表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第三章 聖女とミリタナス神聖国
178/800

178食目 カサレイムライス

 ◆◆◆


 俺達は少し暗くなったカサレイムの飲食街へとやってきた。

 魔力で作動する照明が賑やかな飲食店を照らし、

 人々の笑顔を浮き彫りにしている。

 俺の耳に所々から乾杯の音頭が入ってきた。

 ダンジョンで稼いできた冒険者達の打ち上げであろう。

 店の外に設置された円状のテーブルを囲って何人もの冒険者らしき

 人々がビールを煽っている。

 きっと、今日も生きて帰ってこれたことを祝っているのだろう。


 なるほど、ここもフィリミシアの露店街と同じく、

 さまざまな料理を扱っている店が、多種多様にあるようだ。

 少し違うのは、フィリミシアのように屋台やボロ小屋のような店ではなく、

 しっかりとした建物の店が多い点だろう。

 もちろん、屋台の店もあるが数は少ない。


「うおぉ……凄い数のお店だぁ! どこに入るか迷うぜ!」


「確かに凄い数だよな」


 俺とダナンはその店の数に圧倒された。

 一店自体は大きくはないが、とにかく数が多いのだ。

 そして食事を楽しむ人々はもっと多い。

 カサレイムの飲食街の活気は、

 フィリミシアの露店街の活気を遥かに超えていた。くやちぃ!


 でも、この飲食街の雰囲気に、

 俺のテンションはぐんぐんと上がっていく。

 お祭りみたいな感じでワクワクしてくるのだ! ふきゅん!


「おっ! ヒーラーの嬢ちゃんも食事かい?」


「さっきは助かったよ! ありがとうな!」


 先程、俺が治療を施した冒険者の一行が、

 俺の姿に気が付いて声をかけてきた。


「あぁ、さっきの……俺達も夕食を取りに来たんだけど

 店の数が多くて迷ってるんだ」


 若い冒険者が、しょっぱそうな分厚い焼き肉を豪快にかみ千切り、

 数回咀嚼し一気にビールで流し込む。

 良い飲みっぷりだ。


「嬢ちゃんカサレイムは初めてかい?」


「うん、今日来たんだ」


 俺の言葉を聞いたハゲの中年冒険者が、

 残っていたビールをグイッと飲み干し、

 ニヤリと笑って俺にお勧めの店を教えてくれた。


「じゃあ『ガムラ』のカサレイムライスをまず食べるべきだな」


「あぁそうだな、それを食べねぇと始まらないよな?」


 と言って新たに運ばれてきたビールをガシャンと合わせて

 グイッと飲む二人の気の良い冒険者。


 どうやら『カサレイムライス』は、カサレイムの名物料理のようだ。

 町の名前を冠する当たり相当に有名なのだろう。

 よし! まずはその名物を食べてみようじゃないか!


 俺達は冒険者達に店の場所を聞き、お礼を言ってその場を後にした。

 良い人達だったなぁ……。


 歩くこと五分、屋台から立ち上る魅惑的な香りに耐え、

 俺達は『ガムラ』に到着した。

 よくぞ、あの誘惑に耐えた! 偉いぞ俺っ!


「ここだな……早速入ろうか」


 ガムラは中々大きい店であった。

 店の佇まいも他の小さい店と比べて綺麗で豪華な雰囲気である。

 中に入ると、この店が一段上の店だということを確信した。


 客層が冒険者ではなく、少し着飾った市民達なのだ。

 もちろん冒険者もいるが、その冒険者は身綺麗であり、

 振る舞いもがさつでなく洗練されたものであった。


 店内は照明が抑えられており、テーブルに設置された照明が幻想的に見える。

 店の所処には綺麗な装飾がさり気なく施されており、

 椅子やテーブルに至っては、

 王宮で見かけるような格式高い代物であるのは明白であった。


 よくよく見るとカップルも多いようである。

 なるほど、これだけの設備を利用できるのであれば効果抜群だろう。


 俺が店内を観察していると、この店内に相応しい姿の若いウェイターが

 優雅な足取りで俺達の元にやってきた。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」


「七名だけど……座れる場所はあるかな?」


「かしこまりました。こちらへどうぞ」


 俺達は身形みなりをビシッと決めた若いウェイターに案内されて、

 大人数で利用できる個室に通された。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


 ウェイターが注文を聞いてきたので、全員分のカサレイムライスを頼んだ。

 ここに来る途中に、全員カサレイムライスでいいか聞いておいたのだ。

 若いウェイターは表情こそ崩さなかったが嬉しそうであった。

 きっとこの町の出身なのだろう。

 名物料理を沢山頼まれれば嬉しいだろうな!(確信)


「かしこまりました」


 そう言って、少し名残惜しそうに立ち去るウェイター。

 ……ルドルフさんをチラチラ見ているのはバレバレだったぞ?


 しかし、なんという魔性の美貌。

 あのよく訓練されたウェイターすら虜にするとは……!

 ルドルフさんには別の衣装を着させた方がいいかもしれんな。


 俺達は料理を待つ間に、今日の反省点などを話し合った。

 全員の一致で委員長が役に立たなかった、という結論に至った。


「しくしく……私の役立たずぅ」


「まぁ、次をがんばればいいさ」


 テーブルに沈む委員長を副委員長がフォローしている。

 この光景を何度見たかわからない。

 本当にいいコンビだよ。君達は。


「お待たせしました、カサレイムライスです」


 先程の若いウェイターがワゴンに人数分のカサレイムライスを載せ

 俺達の元に運んできた。

 そして、次々にテーブルに並べていく。

 その動きは洗練されており無駄な動きがなかった。……ルドルフさん以外は。

 若いウェイターは彼の前だけ若干大袈裟に並べていたのだ。

 露骨なアピールお疲れ様……だがルドルフさんは男だ!

 と叫びたい気持ちを抑える。ふきゅん!


「ごゆっくりと……」


 そう言って名残惜しそうに立ち去るウェイター。

 さて、そんなことよりもカサレイムライスだ。


 カサレイムライスは大きな皿にご飯、その上に大きなハンバーグ、

 更にその上に半熟の目玉焼きが載っており、茶色のソースがかけられていた。

 あれ? これって……ロコモコじゃね?

 これは、すぐに確かめねばなるまいっ!(使命感)


「いただきまーす!」


 俺は早速カサレイムライスを食べることにした。

 皆も既に食べ始めている。

 どうやら俺は、じっくりカサレイムライスを観察し過ぎていたようだ。


 俺はまずハンバーグをスプーンで切ってみた。……柔らかい。

 切った肉厚の断面からは大量の肉汁が溢れてきた。

 素晴らしい調理技術である。

 これは焼く過程で、肉汁を完全に中に閉じ込めている証拠だからだ。

 俺は堪らずハンバーグを口へといざなった。


 かみしめると香ばしさが口いっぱいに広がる。

 ハンバーグは舌を喜こばせるために、

 ほろほろと解け溢れんばかりの肉汁を溢れさせた。


 美味過ぎる! ハンバーグだけでも立派な一品として成立するのに、

 こいつには半熟の目玉焼き、更にはご飯までもが付いてくるのだ!


「やってくれるぜ……カサレイムライス!」


 俺はハンバーグの完成度に驚愕しつつも更なる調査を進める。

 次は気になっていた茶色いソースだ。


 普通ロコモコはハンバーグを焼く際に出る肉汁を使って作る

 グレイビーソースをかけるか、ウスターソースとトマトケチャップを

 混ぜた物をかけるのが一般的だろう。

 果たしてこれはなんなのだろうか?


 俺はソースのみをすくって味見をしてみた。

 口に広がる豊かなコクと爽やかな酸味、そしてえも言えぬ甘味。


「これは……ドミグラスソースだとぅ!?」


 茶色いソースはドミグラスソースであった!

 ある程度は予想していたが、なんという贅沢な使い方を……!?

 いや、これは計画的な犯行だといえるだろう。


 この完成度の高いハンバーグの品格を一段上げ、更に余ったソースは

 ご飯と食べることによって『ハヤシライス』へと変貌する!

 まさに隙の生じぬ二段構え! 恐るべし、カサレイムライス!!


 いや! 違う! まだ……第三の刺客が残っていた!

 半熟の目玉焼き! こいつが曲者だ!


 こいつを崩すことによって溢れる黄身は味をまろやかにする。

 ハンバーグに付けてもいいし、ドミグラスソースと混ぜご飯と一緒に

 口に誘導してもいい、君の自由だ。

 だが俺は全部を一緒に口に運ぶ! これぞこの料理の完成形の一つだ!


「はくっ、むぐむぐ! はふはふ……!」


 出来立て故の熱さも、美味さの要素の一つだ。

 この熱さが俺の食事ペースを加速度的に早めていくっ!!


 ……気が付けば皿はすっかり空になっていた。

 そう、かなりのボリュームがあるにもかかわらず、

 俺はカサレイムライスを完食してしまったのだ。


「ごちそうさまでしたっ! げふぅ」


「うおっ!? エル、おまえよく食べれたな?」


 ダナンは俺がカサレイムライスを完食できるとは思ってなかったのだろう。

 実は俺もまさか完食できるとは思っていなかった。

 この料理には、未知なる魔力的引力があるに違いない!(名推理)


「初めて食べたけど、冒険者の方々が進めるだけはありますね」


「気を遣ってくれたんだろうな。

 たぶんこれ、普通に小さい店でも出してると思う」


 委員長と副委員長が話しているのを聞き、俺もその可能性に納得した。

 たぶん、あの冒険者達は俺達がゆっくり食事できるように、

 わざわざこの店を教えてくれたんだろうな。


 きっと、他の小さい店では冒険者達が陽気に絡んでくることだろう。

 これを食べてみろとか、どこから来たとか。

 それを楽しむのも醍醐味なのだが、小さい子供が多いのを察してくれたのだ。

 酔っぱらうと無茶をするヤツがいるからな。


「私も初めて食べましたが非常に美味しかったです」


 ルドルフさんもカサレイムライスを気に入った様子だった。

 そして、今更ながらルドルフさんのヤバ過ぎる美貌に危機感を覚えた。

 なるほど、今日入った店がここでよかった。

 ほのかな明かりで照らされる彼の顔が、これ程までに蠱惑的とは……。

 小さな店で食事を摂っていたらと思うと恐ろしくなった。


「おいしい、おいしい」


 プリエナは食べるのが遅い。

 よくかんで食べるように躾けられているのだろう。

 今もニコニコしながら口にハンバーグを運んでいる。

 この子は本当に幸せそうに食べる子だ。


 暫く経ち、食事も終えたのでフィリミシアに帰ることにする。

 尚、あの店のカサレイムライスは小金貨二枚だった。

 普通は銀貨七枚が相場だそうだ。

 なるほど、それだけの価値がある。……いや、それ以上の逸品だった。

 俺は幸せな気持ちに包まれヒーラー協会へと戻って行った。


 ◆◆◆


 今日は月曜日の朝である。

 俺はいつもどおり、ルドルフさんとザインと共に学校に登校したのだが、

 いきなり目に飛び込んだのは机に倒れ伏したダナンと、

 肌が艶々のロン兄妹であった。


「どうしたぁダナン! 止めを刺した方がいいかっ!?」


「マジ勘弁……あの兄妹は危険だ……ぐふっ」


 話を聞くとあの兄妹は仕事そっちのけで、

 いちゃいちゃしまくっていたらしい。

 しかも、間が悪いことに前日副委員長とプリエナががんばったお陰で、

 グーヤの実が売れ始めて忙しくなったそうだ。

 売り上げも大金貨三十四枚、小金貨七十六枚と好成績であった。


 クーラントビシソワーズも一般市民に噂が広まっているようで、

 買い求める客が多くなっているそうだ。

 これも女装してまで協力してくれたルドルフさんのお陰だろう。


「そのルドルフさんのことでも参っちまったよ。

 名前だの住所だのスリーサイズだの聞きまくってくるから商売にならねぇ」


 頼みの綱のロン兄妹は自分達の世界に入ってしまっているから、

 結局ダナンとブッチャーさんで客を捌いていったらしい。

 ブッチャーさんは慣れているから問題ないとして、

 ダナンはここまで大挙してきた客を捌いたことはなかったそうだ。


「はぁ……自分でも未熟だとは自覚していたが、

 ここまで何もできなかったとはな」


 自分の未熟さを、改めて知ることになったダナン。

 彼には悪いが良い経験を積んだと思ってもらうしかない。


「しかし、クーラントビシソワーズの売れ行きが好調過ぎる。

 こりゃ、ストックをもっと作らんと品切れするかもしれんな」


「かもじゃねぇ、間違いなくするぞ。

 冒険者達も探検中でもないのに飲んでるって話だし、

 一般市民も寝る前に飲んで快適に眠れるって噂を聞き付けて買いに来てるんだ。

 うかうかしてると、すぐに品切れを起こすぞ!?」


 たった一日で噂になったのかっ!?(驚愕)

 これはいかん、すぐに補充しなくては信用問題になる!


「わかった、今日学校が終わったらジェフト商店に行って作るよ。

 本当はヒーラー協会で作りたいんだが、エチルさん達の邪魔になるからな」


「あぁ、それがいい。作れるのはエルしかいないからな」


 その後、ロン兄妹に厳重注意をしておいた。

 今度やらかしたら、テンホウさんに極刑を施してもらうと警告しておいた。

 二人は青ざめて残像が見えるくらいの速度で頷いていたので

 今度は大丈夫だろう……たぶん。


 さて、予想以上に俺の作ったクーラントビシソワーズが売れている。

 嬉しいがグーヤの実と違い、生産に手間がかかるのが難点だ。

 それでも、よろこんでくれる人がいるなら苦労を惜しむわけにはいかない。

 それが一般市民なら尚更だ。


 ……放課後、俺達はそのままジェフト商店へと向かうのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字:俺の 俺に耳に所々から乾杯の音頭が入ってきた。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ