ。
「おまえの、その浅はかな考えは愚かしいな」
『エルティナ、とんぺーとの『連結魔法抵抗処理』が完了した。
まったく、無茶な提案をしてくるものだ。
その分、魔法の威力は低下、消費魔力も増大している。
よく考えて使用するんだ』
『上等だ……やってやるぜ!!
魔法の威力調整よろしく!!』
『了解した。
オペレーティングスタート、とんぺー頼む』
『うぉん!』
俺はまずアルアを巻き込まないようにして、
俺式『ファイアーボール』を発動する!
威力は落ちているが近距離ならかなりの威力が期待できる……はず(心配)。
俺の『ファイアーボール』を喰らった女冒険者の内、
一人はきりもみしながら壁に激突し動かなくなったが、
なんと一人は爆発に耐えたのだった。
少しばかりショックな出来事である。
「こ、このガキ!? 耐熱アミュレットがなかったら死んでいたぞ!」
相手はどうやら、火の抵抗力を高める魔法道具を身に着けていたようだ。
俺は目聡く、そのアミュレットが砕け散っていくのを確認した。
激昂した女冒険者が俺に剣を振り下ろす。
「まて、その娘を殺すな!」
銀髪の女が女冒険者を呼び止めるが間に合わないだろう。
何故ならば……くたばるのは俺ではなく女冒険者だからだ。
俺は女冒険者を爆破処理した。
「おまえら……調子ぶっこき過ぎた結果だよ?」
びきびき!
ここまで頭にきたのは、いつだっただろうか?
ここ最近は守られてばかりだったが、
俺は元々は皆を守るために努力してきたのだ。
今こそ見せてやろう……俺の真の力を!!
『魔法技「禁じ手」は禁止だ』
『あふん、見逃しておくれよぅ』
残念、桃先輩には見破られていた!
ちくせぅ……他の方法であいつらを「ふきゅん」と言わせてやるぜ。
「く……なんだこいつは!?
本当に聖女エルティナなのか!?」
狼狽える銀髪の女。
いとも簡単に二人の女冒険者を葬り去った(死んでない)俺を警戒している。
「残念だったな俺は聖女である前に『可能性の珍獣』だという話だぞ?」
俺は桃力を無駄遣いし、体から桃色の光を溢れ出させた。
意味なんてない、ただ単にその方が俺が強く見えそうだったからだ。
うん、銀髪の女と赤いおっさんがビビっているのがよくわかる。
『桃力の無駄使いをするな』
『さーせん』
桃先輩に怒られてしまった。
ふきゅん。
「くっ、ならば戦う気力を奪えばいいだけだ!」
銀髪の女がアルアの下へ走っていく。
接近に気が付いたムセルがヘビィマシンガンで応戦した。
ヘビィマシンガンの攻撃を受けながらも、
銀髪の女がアルアの下に辿り着いてしまった。
ムセルはアームパンチで応戦するも、
リーチ差があり過ぎてあえなく平手打ちを喰らい吹っ飛ばされてしまった。
「にゃ~ん!?」
運が悪いことにプルル達を援護していたツツオウに、
ムセルがぶつかってしまった。
連携は乱れてしまい、プルルが女冒険者に取り押さえられてしまう。
運が悪いことは重なるものだ。
「あう……ここはどここ? おねいささんは、だりられれ?」
気を失っていたアルアが目を覚ましてしまったのだ。
体が台座に括り付けられているので顔だけ動かして周りを見渡している。
当然そこには倒され、取り押さえられた皆の姿があった。
「あはは……これれ、どういうんころろ?」
状況が把握できず、
泣きそうな顔で苦しむ皆を見ていることしかできないアルア。
彼女の目には次第に涙が溜まり、遂には溢れてしまった。
「見ろ! 聖女エルティナ!
おまえの友人が死ぬところを!」
「やめろっ!」
銀髪の女は腰からナイフを抜き放ちアルアの顔へと振り下ろした。
取り乱した女の凶行。
「……やめろ、まだ生贄の儀式が終わっておらぬ」
それを止めたのは、敵であるモーベンと呼ばれたおっさんだった。
受け止めたナイフは手の平を貫通し、アルアの顔を血で染め上げる。
「生贄の儀式が終わらぬまま殺してしまっては、
カオス神様が復活なされた時に、この子は共に蘇ることはできぬ」
「それでは、我々が殺されてしまう!」
銀髪の女にモーベンが一喝した。
「我らが恐れるは、カオス神様に見放されることのみ!
忠実な信徒であるならば、カオス神様の復活と時同じくして、
この世に再び蘇る! 汝、恐れることなかれ!!」
その言葉に銀髪の女は正気に戻ったようだった。
このおっさん、ただの雑魚かと思いきや……強い。
信念に対して命を賭けれる『漢』だ!
「あう、あああ、あうあうあうううう……」
アルアが異常な怯え方をしだした。
息が荒くなり、がたがたと震えている。
「娘よ、怖い思いをさせてしまったな。
もうすぐ終わるから、大人しくしていなさい」
モーベンはアルアに優しく語りかけると俺に向き直った。
「さて……仕切り直しと行きましょうか? 聖女エルティナ」
「あぁ、そうだな」
俺はモーベンに『ヒール』を飛ばした。
瞬く間にナイフに貫かれた手の平が癒えてゆく。
「礼は言いませんよ」
「構わんさ」
モーベンが腰を低く落とし奇妙な構えを取った。
『蟷螂拳か……厄介だな』
『かまきり拳か……』
すかさず桃先輩から『とうろうけん』だ、とツッコミが入った。
んもう、ちゃんとわかってるよぉ!
対する俺達も臨戦態勢に入った。
とんぺーが姿勢を低くし、いつでも飛びかかれる態勢に入る。
そして、緊張が最大限に高まった時、それは起こった。
「あ、ああ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
アルアの絶叫とも悲鳴ともいえる叫び声。
そして、彼女の体から溢れ出す得体のしれない白いもの。
それは瞬く間に部屋を覆い尽くし、
辺り一面真っ白に染め上げて何も見えなくなった。
「ア、アルアッ!?」
見えなくなるアルアの姿。
俺の叫びも白く染め上げられ、白い空間の中に消えていったのだった。