173食目 未知の料理との遭遇
◆◆◆
ライオットが拳を握りしめ、何かを誓う仕草をしている。
「ライオット……」
俺は、そんなライオットを見ていた。真剣な表情をし口を固く結ぶ彼を
見たのは一度や二度ではない。そう、これはライオットの戦闘準備なのだ!
間違いない、ヤツはミカエル達が用意したご馳走を、一網打尽に
するつもりだ! その恐るべき『ブラックホール胃袋』でっ!
おのれっ! やらせはせんっ! やらせはせんぞぉぉぉぉっ!!
この俺が成長した暁には、ライオットなど、あっと言う間に
追い抜いてくれるわっ!(大食い)
だが、しかし……今はまだ幼く、ご飯を沢山食べれなかった(小食)。
なんて不憫な体なんだぁ……ライオットが羨ましいぜっ!
「さぁ、エルティナ様。ささやかですが、料理をご用意させていただきました。
どうぞ、ごゆるりとご堪能ください」
ミカエルが立派な石作りの家に俺を招いた。本来ならハマーさん達も
一緒に食べさせてやりたいが、ハマーさん達は……。
「いえ、我々は仕事でここに来ています。お心遣いはありがたいのですが
ご遠慮させて頂きます。それに聖女様も、仕事でこちらに
赴いているはずです。最後の仕事『友人と一時を過ごす』を、
しっかりと全うしてください」
と言って、スキンヘッドをキラリと輝かせた。惚れてまうやろがっ!
俺の護衛として付いてきてくれた騎士達も、同様に温かい言葉を
かけてくれた。ありがたいなぁ……。であるなら、俺はその厚意に応え、
存分に楽しむことにする!
「おいぃ! ライオット! 早くご飯食べるぞっ!!」
「おうっ! わかった!」
俺達はミカエルに招かれ、御馳走を堪能することになった。
◆◆◆
「うおぉぉ……すげぇ! ここが、楽園か……」
ラーフォン家の食堂に招かれた俺達は、大きなテーブルいっぱいに
並べられた色取り取りの料理に目を奪われた。どれもこれも見たことのない
美味しそうな食べ物ばかりだ! ……じゅるり。
「へぇ、やるじゃないか。 エル、ミリタナス名物のコカトリス料理があるぞ。
おまえのための料理だ、ちゃんとミカエルにお礼言えよ?」
「コカトリス?」
コカトリス……ぶっちゃければ、石化攻撃が厄介な鶏の化け物だ。
ファンタジー世界では、有名過ぎて説明なんて殆ど必要ない大御所だろう。
そのモンスターが今、この食卓に並べられているというのだ。
「偶々、市場に並んでいた物を購入しておいただけですよ。
さぁ……冷めないうちに食べましょう」
ミカエルは涼し気に言っているが、相当苦労して手に入れたのだろう。
ライオットが「お礼を言えよ?」なんて言葉は滅多に使わない。
その彼がお礼を言えと言ったのだ。
「ミカエル、メルト、サンフォ……ありがとな?」
俺は三人に向かって、ぺこりとお辞儀をして彼等の苦労に報いた。
俺の行動に慌てふためく三人。ミカエルの狼狽え振りは顕著であった。
「勿体ないお言葉です。我々三人が心を込めて作った料理を
堪能していただければ幸いです」
なんとか、落ち着きを取り戻したミカエルが、食事を促してきた。
俺の腹も、さっきから美味しそうな料理を早く食べさせろと、
自己主張している。我慢させているのも限界だろう。俺も早く食べたい。
俺達は食卓に着いた。残念ながらルドルフさんはハマーさん達と
任務に当たると言って外で待機している。きっと気を遣ってくれたのだろう。
ザインも同じくルドルフさんと外で待機すると言ったが
俺が強引に連れてきた。
とんぺーとムセル、イシヅカとツツオウは、アーク達と何やら語らっている。
実際に喋っているのは、とんぺーとツツオウだけだが……。
とても、和気あいあいしているのがわかる。
「それじゃ頂こうか。えっと、聖女ミリタナスの慈悲に感謝し、彼女の
施しを受け入れ、明日を生きる糧とせよ。ミリタナスに栄光あれ!
いただきま~す!」
『いただきます』と、若干俺のアレンジが入ったが、問題ないだろう。
ライオット達は俺の『いただきます』で料理を食べ始めた。
しかし、ミカエル達は……。
「よ、よもや……聖女様からそのお言葉が聞けるとは!!」
と言って、三人とも感涙していた。
大神殿から帰る際に教皇様とお話をしていたのだが、ミカエル達が
ご馳走を用意していると話した時に教皇様は「それでは」と、
今の言葉を教えてくれたのだ。物凄く密着した状態で。
ぶっちゃけ、俺は教皇様に抱っこされていた。
後頭部に触れている、二つの山脈の感触が忘れられない。ふきゅん!
これはミリタナス神聖国の住民であるなら、食事前に必ず述べる言葉である。
俺にとっての『いただきます』ってことだ。
なるほど、三人はとても俺の言葉に喜んでいるようだ。
喜んで貰えて何よりだぁ……。
「さっ! ミカエルもメルトもサンフォも食べようぜ!
食事は皆で食べるのが、一番美味しいんだ!」
「はいっ! 私達も楽しみにしておりましたっ!」
三人が同じセリフを同じタイミングで言った。本当に仲が良いな?
そんな三人を羨ましく思いつつも、面白くも思い……思わず笑顔になる。
さぁ! 食べよう! ミカエル達が心を込めて作ったご馳走を!
「うおぉ……美味しそうだぁ。まずはこのお肉から頂こう!」
俺は目の前の大皿に盛られた、一口大で切られたお肉を小皿に取り、
しげしげと肉を観察した。じ~。
その肉は香ばしく焼いてあり、さまざまな香辛料がまぶされていた。
焼き上がった肉は白く、鶏肉のような感じである。これはひょっとして……。
「それは『コカトリス』のモモ肉をスパイスで焼き上げた物です。
まずは一口召し上がってください」
俺はミカエルに促され、コカトリスのモモ肉を口に入れた。
一口かじれば『ゴリュ』っという食感が歯を通し俺に伝わる。
この軽快な食感は癖になる。んん~! かむのが楽しい!!
でも、食感はどこかで……そうだ『砂肝』だ。 この食感は鳥の砂肝だ!
なんという歯応えであろうか!? これは、のっけから凄い料理に
出くわした!
味付けは塩をベースに、色々なスパイスを使っているようだ。
少しピリッとするが、邪魔になるような辛さではない。良い塩梅に辛さが
抑えられていて、尚且つ香りの情報量が半端じゃない。
これはやられたぜっ!
「おいちぃ!」
俺は思わず満面の笑みをこぼした! こんな美味しい料理を堪能できて
幸せいっぱいだぁ……。俺の顔を見てニコニコ顔のミカエル達。
「ささ、こちらもどうぞ、コカトリスのとさかの姿煮です」
メルトが俺に取ってくれた物は、コカトリスのとさかを煮た物らしいが……
これは、どう見てもフカヒレの姿煮です!
普通の鶏のとさかは、こんな軟骨は入ってないはずだ。
どうやら、コカトリスは俺が考えているような、鶏を大きくしたような
モンスターとは違うようだ。そもそも、モモ肉の食感自体が普通の鶏と違う
時点で気付くべきだった! 不覚っ!
俺は早速、コカトリスのとさか煮を食べることにした。
とさかはスプーンでも切ることができるようだ。 俺は、とさかを一口大に
切り分け、口に運んだ。俺は、フカヒレのような食感が来ると思っていた。
だが、それは間違いであった。
「ほあぁぁぁぁ……」(うっとり)
口に入れたとさかは、軟骨にあるような食感は一切なく、口の中でほろほろと
解け、舌に絡まり付いた後、トロリとした液体へと変わった。
その官能的な食感は、思わずため息を吐いてしまうほどのものであり、
俺ごときではとても抗えるものではなかったっ!
尚且つ驚いたことに、コカトリスのとさかの姿煮は、冷たい料理だった。
澄んだスープに油の固まった白い物がなかったので、俺は暖かい物と
勘違いしていたのだ! 二重の驚きで、俺はすっかりやられてしまった!
例えるなら『激烈に美味い煮凝り』といったところか?
貧相な例えですまん。高級料理なんて、食ったことないんだ。俺が愛するのは 庶民の美味しい料理だ。
こほん! 気を取り直して、この料理の素晴らしさを説明しよう!
ユクゾッ!
スープは鶏ガラ系の出汁で煮込んだのだろう。そこにやはりスパイスを
ふんだんに使用して根気良く煮込んだんだろうなぁ。
作り方はわからないが、相当手間のかかる料理であることは
間違いないだろう。
複雑玄妙な香辛料の味と香りが、コカトリスのとさかに纏わり最強に見える!
鼻に突き抜けるクールな香り! 冷たくなった舌を適度に温める辛み!
舌を引き締める苦み! どれもこれも絶妙なバランスだ!
「美味過ぎる……修正が必要だぁ」
たった二品で、俺は嬉しさのあまり昇天しそうだった!
だが現実は非情である! 最後の刺客、サンフォが料理を持って、
俺にとどめを刺そうとやってきたのだ!
「さぁさぁ、聖女様。コカトリスの睾丸の蒸し焼きです」
なん……だと……!? たまたまを食せと?
たまたま、手に入ったからって、たまたますら食べるとかおまえ。
俺がたまたま、食に理解がある白エルフでなければ、今頃おまえのたまたまは
料理されていただろうな。たまたま犠牲になったコカトリスに感謝しろよ?
(激烈親父ギャグ超感謝祭)
俺の前に差し出された料理は案の定、皿にちょこんと乗せられた、
たまたまだった。前世が男であった俺には、とても痛々しく見える。
『気にするな。俺はお前に食べられ、おまえの血肉として共に生きる。
さぁ、俺を食べて……おまえの糧としてくれ』
と俺の目の前の、たまたまが言っている気がした。その言葉に思わず
涙が溢れそうになる。おまえの命、無駄にはせんっ!!
俺は少しためらいつつも、たまたまにスプーンを入れた。
ぷるんっ、と揺れスプーンを受けいれるたまたま。おごごご……すまねぇ!
たまたまは、鶏の卵程度の大きさで真っ白であった。
最初にコカトリスの睾丸と言われなければ、丸い形の豆腐だと思っただろう。
俺は意を決して、たまたまを口に入れた!
たまたまは、口の中でトロリと舌に纏わり付き、濃厚な液体となった。
美味い……命の味がする。わかりやすく例えるなら、フグの白子だ。
軽く塩を振ってあるだけで、素材の美味さを最大限に生かす工夫をしてある。
『これで俺はおまえの一部だ……共に生きよう』
「あぁ……おまえの失った未来は俺が引き継ぐ」
「え? どうしたんですか?」
俺は、たまたまと脳内会話していたつもりだったが、いつの間にか口に
出してしまっていたようだ。サンフォがキョトンとした顔で俺を見ていた。
これはうっかり、気を付けよう……。
俺はこの世界には、まだまだ未知の食材がゴロゴロあることに気付いた。
このコカトリスを使った料理は、その一部に過ぎないだろう。
中には調理法がわからず、見向きもされていない食材もあるはずだ。
俺は『世界食べ歩きの旅』に新たな項目を入れることにした!
それは、だれも見向きもされない食材を使った料理を作り、
美味しいと言わせることである! これは面白そうだっ!
俺は新たにできた野望に満足しつつも、まだまだある料理を
堪能することにした……。
とさかはスプーンでも着ることができるようだ を
とさかはスプーンでも切ることができるようだ に訂正。