155食目 アマンダ
◆◆◆
「タカアキは、お墓に何か、用事でもあったのか?」
リンダに抱き付かれ、もみくちゃにされている、珍獣こと
エルティナ・ランフォーリ・エティルが、ラングステンの偉大な勇者
タカアキ・ゴトウ様に、まさかのタメ口を言ってのける。
いやいや! 流石にそれは、ダメでしょう!?
いくらタカアキ様が、フレンドリーで思慮深く、謙虚な方でも
礼儀くらいは、わきまえなさいよ!?
珍獣エルティナさんの礼儀のなさに、思わず私の赤い色の尻尾が
ピンと跳ね上がった。
「わっ! しっぽがぴんとなったよぉ? アマンダちゃん」
プリエナさんも、驚ろいて尻尾を、ピンと跳ね上げていた。
傍にいた、ホビーゴーレムも同じく、尻尾をピンと跳ね上げている。
「プリエナさんも、同じ癖を持っているのね……」
緊張したり驚くと、尻尾が跳ね上がるのは
私……アマンダ・ロロリエの癖だ。
みっともないので、直したいとは思っているのだけど……
中々、直らないの。きゅーん。
「アマンダ……おまえ、意外と大胆なパンツを、履いているんだなめこっ!?」
どさくさに紛れて、私の下着を覗き見していた
ダナンの顔面に、蹴りをお見舞いしておく。
「ダナン……死亡確認!」
マフティ君が、ダナンを木の枝でつついて状態を確認した。
同じく、マフティ君と姿が似ている、ホビーゴーレムが行動を真似る。
「我が友エルティナ、私はお墓を直しにきているのです。
ここには、エルティナと同じく、私の大切な戦友達が
安らかに眠っているのですよ。」
タカアキ様は、エルティナさんの隣に倒れていた墓石を
まるで重さを、感じない様子で持ち上げ、そっと元あった場所に
静かに下ろされた。
その表情は、切なく悲しく……そして、優しかった。
そして、魔法を使っている感じはしない。
本当に、腕の力だけで持ち上げていたみたい。……凄いわっ!
「そうですね……ここには、ルクセン隊長の……『鉄の盾』の騎士達の
眠る墓があります」
同じく、魔法を使っている感じのしない、自由騎士のルドルフ様が
倒れた墓石を両手で持ち上げ、優しく元あった場所に戻していた。
その顔は……切なく、優しく、美しかった。
……本当に、男の人なのかしら?
「そうか……そうだったな……あの戦争で、沢山の命が失われた。
俺達も、努力したが……救えなかった命の方が多い。
彼等のお陰で、今の俺達がいるんだったな。
デイモンド爺さんの墓を、直すだけじゃいけなかったんだ」
俯き、落ち込むエルティナさん。
彼女の脇に、控えていたザイン君が「御屋形様……」と、心配そうに呟く。
……そういえば、彼女は『聖女』だった。
凄く、失礼なことだけど……いまだに、彼女が『ラングステンの聖女』だと
信じられないでいる。
何故なら……彼女が、聖女らしく振舞っている姿を、見たことがないから。
直に、活躍を見ているライオット君や
リンダさん達なら信じられるだろうけど……
私は学校でしか、彼女と接する機会はないから……
今日は偶々、アスラムの実が欲しくて、一緒にいるけどね?
エルティナさんは……普段、ダナン達と、おバカなことをして
先生に怒られたり
エドワード様達に、抱き枕みたいにされて、ふきゅん、ふきゅんと
鳴いてる姿しか見たことがないのよね。
一年半くらい、学校で一緒に勉強してるけど、種族が白エルフって
だけの、特に変わった子じゃ……
あ……凄く変な子だった!
魔法は、ろくに使えないし、運動神経は切れている。
食い意地が、張っているけど、全然食べれないし……
あとは、行動と性格が男の子。言葉使いなんて、完全に男の子!
これで、姿が男の子みたいだったら、納得できるけど……
この子……姿だけは物凄く、女の子なのよね。
しかも、凄く綺麗なのよ……羨ましいわ。
この子……自分のかわいさを、わかっているのかしら……?
「そう、思って貰えるのであれば……彼等も、うかばれますね。
お墓を直すのは、私に任せてください。適材適所というやつです。
エルティナは、普段どおりの生活を送ってください。
それが、彼等の望んだ……いえ、勝ち取ったもの……なのですから」
これが……勇者タカアキ様。子供の私でもわかるわ……素敵な人。
この人は、とてつもなく、重く大切なものを託されている。
その責任感が、彼……独特の迫力と魅力を作っているのね。
「ところで、エルティナは何故ここに?」
「ん? あぁ、デイモンド爺さんに、報告することがあってな?」
エルティナさんは、タカアキ様に『スラム街再生計画』なるものを聞かせた。
スラム街の人達を、なんとか救ってあげたい……と、いうのはわかるけど
何を言っているのかは、よく理解できないわ。だって……
「そこで、家をな? ズバーン! と、やってな?
そこに、人をな? もちゃ~っと、詰めてな?
仕事をズべべッと、やっつけさせて……
ヒーラーを、待機させれば完成するんだ!
それから……」
激しく、身振り手振りで伝えようと、がんばっている珍獣様。
興奮し過ぎて、最後の方は「ふきゅん! ふきゅん!」しか言っていない。
情熱は伝わるけど……情報は伝わらないわこれ。
「なるほど、なるほど……つまり、スラム街の人々が住む、集合住宅を作って
スラムの住人に、仕事を斡旋するということですね?
そして、その集合住宅には、出張ヒーラーを常駐させると」
えぇ~!? あの説明でわかるのっ!?
流石……勇者様は凄い御方だわ。
話が伝わったのを喜ぶ珍獣様。
彼女は小さな手で、パチパチと拍手した。
それに合わせて、謎のポージングを決めるタカアキ様。
本当に子供好きな方なのね……
「エル……そんなことを、考えていたのね」
ヒュリティアさんの目には、涙が溜まっていた。
そっか、彼女は黒エルフ……彼女もまた、スラム街の生まれだったわね。
そこで、私は気が付いた……エルティナさんが、彼女等、黒エルフを一度も
差別をしたことがないことを。
黒エルフだろうと、亜人だろうと、獣だろうと……果ては虫でさえ
彼女は、彼等を認め……愛情を注ぐ。
それは、モンスターでさえだ。
……ヤドカリ君。
あの子が、最たる例ね……
エルティナさんの優しさが、ヤドカリ君を……
あ~、そっか……ただ単に、私が気付いてなかっただけか。
エルティナさんは、素っ気なく、さり気なく、自然に
聖女としての行いをしていたのね……
「エルティナの考えはわかりました。
しかし……それには、沢山のお金が必要になります。
そのお金は、どうするつもりでしょうか?」
「王様に貰う」
ちょっと!? その発想はなかったわ!
無茶にも、ほどってものがあるでしょう!?
「ふむ、しかし……国王陛下も、お小遣い感覚では、出せない金額ですよ?」
「わかっている。
やりたくはないが……禁じ手を使ってでも、奪い取る!」
エルティナさんの目に、何やら怪しい光が灯った。
……ろくな予感がしない。
「ほほぅ……では、その禁じ手とやらを、私に試してください。
こう見えても、私は国王陛下を、守る役目があるのです!」
タカアキ様が、戦闘の構えを見せた!
そんなっ!? エルティナさん!? ほら、早く謝って!
しかし……エルティナさんは、タカアキ様の元へ、悠然と歩いていく。
彼女の纏う気迫が、私にもわかるくらい張りつめている。
あの子……本気だわっ!
彼女は、タカアキ様を、見上げるまでの距離に立ち止まると
両手を合わせ、祈りを捧げるような姿で言った。
そして、目に涙をためて……
「えるてぃな、おかね……ほしいのっ! ちょうだいっ」
彼女が、上目使いで……切ない表情で、タカアキ様に懇願したのだ。
ただ、それだけだった。別の攻撃なんてなかった。
……なにそれ?
禁じ手って、泣き落としだったの?
不覚にも、かわいいと思ってしまった、自分が腹立たしいわ。
「ぬふぁっ!?」
タカアキ様が、大量の血を撒き散らして膝を付いた。
ちょっ!? 今の攻撃? ……で、ダメージを負ったの!?
「く……なんという破壊力!? 私に、耐性がなければ、即死でしたよ?」
タカアキ様が、顔を上げた。
出血ヶ所は……鼻だった。うん……ただの鼻血ね……
「ぐはっ」
何故か、エルティナさんも膝を付いた。
あなたは、ダメージ負ってないでしょうに?
「やはり……まだ、完成には至らないんだぜ……
精神的なダメージが、半端じゃない」
精神的なダメージを、受ける要素が、どこにあるのかしら……?
もう、何がなんだか、わからなくなってきたわ。
「恐るべき技です。陛下に使用すれば、帰らぬ人になってしまうでしょう」
そんなに!? なんだか、国王様が……よくわからなくなってきた。
この国の将来が心配なくらいに。
「そうか……威力調整ができないからな……」
あなたも、納得するの!? 国王陛下って……
「さて、冗談はさておき……」
最後の最後で、冗談とか! 冗談じゃないわっ!
こっちも、疲れるんだからっ!
ハァハァ……精神的に疲れるわ……この人達。
「アマンダ……何をそんなに、疲れているんだい?」
プルルさんが、心配そうに私の顔を見つめてきた。
心配されるほど、疲れた顔でもしているのかな……?
「えぇ……ちょっと、頭の中で二人に、ツッコミを入れていたら……ね?」
私が正直に言うと、プルルさんは「あ~」と言って、わたしの背中を
ポンッと、叩いた。
「ほどほどにしないと……真っ白に燃え尽きちゃうよ?」
「ちょっ!? 怖いこと言わないでよ!?」
口を押えて笑うプルルさん。
この子、笑うとかわいいのよね。
夏休み前は、ほとんど笑わない子だったのに……
夏休みの間、エルティナさんと、ライオット君とチームを組んで
ホビーゴーレムの大会で、優勝したって聞いたけど
その、影響で変わったのかな? いいことだと思うけど……
プルルさんも、エルティナさんに影響を、受けたのかしら?
「我が友エルティナ、スラム街の件は既に、国王陛下が手を回しています。
フィリミシア全体が、大きな痛手を負った現状を利用して
大規模な計画を発令なされたのです。
その計画の名は……『フィリミシア再生計画』です」
「ふきゅん! 規模が違った! 流石、王様!
俺達に、できないことを、平然とやってのける!
そこに痺れるっ! 憧れるぅ!!」
そして、また謎の決めポーズを決めるタカアキ様。
いちいち、ポーズが違っている。何か法則でもあるのだろうか?
それを見て、大興奮する珍獣様。
しきりに、長くて普段は垂れている耳を、ピコピコと動かしている。
……かわいい。
「ですので、エルティナは何時ものように、学校に通い
ヒーラー協会で、傷付いた人々を癒してください。
こういう難しいことは、大人である私達の仕事です」
タカアキ様はしゃがみ、エルティナさんの目線に合わせて
そう、言われた。
「タカアキ……うん、わかった! でも、何かあったら言ってくれ!
俺は協力を惜しまないぞっ!」
「えぇ……その時は、頼らせていただきますね?」
タカアキ様に、抱き付いたエルティナさん。
タカアキ様も、優しくエルティナさんを抱きしめ……顔っ!!
そこは、感動のシーンでしょう!?
だらしなく、にやける顔じゃダメでしょうがっ!!
あぁ……! ツッコミたい! 凄く、ツッコミたい!!
タカアキ様の顔は、どうしようもないほど、にやけ顔になっていた。
「アマンダ……さっきから、どうしたんだ?
変な物でも食ったのか?」
「あなたと、一緒にしないで……ライオット君」
優しくて、結構……格好良いけど、デリカシーゼロで、天然ボケの彼。
一部の女子には、人気があるけど……私はダメかな。
私はもっと、繊細で知的な人がいい。
例えば……フォクベルト君とか!
「ア……アマンダさん? どうしたんですか? 具合が悪いんですか?」
「え……? あ!? あわわわ……」
私は無意識のうちに、フォクベルト君に抱き付いていた。
たぶん……あの二人を見て、考え事をしてるうちに
彼に抱き付いてしまったようだ。……らっきー。
じゃなくてっ! とんでもないことしちゃった! どうしよう!?
「いけませんね……顔も赤いし、熱があるのかもしれません。
エルティナ、アマンダさんに『クリアランス』を……」
声を掛けられたエルティナさんは……
「俺には、どうしようもない病だ。
フォク……すまないがアマンダを、家までエスコートして差し上げてくれ」
と……言ってきた、ニヤニヤしながら。
くそぅ……覚えておきなさいよ……そして、ありがとうっ!
「わかりました……アマンダさん、少しの辛抱ですからね?」
そう言うと……私を『お姫様抱っこ』で、抱えて走り出すフォクベルト君。
細い身体に、物凄い力を秘めていた。……凄いわ。
あぁ……ずっと、こうされていたい!
私を女子として扱ってくれる貴重な男子!
私は見た目が狼だから、性別がわからないって言う人が大半。
でも、彼はそんな私を、女子として認識して、優しくしてくれる!
大好き! フォクベルト君!
あぁ! 時間よっ! 止まれっ!!
そんな、私の願いも空しく……家まで無事に辿り着いてしまった。きゅ~ん。