169食目 ミリタナス神聖国
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むわっと立ち上る熱気、むしむしする空気に体は
敏感に反応し汗を出し始める。
灼熱の太陽光に炙られた大地は赤茶色に染まり、風が吹く度にからからに
乾いた砂が風と共に舞い上がる。
「むせる……」
俺は思わず呟いた。その言葉に反応したムセルが腕を上げて反応した。
俺は「すまんすまん」と言ってムセルの頭を撫でる。
再び顔を上げ目に映るのは純白の大神殿。
ここから遠いにもかかわらず目立っているのは、神殿がかなりの
大きさだからだろう。
ここは、ミリタナス神聖国首都『聖都リトリルタース』である。
『テレポーター』を使い、俺達はミリタナス神聖国に、
はるばるやってきたのだ。
「まさか……堂々と正面から、ミリタナスに乗り込むとは思わなかった」
持っている服の中でも、最上の服を着こんだダナンが呟いた。
あの話し合いの後……俺はダナンと別れ、王様の元に向かいミリタナスに
行くことを伝えに行ったのだ。
◆◆◆
「おいぃ! 王様っ! 俺はミリタナスに遊びに行くぞぉ!」
ばぶぅっ! と、お茶を噴き出す王様。
私室で三時のおやつを、まったりと楽しんでいた王様の顔が青くなった。
「エ……エルちゃんや! 今、あそこは危険なババアがいるんじゃ!
行ってはいかん! また今度にしなさい!」
「危険なババアって……いったい、だれなんだぜ?」
俺の質問に「コホン」と咳払いし、言うかどうか迷った様子だったが
王様は結局、俺に伝えた。
「ミレニア・リム・ミリタナス。ミリタナス神聖国教皇じゃ。
外見は若々しく保っておるが……ワシとタメじゃ!
騙されてはいかんぞっ!?」
「うおぉ……若作りなのかぁ」
◆◆◆
結局、俺の『お願い攻撃』でKOを奪い、ミリタナスに行く
許可を得た俺であったが……公務による出国である。要はお仕事だ。
その帰りに、友達と遊んでおいでってことらしい。
公務と言うことで連絡し許可が下りるまで、しばらくかかるなと思っていたが
僅か半日で返事が来たそうだ。ナニソレコワイ。
そんなわけで、俺も慌ててミカエルに「そっちに遊びに行くぞ」と伝えると、
『テレパス』を通し向こう側で、盛大に何かが倒れる音がした。
どうやら勢い余って立ち上がり、テーブルを倒してしまったらしい。
そんなこんなで、連絡から僅か二日で受け入れ態勢が整ったということで、
大勢の従者を引き連れて、ミリタナス神聖国の土を踏んだのであった。
従者と言っても、ほとんど俺のボディーガードみたいなもので、
屈強な騎士達が殆どだ。そんな中で知った顔があった。
「お久しぶりです、グランドゴーレムマスターズ以来ですね。
此度は聖女様の護衛を仰せつかりました、
ハマー・アークスイズム・カーンです」
浅黒い肌に、がたいの良い身体、スキンヘッドの二枚目、そして、
シアの所属していたチーム『アークジオ』のメンバーでもある、
ハマーさんが俺の護衛に就いていたのだ。
まさか騎士だったとは思わなかったんだぜ……。
「あー! キュレイの!?……キュレイは残念な結果だったな」
俺はキュレイの最期を思い出し悲しくなった。
「いえ……仇は聖女様とムセル殿達が取ってくれました。
キュレイもきっと、天国で喜んでいることでしょう」
空を見上げるハマーさん。俺も釣られて空を見上げた。
ミリタナス神聖国の空も、綺麗な青空が広がっていた。
「ハマー! 君も参加していたのか!? シアさんとの挙式が
迫っているんじゃなかったのか!?」
ルドルフさんが、ハマーさんを見て驚いているようだ。
二人の接し方からして……友人か何かなのだろうか?
「はは……今回参加したのは、シアが是非参加して聖女様を守ってくれと
頼んできたからさ。それに……俺も恩を返したかった」
「そうか……君は、あの大会に出ていたんだったな」
ハマーさんはシアと挙式を……何っ!? 挙式だとぅ!?
「お……おいぃ……!? シアと挙式って、どういうことですかねぇ?」
「え? あぁ……シアと私は、親が決めた許嫁同士なんですよ。
最初の頃は色々ありましたが……今は、お互いになくてはならない
関係になりました。これも、ホビーゴーレムが繋げてくれた縁ってヤツです」
ホビーゴーレムが、縁を繋げたんなら仕方がない。
「許す」
「えっ……はぁ、ありがとうございます」
ハマーさんが困ったようにしている姿を見かねて、
ルドルフさんが助け舟を出した。
「ハマー、これで一々考えていたら振り回される。
エルティナと接するなら、素直な考えでいいんだ」
「ルドルフ……いくらなんでも呼び捨ては……あぁ、それもか?」
ハマーさんはため息を吐いて……両ほほをぴしゃりと叩いた。
そして改めて俺に……「あざーっす!」と礼を言った!
どうやら、俺という存在がわかったようであった。
あとに聞いた話だと、この二人は『魔族戦争』時において同じ部隊に所属し、
激戦を生き抜いた数少ない同僚だそうだ。
にわかには信じられない。あの戦争を生き延び、再びゴーレムマスターズで
相棒を失っても、彼からは笑顔が消えなかった。
そのことを聞くと……
「私には、私を支えてくれるシアがいました。
これは幸運としか言いようがない」
との答えが返ってきたので、ディレジュ姉直伝の呪いをかけておいた。
爆ぜろリア充っ! あ、爆ぜたらシアが悲しむのか……仕方がない。
スキンヘッドに一本だけ毛が生える呪いに変えておこう!
みょいんみょいん……ふぅ、呪い終了です。
「しかし……こうも暑いとは、思わなかったでござるな」
とザインが呟くのを、俺の大きな耳は聞き逃さなかった。
「南国だからなぁ……暑いんだよ。常夏ってヤツだ」
俺達が会話をしている間に従者達、総勢三十人が『テレポーター』のゲートを
潜り終えた。この人数はあくまで王様が付けた従者の数なので
ルドルフさんやザインにダナン、とんぺーとムセル達は含まれない。
あとは俺が、ミカエル達のところに遊びに行くという名目なので、
ライオットとプルルも参加している。
「ミリタナスか……三年振りだな」
「ライオットはミリタナスに来たことがあるのか?」
俺の問いにライオットは首を振り言った。
「元々俺は、ミリタナスの生まれなんだ。四歳まで、ここで暮らしてたのさ」
「へぇ……初耳だねぇ」
ライオットの話に興味津々なプルル。
以前の彼女とは思えないほど積極的である。
彼等は神殿には招かれてないので、先にミカエル達の元に行ってもらう
予定だ。ミカエルには予め伝えてあるので問題ないだろう。
「んじゃ……行くとするかっ!
ライ、プルル、ミカエルに後で行くって伝えといてくれ」
「おう、気を付けてな」
俺達はライオット達に見送られ小さな神殿のような『テレポーター』の
ゲートを後にした。
◆◆◆
俺達が大神殿に続く大通りを行進していると、大勢の住人が我先にと
集まってきた。
「まさか……あのお方が聖女様っ!?」
「本当に小さい御方だ……」
「ハァハァ……聖女たんカワユス、ペロペロしたいぉ」
一部、危険な発言をしている者がいるが、この屈強な従者達がいる限り
安心だろう。
ミリタナス神聖国に来るにあたって、俺は普段の聖女の服の上に
追加パーツとして、豪華な飾りと、やたら装飾の凝った大きい帽子、
ラングステンの紋章が刻まれた杖を持っている。
そして首には何時も通りさぬきが陣取っており、大きな帽子の上にはうずめが
ちょこんと居座っていた。どうやらその場所が気に入ったようだ。
勿論、輝夜も連れてきている。俺達は一心同体だからな。
そのため俺は両手が塞がっている状態だ。結構不便っ!
歩きながら街の様子を観察していると、どうやらミリタナス神聖国は
元いた世界のインド文化とギリシア文化が混ざったような国のようだ。
一般市民の住宅はレンガや土壁で作られている。
お世辞にも綺麗とは言い難い。
集まった人々も、粗末な衣服を身に着けていて薄汚れていた。あと臭い。
しかし、大神殿に近付くにつれて、建物は白く綺麗な壁になっていく。
ここまで来ると、通路も石畳に舗装されていたり、様々な彫刻が
飾られていたりと、かなり裕福な暮らしをしている人々が住んでいるようだ。
事実、俺を見学に来た住人達は、一級品と一目でわかるような
衣服を身に着けていた。
こちらは香水でも付けているのだろう、花の香りがしていた。
「酷い貧富の差だな……フィリミシア以上だ」
「フィリミシアはこうしてみると恵まれた町でござるな」
俺の呟きに傍で周囲に気を配っていたザインが答えてくれた。
だが、返事をしていても、彼には一切の油断は生じていなかった。
ここ数日でここまで成長するものなのだろうか?
「訓練と、そう言った現場を体験するとでは、成長が違います。
彼はここ数日で、そう言った現場を体験したではありませんか?」
ルドルフさんが俺を察して答えてくれた。
ううむ、たったあれだけで、ここまで成長できるものなのか。
男子とは三日もあれば別人のように成長する……とはよく言ったものだ。
俺は成長したザインを頼もしいと思う反面、羨ましくも思った。
やがて大神殿が目前に迫ってくると、白い神官服に身を包んだ人々が整列し、
俺達を出迎えてくれた。
「ようこそ、おいで下さりました聖女エルティナ様っ!!」
大神殿の入り口に立ち、出迎えてくれた一際豪華な神官服の優男が
俺に対し、にこやかな表情で深々とお辞儀をした。
恐らく……ここの神官達のまとめ役だろう。
エメラルドグリーンの長髪を中分けにし先端を青いリボンで結んでいる。
長い眉毛は綺麗に整えられており、長い睫毛の目にはダークグリーンの
瞳が納まっている。……かなりのイケメンだ。
しかも、スラリとして高身長であり、うちのギルドマスターに
匹敵するであろうイケメンだ。イケメンは爆ぜろ。
「わたくしは神官長のノイッシュ・デュイ・アクラントでございます。
以後、お見知りおきを……」
「わざわざ出迎えご苦労様です……ノイッシュさん」
呼び捨てにした方が良いのか悩んだが……今まで通り、年上にはさん付けを
することにした。俺が決めた礼儀だから、これで良いのだっ!
「勿体なきお言葉でございますっ!
ささ……準備が整うまで、こちらでお寛ぎください。
従者の方々は、こちらにて待機を願います」
ノイッシュさんは俺を案内すべく先頭を歩く。
俺はルドルフさんとザイン、とんぺー、ムセルを連れて付いていった。
おっと、ダナンを忘れるところだった。
俺はダナンに手招きをし、付いて来るように指示した。
慌ててダナンが、小走りで俺達に追いついてくる。
案内された部屋は豪華な客室であった。
部屋にあるソファー、テーブルは一級品。その他の部屋を彩る小物達も
それ一つで、家が一軒買えるのではないかという代物であろう。
ぶっちゃけ、王様の部屋よりも豪勢である。
まぁ、王様は質実剛健を、信条にしているので仕方ないのだが……
「それでは、ごゆるりと……」
そう言って退室して行ったノイッシュさん。
しばらくして、メイドさん達が入ってきてテーブルに飲み物を置いてくれた。
早速、俺は一口飲むことにする。暑いので喉がカラカラなのだ。
「むむっ! これは……ラッシーか!! おいちぃ!」
出されてきたのはヨーグルトに牛乳とハチミツ、レモン汁を加えて
混ぜ合わせた飲み物『ラッシー』であった。砕いた氷も入っており
非常に爽やかである。
ヨーグルトのこってり感に、牛乳のまろやかさ、ハチミツの甘味が堪らない。
そこにレモンの酸味が舌を引き締める……さっぱりとした飲み物である。
地味にお腹に溜まるのもポイントだ。
俺はラッシーを堪能しつつ、声がかかるのを待つのであった……
◆◆◆
「くくく……ははは……あーはっはっはっはっ!!」
俺はミレニア教皇に、聖女エルティナ様の到着を報告し自室に戻っていた。
「ノイッシュさん……ノイッシュさんだぞっ!?
聖女様が俺を……さん付けで呼んでくださったぁ……!!
あっははははっ! こんなにうれしいことはないっ!!」
俺は拳をきつく握りガッツポーズを取る。
こんなにも心が躍るのは、いつ以来であろうか?
「あぁ……愛しいな! 聖女様っ!」
俺は体をのけぞらせて片手で顔を覆い、聖女エルティナを想った。
一切のくすみなき、純然なるプラチナブロンド……
あまりの美しさに目がくらむ!
極上のパーツで構成された顔は最早、人ならざる美しさっ!
太い眉もまた、彼女の魅力を引き出す個性だ! 全く問題にならない!!
そして大きく垂れ下がった長い耳! そう、これこそが白く美しい肌と共に
彼女が伝説の種族『白エルフ』である証拠だっ!
そして、俺が一番惹き付けられたのが……目だ。
吸い込まれるような青い宝石のような瞳に、俺は息を止めて魅入った。
ただ、綺麗な目や瞳なら何度も見てきた、だが……
あの方の目は、幾つもの悲しみを、苦難を乗り越えてきた者の目だ。
聖女とは我等に優しさを、幸せを、与える者だ。尊い存在なのだ。
その彼女の目に悲しみや、苦しみを宿らせてはならないのに……!!
いったい……従者達は何をしてきたのだ!?
彼女になんて目をさせているのだ? 無能共がっ……無能共がっ!!
「やはり……ラングステンの無能共には、任せるわけにはいかない……!
聖女様は聖女エルティナは、ミリタナス神聖国にいるべき御方なのだっ!!」
俺は以前から研究していた催眠剤をメイドに渡し、聖女様の飲み物に
仕込むよう指示した。
メイドは最初、拒否したが……
「全ては聖女様をラングステンから取り戻すためだ」と、諭すと
メイドは姿勢を正し「わかりました、全ては聖女様のために」と言って
納得してくれた。
ありがたいことだ。もし俺もメイドの立場なら拒否していたであろう。
良く躾けられたメイド達だ。
あとはミレニア教皇がキーワードを口にし誘導すれば……聖女様は晴れて
ミリタナス神聖国の聖女となられるのだっ!
あぁ……待ち遠しいぞっ! その瞬間っ!
「全ては聖女エルティナのためにっ!!」
俺は歴史的瞬間に立ち会える喜びを表現すべく、くるくると踊り狂った。
「あの……準備が整ったみたいですぅ」と、メイドの声が聞こえた。
ぴたっ。
「…………何時から見ていたのかね?」
「えっとぉ……くくく……ははは……あーはっはっはっはっ!! からですぅ」
間の抜けたメイドの返事に、俺の顔から血が引いていくのがわかった。
「全部じゃねぇかっ! この件に関しては箝口令を布く!! いいなっ!?」
「はひぃ!!」
俺はどうやら、聖女エルティナのことになると、周りが見えなくなるようだ。
……気を付けよう。
恥ずかしさで痙攣するこめかみを抑えつつ、
暴走する自分を戒めるのであった。
誤字 実質剛健 を
訂正 質実剛健 に