198食目 フレイムドール
「……エル、あの子何か様子がおかしいわ」
ヒュリティアが俺達の目の前に立ち塞がる、
フレイムドールの様子がおかしいことに気が付いた。
言われてみれば、二メートルほどの大きさの顔のない赤いゴーレムが、
不安そうにきょろきょろしている。
ひょっとして……ビビっているのだろうか?
対する俺達は殆ど子供で構成されたパーティーだが、
戦闘能力が半端ではない。
フレイムドール相手にする前にフレイムスパイダーの群れに出くわしたが、
たった数分で決着が付いてしまったのだ。
恐るべし……数の暴力。
きっと、フレイムドールは見ていたのだろう。
俺達がフレイムスパイダーの群れを蹂躙する光景を。
正直、俺も引くレベルの連携攻撃だったからな……。
塊野郎との戦いで感じた己の未熟さ。
あの日からクラスの皆は、本気で鍛錬を始めだしたという。
ほんの僅かな期間で驚くほど強くなれるのが、
我がクラスの武闘派連中なのだ。
決して、敵に回してはいけない(戒め)。
さて、問題のフレイムドールだが……
ここは一つ、戦闘を回避するために『威嚇』をして追っ払ってみようと思う。
『威嚇』とは、野生動物が戦いを避けるために使う方法である。
警戒音や体を大きく見せて『俺の方が強いぞ!』とアピールするのだ。
そして、威嚇にビビった方は「すんませんした!」と言って、
憐れにもすたこらさっさと、とんずらするはめになる。
問題なのはゴーレムに『威嚇』が効くかどうかだが……
俺は問題なく効果があると思った。
この世界のゴーレムには魂が入っている。
それぞれに色々な性格があり、勇敢なヤツ、大人しいヤツ、優しいヤツ、
自由なヤツ……そして、臆病なヤツ、と多種多様だ。
このフレイムドールは間違いなく臆病なヤツだ。
きっと、俺の『威嚇』は効果があるだろう。
「皆、ここは俺に任せてくれ」
俺は悠然と怯えるフレイムドールの前に立った。
俺の突然の登場で、灼熱の人形は更に挙動不審になっている。
ここで、俺の渾身の威嚇をお見舞いして、一気に畳みかけてくれるわっ!
俺は体を大きく見せるために『大の字』のポーズをとった。
そして「きしゃー!」と鳴いて、フレイムドールをビビらせてやる。
……完璧だ!
最早、フレイムドールに対抗する手段は残っていないだろう。
そのまま「ごめんなしぁ」と言って、無様に立ち去るがいいわっ!
「……?」
しかし、フレイムドールは困ったように首を傾げるのみだった。
俺は果敢に「きしゃー!!」と威嚇するも、
灼熱の人形は更に困る仕草をするのみであった。
「ふきゅん……」
鳴き疲れた俺は、膝を突いて崩れ落ちてしまった。
バカな……俺の渾身の威嚇をもってしても、
フレイムドールをビビらせることができないとは!
こいつは……化け物か!?
「何やってるんだよエル。
ひょっとして、威嚇のつもりだったのか?」
ライオットが俺の下にやってきて、
崩れ落ちた俺を立ち上がらせてくれた。
「つもりも何も、それ以外の何に見えたんだよ?」
「う~ん、挨拶かな? 仲間同士の」
今俺は世界中の人々に、同情してもらう資格があると確信した。
ちくせぅ、俺の威嚇が効かないなら、
もう他の誰がやっても無駄じゃないか!
「まったく……いいかエル。
威嚇ってのはな……こうやるんだっ!」
その瞬間、ライオットの体から突風が吹いたように感じた。
実際には突風などは吹いてはいない。
彼が飛ばしたのは闘気や殺気などであろう。
それらを用いてライオットはフレイムドールを威圧した。
それを受けたフレイムドールは頭を抱えてうずくまり、
がたがたと震え出した。
「おっ? 面白いことになってるな。
よぉし、俺達も威嚇しようぜ!」
リックの一言によって俺を除く皆が、一斉にフレイムドールを威嚇し始めた。
その威嚇を受けて、フレイムドールはビクンビクンと体を震わせている。
これは酷い。
これでは、ただのリンチである。
勘弁してあげてよぅ!
「おいぃ……おまえら、ここら辺で勘弁してやれ」
俺は見るに堪えて、皆を止めに入った。
それを援護するようにリンダも皆を止める。
「そうだよ、威嚇を止めて……もう『とどめ』を刺そうよ!」
リンダはあの得体のしれない塊を天高く掲げ、
フレイムドールを粉砕する気満々であった。
彼女の体から溢れ出している闘気は、
周りの景色を『ぐにゃあ』と歪めている。
その姿を見た灼熱の人形は、マグマの泡を吹いてへたり込んでしまった。
フレイムドールよ……安心しろ、俺もきっとそうするだろうから(同情)。
「お……おまえら、フレイムドールに謝れ」
熱くて触れないが、
もし触れるならば背中を擦って慰めてやりたいレベルの行為であった。
フレイムドールは泣いていい。
「戦闘を回避できたのだから良しとしましょう、エルティナさん」
「そうですわね、お兄様」
一際、強烈な威圧をフレイムドールにぶつけていた双子の兄妹が、
満足そうな笑顔を俺に覗かせてきた。
そのあまりに清々しい笑顔は、流石の俺も引くレベルだ。
この兄妹の心の底には、何かどす黒いものがあるのかもしれない。
ビクンビクンと痙攣している灼熱の人形。
あまりに哀れ過ぎる。
「ま……まぁ元気出せ、な?」
俺はフレイムドールの体に、うっかり触れてしまった!
しまった……フレイムドールの超高温の体が、俺の手を焼き尽くす!
……ことはなかった。
触れてみたが、ほんのりと暖かい程度であったのだ。
つまり、この体からゆらゆらと見えている炎は……やっぱり、ただの偽物か。
恐らく、光属性特殊魔法『カムフラージュ』で、
炎が出ているように見せかけているのだろう。
「おまえは、なんて不憫なヤツなんだぁ……」
遂に自分の正体がばれ、本気で落ち込んでいるフレイムドール(?)を
ムセルとケンロクが慰めだした。
イシヅカとツツオウもフレイムドール(?)を励ましているようだ。
同じゴーレムとして、思う部分があったのだろうか。
「結局、こいつは偽物なのか?」
クラークが呆れた様子でフレイムドール(?)を眺めている。
その呟きにプルルが答えた。
「いや、本物のフレイムドールだよ。
ただし……完成度が低過ぎて、特性が全て使い物にならないみたいだねぇ。
これじゃ、普通のゴーレム程度、いや……
それ以下の能力しかないみたいだねぇ」
プルルはフレイムドールに『ステート』を使用して能力を見ていたようだ。
彼女の前には半透明のプレートが展開しており、
落ち込んでいるフレイムドールの詳細なデータが映し出されていた。
「よ、予算不足で作られた出来そこないってヤツか?」
リックの心無い言葉は、
フレイムドールに致命的なダメージを与えるに至った。
肉体にではなく、その精神にだ。
灼熱の人形は顔の部分を手で覆い嗚咽し始めた。
口がないので鳴き声こそ聞こえないが、仕草が嗚咽していると思わせた。
その姿はもう、強敵を予感させる強者の姿とはかけ離れた、
か弱く哀れな姿である。
見るに見かねた俺は、フレイムドールの背中を優しく擦ってあげながら、
リックに謝罪を要求した。
「おいぃ……心無い言葉は人を傷付ける。
リックはフレイムドールに謝るべき!
謝って! はやくっ、はやくっ」
俺は手をぶんぶんと振ってリックを促した。
当のリックは、わけがわからないといった感じではあったが、
なんとか「ご、ごめんな」という、
謝罪の言葉を絞り出すことに成功したようだった。
「許す」
「早い、もう許した! って、エルティナが言うのですか!?」
リックの謝罪から僅か二秒で俺は答えた。
既にセリフを用意していた俺に隙は生じなかったのだ。
その俺に、すかさずツッコミを入れてきたのはフォクベルトだ。
いちいち、律儀にツッコミを入れるようになったのは、
きっと俺のせいでもあるのだろうが……まぁ、気にしない気にしない。
ツッコミはフォクベルトの存在意義に近いものがあるからな。
リックの謝罪を受けたフレイムドールはすっくと立ちあがり、
すました立ちポーズをとった。
君は打たれ弱いが、立ち直りも早いな!?
「これに懲りたら、迷宮の隅っこで静かに暮らすんだぞ?」
俺の言葉に頷くフレイムドールを残し、
俺達はアルアの待つ四十層に続く隠し部屋へと、侵入を果たしたのだった。
尚、隠し部屋の扉は固く閉ざされていましたが、
リンダさんが『物理的』に開けてくださいました。
えぇ、とても素晴らしい笑顔で。
あの塊を手にした彼女は最近……
ユウユウ閣下に、どことな~く似てきていて戦慄を隠しきれません。
だれか助けて~!(切望)
◆◆◆
隠し部屋の中には転移装置らしき魔法陣が中央にあるのみで、
他には何もないシンプルな部屋であった。
しかし、俺達二十名近くの大編成パーティーが入っても、
窮屈に感じない程度の広さが確保されていた。
「ちっ……転移装置は停止状態か」
「当然だなぁ、簡単に利用されちまったら、
向こうさんもぉ困るだろぉしなぁ?」
ジャックさんが床に描かれた魔法陣の中央部分に手を当てると、
半透明のプレートが出現した。
『ステート』を使用すると出現する物と同じものだ。
「パスワード形式かぁ……
かなり古ぃタイプのものだがぁ、やれそうかぁヴァン?」
「一人じゃ時間がかかり過ぎます。
だれかもう一人、手伝ってくれる者が必要ですよ」
ヴァンさんが半透明のプレートをいじり出すと、
同じタイプのものが何枚も出てきた。
その数、およそ十五枚ほど。
「さて、こいつのロックを全て解かないといけないわけだが……
一人でやれば軽く一時間はかかる。
俺も専門職じゃないから解除がスムーズにいかないんだ。
しかも、解除に失敗したらロックが増えるタイプだから、
絶対に失敗は許されない」
ヴァンさんの苦々しい顔は、
このセキュリティの解除の困難さを表現していた。
「じゃぁ、俺が手伝うよ。
里にある装置で遊んでいたからこのタイプは得意だぜ」
協力を申し出たのは、
フェアリーの剣士を目指しているケイオックだった。
彼はパネルの一つに飛んで行き、あっという間にロックを解いてしまった。
「凄いな……将来はシーフか、トレジャーハンターを目指しているのかい?」
「俺の目指しているのこいつさ」
そう言って、
ケイオックは縫い針と同程度の大きさの剣をヴァンさんに見せた。
「け……剣士か!?
いや、ダメだとは言えないが……険しき道だぞ?」
ケイオックの答えに返事を返しつつもロックの一つを解除する、
にゃんこ冒険者のヴァンさん。
これなら、起動までそれほど時間がかからないかもしれない。
「おめえらぁ! 今のうちに武器ぃ修理すっからよぉ!
がたぁきてるヤツを寄越しなぁ!」
ガンズロックが携帯用の金床を『フリースペース』から取り出し、
猛然と破損した武器を修理し始めた。
その隣ではジャックさんが修理し終えた武器を研ぎ始めている。
そうだ、俺もこの時間を利用して準備を備えておこう。
まずは消耗した桃力の補給だ。
やりたくはなかったが、身魂融合で強引に補給することにした。
対象はこれまで散々蹴散らしてきたフレイムスパイダーだ。
食べることができないかな? と思い、
数匹『フリースペース』に突っ込んでおいたのだ。
「いただきます」
そのうちの一匹を俺は身魂融合を用いて『食べた』。
やはり味がしないし、腹も膨れない悲しい食事だ。
淡い緑色の光が俺の魂に入り込んできて、
空になりかけていた桃力を満たしていった。
「ごちそうさまでした」
俺に力を与えてくれたフレイムスパイダーに感謝の言葉を捧げる。
これが終わったら、きちんと食べて供養してあげるからな。
今はこれで勘弁しておくれ。
さて、後は連絡だ。
あまりの強さに心配することを忘れていたが、
ユウユウ閣下も獄炎の迷宮に侵入しているのだ。
ダナンも恐らく連絡を忘れているだろうから、今彼女に連絡を入れておこう。
俺は『テレパス』でユウユウに連絡を送った。
『もすもす、こちらはエルティナです』
『ユウユウよ、どうしたのかしら?
……あらやだ、もう時間が過ぎてしまってるじゃない。
もう少し早く連絡を入れてくれないかしら?』
どうやら彼女は、俺が「帰るから戻ってきてくれ」と言っている、
と思っている様子であった。
『いや、緊急事態だ。
アルアが攫われちまった。
アルアは獄炎の迷宮の四十層付近に監禁されているっぽいから、
今クラスの皆と殴り込みをかける準備中だ』
『そういうことは「ぐちゃ」もっと早く言いなさい。
今、私は三十八層にいるから「ぼきっ」直接向かうわ』
……三十八層って。
一人でそこまで潜ったのか?
もう人間を止めた感じがするな……ユウユウ閣下。
『了解した。
エルティナ、ユウユウに「ソウルリンク」を。
要領は「テレパス」と同じだ……やれるな?』
『応! 任せろ~』
俺は桃先輩に言われたとおり『ソウルリンク』をユウユウに飛ばした。
少しして、ユウユウと繋がった感触がする。
どうやら、ソウルリンクが成功したようであった。
『アルアの居場所の情報を転送する。
くれぐれも注意して進んでくれ』
『あら、私の心配?「ぶちぶち」
クスクス……「ぶちん」優しいのね、桃先輩って「べきべき」』
そう言って連絡を切ったユウユウ。
喋っている最中に、決して聞いてはいけないような音が沢山聞こえたが……
ひょっとして戦闘中だったのか?
それにしては、息一つ乱れていなかったように思えるが。
いかん、考えたら負けな気がしてきた。
この件は一端保留とする!(賢明な判断)
「珍獣様、転移装置の起動が成功したぞ!」
ユウユウとの連絡から二十分ほど経った頃、
ケイオック達が停止していた転移装置の起動に成功したようだ。
これで、ようやくアルアの下へ辿り着ける!
「皆……準備はいいか!?」
俺の確認に各々が修理したての武器を掲げて応えた。
この短い時間でよくもまぁ、全員分の武器を修理できたものだ。
ガンズロックとジャックさん、がんばったなぁ。
「よぉし、行くぞ!
アルアを取り返すんだ!!」
俺達は起動して光り輝いている魔法陣へ飛び込んだ。