184食目 舞い戻る強大なる者
◆◆◆
いったい、どうしたというのだろうか?
あんな怖い顔をしたデルケット爺さんは初めて見る。
俺は自室でうろうろ歩き回りながら原因を考えたが、
原因はどう考えても俺が話した記憶のことだ。
あの内容で、あそこまで切羽詰まるのが理解できない。
デルケット爺さんは何に怯えていたのだろうか?
考えれば考えるほど堂々巡りをする。
そして、俺の心が次第にもやもやしてくる。
……いかんな、今の俺がいくら考えても、なんの解決にもならない。
この件は一端、保留とするっ!
んもう! 最近は、すぐに解決しないことがいっぱいだ!
これは展望台に行って、気分転換をせざるを得ないっ!
「おいで、さぬき。気分転換にお月様でも見に行こう」
「ちろちろ」
俺はさぬきを伴い、展望台へと向かった。
うずめは疲れているのか、聖女の帽子の上で寝てしまっている。
起こすのもなんなので、そっとしておくことにした。
ゆっくりとおやすみ、うずめ……。
◆◆◆
展望台に到着する俺とさぬき。
肌に当たる風が冷たさを増し、夏が去って行くのを感じ取れる。
もう、夜に薄着でいると、風邪を引いてしまうかもしれない。
さぬきは寒いのか、俺の懐に潜って顔だけを出していた。
「随分とラングステンも寒くなったものだなぁ」
空に浮かんでいる月を眺めると、とても綺麗な『満月』だった。
俺は急に月見うどんが食べたくなった。
さぬきを連れているからだろうか、それとも寒いからだろうか?
エチルさんにお願いして作ってもらおうかな?
「綺麗な満月だぁ……」
あれ、満月?
今って、たしか半月じゃなかったけ? 俺の記憶違いか?
最近疲れることが多かったし、幻覚でも見ているのだろうか?
「……ききき、怪奇現象、怪奇現象!」
「ふきゅん!? ララァ、夜に一人で飛んだら危ないぞ?」
桃先生の木の展望台に、空を飛んでやってきたクラスメイトのララァ。
どうやら彼女も、今日の月がおかしいことに気が付いた一人のようだ。
「こんばんは……エルティナ……怪奇現象」
「おう、こんばんはララァ。
やっぱりこれは怪奇現象なのか?」
俺は空に浮かぶ月を見上げた。
怪奇現象と言われると、途端に月が悲し気に見える。
その瞬間、ドクンと心臓が大きく鳴った!
「ぐぅ……!」
この嫌な感じは、何度も経験してきた。
だが、今回は特に強烈に感じ取った。
いったい、なんなのだろうか?
わからないが、焦燥感が激しく俺を追い立てる。
このままではいけないと。
痛っ!? 頭がズキズキする!
銅鑼を、けたたましく鳴らし続けているような感覚。
最早、立っていることすらままならない。
視界が次第にぼやけていく。
「なんだ……この強力な陰の力は……」
「……エルティナッ!?」
俺はそこまで言って、迫ってくる地面をただ見つめ、
衝撃と共に意識を失った……。
◆◆◆
久しぶりだ、命溢れる世界に戻るのは。
頬を撫でる風が気持ちいい。
このような風は、私がいた地ではなかった。
あるのは闇、怒り、憎悪のみ。
まったくもって、つまらない場所であった。
奪うべきものがまったくないのだ。
「おかえりなさいませ、我が主様」
「久しいな、デュリンク」
この世界における私の配下、白エルフのデュリンクが、
いち早く私の帰還を察知し出迎えにきた。
「はっ、およそ五十五年振りかと存じ上げます」
「五十五年か……実に退屈な時間であった」
そう、実に無駄な時間だった。
暇つぶしになる命が一切なかったのだ。
ただ、あの場所で黙って待っているだけだった。
総大将の命でなければ無視を決め込むところだ。
しかも、突然帰れと言われて、
集まった面子は攻略中の世界に突如として帰された。
総大将の考えは私達の理解の範疇を越える。
「デュリンク、任せていた計画はどのようになっている?」
「はっ、試作三体が稼働中、内一体が中破しております」
デュリンクから気になる報告が飛び出た。
鬼が傷付けられ修復中だというのだ。
我ら鬼に対して、そのようなことをやってのけるのは、
後にも先にもヤツらのみだ。
「……桃使いか」
「はっ」
遂に、この世界にも桃使いが誕生したというのか。
まったくもって、忌々しいヤツらよ。
あの時も、後一歩というところで邪魔をされ、計画は破綻した。
ズキリと顔に刻まれた傷が疼く。
この傷は彼の地にて傷つけられたものだ。
他の傷は癒えても、この傷だけは残ったままだった。
顔を斜めに走る切り傷、一人の桃使いに付けられた傷跡。
「この傷だけは癒えぬ、桃使い達を根絶やしにしても癒えぬだろうな」
「……」
デュリンクは盃に並々と酒を注ぎ、私に捧げてきた。
私はそれを受け取り、一気に飲み干した。
……美味い。上物の清酒だ。
やはり、命を貪るか酒を飲むかしか、私達の渇きは癒せない。
私は戦うことが好きだが、この渇きを癒すほどの者はいなかった。
……いや、一人だけいたな。
互いの存在をかけた死合に応じた一人の桃使い。
ヤツと戦っている間は決して渇かなかった。
この顔の傷を付けた桃使い。
ヤツだけは私の渇きを癒してくれた。
そして、ヤツだけが……私と酒を酌み交わした。
不倶戴天の敵であるにもかかわらずだ。
「木花桃吉朗……おまえは何故、私を残して死んだのだ?」
最強の桃使いと呼ばれた男。
全身をおびただしい傷で覆い尽された修羅。
唯一、我ら鬼が恐れた闘神。
唯一、私が惚れた人間。
「せめて……私を滅ぼしてから死んでくれれば」
こんなにも、退屈しなくてもすんだろうに。
こんなにも、空しい時間を重ねずともすんだものを。
何故死んだ、我が強敵よ……。
「デュリンクよ、その桃使いの詳細は?」
「はっ、こちらに」
デュリンクが、わかりやすく纏めたデータを手渡してきた。
相変わらず几帳面な男だ。
……なるほど、白エルフの少女が桃使いになったか。
中々、面白そうな桃使いに育ちそうだな。
それに……。
「おまえのお気に入りか?」
「滅相もありません」
そう、きっぱりと否定するデュリンクだが、
こういう時ばかりは嘘が下手になるな。
私に向ける殺気が漏れているぞ?
「ふふ、嘘が下手だな……よかろう、おまえに任せる。
ただし、失敗したら私が食らうから、心してかかるように」
「ははっ、必ずや主様のご期待に応えましょう」
そして、いつか二人で私に挑んでくるがいい。
虎視眈々と私の首を狙う、おまえの目が大好きなのだ。
寿命のないおまえらならば、
いつの日か私の遊び相手くらいには成長することだろう。
……その日が楽しみだ。
「話は変わるが『月渡り』の際に彼女の機嫌を損ねてしまってな。
現在、私の感覚はだいぶおかしなことになっている。
これでは手加減して遊ぶことも叶わぬ」
「それは、御労しいことです主様」
微塵も感じてないにもかかわらず、堂々と言ってのける。
表情一つ変えないのだから大したものだ。
私は目の前の男の図太さに、感心を覚えた。
「うむ、そこで私はこれより眠りに就き感覚を修復する。
およそ、七~八年は眠ることになるだろう。
その間のことはお前に任せる、試作の鬼三体を使い『陰力』を集めよ。
そして、その陰力を使い『鬼穴』の展開実験を行っておくのだ」
「仰せのままに……」
頭を深々と下げ臣下の礼を取るデュリンクを残し、
私は五十五年振りとなる自分の寝床へと向かった。
鬼穴を開くとなれば、必ず桃使いが阻止しに来るだろう。
鬼穴が開き固定されるもよし、桃使いに破壊されるもよし。
その場合、桃使いは格段に成長することだろう。
「未熟な果実を喰らうほど、味音痴ではないのでな。
上手く育て上げろよ……デュリンク?」
次に目覚めるのが楽しみだ。
あの国の王よりは、私を楽しませてくれそうだからだ。
私は寝床に続く闇の中を迷わず歩いて行った。
今日はよく眠れそうだ……。
「ふ……ははははははっ!」
久々に笑う。
笑ったのはいつ以来のことだろうか?
さぁ、私の渇きを癒してくれ。
世にも珍しき『白エルフの桃使い』よ!