166食目 ダンジョン
「……で? こんな朝早く とんぺーとムセルを引き連れて何か相談か?
って……また増えてるな!?」
「白蛇のさぬきはしってるな?
で……こっちの小さいヤツはうずめって言うんだ。仲良くしてやってくれよな」
エルティナは首に巻き付いて、うとうとしている白蛇ことさぬきと、
右肩に乗っている……どう見てもスズメだよなぁ?
の、うずめを紹介してきた。
どうも珍獣様の周りには、珍獣が集まる宿命らしい。
「あぁ、俺なんかで良ければな。
おっと、話がそれたが……朝早くからどうしたんだ?」
「ふきゅん! 他ならぬダナンに、打って付けの相談だ!」
物凄く嫌な予感しかしない。珍獣様ことエルティナの笑顔の後には、
とんでもない提案が控えていることがよくある。
俺が寝ていたベッドに腰を掛けている白エルフの少女は、ニタリと笑って
再度話しかけてきた。
「ダナン君……現在、ラングステン王国はある危機に直面している。
……その危機とはズバリ!」
「スバリ……!?」
そらきた! いきなり規模がでかいだろっ! 自重しろっ!
俺は堪らず口に溜まった唾液を飲み込んだ。
静かな部屋に、俺の喉が鳴る音が響いたように聞こえる。
「王様の唇と、モンちゃんの血管がやばい」
「……は?」
しばらくの間、俺はリアクションを取れないでいた。
俺にどうしろというのだ?
いや、しかし……ここで何も行動しないのは悪手だ。
何か反応しなければ。
「それは大変だっ! 予備の唇と血管は用意しているのかっ!?」
俺の苦し紛れの返事に、エルティナは普段から眠たそうな目を見開き……。
「ダナン! その手があったか!! 天才かっ!?
早速、予備を用意しなくては……」
エルティナは、ぽんっと手を合わせ納得したように頷いていた。
その少女の行動に俺は堪らず……。
「んなわけあるか~いっ!」
と、ツッコミを入れてしまう。……しまった、やってしまった。
彼女の顔をそ~と見てみると……したり顔の彼女がいた。
「ふきゅん、冗談はさておき……
二人のその部分に、危機が迫っていることは確認済みだ。
イコール、フィリミシアの復興が上手くいっていないことを意味する」
「王様はわかるけど……モンちゃんってだれよ?」
俺は先程から名前が挙がっている、モンちゃんが気になっていた。
いったいだれだろうか? まさかモンティスト財務大臣じゃないよな?
「モンちゃんは……え~と……そうそう、
モンティスト・ウクレレ・ざんぎ……だったかな? 美味しそう」
「違うっ! モンティスト・ウルク・ダイザギン様だ! 大物じゃねぇかっ!」
あ~もう! エルティナの感覚に合わせていたら酷い目に遭いそうだっ!
だが……こいつは、間違いなく金になる友人だ。少しは我慢しないとな。
それにヒュリティアの親友でもある。悪いイメージはなるべく避けたい。
「そうそう、それだ。愛称で呼んでると、稀に忘れることもある」
うんうんと納得して首を縦に振るエルティナ。
朝っぱらから、えらくテンションが高い。
この元気の良さは、どこからくるのやら……
彼女は外見は物凄く良い。
だが、中身がへんてこなヤツなので、見た目詐欺である。
嫌いなヤツではないのだが……ずっと一緒だと疲れるかもしれない。
「あ……これ、たぶん国家機密だから」
「言うの遅せぇよっ!!」
こういうことを俺に対して、ポロッと漏らすのが彼女だ。
油断してると人生が終わる……俺の。
「そこでだ! 俺はある画期的な解決手段を思いついた!」
人の話を無視して会話を続ける珍獣様。
流石、国のトップ達に平気で愛称を付けるだけあって、
恐ろしく図太い神経である。俺も見習いたいものだ。
「これを見てくれ……どう思う?」
「凄く……アスラムの実です」
ピコっと耳を跳ね上げ、嬉しそうな笑顔になるエルティナ。
いったい、どうしたというのだろうか?
アスラムの実なら、まだまだ沢山あると言っていた気がするんだが?
「ふふふ……特別に食べて鑑定してもいいぞ!」
そう言って、透明の実を俺に手渡してきた。
ん? アスラムの実より小ぶりだな……昨日のアスラムの実は
もっと大きかった。俺は渡された実に興味を持った。
得意げなエルティナが気になるが、取り敢えずはこの実の鑑定をしてみよう。
俺はスキル『目利き』を発動させる。
このスキルは要するに、品物の良し悪しを見抜くスキルだ。
練度を上げていけば『鑑定』もできるようになる。
俺は親父の骨董品で練習しつつ『目利き』の練度を
六十パーセントまで上げている。
極めるには、もっと良い物を見ていかないといけないのだが、
その良い物が中々ないので現在伸び悩んでいるのだ。
俺の勘では、こいつは中々の逸品だと思う。どれどれ……?
俺はその実をジッと見つめ一口食べた。
すると何時もどおり、頭の中に文字が浮かび上がってくる。
ひやひや、ひんやり、ほっこり、ふんふん! ぎゅいーん!
しゃきーん! ぷるぷる、ぐやぁ……。
「……すまん、俺はまだ未熟だ。
取り敢えず、アスラムの実と同じ味ということしかわからねぇ」
「精進が足りんぞぉ」
俺の手の透明の実が、その声の主に奪われてしまった。
その声の主は父親であるカルサスだった。
そして親父は、一口でその透明の実を全部食べてしまった。
「ふむ……美味いな。……耐熱効果、解熱作用……精神安定、
生命力回復効果『小』に……負傷回復『中』……魔力回復『小』も確認……
肌の細胞も再生させる効果か……売れるな。
ほぅ『グーヤの実』か良い物だ! うちに卸さんかね!?」
どうやら親父は、紅茶を持ってきてくれたらしい。
トレーに乗せた紅茶と小振りのクロワッサンを
俺の部屋のテーブルに置いていく。焼き立てのパンの匂いが堪らない。
「ふきゅん! 流石、ダナンのパパンは格が違った!」
「チクショウ……今に追い越してやるからな!」
「十年早い」と笑って、俺の頭をガシガシ撫でて立ち去る親父。
高い壁だが必ず乗り越えてやる。それが親孝行ってものだと信じて……。
「うん、効果はバッチリのようだぞ輝夜」
エルティナは、あの奇跡の夜に授かった枝に向かって話しかけている。
まさかと思うが……会話できるのか!?
俺が会話できるのか尋ねてみると……。
「なんとなくわかる」との答えが返ってきた。
いよいよもって、珍獣化に拍車がかかってきたようだ。
俺は心を落ち着かせるために、焼き立てのクロワッサンをひと口食べた。
サクサクのパンの食感とバターの香りが堪らない。
続いて紅茶を飲んで一息。……ふぅ。落ち着く味だ……。
我が家の朝食の定番だが、何度食べても飽きが来ないのは
母さんが毎日微妙に味付けを変えているからだろう。
今日パンに使ったバターには、アンチョビが少量混ぜてあったみたいだ。
ほんの少しだけでも、感じが変わって美味しく感じる。
「ダナン、俺は『グーヤの実』をミリタナス神聖国で売ろうと思っている」
「ミリタナス……あ、ひょっとして『獄炎の迷宮』がある町で売るつもりか!?」
ミリタナス神聖国はラングステンの南に位置する大陸国家だ。
そのため暑い気候が特徴で国民は皆半裸での生活が基本らしい。
更に『獄炎の迷宮』があるカサレイムの町は、ミリタナス神聖国の南端にある
常夏の非常に暑い町である。
その町には年中『獄炎の迷宮』に挑戦し続ける冒険者で賑わっており、
それ故かカサレイムの町の中心に『獄炎の迷宮』があるという
変な作りになっていた。
要するに、冒険者から金を吸い取るために出来た町みたいなものだ。
しかし、その町に訪れる冒険者は後を絶たない。
何故ならば『獄炎の迷宮』に代表される『ダンジョン』の価値が
測り知れないからだ。
『ダンジョン』には魔法生物と呼ばれるモンスターが生息していて、
その生物の心臓部分が『魔石』と呼ばれる貴重な鉱石だ。
最大の産出国はドロバンス帝国だが、あそこのダンジョンは
全て鬼畜難易度のダンジョンばかりなので、高ランクの冒険者しか行けない。
その点、ある程度難易度が高く、そこそこのお宝が手に入る
『獄炎の迷宮』の方が人気が出るのは明白であった。
更に何故か宝箱も存在する。実は宝箱も魔法生物で貴重な武器や防具、
アイテムを冒険者に提供する代わりに見逃してもらっている。
どうやら、それらのアイテムは宝箱の体内で生成されているらしく、
二つとない珍しい物なので非常に高価だ。俺も何時かは手に入れたいものだ。
だが宝箱は非常に臆病で、ダンジョンの最下層近くに
隠れていることが多いそうだ。
その宝箱を狙って一攫千金を夢見る冒険者がダンジョンに日夜挑んでいる。
なるほど『獄炎の迷宮』ならこの『グーヤの実』はバカ売れするだろう。
『獄炎の迷宮』上層部ならまだしも、中層、下層部となると熱対策なしでは、
まともに活動すらできないからだ。
現状、粗悪品ともいえる、クーラントポテトを食べて
熱対策していると聞いている。
俺も一度試食したが……効果がすぐ切れる上に、もそもそしていて
食べ難いんだ! そんな物がカサレイムの町で一個、大銀貨一枚で
売られているのだから驚きだ。ぼったくり過ぎだろう。普通に考えて。
「ふふふ……ご名答だよダナン君」
ドヤ顔で笑い続けるエルティナ。どうやら、少しは考えてきたようである。
俺は続けて気になることをエルティナに聞いてみた。