167食目 欲しかったのは、彼のような能力だった
「それで……グーヤの実はどのくらいのストックがあるんだ?
量がなかったら商売にならねぇぞ?」
十個程度売って完売なんて、どうにもならないからな。
せめて百個くらいはあって欲しいものだ。
「取り敢えず五十個作ったぞ? 俺と輝夜の力で無限増殖だっ!
こうな? 輝夜にお願いすると、輝夜がぽこぽこ作ってくれるんだぁ……」
「五十個か……少し足りないな……? 作ったぁ!?」
俺の聞き間違いでなければ、今彼女は輝夜が『作った』と言った。
しかも、お願いだけで五十個もだ。
これほどの品物を作るということが、どういうことだか
わかっているのだろうか? これは不味い、きつく注意しとかなくてはっ!
「エル! このことを、だれかに話したかっ!?」
俺は、がっしりとエルティナの両肩を掴み、問い正した。
「いや? ダナンが初めて話した相手だが?」
……よかった、どうやら他には話していないようだ。
彼女はお人好しで、お節介焼きだ。悪いヤツでも困っていると言われれば
手を差し伸べるだろう。要は騙されやすいヤツなのだ。
「良いか? このことは、絶対に俺以外のヤツに言うんじゃねぇぞ?
下手をすれば……おまえ、攫われちまうからなっ!?」
「ふきゅんっ!? 俺は攫われるのかぁ……!?」
驚いた顔で俺を見つめてくるエルティナ。
彼女には屈強な護衛がいるが、万が一のことも考えて
釘を刺しておいた方が良いと思った。
そして、案の定そこまで考えてなかったようだ。
「はぁ……良いかエル? おまえと輝夜の力は、無限に金を生み出す力と
同じなんだよ。だれもが羨む力だ。
こと商人なら、元手が掛からなくて高く売れる商品を、
無限に生みだすことが出来るエル達を欲しがるに決まっている。
最悪、おまえを攫ってでも手に入れようとする輩なんて
幾らでもいるだろうな」
エルティナは「うごごご……」と唸って縮こまっていた。
少しきつく言ったが、こうでも言わないと、だれかにポロッと言いかねない。
少し抜けた部分も彼女の魅力だが、彼女の安全を考えた場合
そうも言ってられない。……一応、俺の大切な友人だしな。
「はぁ……そのことを肝に銘じておいてくれよ?
俺じゃ弱くて、おまえを守ってやれないからな……情けねぇことだが」
「ダナン……ありがとな、気を付けるよ」
何時ものエルティナと違い、俺の言葉を謙虚に受け止めた。
ことの重大さを理解したようだ。
彼女は賢い。普段は変なことをしておバカな子と見られているが、
実際は周りを良く見て、困っているヤツをさり気なく助けてやったり、
忠告してやったり励ましてやったりしている。
しかしだ……その分、自分のことに関しては無頓着で隙だらけだ。
友人のためなら無謀な突撃も辞さないし、自分が傷つくことも恐れない。
見ていて物凄く……恐ろしい。何時か死んでしまうのではないかと
冷や冷やする。
たびたび彼女に忠告して上げよう。
俺が出来るのはこれくらいなものなのだから……。
「それで、実際に作るところを見せてくれないか?
あと最低でも五十個は欲しい。すぐ売り切れたら客が離れちまうからな」
グーヤの実は消耗品だ。すぐ在庫切れになったら客に申し訳ないし
買いに来てくれなくなる。それに俺達は新規参入組だ。
まずは顔を覚えて貰わないと軌道に乗れない。
俺は商売するにあたってグーヤの実をメインに据えようと思っている。
だから、メイン商品のグーヤの実は切らせるわけにはいかない。
「よしきた! まかせろ~! 輝夜! ユクゾッ」
エルティナが輝夜を持ってぷるぷる震え出した。
「ふきゅきゅきゅきゅ……」
輝夜も桃色のオーラを放って震えている。
すると枝に実が生り、どんどん大きくなっていく。
最終的にそれはグーヤの実となった。……と、言うことは。
「グーヤの実って桃力の塊じゃねぇかっ!?」
「ご明察っ! 俺の桃力がなくならない限りグーヤの実は不滅だっ!」
とんでもない力だな……桃力ってヤツは。
確か……ありとあらゆる力に変換出来るってヤツだったな?
エルティナが求めていたチートじゃねぇかよ。
「凄いな桃力って、チート能力じゃないか?」
「それがな……そうでもないんだ。
まず私利私欲で使えないし、俺自体は桃力を生み出せるけど
変換はほとんど人任せだ。主に桃先輩。
要するに想いを共にする協力者が不可欠なんだよ。
一人でなんでも解決できるチート能力じゃないんだ。
俺が欲しかったのは……フウタのような能力だった」
フウタ男爵の能力は有名だ。若くして作り上げた伝説は数知れず。
あらゆる難題をその圧倒的な能力で解決していった最高の冒険者。
彼を目指すものは数知れず……エルティナも、そのうちの一人だったのだろう。
そして彼女は言った、欲しかったのは「フウタのような能力だった」と……
だったか……今はどう思っているのだろうか?
「今も欲しいんじゃないのか?」
俺の言った言葉に、彼女は首を振って答えた。
「いや、今の俺には沢山の仲間がいる。
独り善がりなチート能力はもう必要ない。
例え能力が低くても、がんばって仲間を守ろうと必死に敵を惹き付けて
逃げ回ったヤツが、それを教えてくれた。
今の俺に必要な能力は、皆の想いを形にする力だ」
彼女は俺の瞳を真っ直ぐ見詰めてきた。
彼女の透き通った青い瞳に俺の顔が映っている。
そして彼女は笑う、穏やかな笑みを湛えて。
「……っ!?」
いかん! 見とれてしまった! 俺には心に決めた女がいるのに!?
これが聖女エルティナ! 恐ろしい子……!
実際、彼女は辛い経験を通して、どんどん成長していっている。
このひと夏に、どれほどの出会いと別れがあっただろうか?
海辺で偶然出会ったヤドカリ君。
彼女がここ最近連れていた、キャタピノンのいもいも坊や達。
ムセルのライバル、ホビーゴーレムのエスザク……。
いずれも心を通わせ、共に歩み、そして悲しい別れとなった。
それでも彼女は後ろを振り返らず、前を目指して歩き続けている。
彼等の魂を抱いて……。
外見に変化はない、成長しているのは内面だろう。
普段は何時も通りだが、ふとした時に見せる大人びた表情が
それを物語っていた。とても子供がする表情ではない。
俺はそれを悲しい顔と捉えた。成長とは子供らしさを奪うのだろうか。
「どうした? ダナン」
エルティナが俺の顔に近付いていた。
近い! 近い!! 吐息が聞こえる!!
「な! なんでもないっ!」
俺は慌てて離れた。やっべ、すっげードキドキしてる。
「よ、良し! これで商売の算段は付いたなっ!
あとは他にも売る物を探そう! ひと品じゃ物足りないからな」
「むむっ! そうだな! グーヤの実だけじゃつまらんな!!
何かあったかな……?」
首を捻り考え込むエルティナ。
完全に油断した。彼女があそこまで魅力的に思える日が来ようとは……。
しばらくして彼女は「うん」と言って桃先生を創り出した。
「ダナン、桃先生にも協力して貰おう」
「……良いのか、大切な桃だろう?」
コクンと頷く彼女。相当な覚悟あってのことだろう。
この桃先生と呼んでいる桃には不思議な力を感じる。
エルティナはこの桃先生がいなかったら、今の俺はいないと
断じるほどの物だ。
その桃先生を売るという行為……おそらく、その身を切る思いであろう。
「ただし、桃先生はひとつ大金貨五十枚とする!!」
「実は売る気ねぇだろっ!?」
だれが買うんだ? 大金貨五十枚なんてっ!!
「失敬な、適正価格よりも大幅に譲歩しているんだぞ?」
「全く……だいたい桃先生の効果もわからないから、
金額の説明の仕様がないいんだぞ?」
と言う俺の言葉に、普段垂れている耳を更に下げ、シュン……と落ち込む彼女。
俺は頭をバリバリ掻いて彼女に告げた。
「一応鑑定してみるけど……期待はするなよ?」
その言葉にピコっと耳を立て、満面の笑みを浮かべるエルティナ。
肩のスズメも「チュンチュン」と鳴き、共に喜びを分かち合っている。
俺は桃先生に手を当てて『目利き』のスキルを発動させた。
…………。だめだ、何も字が浮かんでこない!
これほどまでに、格が高い品物なのかよっ!? くそっ!
俺はそれでも必死になって鑑定を続けた。
額から汗が流れているのがわかる。俺は更に意識を集中させる。
すると文字が少し見えてきた。み? ち? これ以上は見えない。
もっと、もっと集中するんだ! もう少しだ! がんばれ! 俺!!
もっと……もっと……もっと……!!
……見えたっ!!
『みちゃいやん』
ガンッ!!
俺はテーブルに頭をぶつけた。
これだけがんばったのに、あんまりな結果だろう!?