176食目 黄金の輝き
「ねぇねぇ、エルちゃん。
やっぱり、大人の人がいないと良くないんじゃないかな?」
リンダが心配そうな顔をして俺に進言してきた。
彼女の言うことはもっともである。
子供だけで商売をするのは心配だし危険だ。
でも、大丈夫だ問題ない。
俺はダナンとじっくり話し合い、この点に付いてもクリアーしている。
「あぁ、大丈夫だ。顧問の方をお招きしてある。
当日は、その方の指示に従って労働に励んでくれ」
俺の言葉に、感心したような素振りを見せるクラスメイト達。
「早速、明日から商売を始めるぞ!
えっと、明日は土曜日か……頼む、副委員長!」
「あぁ、任せてくれ」
「はぅん! 何故、私に言ってくれないのですかっ!?」
委員長のメルシェが、膝を抱えていじけているが仕方がない。
ドジっ娘に任せられるほど、商売は甘くないのだ!
商売とは戦いだ。戦いは非情なのだよっ!
「まぁ、明日は初日だから俺も参加する。
時間の都合がつくヤツも、朝八時にヒーラー協会に来てくれ。
顧問の人を紹介するから」
そうして、今日は解散となった。
いよいよ、スラムの人達の未来をかけた戦いが始まろうとしている。
俺の一方的な好意だが……そんなの関係ねぇ!
俺がスラムの人達にやりたいからやるんだっ!
「やってやるぜ! 見ていてくれよな……デイモンド爺さん」
俺は手を天高く掲げ、今は亡き恩人に誓いを立てたのであった……。
◆◆◆
「チュ、チュ、チュ、ちゅん!」
いつもどおり、正確に目覚めの時を伝えに来る、もっちゅトリオとうずめ。
「ふぁ……おはやう」
今日は記念すべき初陣の日だ。
バッチリ、身支度して備えるとしよう。
時間は午前六時だ。
時間に余裕があるので、ゆっくりお風呂に入って、目を覚ますことにした。
こういう時ばかりは、フウタにとても感謝する。
二十四時間、お風呂を堪能できるのだから。ふっきゅん!
俺は着替えを用意して浴場に向かったのであった。
◆◆◆
「おんっ!」
風呂には先客が沢山いた。
我等がビースト軍団と、エチルさんである。
「おはようございます、聖女様。珍しいですね? こんなに朝早くに」
「おはようエチルさん! 今日は大事な用事があるんだぜ!」
どうやらエチルさんは、朝食の仕込みが終わると
お風呂で汗を流しに来ているようだった。
朝の四時から、仕込みに来ているそうだから頭が上がらない。
「ミランダ先輩なら、五時でも間に合うそうなんですが、
私ではまだ無理でした」
そう言って苦笑いするエチルさんを気遣って
彼女のほっぺををペロペロしているとんぺー。
普通は風呂を嫌がる動物が多いが、
モモガーディアンズのメンバーは非常に風呂好きである。
にゃんこ連中ですら自ら入りに来ている。
「ちろちろ」
「おまえもか、さぬき」
さぬきも温まりに来ていた。
桃先生の木が気を利かせて作ってくれた、底の浅い湯船にとぐろを巻いて
うっとりしているさぬきがいたのだ。
……釜揚げうどんかな?
「なんだか、うどんが食べたくなってきた」
「では……朝ごはんは、おうどんにしましょうか?」
という成り行きで、俺の朝食は『おうどん』となったのだった。
◆◆◆
「はい、お待ちどうさま!『釜玉うどん』ですよ!」
俺にそう言って、うどんを渡してきたエチルさん。
普通のうどんとは違い、ひたひたのおつゆはかかっていない。
それは、このうどんの主役が麺であることを示す物だった。
あくまで、おつゆはサポートだ。
茹でたての麺の中でも、うどんに勝るものはそうそうないだろう。
あの圧倒的なこし! かむと歯に抵抗するが、やがてプツリと千切れる。
その時の感触は感動すら覚える。
勿論、歯で千切らずそのまま、ずずっと飲み込んでもいい。
でも俺はかむことをお勧めする。
あの、官能的な食感は味わなければ勿体ないからだ。
「いただきま~す!」
俺は麺が伸びてしまわない内に食べるため、大急ぎで席に向かって
うどんに手を合わせ『いただきます』をした。
丼を埋め尽す、艶のある艶めかしい白い肌のうどん。
その中央にはオレンジ色の濃い卵黄が、早く潰してうどんと絡めてくれと
懇願していた。
その脇には緑色のネギが、ただ黄身とうどんの行方を見守っている。
ネギは麺料理きってのパートナーだ。
ラーメンにも、そばにも、ソーメンにも、ネギは静かに添えられていた。
ただ、彼等を引き立てるために己を殺して。
なんといじらしい脇役であろうか?
料理によっては、主役を張れるだけの実力を持っているにもかかわらず、
常に相方を引き立てる、このお野菜。
俺はネギに、大和撫子の姿を見出してしまっていた。
しかし、その三角関係など、俺にとっては関係ないこと!
美味しく釜玉うどんを食べるには、
かき混ぜて混然一体にしなくてはならない! 許せ! ネギよ!
俺は丼に添えられたネギを見た。
ネギは「構いません……一思いに」と言っていた気がした。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
俺はネギの覚悟を受け止め、うどんを豪快にかき混ぜた!
ひと混ぜする度に白い艶のある麺と、濃いオレンジの卵黄が、
互いを抱きしめるように絡まっていく。
そのさまはまるで、数年振りに再開した恋人同士のようだった。
やがて、しっかりと混ぜ終えると、うどんは黄金の輝きを放っていた。
器の隅には緑色のネギが、ちょこんと顔を覗かしている。
どこまでも奥ゆかしいヤツだ。
俺は早速、黄身を纏って黄金の麺となった、うどんをすする。
ズズッ、ズボボボッ! むぐむぐ……。
「う、うめぇ……」
黄身を纏うことにより、まろやかになったうどんは
一段品格を上げ、食べる者を虜にする。
そして、一度うどんに手を付けたが最後、食べる者は一息付くことも忘れ、
うどんを口に運び続けるのだ。
「んくんく、ぷはぁっ!」
気が付けば、器のうどんは俺の胃袋に全て納まっていた。
無我夢中とはこのことだろう。
「ごちそうさまでしたっ!」
俺は非常に幸せな気分に浸っていた。
朝に食べるうどんとは、なんて贅沢に感じるのだろうか。
しかも、うどんは消化も良いので、朝ごはんにぴったりだ。
幸せな気分になり気力も充実した俺は、
エチルさんにお礼を言って食堂を後にしたのだった。
◆◆◆
ヒーラー協会に集まってくれたクラスメイト達を、
桃先生の木の展望台へと案内する。
どこか秘密基地のような構造の内部に、クラスの皆は
興味深々の様子であった。
その途中で、ビースト達も合流して展望台に向かう。
「スゲェな……エルの部屋に、こんな通路ができてたなんて」
ライオット達が知らないのも無理はない。
今のところ、この通路を知っているのはルドルフさんと
ザインくらいだ。
ここ最近、ごたごたが続いていて、自分の部屋に
友達を招いていなかったから、教えることもできなかったしな。
展望台に着いた俺は、改めてこの場所を説明した。
「俺の秘密基地にようこそ!
ここが暫く、カサレイムへ行くための入り口になる。
後『テレポーター』の門はあそこな」
俺は展望台の奥にある窪みを指差して、門の場所を教えた。
その窪みの周りには、いつの間にか桃色の花が咲いていて、
わかりやすい目印のようになっていた。
恐らく、桃先生が気を利かせてくれたのだろう。
ありがたや、ありがたや。
「わぁ、かわいいおはな!」
「ひゃん! ひゃん!」
プリエナは桃色の花を褒めたのだが、ダックスフントのはなが
自分を褒めてくれたものと勘違いし、激しく尻尾を振っていた。
悲しいけど、それって勘違いなのよね。
「御屋形様、顧問の御方が到着したでござる」
「そうか、迎えに行くとしよう。
皆、今しがた顧問の人が、ヒーラー協会に到着したみたいだから
迎えに行ってくる。適当に腰かけて待っていてくれ」
俺がそう言うと、シーマが困り顔で文句を言った。
「腰かけろとは言うが、地べたに座れと言うのか?」
「ん? あぁ、席が足りないな。
桃先生! お願いっ! 椅子を作って~!」
すると、細い木の枝が生えてきて、
人数分の椅子があっと言う間にできあがった。
流石、桃先生は格が違った!
その不思議な光景を目の当たりにしたシーマは、
目をまん丸にさせて驚いていたのであった。
「これから、エルにかかわり続けるつもりなら、
これくらいで驚いてたら持たないぜ?」
シーマの肩に手をやり、彼女を諭すライオット。
その向こうでは突如できた椅子を興味深そうに触ったり……
あ、こらっ! アルア! 椅子をかじるんじゃありません!
「とにかく、顧問の人を迎えに行ってくるな」
「あぁ、頼むわ。俺は皆を纏めとく」
俺は賑やかに騒いでいる皆をダナンに任せ、顧問を迎えに行くのだった。
◆◆◆
顧問を連れて戻った俺を見て、ダナンが目をまん丸にした。
ダナンは口をパクパクしているのだが……金魚かな?
「エルッ、おまっ! 当てがあるって、その方かよっ!?」
「そうだが?
まぁ、取り敢えず紹介するぞ?
旅商人のブッチャー・ブヨンさんだ」
「初めまして、ブッチャー・ブヨンと申します。
この度は聖女様の要望に応え、皆の顧問を担当させて頂きます。
わからないことがあったら、どんどん聞きに来てください」
このブッチャーさん、フィリミシアの入国審査の際に、一緒に並んでいた
人間のメタボのおっちゃんである。
偶々、俺の前に並んでいたため、アルのおっさんが俺の親だと
勘違いして、話しかけてきたのが全ての始まりだった。
それから、彼と会う機会はなかったが、最近ケガをして
ヒーラー協会に来た際に、俺が担当したことで再会となったのだ。
話を聞くと……どうやら、あれから再び旅に出ていたらしい。
そして、遠くの異国でフィリミシアが大変なことになっている、
との噂を聞いた彼は慌ててフィリミシアに戻ってきたそうだ。
戻ってきた彼が見たものは……ボロボロになった故郷の姿だった。
生まれ育った故郷をなんとかしたいと思っていた矢先、
階段から滑り落ちて、しこたま腰を打ったそうだ。
考え事をしていて、階段を踏み外したらしい。
そのお陰で、俺は彼と再会できたのだ。
ブッチャーさんには悪いがこれも、ケガの功名ということにしてもらおう。
「お……お久しぶりです、ブッチャーさん」
「おぉ、君はカルサス君のところの……大きくなったねぇ?
お父さんは元気かな? 暫く顔を合わせてないからな」
どうやらブッチャーさんは、ダナンと知り合いのようだった。
というよりも、カルサスさんの方か。
「はい、元気過ぎて困ってます」
「ははは、何よりだよ」
ダナンの頭を優しく撫でるブッチャーさん。
そして、珍しく照れ臭そうにしているダナン。
その後、クラスの皆に商売の基本を、簡単に説明していくブッチャーさん。
そのわかりやすい説明は、ライオットですら理解できているようだった。
特にシーマの食い付きっぷりが凄い。
メモ帳にびっしり説明を書き残している。
そんな彼女の表情は、鬼気迫るものがあった。……必死過ぎる。
「しかし、よくブッチャーさんを顧問にできたな?
あの人と、どこで知り合ったんだよ?」
隣にいたダナンが小声で俺に聞いてきたので、
ブッチャーさんとの成り行きを教えてあげると、
ダナンは「偶然って、あるもんなんだな」と驚いていた。
「さて、これで説明は終わりです。
後は実際に、商売を通して覚えるのが良いでしょう。
では早速、本日の担当の人は準備をして、現地に向かいましょうか」
どうやら、説明が終わったらしい。
さて、俺も準備だ。このままの姿では、カサレイムに行けないからな。
俺は再び、にゃんこローブを身に纏う。
……うん、これだけなんだ。ふきゅん!
「あ……あの、エルティナ。
本当に、この格好でなくてはいけないのですか?」
「うほっ、良い女」
そこに現れたのは、変装したルドルフさんだった。
彼も変装しなくてはならないくらい、有名な騎士になったからである。
特に俺とセットの騎士なので、俺だけ変装しても意味がないのだ。
そんなわけで、彼には女装してもらった!(ゲス顔)
といっても金髪ロングヘアーのカツラと、
女性物の服を着ているだけなのだが、それだけで美女に変身できるのだから
恐ろしいものである。
しかし、ルドルフさんの変装はまだ未完成であった。
「ルドルフさん、胸パットを着けてないじゃないか」
「やっぱり、着けないといけませんか?」
突然現れた美人が、まさかルドルフさんだとは
気が付いてなかったクラスメイト達の、黄色い悲鳴が展望台に響いた。
諦めて胸パットを着けて戻ってきたルドルフさんは、
文句の付けようがない美女と成り果てていた。
「ヴォォォォォォォォォッ!!」
ロフト率いるスケベトリオが、雄叫びを上げてガッツポーズを取る。
ルドルフさんは男だぞ? わかっているのかなぁ……?(呆れ)
ともあれ、俺は『プライベートテレポーター』を起動して、
土曜日組とカサレイムに出発したのであった。
誤字 商売とは戦いだ。戦いは「非常」なのだよっ
訂正 商売とは戦いだ。戦いは「非情」なのだよっ
誤字 俺は「面」が伸びてしまわない内
訂正 俺は「麺」が伸びてしまわない内