表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第三章 聖女とミリタナス神聖国
183/800

183食目 勇者タカアキの誓い

 ◆◆◆


 あの後、三回目のクーラントフライドポテトを揚げた俺は、

 ポテトをようやくまともに食べることができ、

 頂点に達した怒りを鎮めることができた。


 ダナンは「助かった、もうダメかと思ったよ」と言って

 胸を撫で下ろしていた。

 俺は「以後、気を付けるべき」と言って釘を刺しておく。


 まぁ、このやり取りは別にどうでもいい。

 きちんと商品を作って明日に備えてヒーラー協会に戻ってきたわけだが、

 俺は自室には向かわず二階にあるデルケット爺さんの部屋に向かった。

 先程観た記憶のことを、彼に話しておこうと思ったのだ。


 俺は二階にあるデルケット爺さんの部屋のドアの前に立った。

 ドアには表札がかけられており『でるけっとしさいさま』と書かれている。

 子供が作ったと思われる手作りの表札だ。

 彼はこの表札をとても大切にしている。

 彼がマイアス教の司祭になった時に、教徒の子供達に送られたものだそうだ。


 俺はドアをノックする。

 暫くして「どうぞ」と言われたのでドアにを開けて中に入った。


「こんばんは、デルケット爺さん」


「おぉ、これはエルちゃ……聖女様、いかがなされましたか?」


 俺を見てデルケット爺さんが呼び方を変えた。

 最近、プライベートで二人きりの時は俺のことを『エルちゃん』と

 呼ぶようになったデルケット爺さんだが、

 他の人がいる時や真面目な話の時は、俺を聖女様と呼んでいる。


「うん、女神マイアスとカーンテヒルの話なんだけど」


「おや? その話ならエレノア司祭と、何度もお教えしたはずですが」


 俺は部屋にある簡素だが頑丈な作りの木の椅子に座らされた。

 デルケット爺さんも同じく木の椅子に座り、俺に向き合った。

 彼の部屋に嗜好品という物はない。

 質実剛健を地でいく人間なのだ。

 部屋にあるのは、物を読み書きするためのイスとテーブル。

 そして、寝るためのベッドのみである。


「うん、実は……」


 俺はデルケット爺さんにジェフト商店で垣間見た記憶のことを話した。

 話を進めていくうちに、

 デルケット爺さんの顔色がどんどん青くなっていく。


「といった記憶だったんだけど、何か心当たりあるかな?」


「せ、聖女様……今の話はだれかに話しましたかっ!?」


 デルケット爺さんが立ち上がり俺の肩を掴んだ。

 今まで見たことのない形相で俺に問いただしてくる彼に、

 俺は戸惑い思わず「ふきゅん!?」と鳴いてしまったが、

 辛うじて首を振って否定の意を示して見せた。


 俺がその行動を取ると、俺の肩から手を離し

 糸の切れた人形のように椅子にストンと座りこんだ。


「よかった、本当によかった……」


 デルケット爺さんは大量の汗をかいていた。

 額から流れる汗は尋常な量ではない。

 いったい、どうしたというのだろうか?


「デルケット爺さん、いったいどうしたんだ?」


 俺はデルケット爺さんに駆け寄り、手を握って問いかけた。

 彼は俺の手をキュッと握り返してきた。


「聖女様、この話は決して私以外には話してはなりませぬ!

 特に『勇者タカアキ』様には決して……決して話してはなりません!!」


 デルケット爺さんは必死だった。

 そして、聞き捨てならない名前が出てきた。


「なんでそこで、タカアキの名前が出てくるんだ!?」


 しかし、デルケット爺さんは「お願いです」の一点張りであった。

 彼は大袈裟な部分があるが、ここまで必死な姿を見せたのは、

 俺に聖女になってくれと頼み込んできた以来のことだ。

 いったい、どうしたんだ……デルケット爺さん?


「うん、わかった。デルケット爺さん以外には話さないよ」


 俺はデルケット爺さんにそう言った。

 何故なら『はい』と言わない限り、彼は「お願いです」と言い続けるからだ。


「ありがとうございます、聖女様!!」


 顔を上げたデルケット爺さんに笑顔はなかった。

 その代わり、彼の顔には全ての脅威に立ち向かう戦士の顔があった。

 いったい、どういうことなのだろうか?

 俺のつるつるの脳味噌では、まったくわからない。


 取り敢えず女神マイアス関連のことは

 デルケット爺さん以外に話さないことを約束し、俺は自室へと戻って行った。


 ◆◆◆


「なんということだ……」


 私は聖女エルティナの話す内容に驚き、恐怖を覚えた。

 彼女が恐ろしいのではない。

 私は勇者タカアキとの間に、二人だけの秘密を作っていた。

 それを知ってしまった彼女の……顔を見るのが怖いのだ。


「守ってみせる」


 このようなことがあっていいはずがない。

 彼女は命を賭けて私達のために戦ってきた。


『魔族戦争』……意識を失うまで魔力を酷使し倒れても、

 尚……傷付いた者達のために彼女は治療を続けた。

 その後もラングステンに留まり、治療活動を続ける傍ら

 聖女としての仕事もこなし、人々に愛されてきた。


「そう、全ては……」


 そして、事件は起こった。

 ラングステンの存亡を賭けた戦い。

 巨大竜巻の戦いの際に、彼女がこの世界唯一の『桃使い』であることが

 発覚し、更なる重い運命を背負わすはめになってしまった。


「私の責任だ」


 彼女は沢山の大切なものを失った。

 それでも、今尚……このラングステンのために聖女として活躍してくれている。


 辛かっただろう、悲しかっただろう。

 それでも彼女は、ラングステンの民のため……

 いや、世界中の人のために戦い続けている。


「ならば……」


 彼女には戦う力は殆どない。

 究極ともいえる癒しの能力。

 その代償に、彼女は戦う力のほぼ全てを奪われたのだろう。


「せめて私が……」


 彼女に降りかかる厄災は何も物理的なものばかりではない。

 まつりごと、陰謀、彼女を利用しようとする輩はいくらでもいる。

 そして……宿命を受け入れた者も!


「勇者タカアキから守ってみせる!!」


 彼は私に伝えた。

 聖女エルティナは……『全てを喰らう者』だと。

 魔王『コウイチロウ』はフューチャーアイの持ち主。

 その彼が死に際に彼に託したのだ。

 この世界を『全てを喰らう者』から守ってほしいと。


 勇者タカアキが私に告げた言葉……!

 胸に、否……魂に焼き付いて決して忘れられない!!


「『聖女エルティナ』は『全てを喰らう者』の可能性があります。

 それが確定した暁には……私が彼女を殺します」


 そう言って立ち去る勇者タカアキ。

 その表情に圧倒され、何も言い返せなかった私。

 不幸中の幸いなことにこの件は私と勇者タカアキのみの話になっている。

 何故かはわからない、彼が私以外には決して話そうとはしないからだ。


 魔王コウイチロウとの間に交わされた約束、

 いや、誓いと言っていいだろう。


 彼自身が友と言っている『聖女エルティナ』に手を下すというのだから。

 これがどれほどの覚悟を持って言っていたかは、彼の顔を見ればわかった。


 なればこそ、私も誓おう。

 いかなる相手でも、身命に賭けてあの子を守ってみせる。


「それが、例え女神マイアスに祝福された勇者であっても!」


 この言葉は私にとって、思っていても出してはならない言葉。

 今、私は女神マイアスに『反逆』したのだ。

 マイアス教最高司祭である私が、神に逆らったのだ!

 それでも……それでも、守りたい者がいるのだ!


 私には子供がいない、妻とも随分と昔に死別した。

 子供が欲しいと女神マイアス様によく祈りを捧げたものだ。

 結果としては叶わなかったが、

 それでも私は女神マイアス様に祈りを捧げ続けた。


 私は子供が好きだ。

 未来を紡ぐ子供達が好きで堪らない。


 空き地ではしゃぐ子供達が好きだ。

 笑顔で挨拶をしてくる子供が好きだ。

 無邪気に女神マイアス様のことを聞いてくる子供なんて堪らない。


 少し背伸びした子供が好きだ。

 一生懸命物事に取り組む子供が好きだ。

 挫折し私に救いを求めてくる子供が好きだ。


 子供には沢山の未来が用意されている。

 たった一つなくなったくらいで子供の未来は失ったりしない。


「絶対に、絶対に守ってみせる!」


 しかし、聖女エルティナには……沢山の未来がない。

 行き着く先は聖女として永遠に生きるか、

『全てを喰らう者』として、勇者タカアキに滅ぼされるかのどちらか。


「全ては私の責任」


 そうだ、私があの子の未来を狭めた。

 無限にある未来を狭めた。

 こんなにも愛しい子供の未来を……狭めた!


「私は……罪深い」


 私は窓を開け放ち空を見上げた。

 空には優しく光り輝く満月が地上を照らしていた。

 そう、あの時も満月であった。

 願わくば私に、あの子を守る力を授けたまえ。


 ◆◆◆


「どうしたのですか? タカアキ様」


 妻のエレノアが私を気遣ってくる。私には勿体ないくらいの超美人妻だ。

 彼女のお腹には私達の子供がいる。話によると、そろそろ生まれるらしい。

 顔を合わせるのが非常に楽しみだ。

 ……願わくば、彼女似であってほしい。


「いえ、少し夜風に当たってきます」


 彼女に気を遣わせないために私はそう言って、

 グラスに入ったウィスキーを持ってベランダに出て……空を見上げた。

 空には光り輝く満月が、悲し気に地上を見下ろしていた。


「満月ですか……あの時も、あなたは私達の戦いを見ていましたね」


 私は月に語りかけた。

 返事は帰ってこない。わかっていることだ。

 それでも私は語りかけた。


「我が友秋元光一郎は……何故死んだのか? と今でも疑問に思います。

 彼は私に勝つことが容易かったにもかかわらず。

 しかし、結果は私が彼の命を奪うことで終わりを見せました」


 ちびりと、グラスに入ったウィスキーを口に含む。

 あまい香りと樽の匂い、口いっぱいに広がる豊かな味。 

 やはり、この酒はロックで楽しむに限る。


「我が友、後藤剛章よ……私の最期の言葉を覚えておいてほしい……」


「我が友、秋元光一郎……わかった。君の使命は私が引く継ぐ」


 想像を絶する死闘の果てに、彼は私の腕の中で最期を迎えた。

 私は……掛け替えのない友の命を、この手で奪ったのだ。


「光一郎……君は何を想い、私にこの腕を託していったのですか?」


 私は魔王コウイチロウとの戦いで左腕を失った。

 今あるこの左腕は、彼がこの世を去る時に私に託されたものだ。

 息を引き取った彼は、緑色の光の粒子となり私の中に入ってきた。

 託されたのは彼の能力とこの左腕。

 受け継いだのは禁断の能力『フューチャーストーリー』だ。


 この能力は、早い話が未来がわかるというもの。

 未来予知と言った方がわかりやすい。

 しかも、少し先のことではなく何百年もさきのことすら見えてしまう。

 名前のとおり、未来の物語を観ることができるのだ。


 故に『魔族戦争』では一切の戦術は通用しなかった。

 ただ、力で押し通すしかなかったのだ。


「今の私では『フューチャーストーリー』を満足には扱えません。

 それに、私には過ぎたものでもありますしね」


 再び、グラスを傾ける。

 琥珀色の美しい液体が私の舌を喜ばせる。

 私は『フューチャーストーリー』を使い、少しさきの物語を観た。


「……デルケット最高司祭はどうやら、あの子を守る選択をしたようですね」


 光一郎が私に見せた未来の物語には、

 彼が我が友エルティナを守ると誓う場面はなかった。


「光一郎……やはり、未来は一つではないのです。

 何故、君はもう少し待てなかったのですか?

 人と魔族が再び手を取り合えば、未来は変えられたかもしれないのに」


 今となっては、もう手遅れだ。

 それでも、私は彼に言いたかったのだ。


「何故……私に全てを託したのですか?」


 私は月を見上げた。

 今も月はそこにあった。

 我が友『魔王コウイチロウ』の命を奪った時も、月は変わらずそこにあった。

 悲しい顔を浮かべて、地上を見下ろしていた。


 私はグラスに残ったウィスキーを一気に飲み干す。


「いいでしょう、ならばその表情を笑顔に変えて見せましょう。

 この世界に仇名す災いを粉砕し、この世の愛しき命達を私が守ってみせます。

 私は……勇者ですから」


 私は月に背を向け部屋に向かう。

 もう一つの誓いを立てて。


「我が友エルティナ、君の運命も変えてみせます。

 まずは、デルケット最高司祭が君の味方になりました。

 ……運命は、未来は変えられるのです。

 君を決して『全てを喰らう者』になんか……させはしません!」


 ◆◆◆


 私は変わらずそこにあった。

 悲しい顔を浮かべて。


 だが、勇者タカアキは気が付かなかった。

 彼の背中の私が少し微笑んでいたことに……。

 

 運命は少しずつだが確実に変わり始めている。

 勇者タカアキと聖女エルティナ。

 この二人がこの世界を……いや、全世界を変えるだろうと予感していた。


 ……大丈夫だ、我が愛しき子らよ。

 おまえ達が愛した少女は偉大なる勇者に守られている。


 私達は見守ろう。彼らの行く末を。

 それが私達にできる、唯一のことなのだから……。


 月は変わらず空にあった。

 僅かに微笑みを見せて……。

誤字 魔王『コウイチロウ』はヒューチャーアイの持ち主。

訂正 魔王『コウイチロウ』はフューチャーアイの持ち主。


誤字 祭りごと

訂正 政

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ