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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第三章 聖女とミリタナス神聖国
157/800

157食目 未来は守られた

 ◆◆◆


 いや……参った。

 まさか、この実の価値を知って、尚も躊躇するなく、皆に分け与えるとは……


 しかも、復興に従事する作業員は、この実よりも価値があると言いきる。

 それは、中々できることではない。


 作業員達の熱狂的な歓声に包まれた、フィリミシア中央公園。

 俺が心血を注いで、リフォームした公園だ。


 その頃は……まだ、エレノアと妻達とで、賑やかに毎日を過ごしていた。

 もう、戻ることのできない、懐かしい日々だ……


「おいぃ……どうした? フウタ? 食べないのか?」


 聖女エルティナが、俺の顔を心配そうに見上げていた。

 透き通るような青い瞳に、俺の姿が映っている。

 とても……綺麗で、魅力的な瞳だ。


 それだけではない、この子の魅力は独特なものだと思う。


「いえ、頂きますよ? 聖女様」


 俺はアスラムの実にかぶり付いた。


 むっちりとした、弾力のある果実……素晴らしい!

 俺が、以前に食べたアスラムの実とは、なんだったのだろうか?


 と、ある雪原地帯のダンジョンで

 氷の巨人との死闘を制し、手に入れたアスラムの実。

 それは、確かに美味しかった。


 しかし……これは、段違いの美味しさだ!


「美味しい……! 私はこれ程の物を、食べたことがありません!」


 俺の賛辞に、彼女は普段は垂れている、大きな耳をぴょこんと跳ね上げ

 とても、嬉しそうに笑った。


 ……あぁ、これだ。

 この笑顔が、皆を惹き付ける。


 誘惑耐性のある俺でも、この笑顔には……クラッとくる。

 この笑顔には……本当に、心からの喜びがあるからだろう。


「ふふふ……そうだろぉ? これは、愛の味だぁ……」


 そう言って、ルドルフをニヤニヤしながら見つめる彼女。

 ルドルフは、アスラムの実を、作業員にせっせと配っている。

 残暑が厳しいにもかかわらず、美しい水色のマフラーを身に付けていた。


 ……あれが、噂の『フェンリルのマフラー』なのだろう。


「愛とは分かち合うものだ! よって! 遠慮なく食べてくれっ!」


 と、言って……小さな手に持っていたアスラムの実を、俺に渡してくる。

 その小さな手が、領地の自宅で待っている子供達を思い出させた。

 本当に、彼女は小柄だ。


 普段、食べ物に執着していると、エレノアに聞いていたが……

 小食で全然食べれないらしい。

 そのせいで、こんなに小さな少女に、なってしまっているのだろう。


 それでも、あまった料理は『フリースペース』にしまって

 きちんと後日、食べているらしいのだが……


「ありがとうございます。でも、私には一個では……なかったのですか?」


 俺はそんな彼女に、少し意地悪く言った。

 あまりに、かわいかったので……少し悪戯したくなったのだ。


「ふきゅん!」


 彼女が鳴いた。

 彼女は出会った当初、あまり自覚していなかったようだが

 何か行動する度「ふきゅん」と、鳴いていた。


 エレノアと会話する度……「ふきゅん!」と、鳴いて

 ほっぺたを、膨らましていたのを覚えている。


 俺の子も、よくほっぺたを膨らませて拗ねているなぁ……

 そろそろ……一度帰らないと、顔を見せてくれなくなるかも知れない。


「き……今日は、暑いから! 特別なんだからねっ!?

 勘違いしないでよねっ!?」


 ……なんで、ツンデレなんだ?

 また、タカアキが彼女に、仕込んだのだろうか?


 俺の親友である、勇者タカアキは、俺が死ぬ前にいた世界

『地球』にいた、青年である。


 彼は、少し変わった人種であり

 世間からは『オタク』と、呼ばれる存在であった。


「えぇ、わかっています。

 また……タカアキに何か教わったのですか?」


 俺が『タカアキ』という、名を口にしたことで

 再び彼女は満面の笑みを湛える。

 大きな耳も嬉しげに、ピコピコと、忙しなく動いている。


 彼女にとっても、タカアキは親友なのだ。

 そして、彼女は家族、親友、仲間に……命を賭けることができる存在だ。


 俺とは違い、彼女は理不尽を払いのける力を持ってはいない。

 幾度となく傷付き、大切な友を失い、涙を流したと聞く。


 それでも……彼女は、襲いかかってくる困難から逃げず、立ち向かうという。

 素直に凄いと思った。


 果たして……俺が彼女の立場で、今のようなチート能力もなしに

 彼女のように、立ち振る舞うことができるだろうか?


 今の……ぬるま湯に浸かってしまった俺が……。


「どうした? フウタ……何時もの、自信満々な顔はどうしたんだ?

 あ!? ……奥さんに、浮気がばれたのかっ!?」


 彼女が「あー」という、顔で俺を見つめている。


 タカアキ……君はこの純粋な少女に、何を教えているんだ……?

 あとで、居酒屋『とりゆき』で、じっくりと話し合う必要がありそうだ。

 俺は、砂肝串で……二時間は居座れるぞ!?


「ご冗談を……そのようなことをすれば

 私の命は、風前の灯になることでしょう」


「知ってる、エレノアさんから、奥さんのことは聞いてるよ。

 なんか……こう、すっごいらしいな!?

 今度、見にいくからっ!? 覚悟するようにっ」


 ……そうだった、彼女は好奇心の塊でもあった。

 気になったら即行動。無茶な行動もしばしば。


 ヒーラー協会サブギルドマスター、スラスト氏によって

 ある程度は、抑制されているとはいえ……

 今は、ボディーガード兼保護者役のルドルフがいるので

 おそらくは、エルタニア地方まで、足を運ぶかもしれないな。


 ……いや、絶対来そうだ。

 エルタニアには、俺のチート能力を駆使した、絶品料理達が存在する。


 料理のことは、エレノアから聞かされていることだろう。

 珍しい料理が沢山あると……


 特に、寒くなるこれからは『カレーライス』、『すき焼き』

『しゃぶしゃぶ』等の体が温まり、心も満たす物が満載だ。

 これ等は、まだフィリミシアには、持ち込んではいない。


 更には近年『スープカレー』の再現にも成功している。

 野菜の美味しいこの世界で、どうしても作りたかったが……

 スープと、スパイスの調合に手こずった。


 野菜の味を殺さないように、美味しく仕上げるのは

 非常に困難を極めた。


 数十種類を超えるスパイス、微妙な配分と時間でガラリと変わるスープ

 それらを組み合わせると、それこそ何万とおりの組み合わせができあがる。

 それらを、一つ、一つ……試してみることが、どれほど楽しいか。


 こほん……いや、大変か。

 

 そして、一か月前にようやく『スープカレー』が、完成したのだ。


 具は、健康的な鶏の骨付きモモ肉を、スプーンで解れるくらい

 柔らかく煮込んだものを、贅沢に一本だ。

 しかし、これは……メインではない。


 メインは、野菜達なのだ。

 ジャガイモ、にんじん、ピーマン、人参、キャベツ、長ネギにごぼう。

 ブロッコリー、ナス、大豆やひよこ豆などの豆類。


 あぁ……思い出しただけでも、涎が出そうだ。

 そのままでも美味しいのに、その野菜達が……もっと美味しくなるように

 それぞれに合った、仕事を施しているのだ。


 焼く、油で揚げる、茹でる、煮る……手間暇をかければ、かけるほど……

 野菜達は輝き、その分……

 美味しさを湛えて、俺達の舌を至福の世界へといざなってくれる。


 それに組み合わせるのは、心血を注ぎ作り上げたカレースープだ。

 この野菜と、カレースープは適合するために生まれた……

 そう、思うほどの会心のできに仕上げた。


 キラキラと輝く、黄金色の海に野菜達が浸り

 ほろほろと、口の中で解ける骨付き鶏もも肉が、見栄え良く添えられる。


 それに、ついてくるのはご飯だ。

 様々な雑穀が混じった物。通称十穀米だ。


 サフランライスも捨てがたいが、俺は十穀米をチョイスした。

 栄養バランスもさることながら、美味しさと歯応えを選んだ。

 噛んだ時の、歯応え、プチプチと感じる食感、様々な味が楽しいのだ。


 それを、野菜達が出した旨みを得たスープと合わせる。

 食べ方なんてない、自由だ。スープカレーは、自由なのだ。


 ご飯をスープカレーに、入れてしまってもいいし

 スプーンにすくって、スープに浸して食べてもいい。


 スープを堪能した後……口直しに食べても、最高の仕事をしてくれるだろう。


 そして、スープの味を纏った野菜達。

 しかし、一つ、一つ丁寧に仕事を施されている野菜達は

 カレースープに、へこたれない個性をアピールしている。

 それを噛みしめる幸せといったら……あぁ……堪らない。


 スープカレーを、食べるなら……最高に暑い日か、物凄く寒い日がいい。

 暑い日なら、爽快な汗を。寒い日なら、芯から温まること請け合いだ。

 ……あぁ、今すぐスープカレーが食べたくなった!

 一度、エルタニアに帰ろうかな……


「お、おいぃ……本当に大丈夫か? 涎垂れてるぞっ」


「はっ!? す、すみません! 暑さにやられていたようです」


 俺の台詞に驚いた彼女が、慌てて『クリアランス』を、施そうとする。

 それを、同じく慌てて止める。


 ふっ……どうも、彼女といると心が油断してしまうな。

 これは、おそらく……彼女の能力なのだろう。

 周りの人達を、穏やかに……優しくさせる能力。


 それは、望んでも手に入らない能力。

 かつて……俺が渇望した能力だ。


「ははは……ありがとうございます。

 ぜひ、エルタニアに遊びにきてください。

 美味しいものを用意しておきますので……」


 俺がそういうと「ふきゅん!」と、両ほほを手で押さえ、嬉しそうに笑った。

 あぁ……本当に嬉しそうに笑う子だ。


 俺は、思わず目を細め笑った。

 おまえ達の望んだ笑顔は……守られたぞ……


 俺は『魔族戦争』で、この笑顔を守るために散っていった戦友に

 想いを馳せた……


 治療から、帰ってくるやつ等は、そろって言ったのだ。


「せめて……あの子の笑顔を守る」


 俺が指揮していたのは、冒険者隊だ。


 その殆どが、独り者。身寄りのない、渡り鳥みたいなやつ等だ。

 中には、知った顔のやつもいた。

 ろくでもないやつもいた。

 現役を退いた、老人ですらいた。


 兵士とは違い、戦闘方法は自己流ばかり、統制なんてあったものじゃない。

 魔族は、全ての能力において、冒険者達を圧倒した。

 逃げる者が続出する中……治療を受けた冒険者達は、一歩も引かなかった。


「守るものができた! それだけだっ!」


 そう言って、魔族の大群に突撃した……ろくでなしの冒険者。

 多くの魔族を切り倒し、立ったまま絶命した。


「短い命を、長き命のために使う……これほど、嬉しいことはない」


 瀕死の重傷を負った老冒険者が

 爆弾を抱えて突撃し、魔族を道連れ爆発した。


「フウタ……今まで、おまえを羨ましく思ってばかりだったが

 今の俺は、そんなこと思ってないぜ!

 聖女に、指を噛まれたなんて……俺くらいなものだからなっ!」


 そう笑って、部隊の殿を務めた知人、デリッド・グランザは

 部隊を逃がすため、狭い通路に一人残り……帰ってこなかった。

 

 そいつ等の最後の言葉は……決まってこうだった。


「俺のことは伝えないでくれ」


 胸が張り裂けそうだった。

 例え、チート能力があっても、物量の前では意味をなさなかった!

 何がチート能力だ! 何が……Sランク冒険者だ……

 己惚れていた! これが現実……! これが……限界!!


 魔族の大群を目の前に、遂に俺は膝を折ってしまった。


「フウタッ!」


 アルフォンスさんの平手打ちが、俺の右頬を打つ。

 その痛みが、俺を我に帰してくれた。


「前を見ろっ! おまえは指揮官だろ!?

 託されたものを背負ってるんだろうが!? 立てっ! 歩き続けろっ!」


 全身傷だらけのアルフォンスさんがそう言った。


 その姿に俺は気が付く。

 アルフォンスさんは、俺のために魔族の大群に突っ込んできたのだ!

 俺は……大切な仲間を、また失うところだった!


「す……すみません! やれます……やりますっ!!」


 そうだ……俺は、まだ死ねなかった。

 ここには、エレノアも、アルフォンスさんも、タカアキもいる。


 そして、フィリミシアには……国王陛下や殿下。

 そして……あいつ等が必死に守ろうとした少女がいる。

 守ろうとした未来がある……!!

 

 周りでは、アスラムの実を笑顔で手渡す子供達。

 聖女エルティナの友人達だ。


 アスラムの実を、渡された大人達にも、嬉しそうな笑顔が宿る。

 この何気ない光景のために……俺達は命を燃やした。 


「見ているか……皆……俺達が望んだ未来は……ここにあるぞ」


 空は快晴。

 ギラギラと、照り付ける太陽が、俺達を見守り続けている。

 転生して二十数年。

 様々な出会いと別れを経験し、俺は今尚……カーンテヒルの大地に生きている。

 戦友達の、想いを抱いて……

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