18食目 モモセンセイ
敵兵なき戦場なう。
どうも、白エルフという名の珍獣です。
私は元気です。たぶん。
「くらぁ! 死にかけてるヤツから回せ!! 死なねぇヤツは後だぁ!!」
俺の怒号が治療室に響く。
すげ~! ケガ人の洪水やで~!?
いまだかつてない規模の負傷者の皆さん。治療が間に合わなくて、
既に亡くなってる者もチラホラ……くそったれが!
「ちくしょう! なんじゃこりゃ!? 治癒魔法使えないヤツも掻き集めて
応急処置に当たらせろ! 少しでも生き長らえさせろっ!!」
ヴァー!! 時間が、人が、全く足りんっ! 助けて神様っ!
「聖女様! ティファニーが倒れました!!」
神は死んだっ! なんという無慈悲っ! 俺の絶望が止まらないっ!
「んだとぉぉぉぉぉっ!?」
ムチャシヤガッテ。
ティファニーは、若手の中でも随一の治癒魔法の使い手だが、ここ暫くの無茶が祟ったのか遂にダウンした。
やばいぞぉ!? これはやばい!!
今のこの現状、一人でも離脱すれば崩壊する! どうする? ……やむをえん!
無茶は承知でやるしかないか、試作型範囲治癒魔法『ワイドヒール』を使う!
多人数を、一気に治せれば楽じゃね? という、極めて短絡的に考えて構築したオリジナル魔法である。尚、作るのは意外と簡単。呪文にイメージを乗せて
唱えて発動すれば成功。効率とかは、後で調整すれば良い。
中二病的な呪文を無詠唱になるまで、死んだ魚のような目で唱え続ければ
完成だ(白目)。
創られてそうで、創られてなかった範囲治癒魔法。
理由は簡単。普通のヒーラーでは、実用することができなかったからだ。
問題になるのは膨大な魔力消費量。なんと、体感でヒールの五十倍近く。
ナニソレコワイ。なので以前、初めて使った時は一発で意識を持っていかれた。
自室での発動でよかった。治療中に倒れたりしたら大事になるからな。
しかし、今度はいざと言う時のために改良を重ねた物だ。
魔力消費を極限まで抑え、それでもヒールの十五倍近くになったが。
範囲も調節できるようにしたし、ティファニーの分のケガ人を
カバーできればなんとかなるかもしれない。やってやるぜ!
「ティファ姉の担当分を、こっちに回してくれ!」
今、俺の未体験ゾーンの挑戦が始まった。
◆◆◆
結論から言おう、その日は何とかなった。
但し、俺達ヒーラー部隊は壊滅状態だ。ワイドヒールきつ過ぎ。
もう一人倒れて、三人補うはめになったが……流石に命の危険を感じた。
歯ぁ食いしばって『ワイドヒール』を使ってたが流石に止められた。
その後は、戦闘も一段落したのか負傷者も疎らになった。
お陰で、なんとかその日は乗りきった。
いくら治癒魔法に素質があっても、数には勝てなかったよ……ぜえぜえ。
しかし、まぁ……これ、明日も乗りきれるのか?
治療で不安になるのは初めてのことだ。今までも確かに大変だったが、
今回は今までの比じゃない。自室にて、ウンウンと自問自答すること三十分。
良いアイデアも出ず、困り果てた俺は……。
「桃先生、どうすれば……!?」
と桃先生を見つめ、問いかける。
「諦めたらそこで終わりだよ?」と言われた気がした。
「そうだな、終わったら嫌だもんな。諦めるわけにはいくまいて!」
俺が誇れるのは、今のところ治癒魔法くらいなものだ。
それを頼ってやって来るヤツらを、治してやらんでどうするよ!?
桃先生をシャクっとかじる。
甘い果汁が、折れかけた俺の心を癒してくれる。明日もがんばろう。
そうだ、皆にも桃先生を奢ってやろう。この甘味は、きっと力になる。
俺は疲れ果てた体と心を休ませるため、ベッドに潜り込んだ。
俺を心配した野良にゃんこやわんこが、一斉に布団に潜り込んで寄り添い、
その結果……巨大なお団子状態になり、様子を見に来たイケメンが驚いていた。
ふきゅん! にゃ~! きゅーん! と、それぞれ鳴いたので大丈夫だろう。
◆◆◆
俺は治療所に出る前に、ミランダさんに桃先生を大量に預けた。
限界が来て倒れたヒーラーに、食べさせてやるためだ。
休憩中に出して、元気付けてやってと頼む。
快く承諾してくれたミランダさんは、鮮度が落ちないように
『フリースペース』の魔法で桃先生を収納していく。
すげ~! 練度すげ~!! 収納が冷蔵庫だ!
一瞬で出て来た冷蔵庫っぽい、箱型の『フリースペース』。
そんなこともできるのか……俺も、もっと練習しよう。
◆◆◆
さあ! 来たぞ!! 負傷者の山!!!
「行くぞ! お前らぁ!! 戦闘開始だ!!!」
号令をかけ、萎える心を奮い立たせる。昨日のことがトラウマになってる者も
かなりいる。でも、そんなことは言ってられん。やるしかないのだ!
俺達がやらねば、だれがやると言うのだ! 立てっ! ヒーラー諸君!
三時間ほど経ったくらいだろうか?
復帰組のデイモンド爺さんがリタイヤした。
続けて若手のビビッドが戦線を離脱。予定より早い!
苦しい戦いになってきた。それから一時間経過する。何とか耐えるが、
ここでティファ姉がブッ倒れる。やっぱり無茶してやがったっ!!
「くそっ、これ以上はまずい! こっちに回してくれっ!」
急遽、抜けた穴を『ワイドヒール』でカバー。
やばい、絶望感半端ない。た~す~け~て~!! 神様っ!
……しまった! 神は以前死んだんだった! どうしようっ!?
すると……なんと、デイモンド爺さんとビビッドが戻って来た!
まさか、神様が復活した!?
「おぃ…お前ら、大丈夫なのか!?」
リタイヤ時の青白い顔も、今は平常に戻っている。
「それどころか……昔よりも魔力が充実してまさぁ!
あの『モモセンセイ』って果物は、とんでもない効果ですぜぇ!!」
とデイモンド爺さんが、興奮気味に桃先生の凄さを語っていた。
「俺も! これなら行けます!! やらせてください!!」
と頼もしいことを言ってくれるビビッド。
「頼むっ!!」
二人の頼もしさに、不覚にも目が滲む。
しかし、桃先生にそんな効果が? わからん。
二人戻って来たが、ヒルダ婆さんとベテランのヒュースさんが離脱。
この二人の離脱はヤバイって! 戦線維持できなくなっちゃ~う!!
「戻りました! すみません! 復帰します!!」
なんと、ぶっ倒れたティファ姉が戻ってきた。
「ふきゅんっ! 大丈夫なのかっ!?」
ティファニーは笑顔で言った。
「聖女様の『モモセンセイ』のお陰です! 魔力も充実していますよ!!」
力強い言葉と共に、治癒魔法を施していく。これは、桃先生の隠された力が
解かれたとかか? いや、元々あったが俺が気付かなかっただけか。
うん……これは、いけるんじゃないか!?
桃先生! ありがとうございます! これで、ケガ人共を救ってやれます!!
ここで俺はぶっ倒れる前に、ミランダさんのもとに行って休めと指示。
一人ずつ交代で休憩させ、抜けた穴は俺やベテラン勢でカバー。
それでも、精神をすり減らす治療は続いた。まさに綱渡り状態。
その状態で時間は過ぎて行き……そして、遂に今日も乗りきったのだった。
◆◆◆
「お疲れさん。今後は、この作戦で行こうと思う」
治療後のミーティングを開いた俺達。桃先生の有用性に気付いたからだ。
桃先生があれば、今日のように休憩を挟めるのは皆わかったようだ。
「聖女様は休まねぇんですかい?」
デイモンド爺さんが心配そうに言ってくれるが……現状きついだろう。
それに俺は体力はなくても魔力だけは豊富にある。
そうそう倒れたりしないだろう。だから問題ない。
「俺が抜けたらアクシデントの時、だれかカバーできるヤツがいるか?」
「それは……!」
まぁ、そういうことだと言ってミーティングを終える。
言いたいことはわかるし、心配してくれるのはありがたい。
でもこれは、現状俺にしかできんことだ。聖女はつらいよ。
でも心配するな。俺には『世界食べ歩き計画』なる野望がある。
無茶して死んだりせんよ? たぶん。
自室に戻り桃先生を食べて、ベッドに潜り込む。少しずつ希望が見えてきた。
後は、タカアキ達が魔王を討ち取ってくれるのを、祈るばかりだ。
なるべく早くな! 本当に!
と願いつつ、俺は深い眠りに落ちて……いけなかった。
野良にゃんことわんこに加え、青い小鳥までも俺にくっ付いてきたのだ。
「おまえら……」
心配してくれているのだろう。ありがたいなぁ。
「あぁ……大丈夫さ。きっと」
窓から見える星々が、暗くなった俺の部屋を照らす。
この星空のもとで、今もタカアキ達は戦っているのだろう。
夜遅いが、負傷した者達が運び込まれてくる。
戦争に朝も夜もないのだ。
「俺もがんばらないとな」
今は、明日のために休もう。
明日も大変な一日になるのは明白だ。
俺は動物達に寄り添われ、静かに眠りに落ちていった。