179食目 ヒーラー症候群
◆◆◆
俺達はジェフト商店の『厨房』に案内されていた。
まぁ、聞いてくれ。
確か数日前までは、このような厨房は影形もなかった。
でも俺達の目の前には、一流のレストラン顔負けの設備が整った厨房が、
早く料理をしてくれと俺に訴えている。
今の俺が一つ言えることは、
俺達が知り得ない何か大きな力が動いたということだ。
その大いなる力がなんなのかは……俺達が知り得ることではないだろう。
「また親父の仕業か」
ダナンのせいで、一瞬にして大いなる力が判明してしまった。
未知に対するロマンもへったくれもないヤツだ。
空気読め。ぷんすこ。
「この僅かな日数で、ここまで設備を整えるってどうなってるんだ?」
「親父のヤツ……こういうことになるの読んでやがったな。
稼ぎになると踏んだら躊躇しないんだよ、家の親父は」
ダナンがため息を吐いていると、カルサスさんがドヤ顔で厨房に入ってきた。
「はっはっは! どうですか、聖女様!
この厨房なら、クーラントビシソワーズが大量生産できるでしょう?」
「できる……というか、過剰投資じゃないのか?
まだ売れ始めたばかりだぞ?」
そう言った俺に対して「チッチッチ」と言って指を振るカルサスさん。
うん、いや~な予感がする。
「いえいえ、予想どうりです。あのクーラントビシソワーズの完成度!
間違いなく当たると確信していました!
今日の朝から『ショップテレパス』が鳴りっぱなしですよ!」
カーンテヒルには我々が知っている電話はない。
その代用品が『テレパス』なのだが、
問答無用で繋がってしまうのでプライバシーもへったくれもない。
そんなわけで『テレパス』のやり取りが多い
商人達の要望に応えたのが『ショップテレパス』だ。
『ショップテレパス』……要はお店に繋がる『テレパス』である。
人に直接繋がるのではなく、お店に設置した特殊な魔力記憶装置に
『テレパス』が吸収されて待機状態になる。
装置は『テレパス』を察知するとベルを鳴らす。
察しの良い方はもうお分かりだろう。
これはこの世界の電話である。
基本的に個人から店にしか連絡できないが、
プライバシーの観念から考えるに、これが妥当であろう。
寝ている時に『テレパス』を使って話されたら堪ったものではない。
俺が『ショップテレパス』の性能を思い出している間も、
カルサスさんは上機嫌で会話を続けている。
「あの飲み物はなんだ?
から始まって成分は作り方はとか、問い合わせが殺到しましてな。
もちろん企業秘密でとおしましたがね」
「裏で大変なことになってたんだぜ……」
「そうだろうなぁ……あの安さで耐熱効果一時間だもんな。
一般市民でも買える安眠アイテムだぜ?」
ダナンの一言で俺の考えが浅はかだったことに気が付いた。
俺は当初、グーヤの実が一般庶民に売れればいいな、と思っていた。
だが、グーヤの実は金貨一枚で販売である。
これは一般市民にとっては大金だ。
対するクーラントビシソワーズは小金貨一枚。
しかも耐熱効果は一時間という破格の性能である。
一時間もあれば、大抵の人はぐっすりと眠ることができるだろう。
「クーラントビシソワーズって、ひょっとして画期的な料理なのか?」
「ひょっとして、ではなく……間違いなく画期的な料理ですな」
「だよなぁ、飲んでも美味しいし、更にぐっすり眠れるんだぜ?
カサレイムの住人が長年望んできた物が、
露店にひょっこり置いてある上に、
ルドルフさんが一生懸命に宣伝してたしなぁ」
ルドルフさんが顔を押さえてうずくまっている。
彼にとって黒歴史になるのは間違いないようであった。
「なんにせよ、我がジェフト商店の新商品の宣伝以上の効果がありました。
聖女様……もう、後には引けませんぞ?」
カルサスさんとダナンが、親子揃って邪悪な表情で俺に迫ってきた。
むおぉ!? なんという計画的な犯行だっ!?
商人汚い! さすが商人……汚い!!
「どの道クーラントビシソワーズは、
沢山作らないといけないと思っていたんだ。
一般市民が買い求めるなら尚更だ」
俺の言葉を聞いたカルサスさんは「ほぉ」と漏らして……
「聖女よりも商人向きの気質ですなぁ?
どうです? 家のダナンと一緒になっては」
カルサスさんの言葉に、ダナンが飲みかけていた水を吹いた。……汚い。
「勘弁してくれ! エドワード殿下に睨まれたくはない!」
「我が息子よ……早い者勝ちって言葉を知っているか?」
ラングステンには聖職者だからって結婚してはいけないという戒律はない。
むしろ、愛を教えるなら結婚は当たり前といった感じである。
マイアス教は特にその風潮が高い。
よって、俺が聖女であってもどこのだれと結婚しても許されるのである。
でも邪魔や妨害や拉致はされるかもしれない。
この国にとって結婚とは戦争に等しいのである。
結婚て怖いなぁ!(白目痙攣)
「今はそのようなことより、く~らんとびしそわ~ずを作ることが
肝心ではないでござろうか?」
俺が白目になっていることを察したザインが助け舟を出してくれた。
持つべきは忠実なる家臣である。
ザインの言葉に我に返ったカルサスさん。
「おぉ、そうでした! このようなやり取りをしている場合ではありません!
ささ、カサレイムの民が聖女様の料理を待っておりますぞ!」
本来の目的を思い出した彼は、大量のクーラントポテトを俺に渡してきた。
『よぅ、久しぶりだな少女よ』
「また、お前の力を借りる時がきた」
俺は再会したクーラントポテトを手に取り友情を確かめ合った。
この素晴らしい設備を使い、再びおまえと語らう時がきたのだ!
さぁ……ユクゾッ!
………普通の人ではクーラントポテトを調理できない理由がわかった。
毎回クーラントポテトの気分によって、
調味料の加減が大きく変わってくるのだ。
『今日は湿度が高い。塩は多めに入れるのだ……』
「任せろー! おりゃぁ!」
『あぁ……もっとだ。鍋の中にぶちまけろ』
以前料理した時と、同じ感覚では料理できない。
まさに素材の心と一体となって調理しなくては完成しない。
独り善がりでは決して完成しないのがこの料理なのだ。
クーラントポテトと語らいながら調理すること小一時間……。
『今回も美味しく調理してくれたな……感謝する』
「あぁ、おまえのことを待っている人が沢山いるぞ。
美味しく調理されてくれて……ありがとうな!」
こうして俺とクーラントポテトとの短い語り合いは、
無事に終了したのであった。
◆◆◆
「今日はフォクとアマンダとモルティーナだったな?」
「あぁ、余程のことがない限り安泰の面子だ。
モルティーナも仕事の名が付けば、恐ろしく働いてくれるからな」
本来なら俺も行きたいのだが、今日もヒーラー協会での仕事がある。
カサレイムの冒険者達の惨状を知ってい以来、そわそわしてならない。
無茶はしてないか、ダンジョンで人知れずこの世を去ってはいないかと。
たとえダンジョンを脱出しても、まともな治療を受けられずに、
ひっそりとこの世を去ってはいないかと思うといても立ってもいられない。
……これは、俺の方が病気かも知れんな。
あえて言うなら『ヒーラー症候群』と言ったところか。ふっきゅん!
……あ、良いこと考えた。
「おいぃ! マキシード君! 君に特別任務を与える!」
「はひ!? いったい、どういう任務でしょうか!」
俺は若手ヒーラーのマキシード・ズイクをカサレイムに派遣し、
冒険者達の治療を任せようと企んだのだ。
彼はまだ若手ヒーラーなのでシフトには組み込まれてはいない。
それを利用して、修行させるのである。
彼の経験にもなるしお金も稼げるし冒険者達の命も救える。
一石三鳥の見事な策であった。
それに彼は竜巻の件で唯一、
若手の中でスラストさんに従事し、最前線で活躍したヒーラーだ。
その実力は大したもので、次期主力として期待されている。
ここいらで、地力を更に強化させておくのがいいだろう。
「えぇ!? マー君だけずるいですぅ!」
「そうだ、そうだぁ! 僕達も行きたいです!」
他の若手ヒーラー達が不満を漏らすが、
まだまだ実力不足のヒーラーを現地に送るほど俺は甘くはない。
「おまえらはまだダメだ。
どうしても行きたいなら……俺がみっちりと指導してやる」
俺がそう言うと、蜘蛛の子を撒き散らすがごとく退散していった。
こうして見るとビビッド兄の世代が、物凄く根性が座っていたことがわかる。
ごめんよビビッド兄。ヘタレだなんて言って……。
「まったく……ダナン、マキシードを連れて行ってヒーラー活動をさせてくれ。
一時間たったら十五分休憩させてやって欲しい。
言わないと、ぶっ続けで治療するから注意してやってくれ」
「エルみたいな人だな。
わかったよ、俺はダナン。よろしくマキシードさん」
「よ……よろしくお願いします! マキシードです!」
ダナンとマキシードが、ガッチリと握手を交わした。
うんうん、これでカサレイムの冒険者達も一安心だろう。
俺達は月曜組を送り出し、
今日もケガや病気に苦しむ人々の治療に当たるのであった。
◆◆◆
その夜……白目のマキシードがヒーラー協会に運ばれてきた。
いったい何があったというのだ!?
「おいぃ!? マキシード! 何があったぁ!?」
「マキシードさんが制止を振り切って治療し続けちまったんだよ!
お陰で冒険者達は助かったけど、マキシードさんがご覧の有様だ!」
ムチャシヤガッテ。
「ぐぬぬ……良かれと思ったことが裏目に出たか」
「いやいや、発想はとても良いですぞ?
問題は監督がいなかった点ですじゃな」
そう言ってマキシードにデコピンを食らわせたのはセングランさんだった。
竜巻の件以来、無理をしてしまい安静にしていたのだが、
もう大丈夫なのだろうか?
俺の心配を察したのかセングランさんは笑って言葉を継ぐんだ。
「はは、治癒活動はまだ無理ですが、指導ぐらいはできますや。
この老いぼれにできることといえば、
口やかましく小言を言うことぐらいなもんで」
「でも……いや、うん! セングランさんに任せるよ!」
少し迷ったが、この際頼ってしまおう。
俺は他のヘタレ若手ヒーラーを呼び、恒例のスパルタを実施することにした。
「おまえら! 明日から地獄を見てもらう!
指導に当たってはセングランさんにお願いするから、覚悟しておくように!」
若手ヒーラーの悲鳴がヒーラー協会に響き渡ったのであった。
若干、嬉しそうにしている変態がいたが見ないことにする。
これで若手ヒーラー達も現場の厳しさを体験できることだろう。
「それでなエル、売上なんだが……」
そう言って俺に売り上げを渡してきたダナン。
その売り上げが入った袋は到底俺が持てる重さではなかった。
「マジで!?」
「マジだ」
ダナンが俺に教えてきた金額はなんと大金貨三百十二枚、
小金貨四百三枚であった。
「あのな……桃先生が売れたんだよ。信じられないことなんだが……」
「ほぅ……物の価値がわかるヤツがいるものだな」
それ以外にも、沢山グーヤの実とアスラムの実も売れた計算になる。
そして、クーラントビシソワーズの売れ方が半端じゃない。
「わかってると思うが……今日作った分は『完売』したぞ?」
「おごごご……つまりは、さっさと作れと?」
ダナンが親指を立て、にこやかに微笑んだ。
どうやら俺に拒否権はないらしい。
その夜、急遽ジェフト商店に赴き
クーラントビシソワーズを製造することになったのは
言うまでもなかったのであった。ふきゅん!




