177食目 初めての商売
◆◆◆
『テレポーター』でカサレイムに到着した俺達。
カサレイムの焼け付くような空気が俺達に纏わり付いてくる。
雲一つない青空に君臨するお日様は、容赦なく太陽光線を放って、
俺達の肌を焦がそうとハッスルしている。
少し落ち着いてくれてもいいのよ? チラッ、チラッ。
しかし、お日様は「断固として断る」と言っている気がした。ちくせう。
更に夜になると、これに湿った空気が合流して蒸し暑くなるのだ。
しかも、雨が降るとサウナ状態になるのでお手上げである。
このことから、カサレイムには涼しくなる要素がまったくない。
くそぅ、ビールが飲みたくなる暑さだぜ……。
「ここが、カサレイムですか……物凄く暑いです」
「あぁ、ミリタナス神聖国で最も暑い地域だってさ」
「ふえぇ……こんなにあついと、おもわなかったよぉ」
委員長と副委員長とプリエナが、フィリミシアでは
体験することはないであろう、肺が焼けるような感じのする
乾いた空気に面を食らっていた。
「いやはや……相も変わらず、ここは暑いですね」
「こりゃ酷いな。エル、皆にグーヤの実を食べさせた方が良いぞ」
「そうだな、商売する前に倒れちまったら意味がないからなぁ」
対して俺達とブッチャーさんは、ミリタナス神聖国に来たことがあるので、
ある程度は耐性ができているのだが、それでも暑いのには変わりはない。
俺は早速、グーヤの実を皆に配った。
「はぁ、この実は凄いですね。暑さが和らぎました。」
委員長達はようやく、一息付けたようである。
ルドルフさんはグーヤの実を食べなかったのだが、
どうやら彼が身に着けている青いマフラーは、
暑さを和らげてくれている能力があるらしいのだ。
ルリティティスさんの愛がルドルフさんを護っているんだなぁ……。
とはいえ、この常夏の町でのマフラー姿は目立つだろう。
しかも、今のルドルフさんは正体を隠すために女装をしている。
うん、すっげー目立つ予感!(確信)
「皆さん大丈夫のようですね? では『獄炎の迷宮』付近に行きましょう」
俺達はブッチャーさんに率いられ、商売の場となる『獄炎の迷宮』の
入り口付近へと足を運ぶのであった。
◆◆◆
『獄炎の迷宮』はミリタナス神聖国においても一、二を争うほどの
人気ダンジョンである。
理由は中級ダンジョンにもかかわらず、上級ダンジョン並みの稼ぎが
期待できるからである。
それともう一つ、ダンジョンまでの交通の便が非常に便利だからだ。
ダンジョン抜けたら二秒で町だからな。
便利過ぎるだろう。
しかし、中級ダンジョンの認定とは言えども、下層ともなると上級ダンジョン
顔負けの難易度になる。
強力な火属性の魔法生物がわんさか出現する上に、暑さ対策なくしては
探索すらままならない状態になるからだ。
なので、いまだに最下層に到達した者はいないらしい。
暑さ対策の主力アイテムが、未調理のクーラントポテトでは到底無理な話だ。
それでも、大量に購入してダンジョンに挑むのだから
冒険者はタフな連中である。
そして、今日も最初の最下層到達者になるため、数多くの冒険者達が
迷宮の門を潜っていた。
「うわぁ、凄い数の露店だな」
「そうですね……私達が使える場所は空いているでしょうか?」
委員長と副委員長が、呆れた感じで言ってしまうのも無理はなかった。
ダンジョンに続く道の両脇には、びっしりと茣蓙を敷いただけの
露店が隙間なく存在していたからだ。
「これは酷い」
「やはり最奥は、大手が陣取っていますね。
我々は、ここで商売をしましょうか」
俺は思わず悪態を吐いたが、ブッチャーさんはこのことを
予め想定していたようで、慌てた様子はなかった。
慣れた手つきで茣蓙を敷き、商品を並べるように指示してきた。
「ブッチャーさん、ここに並べたら傷んでしまうのではないでしょうか?」
「いいところに気が付きましたね? でも大丈夫です。
この茣蓙には仕掛けがありましてね……ほら、ここの四角いスペース、
この部分には光属性防御魔法『オールガード』の術式が
仕込まれているんですよ」
光属性防御魔法『オールガード』は、あらゆる攻撃から身を守る目的で
開発された魔法である。
魔法攻撃は勿論、物理攻撃ですら守ってくれる最高の防御魔法だ。
だが、使いこなすには非常に高い光属性の素質と魔力を必要とする。
『オールガード』の効果を上げれば上げるほど、消費魔力も効果に
比例して上がるからだ。
結果、この魔法は使い勝手が悪くなり、結局各属性の防御魔法を
使いこなした方が効率が良い、ということになって廃れてしまった。
のだが……意外なところで『オールガード』は復活を果たしたのだ。
それが、商人専用の茣蓙である。
『オールガード』の、あらゆる攻撃から身を守る効果に着目し、
だったら商品を守ることはできないか?
といった発想で作られたのがこの茣蓙だ。
魔力消費を抑えるため『オールガード』の効力は限界まで抑えられ、
商品を傷み難くする程度の効果しかなくなったが、コストパフォーマンスに
優れたこの茣蓙は瞬く間に、旅商人の間に広がったそうだ。
惜しむらくは、この茣蓙が商人ギルドメンバーしか使ってはいけない
規則があることだ。勿論、破れば直ちに豚箱行きである。
この茣蓙にはランクがあり、商人ギルドに貢献した分高性能の茣蓙を
支給されるそうだ。
俺は当初、ダナンの茣蓙を使うことを想定していたのだが、
ブッチャーさんが出してくれるのなら、そっちの方がいい。
ダナンは最低性能の茣蓙、対してブッチャーさんの茣蓙は高性能の茣蓙だ。
見分けるには茣蓙の模様を見ればわかる。
貧相な模様か、豪華な模様かで判断できるのだ。
「俺もいつか、こんな茣蓙を使ってみたいぜ」
「ダナン君なら、きっと使えるようになりますよ」
大先輩の立派な茣蓙に感動したダナン。
彼ならいつの日か必ず、この茣蓙を手にすることだろう。
俺達は早速、商品を茣蓙のスペースに並べることにした。
まずはクーラントビシソワーズだ。
ジェフト商店のロゴが入ったイカス容器に納まっている。
こいつは小金貨一枚で販売だ。
お次は主力商品のグーヤの実だ。
アスラムの実よりも小振りだが、味の方はオリジナルとほぼ同じだ。
青く透明な果実は清涼感があって美味しそうである。
耐熱効果も申し分ないはずだ。
こいつは大金貨一枚で販売だ。
こいつの値段は、最後の最後までもつれた。
俺は最初、グーヤの実を金貨五枚で売ろうと思っていた。
対してダナンは大金貨三枚を提示してきた。
俺としては、多くの人にグーヤの実の良さを知ってもらうために、
価格を抑えたかったのだ。
いずれは、一般市民も買ってくれるようになるかもしれないからな。
ダナンとしては、グーヤの実の価値を下げたくなかったのだろう。
いくら無限に創れるとはいえ、グーヤの実の価値は相当な物だと
自信満々で言ってきたのだ。
ダナンの言葉に、俺と輝夜は嬉しさでいっぱいになった。
他人に努力や成果を認められることは、並大抵のことではない。
人に見えない部分を、コツコツと努力し重ねた結果だからだ。
それでも、グーヤの実を沢山の人に知ってもらいたい、
という気持ちは変わらない。
多くの時間を使ってダナンと協議し、大金貨一枚の値段としたのだ。
恐らく、ダナンが折れてくれたのだろう。
俺の中身はおっさんだというのに、子供であるダナンが引いてくれる。
今考えると、これって恥ずかしいことだなっ!? ふきゅん!
そして最後に桃先生だ。
俺はスラムの人達ために断腸の思いで販売に踏み切った。
お値段はたったの大金貨五十枚。格安過ぎて涙が出るぜ。
「うはっ、本当にその値段で売るのか!?」
「本来なら、大金貨百枚でもいいくらいなんだぞ?」
茣蓙の商品スペースの端に、ちょこんと鎮座する桃先生。
おぉ、明らかに格が違って見える。これで売り物は全てだ。
「実質、まともに売れるのは二種類か。もう少し種類が欲しいところだな」
「では、これも並べて下さい」
そう言って、ルドルフさんはアスラムの実をスペースに置いたのだった。
ルドルフさんは俺に微笑みを投げかけて告げる。
「エルティナがこの実を大切に思ってくれているのはわかりました。
でもこの実が売れて、そのお金で人々が幸せになれるなら、
アスラムの実を売ることに、後ろめたさを感じる必要はありませんよ?
それに、ルリにはきちんと説明をして理解してもらいました」
そう言って『フリースペース』から大量のアスラムの実を取り出した。
どうやらルドルフさんも大量に渡されていたようだ。
「この実がなくなったら、またルリの元に補充しに行きましょう」
そう言って満面の笑みを見せるルドルフさん。
なるほど、それが最大の狙いだったか!
それ以外じゃ、偶にしかルリティティスさんのところに行けないもんな。
「そうだな、ルドルフさんとルリさんの好意に甘えるとするか」
「エルッ、アスラムの実は大金貨五枚だ! こればっかりは譲れねぇぞ!」
ダナンが鬼気迫る顔で俺に詰め寄った。
その横ではブッチャーさんがアスラムの実を手に取り、
非常に真剣な表情で実を観察していた。
恐らく鑑定しているのだろう。
「大金貨三十枚です。
最初は売れないでしょうが、この値段はこの実の正当な評価価格です。
大丈夫、グーヤの実の販売が軌道に乗ったら、
上位ランク冒険者のパーティーがこぞって買いに来ますよ」
ブッチャーさんの確信に満ちた顔に、俺達はただ頷くしかなかった。
どうやら、彼は俺達が知らない、アスラムの実の秘密に
気が付いた様子だった。
でなければ、ここまで強気の値段に踏み切らないだろう。
流石、旅商人だ。伊達に色々な場所を回ってないな!
取り敢えずはこれで商品は全てだ。
営業時間は俺達がまだ子供なので、午後三時半から午後六時までだ。
保護者がいてもこれが限界だろう。
本来なら午後七時までいいのだが、色々とやることがあるからな。
では、早速商売を始めよう。
俺達は声かけによる客寄せを開始することにした。
声かけは、露店販売の基本中の基本ともいえる。
お客に商品の効果や有効性を知ってもらわなくてはいけないからな。
「よし、俺がお手本を見せてやろう。よく見ているがいい!」
「ははっ、エルにできるのか?」
ダナンが水筒の水を飲みながらにやけている。
舐めてもらっては困るな! 見せてやる、俺の客引き力を!
俺は店の前に立ち大声で叫んだ。
「俺を買ってくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
ぶばぁっ! っとダナンが飲んでいた水を噴き出した。汚い。
「おまっ!? 何言ってるの! ダメだろその台詞はっ!!」
んん~? 違ったか?
俺は首を傾げ、何が違ったのか考えてみた。
「私を買ってくださぁぁぁぁぁぁい!!」
委員長も俺を真似てシャウトしていた。
うむ、良い声だ。これならお客も寄ってくることだろう。
一生懸命な彼女の姿は美しい!
「私を買ってくださ……ひぎゅう!?」
しかし、副委員長が委員長に当て身をし、
委員長は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
その大地に伏せる哀れな彼女を見て、俺はあることに気付いた。
「あぁ、商品名を言ってねぇや」
「一番大切な部分を抜かすなっ!」
ダナンの切れの鋭いツッコミが俺に決まったのだった。
◆◆◆
あの後「言い値で買おう」とか言ってきたおっさん連中に説明をして
お引き取りしてもらったのだが、どうやら宣伝効果はあったらしく、
チラホラと商品が売れていった。
そう、委員長の死は無駄ではなかったのだ!
そんな彼女は茣蓙の上で気を失っている。
仕方がないので、スカートを少しめくり上げて白い太ももを晒してやった。
これで少しは客引きになるだろう。
お? しめしめ、委員長に気を取られたおっさんがまた来たぞ!
ここまでで、主に売れているのはクーラントビシソワーズだ。
透明の容器から見える青い飲み物に、好奇心が刺激されたのだろう。
しかし、最大の理由は!
「美味しくて暑さに良く効く、クーラントビシソワーズはいかがですか~?」
と売り子をしているルドルフさんのお陰だろう!
彼の女装に気が付かず、わらわらと群がってくる野郎共相手に、
愛想笑いを崩さず接するルドルフさんには頭が下がるぜ!
「美しいお嬢さん……この後、私と食事でもどうでしょうか?」
「あ!? てめぇ、抜け駆けすんな!」
流石にこの状況には顔が引き攣るルドルフさんであった。
やはり値段の高さからグーヤの実は殆ど売れなかった。
副委員長とプリエナがアピールしているが、値段が値段だからな。
売れ始めるまでには時間がかかるだろう。
それから暫く、このようなやり取りが繰り返されていった。
時間は過ぎて行き……現在の時間は午後五時だ。
俺達が商売している通りはカサレイムの酒場に続く道で、
今はダンジョンから帰ってきた、多くの冒険者達が酒場に向かっている。
その殆どが、まともな治療をされてない状態であった。
その惨状に我慢できなかった俺は急遽『治療できます』の
文字がかかれた看板を立てた。
これはビビッド兄が使っていた物を借りて来たものだ。
暇な状態になったら使おうかなと思っていたのだ。
看板には重症金貨一枚、軽傷銀貨一枚と書かれた紙を張り付けてある。
これは普段ヒーラー協会で取っている治療費だ。
「やっぱり気になる?」
副委員長が不機嫌な俺に、気を遣って声をかけてきた」
「あぁ、早く手当てしないと、命にかかわるケガをしているヤツが何人もいた。
入り口付近にヒーラーはいないのか?」
俺が不満を漏らしていると、看板に気付いた冒険者が急ぎ足で
こちらに向かってくる。背中にはケガをしている冒険者の姿があった。
「お、おいっ! 彼女を治せるか!?」
男の冒険者に背負われていたのは、顔に大火傷を負った女の冒険者であった。
意識がないのかぐったりしている。
本当に酷い有様で生きているのが不思議なくらいだ。
俺は特殊魔法『メディカルステート』を使い、彼女の状態を詳しく調べた。
『メディカルステート』は医療用に俺が開発した新魔法だ。
『ヒール』の細分化に合わせて、詳しく患者の状態を
知る必要が出てきたからな。
『ステート』とは違い、対象の負傷状態と病気の詳細しかわからない。
特化させたことによって万能性が失われた形だが、
むしろそれ専用に開発したのだから、まったく問題なかった。
この魔法が作れたのも、毎晩コツコツと術式の勉強をしていたからだろう。
……そのお陰で、俺の体力がガンガン減っていくという
不具合が生じているのだが(白目)。
攻撃魔法は呪文でいいのに、特殊魔法は術式を組み上げないといけない。
それこそが、特殊魔法の特殊さとも言えるのだが。
同じく、初代の禁呪も術式を組み上げた物だ。
さて『メディカルステート』のことはこれくらいにして治療だ!
ん~と……皮膚は勿論、肉も焦げてて使い物にならないな。
眼球も解けて流れちまってる。骨も少しいっちまってるな。
後は右指三本損傷に、左足の複雑骨折か。
こりゃ『ヒール』した方が早いな。
「治療を開始する。『ヒール』!」
俺の手に温かく優しい光が集まり、その光が女の冒険者を包み込んだ。
後はよく見慣れた光景だ。瞬く間に負傷部分が再生していく。
何度も何度も、俺が行ってきた治療だ。失敗なんてするわけがない。
光が消える頃には、すっかり綺麗に治った女冒険者が、
穏やかな寝息を立てていた。
「よし、いいぞぉ。あんたもケガしてるなら治すぞ?」
「ま……マジかよっ!? あれほどの重傷を綺麗さっぱり治しちまうなんて!」
その冒険者は突然、女冒険者の胸をはだけた。
彼女の豊かな乳房があらわになる。
ふむ……薄いピンクか。
形はお椀型、大きさは八十七と言ったところか……悪くない。
「うおっ、胸の古傷も消えてらぁ!
あんたすげぇな、ミリーもきっと喜ぶぜ!」
男の冒険者はアスブルクと名乗った。
彼は人間で、ミリーさんはチーターの獣人で、顔は割と人間寄りだ。
かれの話によると、ダンジョンの入り口付近に露店ヒーラーはいるのだが、
その殆どは上位ランクの冒険者達と、優先契約を結んでいるのだそうだ。
初代ギルドマスターは契約部分までは厳しくしていない。
なぜなら、魔力に限りがあるから治療できる人数は
自ずと決まってしまうからだ。
そのため、優先して治してもらえるように契約を結ぶのは、
この業界では割と普通のことである。
これもヒーラーが少ないための弊害であろう。
ちなみに俺はだれとも結んでいない。片っ端から治しちゃうからだ。
「そうか……俺も毎日は来れないが、木曜日には必ずいるから、ケガをしたら
無理をせずに大人しくしていることをススメるぞ」
お礼をして去って行く二人の姿を見た他の冒険者達が、
我先にと押し寄せてきた。
俺はそいつらを受け入れて片っ端から治療していく。
結構な人数がいたが『魔族戦争』時のあの修羅場に比べれば
可愛いものであった。
「ここの治療所はどうなってるんだ?
町に戻った連中もこっちに来ているようだが」
「あぁ……あそこはダメだ。
ヒーラーの実力がないくせに威張り散らしてるし、
おまけに魔力が少ないから、すぐに営業を終えちまう。
あそこで治療を受けるくらいなら露店ヒーラーの方がましさ。
特にお嬢ちゃんみたいな凄腕がいるならな。
もうお嬢ちゃんの噂は、カサレイム中の冒険者に広まってるぜ?」
腕が炭になり肘から先がない冒険者を治療した俺は、カサレイムの
治療機関の惨状を聞いて、すぐさま指導を行いたい気持ちになった。
「御屋形様、お気持ちは察しますが堪えてくだされ」
青い法被姿のザインが俺の気持ちを察して戒めてきた。
ご存じのとおり、俺はここにお忍びで来ているのだ。
正体がばれたら大変なことになる。
我慢するしかないのか……。
現在、俺は重傷者を優先して治している。
これは『魔族戦争』時と理由は同じだ。
軽傷の連中は他の露店ヒーラーに行ってもらっている。
これに対して文句を言う冒険者は一人もいなかった。
重傷者を次々に治していく俺に、鬼気迫るものがあったからだろう。
久しぶりに本気で治療を施していったからな。
「治ったんなら、とっとどけろっ!」
とか言ったのは、あの日以来だ。
思ったよりもケガ人の惨状が酷い上に数も多い。
そして、急いでいるもう一つの理由は……
営業終了の時間が迫っているからだ。
現在、午後五時四十八分。後少しで営業が終わってしまう。
店の看板に終了時間が書かれているので、文句を言われる筋合いはないが、
俺が納得できなくなりそうだから、
急いで負傷者を捌いてしまおうとしているのだ。
「凄ぇ……なんて速度で治療していくんだ」
「へへっ! これで上位のヤツ等に、ヘコヘコしなくて済むぜっ!」
そして六時になると同時に、重傷者の治療は全て終わったのだった。
その結果に拍手を持って祝ってくれる冒険者達。
俺はお辞儀を持って応えた。
「おまえ等! ケガが治ったからって無茶すんなよ!
死んじまったら、治せるものも治せねぇんだからな!!」
と釘を刺してをくことを忘れない。
無茶をするのが仕事の冒険者にには酷なことを言っているが
言わずにはいられない惨状だったからだ。
……ここには、商売をしに来てたはずなのに、
いつの間にか俺は冒険者達の治療をしていた。
ふと、我に返ったら治療を施してたのだ。
その事実に俺は驚愕の表情で呟く。
「やはり俺は……」
「根っからのヒーラーってか?」
俺の台詞を取ったダナンが頭をポンポンしてきた。
「ふきゅん」
台詞を取られて言うことがなくなった俺は、取り敢えず鳴くしかなかった。
俺達は店じまいをし、売り上げを確認する。
今日はクーラントビシソワーズが六十個で、グーヤの実が四個の成果だった。
そして俺の治療人数は五十三人だ。
あれ? 治療の方が稼げている気が!?
うごごご……こっ、これからさ! 初日はこんなものさ!
「まぁ、初日はこんなものでしょう。上出来の部類ですよ」
「それも、殆どルドルフさんのお陰だったのは泣けるな」
ブッチャーさんは初日の成果を褒めてくれた。
ダナンはその言葉をまともには受け取らず、
すぐさま反省点をノートに書き記していく。
ダナンは商売に関しては、非常に真面目な男なのだ。
そしてルドルフさんは、いまだにナンパされている。
やはり俺の予感は当たってしまったようだ。
副委員長とプリエナもがんばって、グーヤの実を四個売ったのだが、
不満そうな表情であった。
「がんばったのに、ぜんぜんうれなかったよぅ」
「次は、もっと売れるように色々考えよう」
二人手を合わせ次を目指す二人の姿は、頼もしさでいっぱいだった。
そして、茣蓙の上に転がっていた物体がようやく目覚めた。
「ふぁ!? いつの間に夕方にっ? 私はいったい何を?」
「やぁ、おはよう委員長! 君のお陰で、沢山のお客が来てくれたよ!」
そう言って、俺は委員長のスカートを指差す。
「ふぇ……? ひ、ひやぁぁぁぁん!?」
俺の指差した方を見る委員長の顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
捲れたスカートからは、太ももだけではなく『おパンツ』も見えていた。
委員長も八歳になり、幼女を卒業している。
この一年で背も伸びたし、女性らしい丸みも帯びてきている。
容姿も良いので、中々の色気を振りまいていたぞ? ぐへへ。
「はぅん、どうしてこんなことにぃ……」
スカートを押さえて涙目の委員長。
利用できる物はなんでも利用する! それが商売と言うものだ!
つまり、君のお色気も利用させてもらっただけだよ!
後、下手に動き回ってドジをしなかったから、副委員長が色々と活躍できた。
その点も『非常』に大きい。
委員長はこれからも、お色気担当としてがんばってもらおうかな?
さて、商売初日は無事に終わった。
だが! これからがある意味本番だ!
俺が苦労してまでやってきたことが、これで報われる!
「よし! それじゃ、皆で夕食を食べに行くかっ!」
ふはははっ! そうだ! 異国の料理のためだ!!
そして、味を覚えてエチルさんに伝え、レパートリーを増やしてもらう!
これぞ『カサレイム侵攻作戦』の影で秘密裏に進めていた計画!
その名も『カサレイム食べ歩き計画』だ!
冒険者の多いこの町では、様々な料理が堪能できることだろう。
凄く楽しみだぁ……。
俺は皆を引き連れ、意気揚々とカサレイムの飲食街を目指したのであった。