19食目 フィリミシアのヒーラー達
綱渡りのリレー治療開始から三日後。
俺達治療チームに、一つの情報がもたらされる。
勇者タカアキが西の大陸、ドロバンス帝国の勇者を撃退したと。
なんでも南の大陸、ミリタナス神聖国の勇者を襲っているのを見つけ
タカアキが怒ってぶちのめしたらしい。
南の勇者は女だったそうだ。奇襲を受け敢え無く倒された挙句、
服をひん剥かれて強姦されかけてたのをタカアキが見つけ、張り手一発で
仕留めたらしい。張り手って、おまっ!?
西の勇者はモヒカンヘアーの世紀末ヒャッハーな、チンピラだそうだ。
よく勇者になれたなぁ? ある意味、勇者だが。
これにより、ドロバンス帝国は撤退しラングステン王国とミリタナス神聖国の
共同戦線が張られるらしい。
なんでも南の勇者が、タカアキに惚れてしまったため……とかなんとか。
流石、ブサメン。マジすげ~!!(尊敬)
今後はドロバンス帝国の関係が、悪化の一途を辿るのが問題になるらしいが……。
そんなのは知らん。 俺にどうすれというんだ?
で……ここで、ようやく魔王討伐が実現できそうなので、現在同盟軍と魔王軍の
睨み合いが続いてるそうだ。兵の消耗を避けている状態らしい。
これは、タカアキ達が一気に勝負を決める電撃作戦なので、
多くの兵をもってしないと作戦が成功しないからだ。兵士もこれまでの戦いで
相当の人数戦死している。もうギリギリの人数だそうだ。
「なるほど……今日、ケガ人が少ないのはこのためか」
「はい、ここからが正念場になるでしょう」
とイケメンが答えた。となるとだ……。
「作戦の決行時期はわかるか?」
「三日後には準備が整うらしいので……恐らくは五日後ではないかと」
「そうか」と言ってお礼をイケメンに言った。
遅くとも五日後ぐらいに、治療所も激戦区になると言うことだ。
作戦内容からして、前例のない負傷者達が運び込まれるだろう。
できるだけの準備をしておかなければ、絶対に乗り越えられないだろう。
「俺……なんで、こんなことしてんだっけなぁ?」
今更なことであった。
◆◆◆
「おいぃぃぃぃぃっ!! 包帯ありったけ用意しとけー!!」
聖女様の指示が治療所に響きます。
私はティファニー・グロレンス。
Bランクヒーラーです。先日Bランクに昇格しました。
いえ、私だけではありません。ここにいるヒーラーの皆は、
ほぼ全員途轍もない速度でランクアップしてます。
これも聖女様の指導のお陰でしょう。私達に足りなかった動きや技術を、
こと細かく教えてくださいました。
「消毒液の補充少ないぞっ!? 何やってんのっ!?」
聖女様はヒーラーの少なさを応急処置のできる、非ヒーラーで
補おうとしています。普通、ヒーラーが聞けば侮辱とも取れるでしょうが、
一度でもここで治療に携われば、聖女様の行動の意味が嫌でもわかるでしょう。
ここは戦場です。敵兵なき戦場です。なので、命が失われます。
「人集めろー!! 応急処置できれば、子供でも構わん!!」
切羽詰まった、聖女様の声。それに答える一般市民の皆さん。
続々と復帰する、引退ヒーラーの方々。聖女様の必死の訴えかけに応え、
決戦の日に向けて集まっていますが……それでも不十分としかいえません。
私達も自分にできることを必死に模索し、同じ若手ヒーラーと共に準備を
進めてきます。不安に押しつぶされそうになる心を誤魔化しながら……。
決戦の日は刻々と迫っていました………。
◆◆◆
「デイモンド爺さん! 復帰組の指揮を任せていいかっ!?」
聖女様がわしに、指揮を任せると言って二日たった。
現在、わしと共に現役時代を共に過ごした生き残りを集めリハビリ兼、
連携の確認作業をしておった。
わしの名はデイモンド・オワーグ。
引退して、悠々自適に過ごしていた老いぼれじゃ。
聖女様降臨の報を噂に聞いて、どんな娘か冷やかしに来たのが運の尽き。
そのまま、復帰組としてヒーラーに戻っちまったんじゃ。
「人はいくらいても構わんぞぉぉぉぉぉっ!!」
そう、この娘でなければ……復帰なんて考えなかったろうなぁ。
聖女様は御年五歳。……五歳じゃぁ!
五歳なんて辺りを駆け回って遊んでる年頃じゃ!
それがなんじゃ、聖女に祭り上げられて、戦争の片棒を担がされておるっ!
いくら白エルフとは言え、大人がやっていいことじゃねぇ!!
「頼むぞぉぉぉ! 向こうで、戦ってるヤツ等にとってここが最後の希望だ!
絶対に死なせないように、準備を万端にしとけぇぇぇぇぇっ!!」
……っ! 五歳児の台詞じゃねぇ! じゃが、わしじゃぁたいして力になれねぇ!
こんなことなら、若い頃にもっと鍛錬を積んどくんじゃった!!
わしは自分でも知らないうちに、拳を強く握り過ぎ手から血を流しておった。
「くそぉ……なんでロートルになっちまってから………こんな事ならっ!」
「デイモンド……そんなに自分を責めるな」
復帰組のセングラン・ドルトス。わしの親友兼、ライバルだったヤツじゃ。
「確かに俺達は老いたし、体力、魔力も若い連中に劣る」
でもな……と言ってセングランは笑って言った。
「経験と小賢しさは、まだまだ負けんよ? はっはっは!」
セングランの言葉にわしは鈍器で頭を殴られたような衝撃をうけた。
こいつは、昔からこういうヤツじゃった。何事にも前向きなヤツじゃった!
「時代が悪いとしか言いようがないが、これもまた運命。
ならば、俺達がせめて聖女様の負担を軽くするよう努めればいい」
「違うか?」とセングランはニカッと笑って言いおった。
あぁ、そうじゃな。わし等老いぼれでも、まだやれることはあるんじゃ!
「命を救う。引退して尚、命の重さを知る事になるとはのぉ……」
周りを見れば、このために復帰した元同僚がズラリとおる。
皆、しわくちゃの爺と婆じゃ。わしを含めてな。
じゃが、皆このために生活を投げ打って集まってくれおった。
「よぉし、みせてやろうじゃねぇか! 一時代を支えたヒーラーの力よぉ!!」
応! と気合の入った声が揃う。
やってみせるぜぇ! 聖女様よぉ! この頼もしき老いぼれ達と!!
◆◆◆
「作戦が決行されました!」と言う報が伝わったのは、五日後の午前四時。
俺達は既に起きて、スタンバッていた。
もちろん、ヒーラーや臨時のスタッフや、
応急処置のできるガキンチョ部隊も臨戦態勢だ。
俺がなりふり構わず集めた、精鋭部隊である。
殆どスラムの子供達だが腕は確かだ。
「作戦が開始された! 暫く経てばケガ人が押し寄せてくる!
各部署で連携して的確に対処してくれ! 連携が乱れここが崩壊すれば最悪、
作戦は失敗する! 各々、奮起してくれ! 頼むぞっ!!」
応!! と、気合の入った声。
今まさに、決戦の火蓋は切られたのだ!!
「勝っても負けても、ケガ人はここに来る。……正念場だな」
「そうですね」とイケメン……いや、レイエン・ガリオ・エクシードが言った。
彼も持病を押して、この治療に参戦してくれた。病名は魔力多消費症。
普通の人より十倍近く魔力を消費してしまう奇病だ。
先天性の病気なので魔法では治らない。
「いいんですよ、管理が得意でここに収まってますが、これでもヒーラーの
端くれ、少しでもお役に立ちたいのです。生きてる間は……」
今更気付いたが、最初に会った時よりやせ細っている。
すまん! それでも俺は貴方を、頼らせてもらう!
「頼むよ、皆を纏めてほしい」
「お任せを」
そして、遂に大勢の負傷兵が大挙して押し寄せてきた。
ここに『俺達の戦争』が始まったのだ。