194食目 名もなき勇者達
「待ちなお嬢ちゃん!」
獄炎の迷宮に突入しようとした俺達を呼び止める者がいた。
先ほどから、フレイムスパイダー相手に奮闘している、
左目に眼帯をかけた冒険者のおっさんである。
「おい、ジャック!
お嬢ちゃんに付いて行ってやんなぁ!
ここは、俺達でなんとかならぁな!!」
「ファルケーグ……おぅ、任せとけぇ!
嬢ちゃん達の強さはわかったぁ!
だが、迷宮内のトラップには不慣れだろぉ?
目的地まで俺達が案内するぜぇ!
ヴァン、付いてこい!!」
「がってんだ!」
ありがたいことに、
スキンヘッドのドワーフの冒険者ジャックさんと、
青いにゃんこ獣人のヴァンさんが、俺達に付いて来てくれることとなった。
「桃先輩! アルアは今どこに!?」
「……現在、四十層の中央付近で停止している。
恐らく、十七層にあると思われる転送装置を利用して転移したようだ。
その場所は把握している。
十七層入り口から、西にある一本道を奥まで進んだ場所に、
大きな空間が存在している。
そこに、転送装置があるとみていいだろう」
「そこはぁ、行き止まりだったはずだぁ……
そうかぁ! 隠し扉かぁ!」
「てか、お嬢ちゃんの口から男の声が……」
ヴァンさんが不思議がっているが、今は説明している時間も惜しい。
こんな時はソウルリンクだっ!
「桃先輩! ソウルリンクだ!」
「了解した。ソウルリンクシステム起動。
対象を設定……リンクスタート!」
突入メンバーであるザイン、ロフト隊、ライオットとプルル、マキシード、
ムセル達と、とんぺー達、
そしてジャックさんとヴァンさんとのソウルリンクが完了した。
「ま……マジかよ!? お嬢は……」
『ヴァン、エルティナのことは胸の内に秘めておくように。
そして、おまえに渡した情報は真実だ。
おまえ達は既に巻き込まれている。
この世界の未来を守る戦いにな』
桃先輩はヴァンさんに、かなりの情報を伝えたようだ。
ヴァンさんは、かなり動揺している。
というか、有能そうな人材は手当りしだい、巻き込む作戦のようだ。
それほどまでに、タイガーベアーが脅威だということだろう。
俺には決戦の日までに、
多くの戦力を確保して置きたい桃先輩の気持ちがよく分かった。
『ヴァン! ビビってんじゃねぇぞぉ!?
この世界を守る戦いに、参加できる切符を貰ったってことだぁ!
冒険者冥利に尽きるってぇもんだぜぇ!
覚悟を決めなぁ、ヴァン!!』
対してジャックさんのこの覚悟っぷりには、惚れ惚れしてしまう。
これが経験の差というものだろうか?
『桃先輩……この話は本当なんだな?』
ライオットが桃先輩に対して確認を取ってきた。
これは疑っているのではなく、覚悟を決めるための確認だろう。
どうやらソウルリンクした全員に、タイガーベアーの情報を伝えたようだ。
『あぁ、俺は冗談は言わない』
桃先輩の言葉を受けて、ライオットは自分の頬をピシャリと叩き
気合いを入れ直した。
『だったらいい。
エルだけに、重荷を背負わせるつもりはねぇ!
俺もとことんやってやるぜっ!!』
『んふふ、だったら僕はライオットを支えるよ。
僕にはそれくらいしか……できなさそうだから』
プルルがライオットの背に寄り添ってそう言った。
俺はその二人を見て微笑ましくなった。
これが、若さか……っ!?
そう思った瞬間、ズキリと頭が痛んだ。
脳裏に蘇る女性の顔。
果たして、その女性は……だれであっただろうか?
だが、決して忘れてはいけない女性のはずだ。
『どうした? エルティナ』
桃先輩の心配そうな声が幾重にも重なって聞こえる。
何か……答えなくては……心配をかけさせてしまう。
『大丈夫だ……トウヤ。
俺は明日香さんを……『舞浜明日香』さんを、忘れたりはしていない』
『とうきち……エルティナ! おまえっ……』
俺は今……何を言った?
まるで、銅鑼をけたたましく鳴らされているみたいに、頭がガンガンと痛む。
今しがた桃先輩に言った言葉も思い出せない。
いったいどうしたんだ……俺は?
『御屋形様! しっかり召されい!!』
バシリと頬に痛みが走る。
ザインが気付けにと、俺の両頬をピシャリと叩いたようだ。
『オレハショウキニモドッタ!』
俺はザインのお陰で正気を取り戻した!(たぶん)
両頬はヒリヒリするが頭はクリアーな状態だ。
『助かったザイン、ありがとうな』
『否、それが家臣の役目であれば……無礼をお許しくだされ』
最早、ザインなくして俺は使命をまっとうできるとは思っていない。
桃師匠や桃先輩からは、まだまだと評されるザインだが、
俺にとっては頼りにしている家臣であり家族だ。
『エルティナ……何か思い出したのか?』
桃先輩の質問。
しかし、ザインの気付けによって、
俺は先ほどの出来事を忘れてしまっている!
何か適当に答えておかなければっ!(使命感)
『あぁ……タコを柔らかく煮るには、大根と一緒に煮ることを思い出した』
暫しの沈黙。
その間、衛兵と冒険者と
フレイムスパイダー達の戦いの音が鳴り響いていた。
『そ……そうか』
桃先輩はようやく絞り出すように声を発した。
どうやら、俺の咄嗟の受け答えは功をそうしたようだ!
よかった、よかった。
『しっかし、凄ぇなソウルリンクって。
この脳内通信? えっと……魂会話だったか?
これが当然のように、すぐ使えるようになるなんてさ』
ロフトが感心した面持ちで俺を……正確には、俺の中の桃先輩を見ていた。
『うむ、昔は『転写の儀』という時間のかかる儀式を行うしかなかったが、
近年ドクター・モモと桃老師が、共同でこのシステムを作り出してから、
随分と便利になったものだ。
ただし……使いこなすには、それ相応の訓練と桃力が必要になるがな』
この謎のシステムは、
ドクター・モモと桃老師という人物が作り出したことが判明した。
しかも桃老師って、俺の指導役になる予定の人物じゃないか。
結構偉い人なのかな?
『よし……他に質問がないなら、獄炎の迷宮に突入する。
ダナン……聞こえるか?』
『こちらダナンです。
こちらに到着した連中に「ソウルリンク」を施せばいいんですね?』
ダナンの返事に桃先輩は満足げに「頼む」と言った。
『桃先輩、どうしてダナンが、ソウルリンクを使うことができるんだ?』
『彼には、桃老師が作った『宝具・魂の絆』を与えている。
彼は直接戦う力はないが、支援能力が非常に高い。
そこで、俺の依代に宝具を埋め込んでおまえに呼んでもらい、
彼に食べてもらった』
かなり、強引な運び方をしたな。
まぁ、そうでもないと、この遠く離れた世界に送ることができないのは、
わかっていることなのだが。
『ダナンにはきちんと説明はしたのか?』
『あぁ……彼には「全て」を話し、その上で協力をしてくれている。
俺にもしものことがあったときは……彼を頼れ』
ダナンは、そこまで覚悟を決めてくれていたのか。
これは粗末に扱うわけにはいかないな。
俺の周りには、本当に掛け替えのない連中が揃っている。
この幸運に俺は感謝し、同時に必ず守ってみせると誓いを新たにした。
「よし! 行こう皆!
とんぺー! ライド……オォォォォン!」
「わんわんっ!」
俺は伏せをした、とんぺーにまたがり上に乗る。
ブッピガンッ! と音がした気がした。
とんぺーの驚異的な筋力と、俺の驚異的な体の成長の遅さがなせる、
奇跡の合体である。
これで、俺が置いてけぼりになる心配がなくなった。
ただし……とんぺーはこの状態で戦うことはできない。
貴重な戦力を潰してしまうことになるが、今は仕方がない。
ざんぎが成長すれば、彼に乗ることも検討している。
ざんぎはゴールデンレトリーバーなので、
俺が成長した後も乗ることが可能であろう。
「エルティナ、ご武運を!!」
「ルドさん……ここは任せた!」
華麗に剣を振るうルドルフさん。
その姿に女性冒険者達は黄色い声援を送り、
男性冒険者は……同じく黄色い声援を送っていた。
これいったい、どうなっているんですかねぇ?(困惑)
◆◆◆
獄炎の迷宮に突入した俺達に目に飛び込んできたのは、
入り口付近で力尽きた冒険者達を貪り食う、
フレイムスパイダーの群れであった。
きっと、ここで人知れず奮闘していた冒険者達だったのだろう。
その凄惨な光景に、俺は思わず顔を顰めた。
しかし、俺の行動とは別の行動に出る者達がいた。
ライオットとロフト隊である。
彼らは基本的に、考えるよりも先に手が出るタイプの連中だ。
こんな光景を目の辺りにして、黙っているわけがない。
燃え盛る蜘蛛達に、彼らは敢然と突撃した。
フレイムスパイダーの数は、およそ三十弱といったところだ。
しかし、殲滅までには十秒もかからなかった。
それはライオットの活躍か?
それともロフト隊の連携攻撃の凄まじさか?
いずれもノーである。
「ケンロクッ! 拡散魔導キャノン!!」
プルルが戦闘型ゴーレム『ラング改・ケンロク』に手を当てて、
魔力を供給する。
ケンロクの両肩にある二門の大砲に破壊の光が集まり、
プルルの怒りを乗せて解き放たれた。
拡散の名のとおり、広範囲にばら撒かれる破壊の光は、
フレイムスパイダーの群れを瞬く間に殲滅せしめた。
そう、この中で一番怒りに満ちていたのは、
だれでもなくプルルであったのだ。
「プルル……大丈夫か?」
「食いしん坊……うん、僕は平気。
でも、彼らはもう……」
プルルが悲し気な瞳で、息絶えた冒険者達の亡骸を見つめていた。
きっと、彼らはここで食い止めればカサレイムの町の被害を、
最小限にできると信じていたのだろう。
大丈夫だ、おまえ達の信じたことは叶ったぞ。
カサレイムの町にいる大勢の衛兵や冒険者達が駆け付けて、
町を守るため懸命に戦ってくれている。
名も知らぬ偉大な冒険者達よ、おまえ達の遺志は……俺達が引き継ぐ。
どうか……安らかに眠ってくれ。
俺は祈った。
この自分の命を顧みず、力無き者のために戦った勇者達の冥福を。
「行こう、お嬢……いや、聖女エルティナ」
ジャックさんが俺を促した。
その顔はとてつもなく険しかった。
「あぁ……俺達には、やらなければならないことが残っているからな」
彼らを弔ってやりたい感情を無理矢理抑え込んで、
俺達は迷宮の奥を目指した。
「あばよ……ハバン。
おまえ達のことは……ぜってぇ忘れねぇよ」
ヴァンさんの震える声を、俺の大きな耳は拾っていた。
きっと、友人だったのだろう。
友人……その言葉が、いつもニコニコ笑っている、
アルアの姿を鮮明に思い出させた。
なにがなんでも、絶対に助けてやるからな……アルア!
俺達は不退転の決意を以って、
赤く薄っすらと不気味に輝く、獄炎の迷宮の奥へと進んでいった。