193食目 魔法技『禁じ手』
炎に包まれ苦しんでいるロフト。
傷を負った衛兵と冒険者達が、フレイムスパイダーに押され始め、
防衛網が崩れかけている。
どちらも、一刻の猶予もない状況だ。
これから先もこのような選択が、多く待ち受けているのだろう。
俺は選ばなくてはならない。
掛け替えのない友人であるロフトを取るか、
大勢の見知らぬカサレイムの住人達を取るかを。
うごごご……こんなもの、選べるわけないじゃないですかやだー!
こんな時、起こりうる現象は、おおよそにして三つだ。
①奇跡的に、だれかが助けてくれる。
②片方しか助けられなく、俺は悲しみのどん底に叩き落される。
③どちらも助けられない、現実は非情である。
そして、現実味を帯びているのが③。
フレイムスパイダーの群れが俺に向かってきているのだ。
非情! 現実は非情である!! がっでむ!
だが、俺に諦めるという選択肢はない!
ユクゾッ!
「『遠距離投射術式』発動! 『スローイングエリアヒール』!!」
まず俺はロフト達とは反対の位置にいる衛兵達に、
『エリアヒール』を投げ飛ばした。
『遠距離投射術式』
この術式を魔法と組み合わせると、本来遠距離に飛ばせない魔法を、
無理やり飛ばしてしまうことができるのだ。
ガルンドラゴンとの戦闘で無理やり『ヒール』を飛ばして、
魔力が大量に消費してしまったのを反省し、
来るべき日に向けて開発していた術式である。
もちろん、消費魔力は無理やり飛ばすものよりも格段に少ない。
ふっふっふ、寝る前にコツコツ勉強していたのは伊達ではないのだよ!
「これは……傷がひとりでに治っていく!?
これならっ! うおぉぉぉぉぉっ!!」」
『エリアヒール』は指定範囲内の生命体を一定時間、
治療し続ける空間を作る魔法だ。
つまり、敵であるフレイムスパイダーも、
範囲に入ってしまえば治療してしまうことになるが、
これで少しは防衛網も持つことだろう。
「御屋形様!?」
「ザインは衛兵達の援護を!
いくらケガが治っても立て直すまでは時間がかかる!」
俺は迫りくるフレイムスパイダーの群れを視認した。
その群れの奥には、炎に焼かれ苦しむロフトがいる。
ここに来るまでには、まだ時間の余裕がありそうであった。
フレイムスパイダーの足が遅くて助かる。
ふひひ……だったら、いけるぜっ!(確信)
「見せてやる……魔法障壁の可能性を!!」
俺は走りながら、自分を包み込むほどの大きな球状の魔法障壁を生成する。
次に生成した魔法障壁をすっぽり覆う、大型の魔法障壁を生成した。
続けて『フリースペース』から大量の水を取り出し、
魔法障壁内と魔法障壁の間を大量の水で満たした。
これで俺が濡れる心配はない。
そして風魔法『エアムーブ』で、この水入りの球を転がす。
よし……転がり始めた!
俺は今、ロフトの方へ転がり続けている。
ザインは衛兵達の援護に向かったので、俺の傍にはだれもいない。
であるなら、今こそ見せよう。
俺の禁断の魔法技を!
フレイムスパイダーの群れにコロコロと突入した俺目がけて、
燃え盛る蜘蛛達が飛びかかってきた。
あほぅが! 喰らえぃっ!!
「魔法技禁じ手! 水風爆散弾!」
俺は魔法障壁内で俺式ウィンドボールを発動させた。
俺の強力なウィンドボールは魔法障壁内で荒れ狂い、
遂には魔法障壁を破るに至った。
その際、飛び散る水は凶悪な弾丸と化す。
その弾丸は分厚い鉄の盾を、ずたずたにするほどの威力を秘めており、
その上で一定範囲内を『無差別攻撃』する凶悪な攻撃だ。
欠点として射程範囲が短い。
最大威力が期待できるのは、せいぜい五~六メートルといったところだ。
だがこれを利用すれば、こういうこともできる。
射程範囲外でも威力が弱まった水は届く。
最長で十メートルまで達した記録があるのだ。
俺はその特性を利用し、威力の弱まった水の弾丸をロフトに当てたのだ。
……当たって良かった(安堵)。
その水のお陰でロフトを焼いていた炎は弱まり、
アカネが、すかさずウォーターボールで追撃して、
彼を焼き続けていた炎は消え去った。
そして、最大威力範囲にいた無数のフレイムスパイダー達は
憐れな最期を遂げ、ミンチよりも酷い状態になっている。
これじゃぁ、食べることもできないな。
「昔の俺と一緒にしてもらっては……困るんだぜ」(きりっ)
この惨状を見て、俺はフォクベルトに言われた言葉を思い出していた……。
◆◆◆
「エルティナ、これらの魔法技は『禁じ手』としましょう」
「ふきゅん!? どういうことなんですかねぇ……?」
学校の放課後、いつもどおり魔法技の開発に勤しんでいた俺とフォクベルト。
ガルンドラゴンとの戦い、そして鬼達との死闘を経て、
俺達は遂に、従来の攻撃魔法の常識を覆す魔法技の開発に成功していた。
「理由は簡単ですよ。威力があり過ぎるのです。
これでは、絶対にパーティー戦闘で使えません」
「ふきゅ~ん……」
グラウンドを見渡すフォクベルト。
俺も釣られて見てみれば凄惨な光景が見て取れた。
地面は割け、穴だらけの上に、溶けてどろどろになっている部分もある。
……割けた地面に頭から落っこちて、
白いパンツが丸見えになっているのはシーマだ。
一応これも、凄惨な光景に含んでもいいのだろうか?
来るなって言ったのに、近寄ってくるから酷い目に合うんだぞ?
そして、その範囲の広さもかなりのものだ。
最大で二百メートル離れた場所にまで魔法技の痕跡が残っている。
夢中になって試行錯誤していたので気が付かなかったのだ。
実験の際、フォクベルトはかなり離れた位置で、
俺の施した五重の魔法障壁内に入って、観察をしてくれている。
そうでもしないと、本気でぶっ放した魔法技に巻き込まれて大ケガ、
最悪は死亡してしまうかもしれないからだ。
何故、このような高威力の魔法技を開発しているかといえば、
理由なんて一つしかない。
ガルンドラゴンとの再戦に向けて準備をしているのだ。
「使えるとしたら……水風爆散弾くらいなものでしょうか?
だとしても、発動までに無防備になるので結局は……」
「それについて、俺にいい考えがある」
◆◆◆
そして、編み出されたのが『水のボール作戦』だ。
これなら移動と防御が兼ね備えられて最強に見える!
だたし、これにも欠点がある。
「うえっぷ……めがぁぁぁ、めがぁぁぁ……おえっぷ」
くっそ、目が回るのだ。
しかも気持ちが悪い。
だれだ! こんな作戦を考え出したヤツは!(自業自得)
そんな俺に容赦なく襲いかかるフレイムスパイダー達。
まてまて! タイム、タイムッ!!
今襲われたら、確実にリバースしちゃうっ!
しかし、燃え盛る蜘蛛は俺に飛びかかる前に、
鋭い矢で射貫かれて絶命していた。
「食いしん坊! 助かった! ロフトに代わって礼を言うよっ!
できれば早く治療してやってくれ!」
スラックが俺に襲いかかろうとしていたフレイムスパイダーを、
その素晴らしい弓の腕で仕留めてくれた。
ニカリと笑って親指を立てる。
惚れてまうやろがっ!
スラックが言っていたとおり、ロフトの火傷はなかなかに酷いようだ。
早くロフトの下へ駆けつけなければ、命が危ぶまれる。
しかし、しつこく立ちふさがるフレイムスパイダーの群れ。
どれだけ湧いて出てきているんだ!?
くそっ! こんな時ルドルフさんがいてくれればっ!
女性達に攫われたルドルフさんだが、この知らせは届いているはずだ。
……ま~だ、時間かかりそうですかね~?(せっかち)
「すみません! お待たせいたしました!」
そこに、ルドルフさんがようやく駆け付けた。
……大勢の女性冒険者を引き連れて。
「ルド様のためにっ!!」
そう叫んでフレイムスパイダーに突撃する、
総勢五十名を超える勇敢な女性冒険者達。
たちまちのうちに燃え盛る蜘蛛達は駆逐されていった。
「なんという口説きテクニック」
「ルドの兄貴っ! 弟子にしてください!」
「わちきもっ!」
なんとルドルフさんは、彼に群がっていた女性冒険者を説得して、
ここに駆けつけてくれたのだ。
流石にできる男は違った。
お陰で俺は無事にロフトを治療することができた。
荒かった呼吸は穏やかなものへと変わり、峠は越えたようであった。
よかった、間に合って。
意識を取り戻したロフトは俺の手を取り言った。
「やっぱり……おまえは俺を愛していたんだな!
わかった、これが終わったら結婚しよう!」
「目ぇ覚ました途端、何言ってんじゃぁぁぁぁぁぁっ!」
思いっきりロフトの頬を引っ叩いてやった。
気付けと正気に戻すためにである。
大した威力がないのは、いつもどおりだ。
「オレハ、ショウキニモドッタ!」
ロフトは、何やら片言ではあるが正気に戻ったようだ。
目が虚ろだが気にしてはいけない。
俺が本気だったらおまえ……死んでるぞ! 以後、気を付けろ!
「ルドル……ルドさん! 話は聞いているか!?」
「えぇ! アルアちゃんが攫われたと……急いで追いかけましょう!」
そうはいきたいが……今、ルドルフさんがここを離れると、
女性冒険者達の士気が大幅に落ち込むことになるだろう。
そうすれば最悪、防衛網が決壊しかねない。
「ルドさんはここの指揮を執ってくれ!
アルアは俺達で取り戻す!」
「っ! しかし……」
わかっている。
ルドルフさんは元々は俺の護衛が仕事だ。
しかし、俺にはどちらかの命を諦めるという選択肢は存在しない。
そして、この選択が最も最善であると信じて、ここを任せるのだ。
「エルッ!!」
「食いしん坊っ!」
「ライオットにプルル! とんぺーともんじゃもかっ!?」
そこにライオットとプルル、そしてとんぺーともんじゃが駆けつけてきた。
プルルに至っては戦闘型ゴーレム『ケンロク』を引き連れている。
その傍らにはムセル、イシヅカ、ツツオウも揃っていた。
「お嬢! ここは任せて行ってください!
おまえらぁ! 覚悟ははいいか!」
「はい! ヒーラーは目の前の命に対して、決して諦めない!」
セングランさんが若手ヒーラー達を纏めて駆け付けてくれた。
おまえら……いつの間にか、こんなに立派になっていたんだな。
「マキシード! お嬢の力になってやれ!」
「は、はいっ!」
少し遅れて、ダナンから『テレパス』で連絡が入ってきた。
『エルッ! 今、連絡網でクラスの皆に救援要請を出している!
ライオットとプルルが近場にいたんで来てもらった!
他の連中も準備ができ次第、こちらに向かうそうだ!』
『ダナン……すまん、頼りにしているよ!
これから俺は獄炎の迷宮に先行突入する!
後から来た連中にアスラムの実を渡してやってくれ!』
ダナンは『了解した!』と言い残し連絡を切った。
「エルティナ、フレイムスパイダーが異常に集まっている地点を見つけた。
恐らくそこが原因の可能性が高いポイントだ。
場所は二十六層の開けた場所……『試練の間』と呼ばれている場所だ。
そして、アルアだが……彼女は今十七層付近を移動中だ。
暴れている様子がないので、恐らく気を失っているな」
俺の口から、低く落ち着いた桃先輩の声が発せられる。
そして、原因の場所とアルアの位置も発見してくれていた。
流石、できる男は違うぜっ!
「エルティナ、俺達は先行してアルアを救出するぞ。
情報収集中に冒険者ギルドから、
フレイムスパイダー討伐の緊急クエストが発令されていることが判明した。
恐らく、高ランクの冒険者達が討伐に乗り出すだろう。
彼らにフレイムスパイダーを任せても、大丈夫だと思われる」
「そうかっ、なら……すぐにでも追いかけよう!」
待っていろ……アルア!
必ず助け出してやるからなっ!




