191食目 カサレイムの異変
◆◆◆
「ひゃっほー! 堪んねぇ、美人のお姉様方だっ!」
「大きなおっぱい! ムチムチのお尻! 堪らないねぇ! じゅるり……」
カサレイムに到着した途端、早速始まるロフト達の問題発言!
おまえ達には、自重という言葉はないのかっ!?
「よっしゃぁ! ロフト小隊、呼び込みを開始する!」
そう言うや否や、ロフト達は大通りの女性市民や冒険者に、
手あたり次第声をかけまくっていった。
店の呼び込みならいいが、あれは間違いなく違う内容の会話だろう。
そして、さりげなく女性の尻を触っているのはアカネだ。
ダメだあいつら、もうどうにもならない。
もう脱落者が三人も出てしまったことに、落胆の色を隠せない俺。
だが、まだ商売は終わったわけではない。
それに、こちらには白いドレスで、お淑やかに着飾ったユウユウがいる。
まだだ! まだ終わらんよ!!
俺達は、いつも商売をしているという場所で、
商品を並べて商売を開始すると、我先にと人が集まってきた。
皆ががんばったお陰で、知名度も上がってきているようだ。
クーラントビシソワーズやグーヤの実が面白いように売れていく。
「じゃ、後はよろしくね」
「ふぁっ!?」
商売を開始した途端、
ユウユウ閣下が優雅な足取りで獄炎の迷宮に向かっていった。
そのあまりに突然の出来事に、俺達は黙って彼女を見送るしかなかった。
あの白いドレスで、獄炎の迷宮に入っていく少女の姿は、
異常に目立っている。
だれしもが、ユウユウの純白のドレス姿に釘付けになっていた。
その後、我に返った入り口付近の冒険者達が
「急いで保護に行った方が!」とか「大変だわっ!」とか騒いでいる。
「本当にあの格好で行っちまった」
ダナンが間の抜けた顔で呟いた。
恐らく俺も同じ顔をしているだろう。
よもや、あの格好で迷宮に挑むなんて、だれが想像できるであろうか?
できるわけがない!(確信)
だが、これは非常にまずい。
遂に木曜日の戦力が、アルアしかいなくなってしまった。
やはり、この組に俺達が入って正解であった。
俺達がいなければダナンが燃え尽き、
灰となってジェフト商店に帰ってきていたことだろう。
唯一残ったアルアでは、お客の対応などできないだろうから……
「あはははっ! それは大金貨一枚っ! くれくれっ!
まいどありりりっ! あはははっ!」
……うおっ!?
一瞬何が起こっているかわからなかった!
なんと、アルアが普通に客の対応をしているではないか!
「あははっ! それとそれで、大金貨五枚と小金貨八枚っ、くれれれっ!
おおおつりっ! 小金貨っか、二枚っ! うけけっとるれっ!
ままいどありり! あはははっ!」
うん、頭がおかしくなるような喋り方だけは、どうにもならないようだが。
これで、アルアは戦力として見てもいいだろう。
学年トップの白い乙女は格が違ったのだ。
いろいろな意味で。
「あの娘が来ないって、どういうことなんだ!?」
そして始まる野郎共の抗議の声。
その対応をしているのは、もちろんルドルフさんだ。
ルドルフさんは少し考えた後、出まかせを言って誤魔化すことにしたようだ。
「申し訳ない『妹』は体調を崩してしまったので、
代わりに私が店を手伝うことになったのです」
その後も丁寧に説明したことで、集まった野郎共は納得したばかりか、
今度は男の姿のルドルフさんにも関心を持つようになった。
「いやぁ、兄妹揃って素晴らしい対応だなぁ!
お兄さんの名前はなんていうんだい?
できれば、妹さんの名前も知りたいなぁ」
「え……と、私はルドです。妹はルフです」
自分の名前を分けただけじゃないですかやだー。
でもまぁ……偽名なんて、そんなものでいいのかもしれないな。
「じゃ、ルドお兄さん!
フレイディが心配していたとルフちゃんに伝えといてください!」
そう言って、獄炎の迷宮に向かった赤毛の若い冒険者。
それを皮切りに、自分の名前をルドルフさんに伝えて、
次々と獄炎の迷宮に向かっていった。
野郎共がいなくなって、ホッとしたのも束の間のことだった。
今度はカサレイムの女性達が、ルドルフさんに押し寄せてきたのだ!
「うわわ、いったいどうしたのですか!?」
俺は今頃になって気が付いた。
ルドルフさんの男装によって、野郎連中は退散させることができても、
今度は女性が寄ってきてしまうことに。
なんてことはない、この対策はただ逆転現象が起こるだけだったのだ。
なんという不覚!
このエルティナの目をもってしても見抜けなんだ!
大勢の女性達に纏わりつかれて、身動きが取れなくなってしまった彼に、
俺達はただ敬礼を送ることしかできなかった。
「ルドさん……あなたの死は無駄にはしない!」
「こ、殺さないでください~……」
ルドルフさんの声が小さくなっていく。
女性達の群れに流されて遠くへと行ってしまったからだ。
「……よし、商売を再開するか」
「そうしましょうか、彼なら上手くやることでしょう」
俺とブッチャーさんは気を取り直して商売に集中した。
これで、一応障害となる要素は殆どなくなった。
後は俺とダナンとザイン、
そしてアルアとブッチャーさんがいれば、なんとかなるだろう。
暫く順調に商売を続けていたが、俺は気になることがあった。
どこからかはわからないが、だれかにずっと見られている気がする。
耳をピコピコ動かして物音を探るが、フードが邪魔でよく聞こえない。
気配もある程度察知できるが、ここまで人がいると判別もできない。
鬱陶しいし、なんだか気持ちが悪い。
俺の気のせいならいいのだが……。
「御屋形様……油断召されるな。
何者かが機会を伺っております故」
ザインも察知してはいるようだが、特定には至っていないようだ。
俺は小声で忠告してきたザインに頷き注意を払いながらも商売を続けた。
それから、また暫く時間が過ぎ……
獄炎の迷宮から冒険者達が帰還してくる時間帯へと突入した。
ここからは、我がヒーラー協会が誇る若手ヒーラー達の出番だ。
セングランさんの指示の元、
若手ヒーラー達は負傷者達を柔軟対応しながら治療していく。
重傷者を見極めて、優先的に治療。
軽傷者には理由を説明して、
後に回ってもらうなどの対応も上手くいっているようだ。
流石、セングランさんだ。
伊達にあの修羅場を、俺と共に戦い抜いてはいないな。
若手もコツを掴んできているのか、要領がかなり良くなってきている。
これなら、近いうちにローテーションに組み込んでもいいだろう。
やはり、実際に治療して経験を積まなくては、
良いヒーラーにはなれないと、改めて思い知ったのだった。
「おーい! 食いしん坊! いいもの見つけてきたぜ!」
スケベトリオが、頭にたんこぶを付けて帰ってきた。
恐らく説教をされてきたんだろうなぁ。
まったく懲りた様子がないのが、こいつらの良いところ……じゃないな。
悪いところだ。うん。
俺の元に駆けてきたロフトの手には、
何やら香ばしい匂いを漂わせる物が握られていた。
パッと見、何かを串に刺して焼いた物のようだが?
「うへへ……ほら、食いしん坊にやるよっ!」
ロフトに手渡された物は……
串に何かの生物の目玉を刺して炙ったものだった。
大きさはジャガイモサイズだ。
それが三個ほど串に刺さっていた。
ビジュアル的にはかなりグロテスクである。
「ほぅ……」
「あ、あれ? きゃ~! とか言わないのかよ?」
残念ながら、俺はそのようなことは言わない。
ロフトは悪戯のつもりで買ってきたのだろうが、
寧ろ俺は、未知なる料理に出会えて嬉しい限りだ。
「俺は食材に対しては悲鳴を上げない。
嬉しい悲鳴は上げるかもしれないがな。
ロフト、俺達は命を食って命を繋いでいる。
食材に対しては敬意を払え、悪意を持ち込むな。
それは、俺達に命を与えてくれた者に対する最低限の礼儀だ」
これは俺の譲れない部分だ。
ロフト達にはまだ難しいだろうが。
「わ、わりぃ……よくわからないけど、わかった」
「うん、それより……その目玉はなんの目玉だ?」
俺が気になったのは素材になった動物だ。
ラングステンでは、こんな料理はお目にかかれないからな。
「えっと、確かバジリスクの目玉焼きって書いてあったぜ」
スラックが宙を見て、なんとか答えた。
きっとインパクトが凄過ぎて、よく料理名を見てこなかったのだろう。
ロフトとアカネは、首をかしげて困り果てていただけだった。
「バジリスクか……」
バジリスクといえば、
目を合わせただけで、相手を石化させる巨大な蛇、というのが通説だが
この世界ではどうなのだろうか?
実際に見てみないとわからないのだが、
この目玉のサイズだと、かなり大型の生物になるのだろうな、とは思った。
「まぁ、食べてみてからだな……いただきますっ!」
俺はバジリスクの目玉焼きを、戸惑うことなく口に入れた。
「うおっ!? 迷うことなくいった!?」
「流石食いしん坊!」
「そこに痺れる! 憧れるっ!!」
スケベトリオは俺が、この料理を食べることができないと踏んだのだろうが、
その考えは浅はかだと言わざるをえない。
そして、教えてあげたい。
グロテスクな物ほど美味いのだと。
表面は炙られていてパリッとしているが中はクリーミーだ。
トロリとした液体が舌に纏わりついて幸せな食感を与えてくれる。
味付けは塩コショウのみ……いや、かすかに柑橘系の酸味がする。
ん~、例えるなら具とウスターソースのかかっていない
『たこ焼き』だろうか?
紅生姜があれば、味が引き締まって更に美味しくなるかもしれない。
「うん、悪くはないな」
「マジでっ!?」
ロフト達が、俺から残ったバジリスクの目玉焼きを奪って食べ始めた。
おまえら試食してなかったのか?(怒り)
「う、うめぇじゃんか!?」
「このトロリとした食感が堪んねぇなぁ!」
「あー!? わちき、少ししか食べれなかったぁ!」
少ししか食べれなかったアカネが、半べそをかいている。
商売が終わったら皆で食べに行こう、と言って彼女をなだめる。
途端に笑顔になるあたり、現金な娘だと思うのは仕方がないことだろう。
このバジリスクの目玉焼きは味が結構淡白なので、
鶏ガラで取ったスープに浮かべても、面白い料理になりそうだ。
刻みネギを浮かべるのもいいだろう。
紅生姜も添えれば色合いも良いはずだ。
他の野菜を煮込んで、添えるのはどうだろうか?
あぁ、次々にアイデアが浮かんでくる。
ただし、ビジュアル的には最悪と言わざるを得ないが。
俺は食べるのが好きだが、料理するのも好きなんだなと、
思った瞬間であった。
「セングランさん、負傷者の方々が多過ぎます。
これは、獄炎の迷宮で何かあったのでは?」
マキシードが今日の負傷者の数に疑問を覚えたようであった。
俺とは違って連日カサレイムに来ているマキシードは、
今日の負傷者の数に違和感を感じている様子だった。
それは、セングランさんも同じだったようで、落ち着かない様子だ。
「嫌な予感がするな……とは言っても俺達がすることは
いつ、どの状況、場面でも同じだ、負傷者を必ず治療してやる。
ただそれだけだ。
覚えておけ、俺たちヒーラーは……
『目の前の命に対して、決して諦めてはならない』」
その言葉は、自分の命を捧げてまでも、
多くの負傷者を救った偉大なる先輩が遺した言葉だ。
今はラングステンの安息の地で安らかに眠っている、
彼が遺したヒーラーの心得の一つだ。
若手ヒーラーはその言葉に、無言だが真剣な面持ちで頷いた。
中には泣いている者もいる。
きっと、治療が間に合わず、患者を死なせてしまった者達だろう。
大丈夫だ……その気持ちがある限り、おまえ達は成長し続ける。
同じ道を歩んでいる俺が言うのだから間違いない。
大丈夫だ、大丈夫だよ……
そうだろ? デイモンド爺さん……。
増え続ける負傷者を治療し続ける若手ヒーラー達だが、
ケガを負った冒険者達は、減るどころか増え続けている。
これは流石におかしいと思い、
俺も治療に加わり若手ヒーラーの負担を減らす。
得体のしれない焦燥感がずっと纏わりついたままだ。
「お嬢! やはり今日は何かおかしい!
嫌な感じが体中に纏わりついていやがるっ!」
セングランさんが叫んだ。
こちらでは正体を隠しているので、
俺の呼び方は『お嬢』と呼ぶと言っていた。
確かに、今日はやたらと嫌な感じが纏わりつきっぱなしだ。
グーヤの実を食べて暑さを軽減しているにもかかわらず、
俺の背中が汗でびっしょりになっているのがわかるほどに。
これは、暑さで出ている汗ではない。
緊張することによって出ている汗だ。
きっと、何かが起こっている。
「奇遇だな! 俺もだ!」
俺がそう言ったと同時に、
けたたましい鐘の音がカサレイムの町に鳴り響いた。
その音に町の一般市民は顔を青くした。
付近にいた冒険者達は緊張を一層深くする。
「緊急警報! 獄炎の迷宮の魔物が溢れ出しました!
市民の方々は速やかに非難をしてくださいっ!」
その方を認識した市民達が悲鳴を上げて逃げ惑う。
店じまいをして慌てて逃げ出す露店商人達。
カサレイムの町は賑わいを一変して、大混乱と化した。
その原因は、獄炎の迷宮から溢れ出した魔物の群れ達のせいだ。
少し離れた位置にいる俺達でも、
獄炎の迷宮の入り口付近で戦う衛兵たちの姿が見て取れる。
だが、衛兵達は魔物に苦戦しているようだ。
このままでは、じきに突破されてしまうだろう。
「若手ヒーラー達は後方待機!
負傷した冒険者や衛兵を治療しろ!
ダナンとアルアはここにいろ!
ロフト、スラック、アカネ、俺の護衛を頼む!
行くぞザイン! 俺に続けっ!!」
「承知仕りましたで候! いざっ!」
ザインが『フリースペース』から武具を取り出し、
一瞬で法被姿から若武者へと変身を遂げる。
……後でやり方を聞いておこう。
「うははっ! いきなり急展開かよっ!?
いいぜぇ、未来の竜騎兵の初陣だっ!」
「任せとけぇ! 食いしん坊にゃぁ、指一本触れさせねぇよ!」
「その代り、わちきが触っとくよぉ! ぐひひっ!」
ロフト達もザイン同様に、一瞬で鎧姿へと変身を遂げていた。
彼らはチームを意識しているのでデザインは三人とも同じだ。
灰色のベースのハーフアーマーは将来、
竜騎兵になるために慣れておくという理由で身に着けている。
ただ、アカネだけは女の子という理由で、
ロフトが赤い鎧をアカネに身につけさせている。
「いくぞっ! ロフト小隊、出撃だっ!!」
荒事に向く性格、向かない性格とあるが、こいつらは明らかに前者だ。
普段はスケベなだけで役に立つとは言えないが、
いなくてはならない存在だと、言えるほどの実力も秘めている。
俺としては、明るいスケベ共のままでいてほしいとも思っているが、
そうはいかないらしい。
「行くぞっ! 今、俺達のできることをっ!」
俺達は獄炎の迷宮へと駆けだした。