189食目 大人達は子供の未来に希望を託す
◆◆◆
「お、おい……どうしたんだ二人とも?」
俺がエルの自室に訪れると、エルとザインが白目を剥いて、
ベッドに仲良く転がされていた。
いったい二人に何があったんだ?
「いらっしゃいライオット君、
エルティナとザインは桃師匠に指導を受けて、
へとへとになっているだけだから、心配はしなくてもいいですよ」
ルドルフさんが少し困った顔をして、
エルの顔を流れる汗を濡れ布巾で拭ってやった。
エルはともかく、ザインまでこの有様とは……。
というか『桃師匠』ってだれだ?
名前からして桃先輩の身内のようだけど。
それにしても、いったいどんな指導だったんだろうか?
怖い反面、物凄く興味が湧いてきた。
「ふん、そこの侍小僧も、良い素質の持ち主だが……まだまだ未熟!
ワシに付いて来れたのはそこの娘だけよ」
「桃師匠……自分は男です」
桃師匠と呼ばれた筋肉隆々の爺さん……って、ジェームスさんじゃないか!?
エルと親しくなってから、ヒーラー協会に出入りしているうちに、
ここの食堂の水準が異常に高いことを知ることができた。
それ以来、ちょくちょくと小遣いを貯めて食べに来ていた。
そうすれば、当然顔見知りも増えてくる。
それがジェームスさんだ。
この人とは、ヒーラー協会の食堂でよく会うので顔見知りになった。
会う度に「若いもんは、よぉく食べなきゃいかん!」とか言って、
俺に特大のとんかつを奢ってくれる優しいお爺さんだ。
それが、どうして桃師匠と呼ばれているのだろうか?
いや……確かに、いつものジェームスさんのオーラじゃないことはわかる。
っつ!?
そんなレベルじゃない!
この桃師匠と呼ばれるジェームスさんのオーラを認識した途端、
目の前に立っている人がとんでもない存在だということがわかった。
俺なんかじゃ、逆立ちしても勝てる気がしない!
「ほぅ……小僧、貴様はなかなか良い目をしているな?
少し、手解きをして進ぜよう」
ドクン! と俺の心臓が高鳴った。
これは強敵と出会った時に良く起こるものだ。
俺の全身が喜びに満ち溢れていくのがわかる。
俺より強いヤツと戦える!
こんなに、嬉しいことはない!
こんなに、ワクワクすることはない!
俺は即答した。
「お願いします!」
俺と桃師匠は、ヒーラー協会の屋上で模擬戦をしたが、
まったく俺の技は通用しなかった。
親父から盗んで身に付けた技が、まったく当たらなかった。
自分で考えて改良した技が、軽くあしらわれた。
自分で苦労して編み出した必殺技が指一本で止められた。
「未熟、未熟ぅ! 貴様の小手先の技などワシには通用せんわぁ!
今の貴様には技など不要!
拳に魂を載せて……打ち込んで来るのだぁっ!!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
嬉しかった。
俺の親父は何故かはわからないが、徹底して俺に技を教えなかった。
そして、組手はしてくれるものの……どこが悪いとかは教えてくれなかった。
親父は自分で考えろ、と言っているのだろうが、
俺は少し不満に思っていたのは間違いない。
今、目の前にいるジェームスさんの姿をした、
得体の知れない強者が、俺の全力を軽くあしらい指導してくれている。
そして、さり気なく技を見せてくれているのだ。
俺はすかさず、その技を『盗んだ』。
「あ……」
その瞬間……親父が何故、俺に技を教えなかったかが、なんとなくわかった。
でも、俺がこのことを本当に理解できるのは、もっと先のことだろう。
「うりゃぁぁぁぁぁぁっ!」
今はただ、撃ち込むのみっ!
◆◆◆
「ふふ……久しぶりに良い目を持つ少年に出会ったわ」
桃師匠がぐったりとしたライオット君を抱えて、私達の元へ戻ってきた。
彼に抱えられたライオット君は、満足そうな顔で寝息を立てていた。
恐らく限界を越えて動き続けたのだろう。
「これでは今日の露店販売は無理ですね」
桃師匠はエルティナとザインの眠るベッドにライオット君を横たえる。
エルティナのベッドは大きいので、余裕で子供三人なら寝ることが可能だ。
ただ、その際はもんじゃの居場所がなくなるが……
あ、エルティナのお腹の上で丸くなりましたね。
「特に問題ないだろう。
ライオットは基本、荒事以外には向かない性格だ。
それに水曜日の面子にはガンズロックやプルルがいる」
桃先輩が問題ない、と言って暫く黙り込む。
私にはわかる。
今彼は悩んでいる。
ライオット君を私達の戦いに巻き込むかどうかを。
桃先輩は決して無慈悲な存在ではない。
しかし、彼はエルティナとは違い大局的に物事を見るタイプだ。
今我々に突き付けられている現実に対抗するには、
決戦の日までに優秀な人材をとにかく集めなくてはならない。
桃先輩には、それがわかっているはずだ。
それを彼の優しさが邪魔をしている。
その優しさは弱さだと言う者もいることだろう。
だが、私はそんな彼の弱さが嫌いではない。
でなければ、エルティナが彼に全幅の信頼を置くはずがないからだ。
「邪魔するぜぇ……ってぇ、こりゃあ何事だぁ?」
「あー!? ライオットずるいっ!
私もエルちゃんと寝る……ってザインまで一緒に寝てる!?」
ガンズロック君とリンダちゃんが、仕事をするために
エルティナの部屋へとやってきた。
「これは、私もエルちゃんと一緒に寝るチャンスだねっ!」
リンダちゃんが、ベッドで横になっているエルティナ達に
突撃しようとするが、ガンズロック君が間一髪で止めた。
彼女の頭を掴んで。
「ぐえっ!?」
何か鈍い音が聞こえたが……大丈夫だろうか?
「少しゃ、落ち着きやがれぇ。
でぇ……こりゃあいってぇ、どういう状況なんだぁ桃先輩よぉ?」
ガンズロック君は冷静に物事を考えれるタイプだと、
以前エルティナに教えられている。
そして、エルティナの組んでいるパーティーのリーダーだとも。
「そうだな……君には教えておいても良さそうだ。
今からいうことをよく覚えておいてほしい。
そして、他言は避けてくれ」
どうやら、桃先輩は決断したようだ。
彼らを『巻き込む』ことに。
パーティーのリーダーであるガンズロック君に話せば、
必ず他のメンバーにも伝わるだろう。
ライオット君もこのパーティーのメンバーだ。
この話はきっと彼にも伝わるはずだ。
ガンズロック君なら、エルティナのためにメンバー達に
この件を伝えると、桃先輩は踏んだのだろう。
つまり……もう、形振り構っていられないということか。
しかしですね桃先輩。
今貴方が悩んでいることは杞憂だと思います。
何故なら、王宮で国王陛下と『エドワード殿下』にこの件を伝えた時点で、
私には未来がわかってしまいます。
きっと、あのクラスの子供達は、
エルティナを支えるために立ち上がることでしょう。
「お~い、エル!
そろそろ、出発するぞ……って、なんだこの状況は?」
「ライオットも寝ちゃってるねぇ?
いったいどうしたんだい?」
「あー!? わたくしもエル様と一緒に寝ますわっ!」
新たに部屋に入ってきたダナン君とブッチャーさん。
そして、プルルちゃんに……えっと、だれだったかな?
あの小さなフルプレートアーマーの子は。
女の子の声がしたが。
私がだれだったか、思い出せずにいると
フルプレートで身を固めた少女と思わしき人物が、
エルティナに突撃しだした。
……が、再度ガンズロック君が未然に防いだ。
「ぷぎっ!?」
ボキッという鈍い音がして、
フルプレートの少女の首がぶらんぶらんと揺れていた。
あれは確実に首の骨が折れている。
早急に治療が必要だ!
「何をなさりますの!
ヴァンパイアでなければ死んでいたところですわ!」
「あほぉ、おめぇの格好でエルに突っ込んだらぁ、エルの方が死んじまうぜぇ」
自分をヴァンパイアだと言った少女。
思い出した……ブランナちゃんか。
日光に当たれないので、あのような格好をしていると
エルティナに教わったのをすっかり忘れていた。
……しかし、異様な光景だ。
腰に手を当ててガンズロック君に抗議している鎧の少女。
それだけなら、別におかしくはないのだが……。
折れた首をぶらぶらと揺らしながら抗議し続けるのは、
見ているこちらの方が痛くなるのでやめてほしいものだ。
「ダナン、見てのとおりエルティナは動けん。
ライオットも見てのとおりだ。
詳しくは、おまえ達が帰ってきてから話す」
「そ、そうか。
もちろん、良くない話なんだろ?」
ダナン君の言葉に「そうだ」ときっぱり答える桃先輩。
その返事に「ですよね~」と答えるダナン君。
彼は決して強くもないし、エルティナのパーティーメンバーではないが、
彼女が苦しい時は、殆ど駆け付けて手助けをしている。
彼には気の毒とは思うが、エルティナにかかわったのが運の尽きだと
思ってもらうしかない。
暫くして、子供達はブッチャーさんに連れられてカサレイムへと向かった。
残ったのは私達大人と、ベッドで眠っている子供達だけだ。
「情けないものだ。
我々大人が子供の『未来』を頼ってしまうとは」
桃先輩が力なく吐き出すように話した。
「歯がゆいな……手を貸してやりたくとも、この世界は遠く離れた世界。
しかし俺では『月渡りの術』は使用できない。
全てエルティナに託すしか手段がない」
桃先輩が語る中、桃師匠は眠っているエルティナの前髪を払って
寝やすくしてあげていた。
「トウヤ、貴様の言いたいことはわかる。
しかしだ、基本己の世界は己の力で守るのが桃使いの使命。
それが桃使いとして目覚めた、桃吉郎……否、エルティナの宿命よ」
そして、桃師匠は私を見た。
その顔は私の全てを見定めるようなものだった。
「娘よ、おまえにはエルティナの過去を知ってもらう必要がある。
桃の守護者として、このバカ弟子を守ってやってくれ」
「わかりました桃師匠。後、私は男です……」
桃師匠の語るエルティナの過去。
正直信じられないような内容だったが、納得する点も大いにあった。
エルティナの口調、性格、優しさ、心の強さ。
そして、エルティナの背負っていたものの重さ……。
彼女はまた、とてつもなく重いものを背負おうとしている。
でも、今度はか弱い女の身だ。
果たして、全て一人で背負いきれるだろうか?
……できるわけがない。
背負うには重過ぎる。
だれかが支えてやらなければ。
わかっている、それは私達大人の役目だ。
彼女の代わりになることができないのであれば、
せめて支えて負担をできる限り減らしてあげなければならない!
「お任せください、私の命に代えてもエルティナを守り続けましょう」
本来なら私は死んだ身だ。
もう一度生きることを許されたのは、全てエルティナのお陰だ。
そのお陰で、私は妻を……そして子供も得ることができた。
こんなに幸福なことはない。
それに対して、私はエルティナに何か恩を返してあげられただろうか?
いまだ、何も返せてはいないではないか。
私が彼女にしてやれることといえば、体を張って守ることくらいなものだ。
ならばこの命、エルティナと妻と子のために使おう。
それが私にできる唯一のことなのだから!
すやすやと眠るエルティナに、私はそう誓うのだった。