174食目 カサレイム侵入作戦
楽しかった食事も終わりが見えた頃、俺は用件を済ませるため、
密かに席を立とうとしてザインに見つかった。
「御屋形様、何処へ?」
美味しい料理達に集中しつつも、ザインは俺の動きに注意を払っていたのだ。
見事な状況把握能力だと感心するが、今は付いてきてもらっては非常に困る。
何故なら、これからすることが今回のミリタナス神聖国訪問における、
真のラストミッションだからだ。
「少し、花を摘んでくる」
「左様でござりましたか。付き添いは必要でござるか?」
これにはザインも『付いてく』ではなく『必要か?』と聞いてきた。
狙いどおりである。これで俺は隠密行動がしやすくなり、
目的を達成できることだろう。
「いや、大丈夫だ」
俺はザインに付き添いが不要であることを伝え、ミカエルにトイレの場所を
聞き、静かに食堂を後にした。ここまで、俺の行動に不審な点は
なかったはず、完璧過ぎる俺に戦慄を覚えざるを得ない。ふっふっふ……。
俺は、まずミカエルに教えてもらったトイレに向かう。
用を足したいと思ったのは本当だったからだ。色々飲み食いしたからな!
きょろきょろしながらやや歩くと、教えてもらったとおりの場所に
トイレはあった。
ドアを開け中に足を踏み入れると、六畳ほどの広い部屋の奥に、
蓋の付いたツボが設置されており、ツボを挟む形で匂いのきつい花が
台座の上に飾られていた。きっと匂い消しのための花なのだろう。
消臭スプレーなんてないからなぁ。
ツボの蓋を取り中を覗くと、ツボの底には穴が開いていた。
どうやら汲み取り式のトイレのようだ。
そしてツボのすぐ傍には、紙らしき物と桶に入った水がある。
なるほど、用が済んだらこれで流せというのだろう。
うん、だいたい把握した。要を済ませてラストミッションを完遂しよう。
「ふぅ……スッキリ!」
俺は少し手こずりながらも、なんとか用を足せた。
こうして違う国の便器で用を足すと、フィリミシアのトイレの
異常性がわかる。ミリタナス神聖国の裕福層でこのトイレである。
これに対して、フィリミシアでは既に一般家庭レベルで
水洗トイレが普及している。これは酷い。
これも全部、フウタってヤツの仕業なんだ!
ヤツはファンタジー世界を破壊しようとしてるに違いないっ!
まぁ、そのお陰で清潔な日常生活を送れているのだが。
王都フィリミシアであの有様であるなら、エルタニアではもっと
とんでもない物をこしらえている可能性がある。確認に行かねば(使命感)。
さて、すっきりしたし目的を果たしに行こう。
俺はトイレを後にして、こっそり各部屋を覗いた。
俺の目的は使っていなさそうな部屋を発見することだ。
その部屋であることをするのが、教皇様との謁見を行ってまでも
ミリタナス神聖国に来た理由でもある。
「お……? ここはよさそうだな。暫く使った形跡がないぞ」
俺は部屋の中央に、円状の窪みがある部屋を発見した。
その部屋は綺麗ではあったが、暫く使われてないのか
人が入った形跡がなかった。これは好都合だ。
俺はその部屋にある細工を施し、静かに部屋を後にした……。
◆◆◆
ミリタナス神聖国訪問から戻ってきた俺達は、
まずフィリミシア城に向かった。
今回の出来事を王様に報告し、公務が終了したことを伝えるためだ。
報告のために訪れた王宮では王様に抱き付かれたあげく、
お髭攻撃のコンボを頂戴した。
凶悪なコンボ攻撃により、俺は既に満身創痍の状態だ。びくんびくん。
「おぉ……よく無事に帰ってきたのぅ。よかった、よかった」
「おごごご……」
俺は白目になりつつも、なんとか攻撃を耐え、ミリタナス神聖国であった
さまざまな出来事を報告し、王宮を後にしヒーラー協会の自室に戻った。
部屋に入ると光るキノコが「おかえり」と言っている気がしたので
「ただいま」と返しておく。ここ最近の流れである。
慣れない行動と言葉使いで疲労していた俺は、そのまま倒れるように
ベッドに横たわったのだった。ふきゅん。
◆◆◆
「チュ、チュ、チュ、ちゅん!」
「ふきゅん……朝か? おはよう!」
いつもどおり、正確な時間で起こしに来る、もっちゅトリオとうずめ。
目覚まし時計いらずである。
今日は学校に登校する日なので、身支度をして朝食を摂った後、さぬきと
ドッキングを果たし、ルドルフさん達と共にヒーラー協会を後にした。
「おはようございます、エルティナさん。昨日は大任でしたね」
クラス委員長のメルシェ・アス・ドゥーフルが
教室に来た俺に気付き、朝の挨拶をしてきた。
彼女は人間の女性で、白銀のふわふわした癖っ毛をしており、
頭には緑色のカチューシャを付けている。白銀の髪に良く映える一品だ。
大きな目は少し垂れていて、眠たそうに見える。その目に納まるのは、
美しい青色の瞳。良く晴れた空の色だ。
彼女の眉は俺と同じくらい、ごん太である。なかーま。
また、非常に小柄で俺の次に小さい。
そして彼女、俺と同程度の運動能力しかない。
武器を使った訓練の際に見せた姿は、最早クラスの伝説として語られている。
ちなみに俺の場合は『珍獣神話』にまで昇華していた。……解せぬ。
「やぁ、おはようエルティナさん。大人しくできたかい?」
副委員長の、フォルテ・ランゲージも朝の挨拶をしてきた。
彼は人間の男性だ。黒髪を伸ばし放題にしており、尚且つあまり手入れはして
いないようで、所々に寝癖が付いたままになっている。
前髪も目が隠れるくらい伸びているのだが、鬱陶しくないのだろうか?
瞳の色は……茶色かな? よく見えない。
前髪が邪魔過ぎるが顔は悪くないと思う。
こいつを一言で言うと、エロゲーの主人公タイプだ。
最初に出会った時は、ハーレムを作るのではないかと警戒していたが、
常に委員長であるメルシェと行動を共にしているので、俺からも周りからも
フォルテはメルシェの『嫁』と認識されるようになっていった。
ん?『婿』じゃないかって? これでいいのだ。何故なら……
メルシェは非常にドジっ娘で、いつもフォルテが最後に面倒を
見てやっているからだ。その姿はまさに、ダメな亭主を支える妻である。
……普通は逆だよな? しっかりしなさい委員長。
「だいたい上手くいったぞ。少しアクシデントはあったけど」
「おはようございます、エルティナ様。
わたくしの情報はお役に立てましたか?」
そこにやって来たのは銀ドリル様だ。銀の縦ロールが今日も眩しい。
彼女の情報がなければ、あそこまでスムーズに事は運ばなかっただろう。
非常に銀ドリル様の果たした役割は大きいのである。
「あぁ、とても役に立ったよ、ありがとうクー様」
「お役に立てて何よりでございますわ」
満足気な表情の銀ドリル様。俺も釣られて笑顔になった。
俺がミリタナス神聖国に赴くことはクラスの皆には伝えていた。
教室に入って来たクラスメイト達が俺の姿を確認すると、
次々に朝の挨拶ついでに、謁見のことや教皇様のことを聞いてくる。
「はよ~! よぉ、珍獣様! 教皇様どうだった?」
「おっすロフト、すっげ~エロかった」
俺の言葉に、ガッツポーズを取る三人組。一人は女子なんだが……。
それぞれの肩には、うずめと同じくらいの大きさの、ワイバーンの子供が
ちょこんと乗っていた。時折「みゅーん」と鳴いて首を傾げている。
そう、このスケベな三人組の将来目指しているのは竜騎兵である。
リーダ格のロフト・ラックは人間の男性で、短い黒髪に白いバンダナが
トレードマークのやんちゃ少年だ。瞳の色は茶色である。
アルのおっさん先生に怒られる回数は俺の次に多い。
次に太っちょのスラック・コーロン。彼は人間の男性で、坊主頭にゲジゲジ
眉毛が特徴だ。髪の色は黒で瞳も同じく黒。
体型に見合わない器用な仕事が得意で、しかも弓の腕が抜群である。
最後に三人組の紅一点、アカネ・グランドロン。
彼女はネズミの獣人の女性で、顔は人間寄り。
灰色の髪に茜色の瞳で中性的な顔だ。彼女の特徴といえば
前歯であろう。出っ歯なのだ。
これは、ネズミの獣人の特徴で、彼等のおよそ八割が出っ歯だという。
一応、女らしくしてほしいという親心で、尻尾に赤いリボンを
付けられている。
「おまえ等、竜騎兵目指しているなら、少し落ち着きを持った方がいいぞ?」
呆れ顔で三人に諭してきたのはケイオック・ヒューラーだ。
彼はフェアリーの男性で、将来の夢は剣士になるというトチ狂った
野望を持っている。フェアリーは圧倒的な体のハンデを有り余る魔力で
補う種族である。しかし彼の夢は魔力を全面否定した剣士という
職業であった。いったい何が彼を狂気へと駆り立てたのであろうか?
オレンジ色の短い髪に、気の強そうな可愛い顔には紫色の瞳が納まっている。
背中には光を受けてキラキラと輝く透明の羽が二対生えている。
彼の大きさだが、人間の大人の手ほどの大きさしかない。
このクラスで一番小さいのは、俺ではなくケイオックなのだ。
え? フェアリーの中では? かなり大きいそうです(震え声)。
羽が生えているので空も自由に飛べるが、長時間はきついらしくて
小まめに休憩を取っているそうだ。そういうわけで現在はアルアの肩に
座っている。
「えろえろ? えろろ? あははは!」
アルア・クゥ・ルフトは人間の女性で、少しおつむが残念な子だ。
知的障害が入ってる可能性もあるが、なんとも言えない。
何故なら、彼女の筆記試験における成績は学年トップだからだ!(絶望)
普段は呆けていて、何かしらのスイッチが入った途端に豹変するようだ。
なんとも掴み難い少女である。
彼女は、真っ白なロングヘアーで真っ赤な瞳が印象的だ。
しかし、顔はいつもだらしなく、鼻水と涎を垂らしている。
そして、いつも笑っている。何が楽しいのかはわからないが。
「おはよ~さん! おまえ等~席に着け~」
アルのおっさん先生が教室に入ってきた。
今日も愉快な学校生活が始まろうとしていた……。
◆◆◆
学校から帰りヒーラーとしての仕事も終えた俺は、桃先生の木の展望台に赴き
ある計画を実行に移す。その計画とは『カサレイム侵入作戦』だ。
「ゲートオープン!『テレポーター』起動!」
俺は『テレポーター』を起動した。計画とはこうである。
まずここの展望台に門を作り、ミリタナスのミカエル邸との道を作る。
しかる後に、再びミカエル邸に『テレポーター』で飛び、カサレイムに
なんとかして辿り着き、再びそこで門を作りここに戻るという
壮大な計画である。
これは隠密作戦なので、護衛にはムセルのみを連れていく。
人数が多いとばれてしまうからな! それではユクゾッ!
俺はテレポーターに飛び込んだ……。
バシャァァァァァンッ!!
転移した先は温かいお湯の中であった。
これはいったいどうしたことか!?
俺は確か使ってなさそうな部屋に、門を作ったはずなのに!
「えぇっ!? エルティナ様っ!?」
俺の目の前にはミカエルが全裸でいた。彼の股間も丸見えである。
どうやら、あの部屋は風呂場だったらしい。
「ミカエル……おまえ、おっきいな?」
「どこを見ていらっしゃるのですかっ!?」
ミカエルは幼いにもかかわらず、象さんではなくマンモスであった。
でっかいことは良いことだぁ……。
◆◆◆
「まったく、突然何事かと思いました」
「俺もだ」
風呂でびしゃびしゃになってしまった服を取り変えた俺は、
ミカエルに事情を話すことにした。きちんと説明しないと、
ラングステンの聖女がミリタナス神聖国の少年に夜這いをかけた、
とか噂されかねないからな。
「相変わらず無茶をなさる方ですね。事情はわかりました。
カサレイムまでは私がお送りいたしましょう」
「おぉ、心の友~」
ケガの功名と言うべきか、心強い助っ人が協力してくれることになった。
これでカサレイムまで行けるぞっ!
外に出ることになるのだが、俺の容姿は目立つ。
しかも大通りを練り歩いたばかりで顔も覚えている連中も多いだろう。
そこで、特長的な耳と顔を隠すのに、フードを着用することにする。
「にゃ~ん」
これぞ、ヤッシュパパン特注の白猫ローブだ。
これは着ぐるみと違い、普段着の上から身に纏う物だ。
普通のローブと違う点は、猫耳と尻尾が付いていることだ。
この二点は例によって、俺の感情を察知して勝手に動く。
無駄なところに情熱を注いでいるパパンであった。
「良くお似合いですよ。それでは行きましょうか?」
俺はミカエルに手を引かれ、夜のリトリルタースに出かけたのだった。
と言っても、カサレイム行きの『テレポーター』の門に行くだけなのだが、
ミカエルのお陰で事がすんなり運んだのは大きかった。
「ここはカサレイム行きの『テレポーター』です。
使用には大銀貨三枚頂きます」
門番らしきおっさんが、そう告げてきた。
流石に有名スポットだけあって結構なお値段だ。
冒険者であればカサレイムに滞在することになるので、毎回使用料を
払うことはないが、俺はそういうわけにはいかない。
一日置きに学校もあるし、ヒーラーとしての仕事もある。
そこで考え出したのが『カサレイム侵入作戦』なのだ。
俺はミカエルの分の大銀貨も支払い『テレポーター』を使って
カサレイムに向かった。ミカエルは自分で出すと言ったが、
結構な金額なので出させるわけにはいかない。
元々、俺の個人的な目的のためだし、彼には案内と護衛も
兼ねてもらっているからだ。
◆◆◆
「うおぉ……あっちぃ」
転送先のカサレイムは予想を超える暑さだった。
夜にもかかわらず、むしむしとする暑さが体に纏わり付く。
「ここがカサレイムです。今日もまた暑い夜ですね……」
俺は堪らずグーヤの実を一つ食べた。すると体が一瞬青く光り、今まで
感じていた暑さが和らいでいくのを感じた。これは凄い!
早速ミカエルにもグーヤの実の効果を実感してもらった。
「これは素晴らしい。これなら間違いなく人気商品になることでしょう。
ただし、決して正体を明かさないようにしてください。
教皇様と謁見を無事に終えた聖女エルティナ様の影響力は、この国では
絶大な物となっています。
昨日の新聞で、ばっちりとお顔が公開されていますので、誤魔化しようが
ありませんし、そんな聖女様がグーヤの実を売っているのがばれたら……」
「俺の影響力は地に落ちるか?」
ミカエルは首を振り改めて俺に言った。
「逆です、グーヤの実は聖果実とされ、冒険者達だけでなく町の有権者や
高位の神官様達ですら買い求めることになるでしょう。
生産が追い付かないほどに。まずいのは不法入国という点です」
「取り敢えず、ばれたら酷いことになるのはわかった。
でも、不法入国の点については問題ないぞ」
ミカエルは不思議そうな顔をして首をかしげた。それはそうだろう。
普通ならこの時点で、不法入国なのだから。
俺は懐から指輪を取り出してミカエルに見せた。
「これを見てくれ。……どう思う?」
「こ……これはっ、ミリタナスの証ではありませんか!?
いったいこれをどうやって……!?」
「教皇様に貰った」
とあっけらかんに言った俺に、顔を引きつらせるミカエル。
大きなため息を吐き、冷静さを取り戻した彼は「流石はエルティナ様」と
言って頭を下げた。
このミリタナスの証は言うなれば、ミリタナス神聖国の住民権みたいなものだ、
と教皇様は言っていた。たぶん、違うのも存分に含まれているだろうが、
取り敢えずはこいつを持っていれば、自由にミリタナス神聖国に
出入りできるわけだ。
「このミリタナスの証は、だれでも持てるわけではありません。
一説によれば、これは初代聖女であるミリタナス・リトリルタースが
身に着けていた聖具であり、莫大な魔力を持つ者でなければ、たちまちに
魔力を吸い尽され死に至ると伝えられています」
「うおっ!? そんな、おっかない物を俺に渡したのか?」
ミカエルはニコニコしながら話を続けた。
「ただし、その指輪を持つことができたのであれば、指輪は逆に持ち主に
魔を打ち払う力を与え、力なき民を救うことができるとされています。
きっと、桃使いであるエルティナ様の力となることでしょう」
ミカエルはそう言ってくれるが、教皇様は別の意味で渡してきた可能性が
高いことがはっきりわかった。どおりで「ウォルガングには内緒ね?」と
言って俺に渡してきたわけだ。
つまりこれは、いつかミリタナスの聖女として仕事をしにきてねっ!
ということも含まれていることなのだろう。
うごごご……仕事が増えてしまった。泣けるぜ。
ミカエルと手を繋ぎ、暫くカサレイムを歩くとミカエルが脇道に
入って行った。
「さぁ、ここ等辺が良いでしょう。ここなら人目に付きませんから」
「ありがとうミカエル。さっそく門を作るか」
俺は物陰に『テレポーター』の門を設置した。
普通のお金を取る『テレポーター』であるなら、設置後に大袈裟な飾りを
作っていかにもな門を作るが、俺のはプライベートな物なので、飾りなど
作らない。ばれたら困るし。
まぁ、ばれても俺以外は使用できないように、魔力認識型にしているので
問題はないが。
さぁ、これでカサレイムまでの道はできた! ここからが本当の勝負だ!
俺は来るべき戦いに闘志を燃やすのであった。