噂
◆◆◆
「はぁ……これ……どうやって報告すんだっ!?」
俺こと、グレイ・フォクタールは、頭を抱えて机に突っ伏していた。
聖女エルティナが無事に、王都フィリミシアに到着し
今回の『シャドウガード』の任務は終了。
盗賊十名の制圧と、猛獣三匹討伐の戦果だった。
外の世界には危険は付きもの、これは仕方がないことだが……
やはり、盗賊に成り果てる冒険者の多いこと、多いこと。
実に嘆かわしい。
……おおっと!? 現実逃避はこれくらいにしないと……
時間だけが過ぎていって、自分の首を締めるだけだしな。
だが……ちくしょう……!!
あの時、ホルスート隊長のブラフを見抜けていればっ!!
あぁ~!! 思い出したら腹が立ってきた!
それは、三十分前のこと……
慌ただしく始まった、初任務が無事に終わって、俺達は安堵していた。
任務用の装備を外し、テーブルに腰をおろして
フォリティアが淹れてくれた、苦~いコーヒーを飲んでいた俺に
ホルスート隊長が、紙のクジを見せてきた。
「グレイ……このクジの『はずれ』を引いた者が、今回の報告を行って貰う。
『強運』の、おまえから引かせてやろう」
「へぇ、やっぱり……そうきましたか?
流石に、どう報告したらいいか、わかりませんしね……」
確率は三分の一、分の悪い賭けじゃない。
俺はクジを、ジッと見て……よしっ! これだっ!
俺は勢いよく、真ん中のクジを引いた。
そのクジは……『はずれ』と、書いてあった。
「おめでとう! 報告は、グレイ君に決定だ!!」
そう言うと……残りのクジを『ファイア』で燃やしてしまった。
途端に、ホルスート隊長の顔に、いやらしい笑みが浮かんだ。
それを見て、俺は騙されたことを悟る。……やられたっ!
ちくしょう! あのクジ……全部『はずれ』って、書いてやがったなっ!!
でなければ……残ったクジを、燃やす必要なんてない!
「うふふ! グレイ君、よろしく~」
薄情にも、フォリティアも妹の顔を見てくる……と、言って帰ってしまった。
ぐおぉぉぉぉぉ……せめて、ホルスート隊長を、道連れに……
って、もういねぇ!? 俺の行動、先読みされ過ぎぃっ!?
そして、現在に至る……
「くっそ~、もうこうなったら……
一部始終を、ありのままに報告するしかねぇな。
ルドルフが、理性ブン投げてフェンリルと『合体』しちまうなんて
思いもよらないからな。
……あ~、俺もそうしてたかも……男なら仕方がないか……はぁ」
フェンリルが、あんな美女に、なっちまうなんて聞いたことがない。
せいぜい、ウンディーネ辺りが有名だが。
……いや、今はそんなこと、どうでもいいか。
俺は「はぁ……」と、何度目かの溜め息を吐いて、報告書を書き始めた。
一切の脚色なしだっ! ありのまま、起こったことを書き記しとくぜっ!
俺は、ヤケクソ気味に、ガリガリとペンを走らせた……ルドルフ呪われろっ!
◆◆◆
フェンリルの親子と別れ、フィリミシアに到着した俺達は
そのまま、ヒーラー協会に直行し、レイエンさん達に
ことの顛末を説明し……全員ぶっ倒れた。
流石に強行軍過ぎた。
結局……起きたのは、次の日の朝だったという。
よく寝たお陰で、しっかりと気力、体力も充実していた。
しかし……起きたのは、遅刻寸前の時間だったという。(白目)
もっちゅトリオは、どうしたー!?
もっちゅトリオは……俺の枕元で、丸くなって爆睡していた。
彼等も、一日中ぶっとおしで、戦っていたんだった。仕方ないねっ!
そんなわけで、慌ただしく部屋を飛び出した。
勿論、朝食はしっかりと頂いたっ!
桃先生の木の展望室で寝ていた、ルドルフさんとザインを起こし
急いで学校に向かう。
流石に、間に合うかどうかわからないので……偶々、散歩していた
究極輸送便『タカアキ』を利用することにした。
「えぇ、構いませんよ? それでは……いきますよっ!?」
俺とザインを持ち上げ、走り出すタカアキ。
やっぱり速い!(確信)
周りの景色が、ぶれるほどの速さで走るタカアキ。
子供二人を、担いでいるにも関わらず
まるで苦にもならない……と、いった感じだ。
流石、勇者は格が違った!!
「さぁ、つきましたよ? 我が友エルティナ」
もう、学校の正門に着いていた。まさに瞬間移動(物理)である。
「ありがとう! タカアキ!
こいつはお礼だ、エレノアさんと食べてくれっ!
アスラムの実と言って、クールでしゅわしゅわな食べ物だっ」
俺は『フリースペース』からアスラムの実をいっぱい取り出し
タカアキに手渡した。
物珍しそうに、アスラムの実を、眺めるタカアキ。
透明のその実を、掲げたり突いてみたりしている。
そして……満足したのか、嬉しげにそれを『フリースペース』にしまった。
やっぱり、珍しい物のようだ。
タカアキも、俺と同じく食べ物に目がない。
いわゆる『グルメ』なのだ。
中でも『こってり系』には、何時も目を光らせている。
近々『あじきち』に、激厚バラチャーシュー麺が
新メニューに載ることを、知っているだろうか?
五センチもの厚さの、とろとろの豚バラチャーシューが丼を覆い尽くす
まさかのラーメンだ。
茶色のチャーシューの上には、きざみ葱ときざみ紅生姜が乗せられていて
見た目が綺麗だ。……ラーメン的には……だが。
スープの味はこってりした豚骨出汁の塩味。
こってりし過ぎるため、スープには柚子のきざんだ物を浮かべている。
麺はストレートの細麺。
味が濃いため、麺に絡まり過ぎないように工夫しているようだ。
試作品を何度か味見したが、激烈にこってりしているので
俺では完食は無理だろう。そもそも量が半端ない。
いいか? まず豚バラチャーシューを食べないと、麺が出てこないんだ。
一枚食べたら、俺はお腹いっぱいになってしまう。
それが七枚も乗っかっているんだ、正気の沙汰ではない。(呆れ)
とろっとろのバラチャーシューは、唇で切れるほど柔らかく
一枚食べれば、お肌がプルプルになるのでは? ……と、いうほどだ。
味も醤油に、色々なスパイスを混ぜ込んだ本格仕様だ。
複雑な味と香りが口の中で花開く。
これが豚バラチャーシューの、官能的な食感と合わさり
味を一段上の物へと高めている。
ぶっちゃけ、このチャーシューで、ほっかほかの白米が食べたい。
味見役なので麺も食べないといけない。
チャーシューに隠された麺を、無理やりほじくり出す。
むぅ!? 全然、冷めてない!
なるほど……チャーシューが、蓋の役割を果たしているのか!
……と、色々工夫がされていて感心する。
先程言ったとおり、麺はストレートの細麺だ。
口に、すすりこんだ時の、食感が気持ち良い。
それに絡まる、こってりした豚骨塩味のスープ。
その中に紛れて入ってくる、柚子の皮の苦みと香り。
柚子の爽やかな香りが、こってりとしたラーメンを
食べやすくさせてくれている。
これは、これで単品として食べたい。しっかし、完成度高いなっ!?
最後に豚バラチャーシューと、麺とスープを同時に味わう。
まずは豚バラチャーシューをひとかじり、次に麺少々
最後にスープをレンゲで口に含み咀嚼する。
んっん~! これは堪らん! 贅沢過ぎるお味だ!
食感と味と香りの千秋楽だっ!
俺の脳内で、相撲取りがラーメンを持って
四股を踏んでいる、クライマックスな光景が見えた。(カオス)
「んまいっ!!」
と、恒例の台詞を言った俺。
「そうか、そうか……まずは一段落だな」
うんうんと、頷く店主のキョウゾーさん。まだ上を目指しているもよう。
俺がラーメンを完食できないのは、わかっているようだったので
残ったラーメンを、昼飯代わりに食べだした。
キョウゾーさんは、このラーメンのターゲットを、復興に携わっている
土木工事の作業員に、絞り込んでいるようなのだ。
汗で流れた、塩分とスタミナを補充して貰いたい……とのことだ。
お値段も、銀貨七枚と、このボリュームでは、あり得ないお値段!
「俺達、露店街の店は少しばかり、くたびれていても……
すぐに応急処置で、商売を再開できるからな。
でも、商店街の連中はそうもいかねぇ。
あいつ等の店は、見た目も重要だからな。
早いところ、直して貰って、商売を再開させてやりてぇのさ」
そのためには、土木工事の作業員達に、がんばってもらわないといけない。
勿論、大工の方々にも、せっせと働いて貰わなくてはならない。
そのための、サポートとなれば……と、思い作ったメニューだそうだ。
泣けるぜ。
おっと! 思考がラーメンの思い出に偏ってしまった。
タカアキに知っているかどうか、聞いてみようと思っただけなのに。
タカアキに、聞いてみたところ……既に知っているどころか
完食して替え玉を、五玉も平らげたそうな……どんな胃袋してんだよっ?
あ……うちのライオットも、それくらい食べれそうだ。
うん、普通だな!(普通が息をしていない)
足取り軽く去って行くタカアキを見送り
遅刻寸前から余裕の登校となった俺とザイン。
尚、ルドルフさんは徒歩で、ゆっくりとこちらに向かっている。
と、いうかきた。別に走ってこなくても大丈夫だったのに……
無事に三人そろって、登校となった。いやぁ、タカアキ様さまだなっ!
今度、ちゃんとお礼しに行かなくちゃ……
◆◆◆
「……と、いうことがあってな? 大冒険だったんだよ!」
俺は今回の冒険譚を、クラスの皆に報告していた。
今の時間は、朝のホームルーム前である。
「おいおい、そんな危ねぇことをするんなら、俺も連れて行けよ、エル?」
俺の報告に、ご不満な様子のライオット。
深夜の二時頃って、君は爆睡状態だろうに……
「今回はルドルフさんとザインもいたし、大丈夫だと判断した」
実際、他の面子がいたら、多大な悪影響が及んでいた可能性が大だ。
よって、今回は結果オーライ! 問題なしだっ!
「エルッ! 無事で何よりだよっ!」
と、抱き付き攻撃からの、滑らか過ぎる頬擦り攻撃に移行しつつ
俺を心配する台詞を言ったエドワード。
その動きには、更に磨きが掛かっており、感心するほどだ。
……はて? 俺が冒険したことは、レイエンさん達にしか言ってないはずだが?
何故、エドワードが知っているのだろうか?
あぁ……レイエンさんが気を利かせて、報告をしてくれたのかな?
それなら、ルドルフさんのことも、うま~く報告してくれたはずだ。
彼は『できる男』だからな!
上司にするなら、レイエンさんみたいな人がいいぞっ!
「……ききき……怪奇現象はなかったようね?
でも、それに勝るとも劣らない出来事があったでしょう?」
手を、もみもみさせながら、ゆっくり近付いてくるララァ。
というか……何故そのことをっ!?
「な……なんのことかな?」
俺がそっぽを向くと、既にララァの顔がそこにあった。……近い。
もう少しで『ちゅ~』しちゃう距離だ。
というか……何時の間に、そこに移動したっ!?
「……ききき……だって、もう噂でもちきりだもの。
聖女付きの自由騎士が『フェンリルとやった』って」
教室の外で待機していた、ルドルフさんの吹き出す音が聞こえた。
噂になるの早過ぎぃ!? 情報はどこから漏れたっ!?
レイエンさんは口が堅いぞ?
別のだれか……って、あとは王様しかいねぇだろっ!?
うちのヒーラー達は、口が堅いんじゃぁっ!
……あ、ペペローナさんは、ポロっと言っちゃいそう。(滝汗)
「あぁ……そのことかい?
どうせ後で、城に呼ばれて説明されるだろうから、詳しくは言わないけど……
近々『婚礼の儀』を執り行うって、御爺様がおっしゃっていたよ」
エドワードも事情を知っているもよう。
それを、盗み聞きしていた女子達が、黄色い声を上げる。
「……ききき……真実だった。まずは満足」
首をかしげ、にや~と笑うララァ。
……不気味だ……止めなさいその笑い方。
「御爺様は大喜びだったよ? ようやく、あの堅物に春がきたか……って。
城中、その話で大賑わいさ」
ふむ……エドワードと、ララァの話からして
報告したのは、レイエンさんじゃないな……いったいだれだろう?
こんな、面倒臭くなる報告をしたのは?
実に許し難い……見つけたらケツに、タバスコをぶち込んでくれるわっ!
「婚礼の儀……わたくしも何時か、素敵な殿方と挙げたいですわぁ……」
銀ドリルことクリューテルが、手を胸元に合わせうっとりして言った。
君の最終目標だったか……? うん、できるとは思うぞ?
素敵かどうかは、わからないが……(暗黒微笑)
まぁ、素敵な殿方に当たることを祈っておく。
でも……気に入らなかったら、俺のところに逃げておいでっ!
匿ってあげるからっ! 桃先生の木の中だけどっ!
おっと、そうだ……忘れるところだった。
「ライ~付き合ってくれ」(放課後)
「いいぞ?」
どよ……どよ……!?
教室に、どよめきと殺気が溢れ出した。
何か変なこと言ったか?
「ガンちゃん、ぐれーとらいおっと号は直ったか?」
俺は竜巻の一件で、壊れてしまったぐれーとらいおっと号の修理を
ガンズロックに依頼していた。
ガンズロックの腕前も上達するし、俺も見知った友人に
直して貰えるので安心だ。
きちんとお金は払っているぞ! 前金で全額なっ!
「おうっ! 完璧に直しといたぜっ!」
ガンズロックが、親指を立てて笑った。
俺は満足気に頷く。
これで、メイン動力と機体を確保できたからだ。
「エ……エ、エ、エルッ!? ライオットに告白するだなんてっ!?」
エドがテンパって、わけのわからないことを言ってきた。
告白? ……あぁ、言葉が足りなかったか。
ライオットは察してくれたのだが……
頭が良過ぎると、深読みしてしまうのか?
んもう! 仕方ない説明してやっか!(尊大)
「言葉が足りなかったか……放課後、アスラムの実を
『ぐれーとらいおっと号』に積んで、配って回るから
メインエンジンになってくれっ……て意味だ」
『フリースペース』から、アスラムの実を一つ取り出し、皆に見せる。
透明の綺麗な果物に、皆は興味津々の様子。
「えっ!?」
俺は声の主、ライオットの方を見た。
まさか、ライオットも勘違いを……!?
「そんな……美味しそうな実を、手に入れていたのかっ!?
食いてぇっ!!」
ですよね~? 花より団子ですもんね~?(白目)
いつもどおりの、やり取りを見たエドワードは、安堵の表情を見せた。
その後ろで、眼鏡を光らせて佇むフォクベルト……なんか怖いぞ?
「お~う、席に着け~? ホームルーム始めんぞ?」
アルのおっさんが、教室に入ってきたので解散となった。
流石『ぐだぐだブレイカー』の名は、伊達ではない。
良いタイミングで来てくれる!
ひとまず収まった騒動に、一安心した俺は席に着き
朝のホームルームを受けるのであった。