168食目 クーラントポテト
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桃先生を鑑定していたダナンが、突如テーブルに額を叩きつけた。
テーブルに額を打ち付けたままのダナンは「あぁんまりだぁ……くひっ」と、
少々壊れ気味になっていた。恐らく見てはいけないものでも
見てしまったのだろう。ムチャシヤガッテ……。
「おいぃ……ダナン! 傷は深いぞ! がっかりしろ!!」
「エル……短い間だったが、楽し……かった……ぬふぅ」
と、言い残してダナンは力尽きた。享年七歳の短い生涯であった。
「ダナァァァァァァァァァンッ!!」
俺はダナンを抱え絶叫した。友よ安らかに眠れっ!!
ところで、カサレイムの暑さ対策のアイテムはなんなのだろうか?
それによって、グーヤの実の売れ行きが左右されるだろう。
余程の物でない限り、負ける気はしないが一応聞いておこう。
「ダナン、カサレイムの暑さ対策のアイテムってなんだ?」
俺の質問に、死亡から三秒で蘇ったダナンが答えてくれた。
「ん? あぁ……クーラントポテトだよ。
売る側と買う側もそれを生で食べてるんだ。
ぼそぼそしていて飲みにくいし、効果も低いんだ」
生でも食べれるのか……調理しようと思ったヤツはいないのか?
「あり得ないな……ジャガイモを生で食べるとは。
ジャガイモは、きちんと調理して食べるものだろう?」
「あ~、しないんじゃなくて出来ないんだよ。
どういうわけか、煮ても焼いても生で食べるよりも不味くなっちまうんだ」
お手上げのポーズで、どうにもならないことを強調するダナン。
俺はその仕草で、チャレンジ精神に火が付いた! やってやるぜ!
「そうか……ところで、クーラントポテトってあるか?」
「確か……店の地下倉庫に転がってたかな? どうするんだ?」
カサレイムで主流のクーラントポテトの不遇さを嘆き、
俺が一肌脱ごうと思ったのだ。
俺がクーラントポテトを、美味しく料理してみせるっ!
「台所借りるぞ? 三十分ほどで料理が出来るはずだぁ」
「おいおい……本当に料理するつもりか? プロでも匙を投げた代物だぞ?」
ダナンはそう言うが、俺の意思に変わりはない。
俺はダナンに案内されて台所に到着した。
台所で調理の準備をしていると、ダナンがクーラントポテトを
持ってきてくれた。俺はクーラントポテトを初めてみるのだが……
なんとクーラントポテトは青かった! へんてこなジャガイモだぁ……。
「ほら、クーラントポテトだ。じゃ期待してるから出来たら呼んでくれ」
そう言ってダナンは、色々準備してくると言って自室に戻っていった。
「さて……やってみるか。まずはクーラントポテトの皮を剥いてみよう」
『ほう、小娘……俺を調理するつもりか? やってみるがいい』
!? どういうわけか、手に持ったクーラントポテトの声が聞こえた!
これはいったい……!? でも、そんなことは関係ないっ! 調理だっ!
俺は愛用の包丁を『フリースペース』から取り出し、ショリショリと
皮を剥いていった。うほっ、身も青色か! 皮より淡い色だが完成したら
清涼感たっぷりな物になること請け合いだなっ!
『そうだ……丁寧に剥いてゆくのだ……手抜きは許されない……』
クーラントポテトの気持ち良さそうな声が聞こえてくる。
この現象は、他の料理人達も体験しているのだろうか?
結構、うっとおしい。(迷惑)
お次は……薄く切る。ざっくざっく……あ、ちょっと厚くなった。
ま、いっか。気にしない気にしない。
『未熟、未熟ぅ! 未熟千万っ! もっと精進せよぉ!』
あ~もう! 少し大人しくしていてくれっ!
次は玉ねぎだ。こいつも皮を剥いて薄切りにして、バターで
飴色になるまで鍋で炒める。焦がすなよ?
「はい、完成した玉ねぎペーストがこちらです!」
『ほぅ……用意がいいな。料理は迅速にが鉄則だ』
玉ねぎペーストは使い道が多いので、大量に作って『フリースペース』に
保管してある。『フリースペース』マジ便利! 愛してるっ!
お次は玉ねぎペーストが入った鍋に水とクーラントポテト、そんでもって
コンソメををぶち込む。コンソメも頻繁に使うから大量に作って
小分けにして保管してある。超便利!
『ふぅ……中々上質なスープだな。……良いセンスだ』
「そりゃどうも。ミランダさん特製のコンソメスープだからな、
そのまま飲んでも素晴らしく美味しいのだぁ」
あとは灰汁を取りつつ、中火でコトコトだ。
クーラントポテトが煮崩れるまで油断するなぁ……?
「チュンチュン!」
うずめが灰汁が出てると教えてくれた。
「うずめは賢いなっ!」
俺はすかさず灰汁を取り除いた。
この地味な作業が料理を美味しくする秘訣なのだっ!
サボってはいけないぞ!!(戒め)
『ふぅ……そうだ……灰汁は丁寧に、丁寧にだ』
クーラントポテトがコンソメスープの風呂に、気持ち良さげに浸かっている。
時折、音程の外れた鼻歌が聞こえてくる。
その間も俺は、せっせと灰汁を取り除いていく。
煮立ってきたら弱火にして、蓋をして二十分くらい放置プレイだ。
その間に器やミキサーを用意しておこう。
このミキサーを見てくれ、凄いだろう? 俺のお気に入りだ。
基本的な構造は恐らく同じだろう。エネルギーが違うだけだ。
そう、こちらのミキサーは魔力を使って動くのだ。
ミキサーがなくても作れるが、面倒臭いし疲れる。
鍋で芋を潰して漉し器で漉すと言う、
二作業をこなさなくてはいけない。
それを一回で済ませるミキサーはお利口さんだぁ……。(うっとり)
実は、このミキサーを開発したのはフウタではない。
フウタは確かに色々な物を発明し、その結果この国の生活水準がここ数年で
えらい跳ね上がったらしいが、水準を上げる要因になった人物は
フウタだけではないのだ。それがこのミキサーを開発した
ミキヒサ・タイヘイという人物だ。
彼はこのミキサーを実演しながら露店販売し、それがとある有名料理人の
目に止まり、ミキサーを売ることができた。その瞬間、町の主婦が殺到し
ミキサーは完売。噂が噂を呼んで、今では一家に一台となくてはならない
便利アイテムとなったのだ。
その結果、ミキヒサは莫大な富を得て大富豪へとのし上がった。
そんな彼を人は名前をもじって『ミキサー大帝』と呼んでいるのだ。
……強そう。(確信)
『ふぅ~、そろそろ風呂からあがるぞ』
クーラントポテトが俺に語りかけてきた。どうやら時間がきたみたいだな。
俺は蓋を取り、鍋の中を確認する。よしよし、煮崩れているなっ!
火から鍋を下ろしてお芋を冷まして差し上げろっ!
『ふ~、俺はクーラントポテトだが、今はホットなポテトだ』
「知ってる、ゆっくり冷えていってくれ」
最早、クーラントポテトが喋ることに違和感がなくなった俺。
人って慣れていく生き物なんだぜ……。
『んん~そろそろ冷えたぞぉ? 次は何をしてくれるのだ?』
クーラントポテトが冷めて、普通のクーラントポテトに戻ったことを告げた。
「よろしい! お次は、最新モデルのミキサーだ!」
『ほぉ……今はそのような物があるのか……よかろう、受けて立つ!』
俺はクーラントポテトをミキサーに入れて蓋をしロックを掛ける。
ロックしないと大惨事になってしまうっ! 気を付けろっ!(六敗)
よしっ! 喰らえ! ハリケーンミキサーだっ! うぃーん、うぃーん!
『ぶるぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
クーラントポテトの悲鳴が聞こえる。流石、最新の名は伊達ではない!
良い感じに仕上がったので、漉したクーラントポテトに
美味しい牛乳を加える。
「いいぞぉ……お次は冷た~い牛乳を投入だぁ! とぽとぽ」
『ほぉ……良いミルクだ。もっと入れるのだ』
俺はクーラントポテトの指示に従ってミルクを入れていく。
普通の量より、だいぶ多い量だ。……大丈夫かな?
あとは塩コショウで味を調える。これもクーラントポテトの指示に従う。
『もっと塩かけて塩! あぁ~良いぞ、良いぞぉ……! もっとだ!』
「結構入れるんだなぁ……それ、それ~!」
クーラントポテトが満足したようなので、ボールに移し
氷水が入った桶で冷やす。ひんやり。
冷蔵庫でもいいが、残念ながらカーンテヒルではほぼ普及していない。
『フリースペース』が優秀過ぎて製作されていないのだ。
商業用に作られた物もあるが、値段が高過ぎて一般家庭では買えないだろう。
『あ~、生き返るぞぉ……』
クーラントポテトのおっさん臭い声が聞こえてくる。
本当に不思議なジャガイモだ。
冷たく冷えたらガラスの容器に入れて、生クリームをたら~とやって、
パセリをちょこんと乗せれば完成っ!
「クーラントビシソワーズ、完成だぁ!」
『ふん……初めてにしては、まあまあだな。褒めてやる』
出来上がった物は俺の知っているビシソワーズと違い、
青い色をしたジャガイモのスープであった。
白い生クリームと混じり合って、良く晴れた空のように綺麗であった。
俺は早速、クーラントビシソワーズを味見してみた。
「うん! 美味しく出来てるぞっ! 味は普通のビシソワーズよりも濃厚だな。
んん~!? 口がひんやりする感じ……これってミントの風味か!
面白い味に仕上がってるぞぉ!」
面白い味に仕上がったので、俺はとても満足したのだった。
クーラントビシソワーズを少し深めの皿に小分けし、トレーに乗せて
ダナンの元に運ぶ。流石に重くて丸ごとは持っていけないからな!(貧弱)
「おいぃ! 試食してくれ! クーラントビシソワーズだっ!」
「へっ? 本当に食べれるんだろうな!?」
コトッ、とテーブルの上に置いたクーラントビシソワーズを
興味深く見つめるダナン。やがて、恐る恐る口に運ぶ。
「うおっ!? マジかよっ!? きちんと料理になってやがる!
しかも美味いじゃねぇか!!」
どうやら、お気に召したもようであった。一安心だぁ……。
「ふふふ……どうだぁ、クーラントポテトの実力は?」
「自分の実力……と、言わないところがエルらしいな」
実際にクーラントポテトの助言? がなければ失敗していたかもしれないし
それで間違いないのだ。あれはクーラントポテトの精霊だったに違いない。
たぶん姿はおっさんだろうけど……。
一通り味を見たダナンはじ~っとクーラントビシソワーズを見詰めだした。
鑑定でも始めているのだろうか?
「ふんふん……へぇ、そのまま食べるよりも効果が上がってるな。
耐熱効果、解熱作用……精神安定の効果時間が一時間か。
生で食べたら、せいぜい十分しか持たないのに、調理するだけで
これだけ差が出るのか」
「ほぅ……アスラムの実とグーヤの実はどれくらいの時間持つんだ?」
俺の質問に「うっ!?」と呻くダナン。
どうやら自分の実力以上の品物の性能はわからないようだ。
「アスラムが三時間、グーヤが二時間だ。そのスープは聖女様が作ったので?」
と、再びダナンのパパンが登場した。
「げっ! 親父、どうしてタイミング良く登場できるんだよ!?」
「商売人は鼻が利くのさ。特に金になる物にはな?
少しスープを味見させてもらったよ」
ニヤリと笑ってダナンを見る。
「調理不可能とされたクーランドポテトを調理してしまうとは……
本当に驚きました。何か特別なレシピでもお持ちで?」
「うんにゃ、普通にビシソワーズを作っただけだ。
あとはクーラントポテトに分量を聞いただけだよ」
俺のその言葉に、ダナンのパパンは驚いた顔をした。
「たはは……聖女様は食材の声をお聞きになられるか。
それではレシピなど意味をなさない。このクーラントビシソワーズを
作れるのは聖女様以外では恐らく、数人しかいないでしょうな」
つまりは、俺以外に作れる者がいるのか。
俺は気になったので、その人物の名を聞いてみた。
「まず、神の料理人クリント。クリムゾンハンドのジョカ。神速の包丁人
ホークザック辺りは、作れるとみてもいいでしょうな」
「な……なんだぁ? その格好いい二つ名はっ!?」
「そっちかよ!?」
俺が格好いい二つ名に驚愕していると、ダナンからツッコミが入った。
全くもって素晴らしいタイミングのツッコミである。
「他にも知られていないだけで、良い腕の料理人はいますが、
食材の声を聞く……と、いう特殊な能力を持った者となると
この三人くらいなものでしょう。
彼等は王宮や有力者の、専属料理人になっているのでこういった料理は
中々出回らないのですよ」
「ってことは……エルも、料理人としてやっていけたってことか?」
「そういうことになるな? でも、俺はヒーラーとしての自分に
誇りをもっている。今更、別の生き方をするつもりはないぞ?」
ダナンは「そっか」と言って頷き、考え始めた。
「なぁ、親父。確か……家で試作していた使い捨ての
透明の容器って出来てたっけ?」
「ふふん……あれを使う気か? 勿論仕上がっているぞ?」
と言って、コトリ……とその容器を置いた。
ご丁寧なことに、中にはクーラントビシソワーズが納まっていた。
透明の容器にはジェフト商店のロゴが入っており、
宣伝効果もバッチリであった。抜け目ないんだぜ……。
「うちの主力になる予定の容器だ。材料はモルテ草。
作り方は秘密だが、原価がタダ同然だから売れれば
莫大な儲けが転がり込んでくる。しかも原料は草だから投げ捨てても
そのうち土にかえる仕様だ」
ダナンのパパンはこの機会に、この容器の宣伝も任せる気なのだろう。
しかし、エコな容器だな。
「モルテ草って、そこら辺にぼうぼう生えている草じゃないか。
よくそんな物を使う気になったなぁ?」
「まっ……そこら辺はいいさ。これで使う容器は決まったし
そろそろ計画を立てていこうぜ? 忙しくなるぞ?」
ふきゅん! 確かにそうである。
売る物は揃いつつある。あとは細かいことを決めていかなくてはっ!
俺とダナンの話し合いは、お昼頃までおこなわれたのであった……。