165食目 丼の可能性
◆◆◆
俺は朝早くから人で賑わっているヒーラー協会の食堂で、エチルさんの作った
朝食『目玉焼き丼』を待っていた。
目玉焼き丼は普段、食堂に載せてないメニューである。
口で説明すれば簡単に作れるので作ってもらったのだ。
たま~に、食べたくなるお手軽料理なのだよ。
作り方はどんぶりに盛った『炊き立てのご飯』に
目玉焼きをドッキングさせるだけだ。簡単だなぁ?
手軽で、すぐできて、美味しい、という素晴らしい丼物だ。しかも安い。
美味しくするコツは、黄身を半熟にすることくらいだろうか?
「は~い、お待ちどうさまっ!」
エチルさんが目玉焼き丼をトレーに乗せて俺に手渡してくれる。
俺はその、ホカホカと美味しそうな湯気をゆらしている、
目玉焼き丼を見て驚愕した!
「な……なにぃ!? たこさんウィンナーだと……!?」
なんと! たこさんウィンナーが二匹も、
玉子焼きの隣に寄り添っていたのだっ!!
なんという心憎い演出であろうかっ!?
「がんばっている聖女様にプレゼントだよ」
おぉ……エチルさんが女神に見えるぜぇ……
俺はエチルさんにお礼を言って、いそいそと席に着いた。
「おや? 珍しい料理ですね?」
「ふっふっふ! 特別に作ってもらった『目玉焼き丼』だ!」
俺は興味深々なルレイ兄に、作り方を教えた。
「ほうほう……それなら私でも作れそうですね、今度作ってみますか」
そう言って、何やらウキウキしながら朝食である……んんっ!?
なんだあれはっ!? 見たことがない料理だぞっ!? まさか……
俺はエチルさんをこっそりと覗き見た。
ルレイ兄を見るエチルさんは、とても幸せそうな顔をしていた。
……よもや、二人がそんな仲になっているとは、
このエルティナの目を持ってしても見抜けなんだ……!
隅に置けんなルレイ兄!
おっと! 朝から色々と衝撃の事実を知ってしまったが、
このままではせっかくの出来立ての料理が冷めてしまう!
ありがたく頂くとしよう!
「いただきま~す!」
俺は何時もどおり、食材達に感謝を込めて、お礼を言ってから食べ始める。
まず……破った黄身に醤油をかけて白身に広げる。
そして、熱で旨みが活性化した黄身と一緒に、白身とご飯を
口にかき入れるのだ。はぐはぐ。んくんく……
おっとぉ!? 出来立てのご飯の上には、バターがまぶされていた!
こいつは予想外だった! 確か、目玉焼きを焼く時にはバターを使っていたはず!
これは……追いバターかっ!? 効果は二倍っ! なんという贅沢だぁ……
解けたバターの香りが鼻を突き抜けて、俺の食欲を増大させたっ!
エチルさんを見ればニヤリと笑っていた!
俺が指示した作り方に一工夫したようだ。こいつはやられたんだぜ……!
しかも、バターは出来立てごはんに良く合うのだぁ……!
これに醤油をかけるだけで三杯はいけるっ! 昔のおれは、だが……
しかも見ろ……この、たこさんウィンナーをっ!
片方に切れ目を入れて焼いただけなのにっ!
別に味が変わるわけではないのにっ!
これほど、心が躍るウィンナーはないっ!
そう、料理は遊び心があってもいいのだ!
その相手を楽しませようとする思いやりは、最高の味付けともいえよう!
うおぉぉぉぉん! たまらんっ!
俺は無我夢中で、簡単に作れる目玉焼き丼を食べ尽くしてしまった。げふぅ。
こうして空になった丼を見ると、昔に比べて食べれるようになったなぁと思う。
昔はこの丼の半分を食べると褒められたものだ。うん、成長した!
「ごちそうさま! ふきゅん、エチルさんにはやられたぜ!」
「おそまつさま! お褒めに預かり光栄です」
と、チャーミングな笑顔を返してきた。やはり、笑うとかわいい人であった。
食堂を後にし、歯を磨いて身支度をして、さぬきとうずめを伴って
ギルドマスタールームへ向かい、レイエンさんに出かけることを告げる。
「わかりました、ところで……珍しい子ですね? 見たことのない鳥です」
レイエンさんが目聡く、俺の右肩に乗っているうずめの存在に気が付いた。
この世界の鳥は派手な鳥が多いので、うずめは逆に目立っているのだった。
「うずめは『スズメ』という鳥だよ。
たぶん……この世界には、うずめしか『すずめ』はいないかな?」
「ちゅん!」
うずめが胸を張って「どやぁ……」とポーズを取っていた。
俺もすかさず真似をして「どやぁ……」とポーズを付ける!
ダブルどやぁ……である。効果は二倍だっ!
「ふむふむ……この控えめの色が、なんとも言えないかわいらしさを
生み出していますね。かわいがってあげてくださいね?」
うずめを褒めてくれたレイエンさんに別れを告げて、
俺達はヒーラー協会から出発した。そして、外につながるトンネルを出ると……
「お、おいぃ……イシヅカおまえ」
トンネルの入り口の隣には、小さな畑ができあがっていた。
そこには麦わら帽子と、オーバーオールに身を包んだイシヅカの姿があった。
ご丁寧に畑には『いしづかのうえん』と書かれた看板が立てられている。
その看板の下には、丸まって寝ているツツオウがいた。
「にゃーん」
俺達に気付いたツツオウは、ひと鳴きしてまた眠りの世界へと旅立った。
なんというマイペースな連中であろうか、彼等の図太い神経には
頼もしさすら感じる。
「おんっ! おんっ!」
そこに、ムセルを乗せたとんぺーが歩いてきた。
どうやら、見回りと散歩を兼ねて町を歩いていたらしい。
「お? 丁度良い! ルドルフさんは今日は休みの日だし、
ザインはまだ寝てるだろうから……護衛はムセルと、とんぺーに頼む!」
「おんっ!」
と、嬉しそうに白い尻尾をふりふりするとんぺーに、腕を天に上げて
了解の意を示すムセル。この二人なら、そうそうやられる要素がない。
むしろ、やられる相手の心配が必要になるくらいだ。
手加減がんばってどーぞ。
さて、これで目的地にいけるな! 俺の目指す目的地とは……
◆◆◆
「ダナン! 朝だぞっ! さっさと起きろっ!」
学校が休みでも、商売に休みはない。
俺は父親であるカルサスに叩き起こされた。
「ぶえっへ!? 親父!? まだ七時じゃねぇかよ!?」
商人の朝が早いとはいえ、七時は早過ぎる。
店開きは午前十時だから……八時半でも十分間に合うはずだ。
「おまえに客だ! しかも……金になる客だ」
俺によく似た……いや、俺が似ているのか。
その顔にニタリとした笑みが浮かんでいる。
「おまえも隅には置けんということか……少し安心したぜ。
くれぐれも、失礼のないようにな!?」
そう言って愉快そうに部屋を出ていくカルサス。
「お客ねぇ……こんな朝っぱらから来るヤツと言えば……珍獣様かね?」
俺は即座に彼女の顔を思い浮かべた。
「ふっきゅん!」と、まな板の胸を張りドヤ顔をする彼女だ。
「やれやれ……俺に来るってことはネタ合わせか……金のことかな?」
彼女が俺に絡んでくるのはネタか金の時だ。
ネタが一番多いが、金のことも聞いてくる。
特に多いのがスラム街への投資の件だ。彼女の親友ヒュリティアが
このスラムの出身であることから、熱心に金についてのアドバイスを
くれとせがんできていた。
勿論断る理由はない。むしろ、計画どおりだ。
俺の計画は珍獣様に協力し、スラム街を立て直した影の功労者になることだ。
そのことを、珍獣様経由でヒュリティアに伝えて貰い……
「彼女の心を射止める!……完璧だな」
そうだ、俺は一目ヒュリティアを見た瞬間、嫁にすると決めた。
要するに一目惚れだ。あんなに魅力のある女は見たことがない。
まずは嫌味を言って関心を引く、その後……素直に謝って
誠意をもった人間だと思わせる。かなりシビアな駆け引きだったが
今のところ成功しているはずだ。
これも珍獣様のお陰である。彼女がクッションになっているお陰で
そこまで酷い人間に思われていないからな。
記憶に残りつつも、素直に謝ることができる人間ポジションを
キープできている。
あとはここから、好感度をじわじわと上げていく。
焦ってはいけない、俺達はまだ幼いのだ。焦れば失敗するのは明白だ。
昔、親が呆れるほどやりこんだ『ときめきメモっちゃう』をプレイした
甲斐があるってものだ。
「絶対にものにしてみせるぜ……」
ぶっちゃけると……俺は『転生者』である。
俺にもっと力があれば、本にして十巻は超える物語になっただろう。
だが、残念ながら俺は力を持たない転生者だ。能力は至って凡庸。
下手をすれば、非転生者にボコボコにされる程度の能力しかもっていない。
そして、俺は転生者によくある特殊な恩恵を授からずに転生した者である。
モンスターでもないし、特殊な種族でもない……凡庸が売りの普通の人間だ。
幸いなことに、商人の家に生まれたので裕福な暮らしができている。
それでも元いた世界に比べれば質素なものである。
あの世界は今考えると、異常な世界だったと思えるほどにだ。
物を大切に扱うこの世界では、使い捨ての物などほとんどない。
食べ物くらいだが……消化して出したものも、畑に帰して無駄にしないから
使い捨てではないのだろう。
とことんエコなのだ……この世界は。
「俺の取り柄と言えば……親父に仕込まれた商人の知識くらいだしな」
父親のカルサスは、徹底的に商人のイロハを俺に叩き込んだ。
普通の子供なら、泣きじゃくって母親に逃げていっただろう。
だが、俺は転生者で意外にも、腐れ根性があるヤツであった。
なんだこのやろう!? 今に見ておけよっ!? と、いう反骨精神で
教えられたことを身に付けていった。
教えられたことを聞きに行くと、教えてくれる代わりに打たれたので、
二度と忘れないように記憶する術を編み出した。
これは非常に役に立っている。
やはり、父親に打たれずに一人前になる男はいないのだと、
認識することにもなったが……
俺は素早く身支度を済ませる。商人は時間を無駄にしてはいけない。
時間は金である。だらだらすれば、それだけ儲けがなくなっていく。
「よし……身嗜みはオッケーだ! 行くかっ!」
身嗜みは大切だ。人はまず外見からその人物を見定める。
外見を疎かにしているヤツは商人失格である。
俺は勇んで自室のドアを開けた。
「うぇるかむ」
ドアを開けた途端、目の前に珍獣様がいて思わず、ずっこけてしまった。
くそっ! わかっていても体が反応しちまうっ!
自分の芸人体質を恨めしく思いつつも、
俺は珍獣様を自室に招き入れたのだった。