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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第三章 聖女とミリタナス神聖国
192/800

192食目 それぞれの信念

 俺達が獄炎の迷宮の入り口にたどり着くと、

 惨たらしい光景が広がっていた。


 首のない衛兵の亡骸、逃げ遅れた露店商人の死体、魔物に貪り食われた子供。

 いくら弱肉強食の定めとはいえ、

 この光景に我慢できるほど俺は辛抱強くはない。

 どれもこれも、俺を激怒させるには十分過ぎた。


 だが、俺の怒りを遥かに超える怒りを内に秘めた者がいた。

 いや……秘めてはいない、解き放っていた者達がいた。


「てめぇらぁぁぁぁぁぁっ!」


「援護するよっ! 思う存分やっちゃいなっ!」


「久しぶりに胸糞悪くなったよぉ!」


 ロフトとアカネが愛用の槍を携えて魔物に突撃した。

 スラックは弓を構えて魔物を牽制する。


 訓練された衛兵でも敵わない魔物に子供が突撃する。

 彼らを知らない者なら無謀ともいえる行為。

 だが、彼らは普通の子供達ではない。


 ロフト達の怒りに任せた攻撃は、

 獄炎の迷宮から溢れ出した魔物達を一撃で葬り去っていった。


 鈍感な俺でもはっきりとわかるほどに、彼らの能力は異常だった。

 他の組の子供達に、ロフト達のような飛び抜けた能力を持った者は、

 見た覚えがない。

 だが恐ろしいことに、

 そんなロフト達が霞んで見えるような能力をもった者が、

 我がクラスにはゴロゴロいるのだ(呆れ)。

 

 ここまでくると、このクラスの編成は意図的だった、

 と思わざるをえない。

 

 ロフト達の獅子奮迅の活躍は、大人達からすれば異常な光景であった。

 年端もいかない子供達が、

 自分達が苦戦した魔物達をいとも容易く駆逐して行くのだから。

 

「な、なんだ!? あの子供達は……化け物か!?」


 だれかが言った、化け物かと。

 俺はその言葉を言ったヤツを見逃さなかった。

 そいつは大ケガを負って、心が折れかけている若い衛兵であった。


「よく見ておけ、あれが未来の英雄だ」


 俺はロフト達を化け物扱いした若い衛兵を治療しながら、

 彼らが未来の英雄だと説明したやった。


「あの子達が……我々の希望だと? あの子達が……」


 若い衛兵の目に力が蘇ってくる。

 震える体を、足を……無理やり動かし、彼は再び立ち上がった。

 そして俺に「ありがとう」と言って、若い衛兵は魔物に切りかかっていった。


「今、我々にできることをっ!」


 ヒーラーにはヒーラーの、衛兵には衛兵の信念がある。

 彼は思い出したのだろう、自分のなすべきことを。

 命を守ること、それはヒーラーも衛兵も変わらない。

 ロフト達の勇気が、怒りが、大人達を奮い立たせた。


「おぉ! 嬢ちゃん方か!?」


「あ!? カサレイムライスを教えてくれたおっちゃん!」


 この警報を聞きつけて駆け付けた冒険者の中に、

 カサレイムライスを教えてくれた陽気なコンビが参戦してきた。


「俺ぁジャックだ! こいつぁヴァンだぁ! 援護頼むぜぇ!」


「任せろっ! あんた方の命……俺が預かる!!」


 俺の言葉にヴァンと呼ばれた若い猫の獣人が叫んだ。


「聞いたかっ! 俺達には女神マイアスの化身が付いている!

 恐れるなっ! カサレイムの町を脅かす魔物を撃退するんだっ!!」


 何か聞き捨てならない単語を使っていたが、

 今はそれを確かめている暇はない。

 カサレイムの町を守るために全力を尽くさなければ!


 獄炎の迷宮から次々と出てくる魔物達。

 その魔物達は殆どが炎に包まれた蜘蛛のような魔物達であった。


「ちっ! フレイムスパイダーが、どうしてこんなにっ!?」


 近くにいた冒険者が、そう吐き捨てた。

 炎の蜘蛛達は炎で燃え盛る蜘蛛の糸を出して、

 俺達の行動範囲を狭めていった。

 

 通常であれば、蜘蛛は木や物の隙間に巣を張り、

 糸にかかった獲物を捕食するのだが、

 フレイムスパイダー達は地面に向かって、

 燃え盛る炎の糸を張り巡らせていった。


 タイミング悪く炎の糸に触れてしまった衛兵や冒険者が、

 たちまち身動きが取れなくなった上に、炎に身を焼かれ始める。

 これは思ったよりも厄介な攻撃だ。


「食いしん坊! 確か水を沢山持ってたよね!?」


 燃え盛る蜘蛛を一刀両断したアカネが、俺に向かって叫んだ。

 その言葉を聞いて俺は即座に『フリースペース』から大量の水を、

 地面に向けてぶちまけた。


「いよっしゃ!『ウォーターボール』! いっけー!!」


 アカネはスケベトリオの中で、唯一水魔法の素質が高い。

 彼女の放った無数の水の塊は、炎の糸に絡まり苦しむ者達を救った。

 俺もすかさず『ワイドヒール』で火傷を治療する。


「助かった! 礼を言う!」


「礼を言うにはまだ早いよぉ? まだまだ、来るみたいだよっ!」


 アカネの言葉に、武器を構え直して答える衛兵と冒険者達。

 彼女の言うとおり、獄炎の迷宮の入り口からは、

 無数の燃え盛る赤い蜘蛛達が、わらわらと不気味に這い出てきていた。


「どうなっていやがるっ!?

 こいつらぁ、地下二十五層に生息していやがる、凶悪な魔物だぞぉ!?」


 ジャックさんが俺に近づいて来たフレイムスパイダーを、

 巨大な両手剣で真っ二つにした。


「ま……まてっ!? 二十五層って……

 並みの冒険者じゃ、到達できない層の魔物じゃないか!」


 ジャックさんの言葉を聞いた衛兵が顔を青くする。

 話を聞く限り、かなり危険な魔物のようだった。


 でも、そんなの関係ねぇ!

 強かろうと弱かろうと一匹残らず倒さないと、

 カサレイムの町に甚大な被害が出ちまうんだろうがっ!


「てめぇら、ビビってんじゃねぇぞっ!

 俺達がやらねぇと、カサレイムの人達に被害が及ぶ上に、

 自分達の食い扶持も失うことになるんだ!

 俺は戦う力はないが、治癒魔法でおまえらを支える!

 戦え! 戦う力がない者の分も!」


 俺は『ワイドヒール』で、心が折れかけた者達を治療し、

 少しばかり荒々しい言葉で発破をかけた。


「そ、そうだ……俺はカサレイムを守るために衛兵になったんだった!」


 片膝をついた衛兵の一人が再び立ち上がる。


「ちくしょう……割に合わない『仕事』だな!」


 若い冒険者が精一杯の虚勢を張り、再び燃え盛る蜘蛛に対峙する。


 もちろんこれは『クエスト』ではない。

 無報酬の戦いに身を投じた冒険者が自分に言った『決意』だろう。

 受けた仕事は必ずまっとうするのが、彼ら冒険者の信条なのだから。


 であるなら、俺は彼らを支えよう。

 それが、俺の信条でもあるからだ。


 一流のヒーラーは……極限の困難にあっても、決して諦めない!


「くそったれ! 追加が来たぞ! 

 数……二十……いや、四十体はいるぞ!?」


 ……今、ほんの僅かに諦めそうになったが、俺的にはセーフだと言いたい。


 しかし、ここまでくると異常だと言わざるをえない。

 そして、脳裏に蘇るあの竜巻との闘い。

 このままでは、ジリ貧になってしまうのではないだろうか?

 こんな時は桃先輩の力を借りるしかない!

 きっと、打開策を見つけてくれるだろう!(確信)


「おいでませ! 桃先輩!」


 俺の手に光が集まり、やがて未熟な桃が姿を現した。


「エルティナ、身魂融合だ!」


「応っ!!」


 この状況を見ていたかのごとく、桃先輩は俺に身魂融合を要請してきた。

 そして、俺もきっと桃先輩はそう言うだろうと確信していた。

 かくして、俺達は身魂融合を果たす。


「ソウル・フュージョン・リンクシステム起動……シンクロ率80%。

 システム・オールグリーン。

 よし、いけるぞエルティナ!」


「よっしゃ! やってやるぜ!」


 と言っても、俺がやることは治療することだけだ。

 桃先輩には、フレイムスパイダーがあふれ出ている原因を探ってもらう。

 きっと、桃先輩ならそれが可能だろう。


『了解した。

 おまえも、俺の思っていることがわかるだろう?

 これが疑似身魂融合『ソウル・フュージョン・リンクシステム』の効果だ。

 シンクロ率が上がれば上がるほど、お互いの心が融合する。

 お互いを信頼し、疑わないことでシンクロ率は上昇していくそうだ。

 忘れるな、俺はおまえ……おまえは俺だ』


『あぁ、わかった!

 原因の捜査は任せるぜっ!』


 今更何を言ってるんだとも思う。

 俺は桃先輩を疑ったことなどない。

 いつでも全幅の信頼を置いているんだぜ?


 苦しい時でも、絶体絶命の時でも、

 決して見放さずにいてくれる桃先輩を、疑うなんでどうしてできようか?

 俺は決して貴方を疑わない!


『わかっている……ありがとう』


 微かにそう聞こえた気がした。


『調査を開始する。

 原因が判明するまで、なんとしても持ちこたえるんだ』


『あぁ、わかったんだぜ!

 なるべく早く見つけてくれよな!』


 後は桃先輩に任せて、俺達はこの炎の蜘蛛達を駆逐するのみだ。

 時間にして五分くらい経った頃だろうか。

 ダナンから俺に『テレパス』で連絡が入った。


『エルッ! 聞こえるか!』


『どうした、ダナン!?

 こっちは今取り込み中だぞ!!』


 ダナンの声は非常に焦りが含まれていた。

 どうしたというのだろうか?

 フレイムスパイダーは一匹たりとも討ち漏らしはないはずだが。


『アルアが攫われた!

 獄炎の迷宮に向かって賊が逃げていった!

 捕まえてくれっ! 頼む!!』


 とんでもない内容の話であった。

 だが、これはなんとしても賊をとっ捕まえなくてはならない。

 何故このタイミングでアルアが攫われたかはわからないが、

 連絡を受けた俺がやることはまず『報告』だ。


「ロフト! スラック! アカネ!

 ダナンからアルアが攫われたという報告がきた!

 賊はこちらに向かっているそうだ!

 なんとしても取り押さえてくれ!」


 俺の報告にロフトは苦い顔をした。

 経験の浅さが、ロフトにその表情をさせたのだ。


 フレイムスパイダーを一撃で葬り去れるとはいえ、

 これほどの数を相手にすれば疲労し、被弾回数も多くなってくる。

 今のロフト達には余裕がなさそうに見えた。

 ならば、ザインに頼むしかない。


「ザイン! 俺の護衛はいいから、アルアを頼む!」


「っ!? し、承知!!」


 ザインも一瞬、ためらってしまった。

 だが、その一瞬が命取りであったのだ。


 アルアを抱えた赤いローブを身に纏った三人の賊が、

 一瞬の隙を突いて獄炎の迷宮へと駆けこんでいってしまった。


「し……しまった!?」


「ふ、不覚っ!!」


 その光景を見てしまったロフト達に動揺が走る。

 自分の判断ミスで、クラスメイトを攫った賊をみすみす逃してしまった。

 一瞬彼らの動きが止まってしまった。

 だが、それは致命的な隙であったのだ。


「ぐあっ!」


 無数のフレイムスパイダーの攻撃を受けて、ロフトの体が炎に包まれた。


「ロフト!?」


 アカネの悲鳴。

 スラックもフレイムスパイダーに追い詰められている。


「嬢ちゃん『ヒール』を! こっちの防衛網が崩れそうだ!」


 ジャックさんが『ヒール』を要請してくる。

 そちらを見れば大量のフレイムスパイダー達が、

 衛兵と冒険者達に襲いかかっていた。


 いったい、どうすれば……!?


 いつか経験した選択肢。

 俺はどちらかを選択しなければいけないのか……!?

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