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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第三章 聖女とミリタナス神聖国
184/800

184食目 舞い戻る強大なる者

 ◆◆◆


 いったい、どうしたというのだろうか?

 あんな怖い顔をしたデルケット爺さんは初めて見る。

 俺は自室でうろうろ歩き回りながら原因を考えたが、

 原因はどう考えても俺が話した記憶のことだ。


 あの内容で、あそこまで切羽詰まるのが理解できない。

 デルケット爺さんは何に怯えていたのだろうか?

 考えれば考えるほど堂々巡りをする。

 そして、俺の心が次第にもやもやしてくる。


 ……いかんな、今の俺がいくら考えても、なんの解決にもならない。

 この件は一端、保留とするっ!


 んもう! 最近は、すぐに解決しないことがいっぱいだ!

 これは展望台に行って、気分転換をせざるを得ないっ!


「おいで、さぬき。気分転換にお月様でも見に行こう」


「ちろちろ」


 俺はさぬきを伴い、展望台へと向かった。

 うずめは疲れているのか、聖女の帽子の上で寝てしまっている。

 起こすのもなんなので、そっとしておくことにした。

 ゆっくりとおやすみ、うずめ……。


 ◆◆◆


 展望台に到着する俺とさぬき。

 肌に当たる風が冷たさを増し、夏が去って行くのを感じ取れる。

 もう、夜に薄着でいると、風邪を引いてしまうかもしれない。

 さぬきは寒いのか、俺の懐に潜って顔だけを出していた。


「随分とラングステンも寒くなったものだなぁ」


 空に浮かんでいる月を眺めると、とても綺麗な『満月』だった。

 俺は急に月見うどんが食べたくなった。

 さぬきを連れているからだろうか、それとも寒いからだろうか?

 エチルさんにお願いして作ってもらおうかな?


「綺麗な満月だぁ……」


 あれ、満月?

 今って、たしか半月じゃなかったけ? 俺の記憶違いか? 

 最近疲れることが多かったし、幻覚でも見ているのだろうか?


「……ききき、怪奇現象、怪奇現象!」


「ふきゅん!? ララァ、夜に一人で飛んだら危ないぞ?」


 桃先生の木の展望台に、空を飛んでやってきたクラスメイトのララァ。

 どうやら彼女も、今日の月がおかしいことに気が付いた一人のようだ。


「こんばんは……エルティナ……怪奇現象」


「おう、こんばんはララァ。

 やっぱりこれは怪奇現象なのか?」


 俺は空に浮かぶ月を見上げた。

 怪奇現象と言われると、途端に月が悲し気に見える。

 その瞬間、ドクンと心臓が大きく鳴った!


「ぐぅ……!」


 この嫌な感じは、何度も経験してきた。

 だが、今回は特に強烈に感じ取った。

 いったい、なんなのだろうか?

 わからないが、焦燥感が激しく俺を追い立てる。

 このままではいけないと。

 

 痛っ!? 頭がズキズキする!

 銅鑼を、けたたましく鳴らし続けているような感覚。

 最早、立っていることすらままならない。

 視界が次第にぼやけていく。


「なんだ……この強力な陰の力は……」


「……エルティナッ!?」


 俺はそこまで言って、迫ってくる地面をただ見つめ、

 衝撃と共に意識を失った……。


 ◆◆◆


 久しぶりだ、命溢れる世界に戻るのは。

 頬を撫でる風が気持ちいい。

 このような風は、私がいた地ではなかった。

 あるのは闇、怒り、憎悪のみ。

 まったくもって、つまらない場所であった。

 奪うべきものがまったくないのだ。


「おかえりなさいませ、我が主様」


「久しいな、デュリンク」


 この世界における私の配下、白エルフのデュリンクが、

 いち早く私の帰還を察知し出迎えにきた。


「はっ、およそ五十五年振りかと存じ上げます」


「五十五年か……実に退屈な時間であった」


 そう、実に無駄な時間だった。

 暇つぶしになる命が一切なかったのだ。

 ただ、あの場所で黙って待っているだけだった。

 総大将の命でなければ無視を決め込むところだ。


 しかも、突然帰れと言われて、

 集まった面子は攻略中の世界に突如として帰された。

 総大将の考えは私達の理解の範疇を越える。


「デュリンク、任せていた計画はどのようになっている?」


「はっ、試作三体が稼働中、内一体が中破しております」


 デュリンクから気になる報告が飛び出た。

 鬼が傷付けられ修復中だというのだ。

 我ら鬼に対して、そのようなことをやってのけるのは、

 後にも先にもヤツらのみだ。


「……桃使いか」


「はっ」


 遂に、この世界にも桃使いが誕生したというのか。

 まったくもって、忌々しいヤツらよ。

 あの時も、後一歩というところで邪魔をされ、計画は破綻した。


 ズキリと顔に刻まれた傷が疼く。

 この傷は彼の地にて傷つけられたものだ。

 他の傷は癒えても、この傷だけは残ったままだった。

 顔を斜めに走る切り傷、一人の桃使いに付けられた傷跡。


「この傷だけは癒えぬ、桃使い達を根絶やしにしても癒えぬだろうな」


「……」


 デュリンクは盃に並々と酒を注ぎ、私に捧げてきた。

 私はそれを受け取り、一気に飲み干した。

 

 ……美味い。上物の清酒だ。


 やはり、命を貪るか酒を飲むかしか、私達の渇きは癒せない。

 私は戦うことが好きだが、この渇きを癒すほどの者はいなかった。


 ……いや、一人だけいたな。


 互いの存在をかけた死合に応じた一人の桃使い。

 ヤツと戦っている間は決して渇かなかった。

 この顔の傷を付けた桃使い。

 ヤツだけは私の渇きを癒してくれた。


 そして、ヤツだけが……私と酒を酌み交わした。

 不倶戴天の敵であるにもかかわらずだ。


木花桃吉朗このはなとうきちろう……おまえは何故、私を残して死んだのだ?」


 最強の桃使いと呼ばれた男。

 全身をおびただしい傷で覆い尽された修羅。

 唯一、我ら鬼が恐れた闘神。

 唯一、私が惚れた人間。


「せめて……私を滅ぼしてから死んでくれれば」


 こんなにも、退屈しなくてもすんだろうに。

 こんなにも、空しい時間を重ねずともすんだものを。


 何故死んだ、我が強敵ともよ……。


「デュリンクよ、その桃使いの詳細は?」


「はっ、こちらに」


 デュリンクが、わかりやすく纏めたデータを手渡してきた。

 相変わらず几帳面な男だ。


 ……なるほど、白エルフの少女が桃使いになったか。

 中々、面白そうな桃使いに育ちそうだな。

 それに……。


「おまえのお気に入りか?」


「滅相もありません」


 そう、きっぱりと否定するデュリンクだが、

 こういう時ばかりは嘘が下手になるな。

 私に向ける殺気が漏れているぞ?


「ふふ、嘘が下手だな……よかろう、おまえに任せる。

 ただし、失敗したら私が食らうから、心してかかるように」


「ははっ、必ずや主様のご期待に応えましょう」


 そして、いつか二人で私に挑んでくるがいい。

 虎視眈々と私の首を狙う、おまえの目が大好きなのだ。

 寿命のないおまえらならば、

 いつの日か私の遊び相手くらいには成長することだろう。

 ……その日が楽しみだ。


「話は変わるが『月渡り』の際に彼女の機嫌を損ねてしまってな。

 現在、私の感覚はだいぶおかしなことになっている。

 これでは手加減して遊ぶことも叶わぬ」


「それは、御労おいたわしいことです主様」


 微塵も感じてないにもかかわらず、堂々と言ってのける。

 表情一つ変えないのだから大したものだ。

 私は目の前の男の図太さに、感心を覚えた。


「うむ、そこで私はこれより眠りに就き感覚を修復する。

 およそ、七~八年は眠ることになるだろう。

 その間のことはお前に任せる、試作の鬼三体を使い『陰力いんりょく』を集めよ。

 そして、その陰力を使い『鬼穴きけつ』の展開実験を行っておくのだ」


「仰せのままに……」


 頭を深々と下げ臣下の礼を取るデュリンクを残し、

 私は五十五年振りとなる自分の寝床へと向かった。


 鬼穴を開くとなれば、必ず桃使いが阻止しに来るだろう。 

 鬼穴が開き固定されるもよし、桃使いに破壊されるもよし。

 その場合、桃使いは格段に成長することだろう。


「未熟な果実を喰らうほど、味音痴ではないのでな。

 上手く育て上げろよ……デュリンク?」


 次に目覚めるのが楽しみだ。

 あの国の王よりは、私を楽しませてくれそうだからだ。


 私は寝床に続く闇の中を迷わず歩いて行った。

 今日はよく眠れそうだ……。

 

「ふ……ははははははっ!」


 久々に笑う。

 笑ったのはいつ以来のことだろうか?


 さぁ、私の渇きを癒してくれ。

 世にも珍しき『白エルフの桃使い』よ!

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