196食目 輝夜の新たな力
「よし、殿のライオット達と合流したら先に進もう」
「うっは、食いしん坊なら、そう言うと思ったよ!」
ムセルから回収した矢を受け取ったスラックが軽口を叩くが、
その表情に嫌な感じは見受けられない。
むしろ、早く行こうという意思が宿っていた。
「俺も、その案に賛成だ。
今の群れでここいら一帯のフレイムスパイダーは倒しつくしたようだ。
この階層を抜けるのは今しかない」
ヴァンさんが得物である二本の短剣の状態を確かめながら言った。
「ジャックさん、セーフティーゾーンは下の階層の
入り口付近にあるんだよな?」
「あぁ、何度も利用しているから間違ぇねぇよぉ」
よし……だったら、なんとかなるかもしれない。
後はライオット達が戻ってくるのを待つだけだ。
「わりぃ、待たせちまったな」
殿のライオット、プルル、ザイン、マキシードとケンロクが戻ってきた。
大量に出現するフレイムスパイダーに囲まれないように、
俺達はパーティーを二つに分けて戦っていたのだ。
マキシードがいてくれるお陰でこのような戦法が取れる。
やはり、ヒーラー一人では限界が出てくるのだ。
「マキシード、まだいけるか?」
「はい、エルティナ様! 自分はまだやれます!」
とは言っているが少々顔が青ざめている。
これは魔力が少なくなってきている証拠だ。
マキシードだけじゃない、ロフト達も限界が近い。
どんなに並外れた能力を持っていても、まだ七歳の子供なのだ。
もちろん、例外は存在するが。
「行こう! この先の層にあるセーフティーゾーンで休憩をはさむ!」
無理をして最悪、仲間を失ってしまっては元も子もない。
取り敢えずは、安全に休める場所で休憩しつつ考えを纏めよう。
◆◆◆
無事に十二層のセーフティーゾーンにたどり着いた俺達は、
しばし体を休ませていた。
「ありがとうなとんぺー、少しだが休んでくれ」
「わん!」
俺を乗せてがんばってくれた白い犬のとんぺーを労う。
そして、桃先生を創り出し皆に配った。
苦しい時は桃先生って一番言われているからだ。
主に言っているのは俺なのだが……。
「エル、わかっているとは思うが……アルアが攫われてから、もうすぐ一時間だ。
時間的に誘拐犯がアルアに対して、何かをする確率が高くなる」
ライオットが桃先生を食べながら険しい表情をする。
彼もまた、焦り始めている一人だった。
「わかっている、今……俺は決断した」
やはり時間がない。
それならば、やるしかない。
「このパーティーを分ける。
消耗しているマキシードとジャックさん、ロフト隊は
ここで休憩をしてから追いかけてきてくれ。
途中でリック達と合流できそうであれば合流してほしい」
「お嬢! 俺ぁまだやれるぜぇ!!」
……嘘だ。
先頭で戦い続け、ロフト達を庇いながら戦ってきた彼はもう限界が近い。
それに俺は『魂表示・ソウルステータス』で状態を把握できる。
「もちろん、戦力として期待しているし信頼もしている。
でも、その状態じゃ俺一人ではとてもカバーできない。
マキシードもかなり消耗している。
ここはパーティーを分けて進むしかないんだ。
もう……時間はあまり残されていない」
「お……お嬢。
わかったぁ! ヴァン、お嬢を頼むぜぇ!」
「がってんだ! 任せておくんなせぇ!」
俺は立ち上がり、とんぺーの下へと向かった。
桃先生をムシャムシャと幸せそうに食べている。
「とんぺー……もう少し俺に力を貸してくれ」
「うぉん!」
とんぺーは力強く返事をした。
俺は再びとんぺーに乗り出発する。
「食いしん坊! やられるんじゃねぇぞ!」
「必ず追いつくからさっ!」
「それまで、がんばっておくれ!」
ロフト隊が力を振り絞って俺達を応援してくれた。
もう立ち上がる体力もないだろうに……。
「行ってくる! モモガーディアンズ……出撃だ!」
俺達は残していく彼らの分も戦い抜き、
囚われのアルアを救い出すことを改めて誓ったのだった。
◆◆◆
本部から戻ってきた私の前には、
全身が純白で彩られた少女が横たわっていた。
どうやら、指示どおり聖女の拉致に成功したようだ。
私は嬉しさのあまり小躍りしそうになる。
だが、よくよく少女を観察すれば、聖女ではないことが判明した。
「愚か者が……この娘は聖女ではない」
連れてこられた少女は確かに白かったが、
白エルフではなく、ただの人間であったのだ。
「で、でもぉ白かったずらぁ」
「んだんだぁ! 白くてめんこかっただぁ!」
「ずらー」
私は眉間を摘まむ。
こいつらは確かに腕が立つ手駒ではあるが、頭が悪いのがネックだ。
しかし、今の私達にはこいつらを超える腕前を持つ者がいない。
全ては……あの忌々しい男のせいだ。
「まぁいい。
この娘は、我らが神の供物にでもするとしよう……いや、待て」
この娘は情報によると、聖女の友人だったはずだ。
であるなら……この娘を餌にして、
聖女をおびき寄せることが可能ではないのか?
ふむ、我ながら良い策を思いついたものだ。
「おまえ達、この娘を生贄の間の台に括り付けておけ」
後は聖女がのこのこ現れるのを待つだけだ。
くくく……これでうまく事が運べば、
我らが神がこの世に降臨することだろう。
「え~!? こんなめんこい子に、そんな酷いことするんだかぁ!?」
「んだんだぁ! かわいそうだべぇ!!」
「ずらら~!」
再び私の眉間が痙攣しだした。
こいつらは何度も教団の教えを叩きこんでも、すぐに教えを忘れてしまう。
本当に困った連中だ。
「いいから、言われたとおりにしろ!
飯を抜きにするぞ!」
そういうと「勘弁ずら~!」と言い残して、娘を生贄の間へと運んでいった。
早く優秀な手駒がほしい。
「ふぅ……この苦労も、全ては我らが神のため!
再び我らが神の時代はやってくるのだ!」
くくく……『カオス教団』は滅びぬ!
何度でも蘇るのだ! 我らが神のようにな!
さぁ、来るがいい……聖女エルティナよ!
そして、我らが神の生贄となるのだ!!
◆◆◆
獄炎の迷宮十五層に到達していた俺達は、思わぬ強敵に遭遇していた。
炎を身に纏う軟体生物『フレイムゼリー』の群れと鉢合わせてしまったのだ。
その数二十匹。
ライオット達の直接攻撃は炎が体に纏わりついてしまい、
逆に大ダメージを受けてしまう。
そして、ムセルやケンロクの射撃では、分裂してしまい数が増えてしまう。
「厄介な魔物だねぇ……どうにかできないものかな?」
現在、防戦一方の俺達だ。
このままでは時間が過ぎ去るばかりでなく体力も失われていく。
水風爆散弾を使いたいところだが……実はもう水がない不具合が発生している。
あの魔法技は水を大量消費してしまうのもネックだとメモしておこう。
「水が弱点だとわかっていても、ここでは肝心の水がござらぬ!」
「その前に、俺達じゃ水魔法が得意なヤツがいないだろう!」
ザインとライオットがフレイムゼリーの
飛び付き攻撃をかわしながら悪態を吐いていた。
いったいどうすれば……ん、どうした輝夜?
その時、薄っすらと桃色に輝く輝夜が俺に語りかけてきた。
『あ、すら、むの……み』
……アスラムの実か?
それをどうしろと……うん、わかった。
俺は『フリースペース』からアスラムの実を取り出すと、
輝夜にその実を『食べさせた』。
アスラムの実は、淡い緑色の光となって輝夜に吸収されていったのだ。
『む……輝夜のスキルの増加を確認。
エルティナ、輝夜に桃力を送り込むんだ』
俺は桃先輩の指示どおり、桃力を輝夜に送り込む。
封印にて俺の桃力は落ち込んでいるが、このくらいなら問題ない!
受け取れ……輝夜!
輝夜に送った桃力が満ちる!
そして輝夜を通して、新たな力が目覚めたことを俺は悟った。
「行くぞ輝夜……!
全てを凍てつかせろ!『凍れる戒めの茨』!!」
輝夜から大量の氷の茨が飛び出し、フレイムゼリー達に襲いかかった!
氷の茨に捕まったフレイムゼリー達は、
たちまちのうちに氷漬けになり動かなくなってしまった。
「ふきゅきゅきゅきゅ……ふきゅん!?」
強力な技なのはわかったが……その分、桃力の消費量が半端ではない。
今ので俺の残存桃力の、三分の二程度を持っていかれてしまった。
な……何か食べて桃力を補給しなくては!!(白目痙攣)
「今だ! 氷漬けのフレイムゼリーを砕くんだ!」
ヴァンさんの掛け声で動ける者達が、
一斉に凍ったフレイムゼリー達を砕きにかかった。
そして、皆の活躍もあり二十匹いたフレイムゼリー達は
全て倒すことができたのだった。
まったく……厄介な魔物だよ! ぷんすこ!
「がっでむ、桃力が足りなくて体が上手く動かせん。
何か食べるものを……お?」
俺の足元に倒されたフレイムゼリーの破片が落ちていた。
倒されたフレイムゼリーは炎を纏ってはおらず、
ただの赤いゼリーになっていたのである。
……美味しそう。
俺はそれを、ひょいと口に入れてみた。
「ちょっ! 食いしん坊!?」
プルルが心配そうに俺を見ていたが、お構いなしに咀嚼して味を確かめる。
「……イチゴ味っ!!」
「えぇ~!?」
プルルが驚きの声を上げた。
俺の言葉を聞いたライオットが、
すかさずフレイムゼリーの欠片を口に放り込んだ。
「うおっ! 本当にイチゴ味だ! しかも美味ぇ!」
「ぼ、僕は流石に遠慮しておくよ」
プルルは辞退したが残りのメンバーは、
ガツガツとフレイムゼリーをたいらげていった。
美味しかったです。げふぅ!(満足)
そしてイシヅカはちゃっかり自分の
『フリースペース』にいくつかしまっていた。
何に使うつもりなのだろうか?
「普通は食べるなんて思いつかないんだが……お嬢は凄い度胸だな」
「それほどでもない」
ヴァンさんが俺を褒めたので、謙虚に返事をしておく。
しかし、食べたからといってすぐに桃力が回復するわけではない。
消化して体に吸収されて、初めて桃力は回復していくのだ。
あ~……それで桃師匠は、俺に無理やり食べさせようとしていたのか。
つまり食べれる量が多ければ、
それだけ桃力が回復する量も増えるということだ。
単純だが的を射ている。
『それだけではないのだが、今はその考えでいい』
桃先輩が一言申してきた。
これには、その先があるというのか!?
考えただけで、恐ろしくなっちゃいますよ!
「少々手間取ってしまいましたな……御屋形様。
先を急ぎましょうぞ」
「そうだなザイン。
皆、そろそろ先に進むが問題ないか!?」
ザインが俺を促してきたので、俺は皆に確認を取り再び奥へと進む。
囚われた友人を救い出すために。