その者、珍獣につき
何かが、俺の耳元で……ささやいている。
なんだろうか? よく聞こえない。
この、ささやきっぷりは……
「犯人は『てっちゃ』だ!」
俺はガバッと布団を、はねのけて起き上がった。
ビョクッ!? と、キノコが驚いて光り始める。
「……夢? なのか?」
辺りを見回すが……耳元で、ささやくような者はいない。
どうやら完全に寝ぼけていたようだ。
「ええい! 貴重な睡眠時間が、無駄になったわっ!」
今何時かと時計に目をやる。
現在……午前二時三十四分。まだまだ皆、寝ている時間である。
したがって、大きな音を立てるのはイコール
スラストさんの、げんこつを頂くことになる。あれは痛いんだ……これがな。
しかし……耳には確かに、何者かにささやかれた感覚が残っている。
何か必死そうな声……でもあった気がする。
だが……今はもう、そのささやきは聞こえない。
俺が飛び起きて、ビックリして逃げてしまったのだろう。
悪いことしたかもしれんが、こんな夜中に
ささやきに来た方が悪い……と、思うことにした。
その後、何も起きなかったので再びベットに入り込み
ぐーすかぴー……と、眠りに落ちた。
◆◆◆
「……と、いうことがあってな?」
俺は教室にて、今日の朝起こった怪奇現象について
皆にありのまま喋っていた。
「……もっと詳しく……」
これに反応したのが、クラス一怪奇現象好きの少女
ララァ・クレストである。
彼女はカラスの獣人で、人間寄りの顔。
黒い短い髪、背中には同じく黒い羽根の翼。
黒い瞳の、少し捻くれた性格の少女だ。
容姿は、それほど良い方ではない。
目の下には隈とソバカスがあり、口は常に卑屈に歪んでいる。
うちのクラスは比較的に容姿に優れたやつ等が揃っているので
余計に目立ってしまうのだ。
「……ききき……怪奇現象……」
「激烈に嫌な予感がするんですがねぇ……?」
俺に手もみしながら、ゆっくりと静かに近寄ってくるララァ。
いかん! この行動は……!
「……捕獲……」
「ふきゅん!」
殺気が膨れ上がったと思った否や……俺はララァに捕まってしまった!
なんという速度! 目にも止まらぬ速さとは、これのことかっ!?
俺はララァに、狩られてしまった!
「……これがエルティナのほっぺ……」
なんと……ララァは、俺にほっぺをくっ付けてスリスリしてきた!
遂にエドワード病の感染者がっ!?
「そう、これがエルのほっぺの魔力さ……」
げぇっ!? エドワード!? おまえはあの時死んだはずじゃ!?
何時の間にか、俺の隣にやってきて、ほっぺスリスリ攻撃をしてきた。
音を立てずに来るとか、おまえ絶対に忍者だろ? おのれ忍者め……
「あー!? わたくしの場所がございませんわっ!?」
銀ドリルが不満の声を上げるが……君の場所は元々ないからっ!
そんなことより、これはどういうことだララァ君! 説明したまえ!
「……あ、こんなことしてる場合じゃない……でも……
もう、ちょっとだけなら……許されるかもしれない……」
「許されないんだぜっ! そんなことより、どうしたんだララァ?
今日に限って珍しいな?」
俺の言葉に、我に帰るララァ。ちょっと照れた顔がかわいい。
まさか、やってみたかっただけ……とかは、なしでお願いします。
「……耳に、何か痕跡がないか……調べてみた……」
「ほぅ……で、結果は?」
再び手もみをして、ニタニタ笑うララァ。
これは、彼女の癖なのだそうだ。
「……耳に微かな魔力痕が残ってた……たぶん精霊の仕業……」
ハスキーな声で、ききき……と笑う。
魔力痕か……やっぱり夢じゃなかったのか。
でも、どうして俺なんかに?
俺は精霊に、そっぽを向かれていると、思ってたんだが?
「でもまぁ、なんで俺なんだろうなぁ?」
「魔力が高いからじゃない?
その精霊と相性が良いか、魔力が高ければ
下位の精霊でも声が聞こえるらしいわよ?」
と、会話に入ってくるアマンダ。
「そうなのか~そんなことより……お菓子頂戴」
「はい、銀貨二枚ね」
相変わらず、しっかりしてんなぁ……流石はお菓子屋の娘。
これで、お店の未来も安泰だな!
俺はアマンダに銀貨二枚を渡し、可愛らしいピンクの包装紙に入った
一口サイズのクッキーを口に放り込んだ。
一口サイズのクッキーは、チョコクッキーだったようだ。
一口かみ砕くごとに、チョコレートの味と風味が口いっぱいに広がる。
甘過ぎず、けれども味気がないわけじゃない、絶妙のバランス!
サクッ、サクッ……んっくんく……ゴクン。
「おいちぃ!」
「おそまつさま、欲しければ家の店にも寄ってね?」
流石アマンダ! 隙を生じぬ露骨な宣伝! これは、行かざるをえない!
「それでエルちゃん、精霊はどうするつもり?
今夜また、来るかもしれないよ?」
リンダがララァを押しのけて、ちゃっかり俺にくっ付いてきた。
押しのけられたララァが、リンダを恨めしそうに見つめている。
なんか、呪いでも送信しているみたいだった。
「ん~せめて、声が聞こえればいいんだがなぁ……
ぼそぼそって、音がするだけで言葉としては聞こえないんだよ」
「そっか~、でも何かのきっかけがあれば、聞こえるようになるかもね?」
きっかけか……ふむ。色々と、調べてみるか。
毎日来られて、寝不足になるよりは、ましだしな!
「おぅ、おはよう! 授業始めっぞ! 席に着け~」
ガラッと扉を開き、アルのおっさんが入ってきた。
本格的に調べるのは後だな……
◆◆◆
「調べる時間がなかった件について」
学校の授業がが終わり、調べものができるな……と
思っていた頃がありました。
今日の俺は、お仕事の日なのでしたっ! ふきゅん!
そんなわけで、びっちりと治療に専念していたら
調べものどころじゃなかったよ!
最近はお年寄りより、工事現場のおっちゃん連中の方が多い。
復興に伴って人手が要るとのことで、地方から出稼ぎに来てる人達。
その人達が、主にけがをして、ここに運ばれてきていた。
慣れない土地での作業で、ちょっとした油断が、けがの原因だそうだ。
「いちち……この腕、治りますか?」
腕が切断された作業員。
倒れてきた、鉄の柱を避けきれず、腕を挟まれ……切断されてしまったらしい。
もげた腕もあるので、再生から行わない分、楽ちんだ。
「大丈夫だ、問題ない」
おれはパパッと腕を治す。
使った魔法は『ジョイントヒール』
俺が魔力節約のために、新たに開発していた治癒魔法だ。
従来の『ヒール』が、あらゆる負傷ヶ所に効く、万能治癒魔法に対して
新たに作られた『ジョイントヒール』は、切断された負傷ヶ所のみに
効果がある治癒魔法だ。
限定されている分、余計な効果はなく、その分の魔力消費が抑えられる。
今までは『ヒール』しかなかった治癒魔法を細分化して
効率よく治療し、魔力消費も抑えるという計画だ。
この『ジョイントヒール』は『ヒール』に比べて、魔力消費量が
半分に抑えられている。
最近の研究で、魔力消費量を数値に表すことができたらしく。
『ヒール』は平均消費十六MP(魔力)で
『ジョイントヒール』は八MPと、いうことになる。
現時点で『ジョイントヒール』はカスタマイズしていないので
改良を加えれば、更に消費魔力を抑えることができるだろう。
これなら、あまり治癒魔法の素質や、魔力が少ない者でも
ヒーラーとして、やっていけるだろう。
現在進行形で、細分化を更に進めている。
状態異常の治癒魔法も『クリアランス』一つだったが
こんなの連発してたら、すぐに魔力が枯渇してしまう。
のだが……この魔法の細分化が異常に難しい。
すぐにエラーが出てしまうのだ。
こっちは時間を掛けて、じっくりと進めていくしかない。
ぶっちゃけ、つい最近まで作業が止まってたんだがな。(反省)
「おぉ……!? す……凄い! 千切れた腕が! 動く、動くぞっ!」
「動かなかったら、金返してもらえ。
くれぐれも、死んだ状態で運ばれてくるなよ? ……お大事に」
作業員のおっちゃんは、何度も頭を下げて
元気よく治療所を出て行った。
◆◆◆
食堂なう。
今日の治療を終え、食堂で夕食を食べに来た俺。
「エチルさん、晩御飯おくれぃ」
「はい、どうぞ!」
おや? エチルさんに、元気が戻っている。
どういうこと……なんだろうか?
気になったので、思い切って聞いてみることにした。
「避難所で、お腹を空かせた子供達が泣いていたので
簡単な食事を作ってあげたんですが……
食べ終わった子供達の表情と『ありがとう』の言葉で
かつて私が目指していたものを……思い出したんです。
もう、だれかと自分を比べて、落ち込んでいる暇はありませんよ!」
……と、ガッツポーズを取ってみせたエチルさん。
そっか……エチルさんは自分で乗り越えたんだ。よかった。
ほんの少しのきっかけで、立ち直ったんだなぁ……
その日の夕食は、何故か素晴らしく優しい味がした。
因みに夕食は『味噌煮込みうどん』だった。
白い麺に染み込んだ味噌の風味と味。
煮込んでも損なわれない、うどんのもっちもち感。
歯でかむと表面は柔らかいが、途中で歯を押し戻すほどの弾力が残る。
そのまま力を加えると、やがて千切れるのだが……その感触が楽しい。
味噌の甘辛さと香りも、煮込まれることによって
一層味と香りが引き立つ。
土鍋の淵の焦げた味噌がまた、良い匂いを出すんだ……これが。
そこに入れるのは、生卵とネギ、鶏の胸肉だ。
ネギと鶏の胸肉は、一緒に煮込んで味を滲みらせている。
味噌の滲みたネギの風味と甘さが堪らない。
鶏の胸肉の、ともすれば……ぼそぼそした食感が、煮込むことによって
しっとりとジューシーになる。
勿論、味噌の味が染み込み、素晴らしい味になるのもグッドだ。
最後の生卵は、渡してくれる直前で入れてくれる。
卵の固めが好きな人は、土鍋に蓋をして、しばらくしてから食べている。
卵の固さを調整できるのは、土鍋ならではだろう。
熱の保温性が高い、土鍋でしかできない芸当だ。
俺はまず、麺と汁を味わい……それから卵の黄身を突いておく。
すると、トロリと黄身が溢れて広がるので
それをうどんに絡めて食べるのだ。
注意すべきは、黄身を広げる前に麺を
食べ切ってはいけないということだ。(二敗)
その場合は、ご飯を入れてカバーするしかない。(でも食いきれない)
まろやかな卵の黄身は、時間が経って少し濃い味になったうどんに
再び優しい味を取り戻してくれる。
こうすることによって、新しい味を堪能しつつ完食できるわけだ。
勿論、ご飯を入れて雑炊風にしても良い。
その場合は、少しネギと鶏の胸肉を、残しておくのがいい。
なくてもいいが、あったほうが満足度は格段に違うだろう。
「ごちそうさまでした!」
俺は美味しい夕食を作ってくれたエチルさんと、俺の血肉になってくれた
食材達に、深い感謝を込めて『ごちそうさまでした』と言った。
◆◆◆
自室なう。
「おぉ……結局なんにも対策できないまま、寝る時間になってしまった……」
なんということだろうか!
これでは、また寝不足になってしまう!
でもまぁ、明日は学校休みだし……いっか!
こうして俺は……対策もなしに、ベットに潜り込んだのだった。
すいよ、すいよ……ふごごっ!
その夜……再び、あのささやきが俺の耳に入ってきた。
ぼそぼそと……何かを訴えているような、気付いてほしいような声。
どうすれば、この声が聞こえるようになるのか?
何か方法はないか? 俺は考えてみた。
……が、さっぱりと、良い考えは浮かばなかった。
う~む、このままでは、諦めて帰ってしまうかもしれない。
俺はこのささやきに、意識を集中させた。
それしか、方法が考え付かなかったからだ。
「……を…………た……て……」
「きこえた……」
ポツリとつぶやいた俺の言葉に、ささやきの主が反応した。
更に必死に、何かを伝えようとしているが……
俺が理解できる言葉になっていなかった。
相手の必死さが痛いほど俺の心……いや、魂に伝わる。
……魂、そうかぁ……魂だ!
俺は目にも耳にも頼らずに、魂を探した。
目は瞑る、目を開けていたら……それに頼ってしまう。
暗闇に……無数の光があった。
この部屋に生きている無数の命の輝きだ。
輝きは魂そのもの、そのうちの一つが俺に寄り添って
何かを伝えようと動き回っている。
俺はその光を、そっと手で包み込んだ。
「やっと、見つけた。おまえだな? 俺に何か、伝えようとしているのは」
『たすけて、たすけて、ともだち、たすけて』
俺が話しかけても、理解はできていないようだった。
まだ何かが足りない……と、感じた。
いったいなんだろうか? 足りないものとは……
この魂を『見る』のは『桃力』を応用したものだ。
『魂のゆりかご』を発動した際、自然に頭にやり方が浮かんできたのだ。
それを応用して『言葉』に『桃力』を応用できないか……?
やってみる価値はあるな……よし、やってみるか!!
俺は『桃力』を口に集めて、ささやきの主に話しかけた。
ゆっくりと……優しく……
「ふっきゅん! ふっきゅんきゅん!!(こんばんは、俺はえるてぃなだ)」
『!? こんばんは、わたし、ひゅう、おねがい、ともだち、たすけて』
……俺の口からは、珍獣の鳴き声が聞こえたが……どうやら伝わったようだ。
これなら、目にも同様に『桃力』を込めれば、ヒュウの姿が見えるかな?
俺は目に『桃力』を込めて目を開いた。
俺の手のひらには……おそらく、ヒュウであろう精霊の姿があった。
しかし……その姿は痛々しいものであった。
氷の精霊なのだろうか? 手は少しひんやりとしている。
背中の羽は、何枚あったかわからないが
一枚を残して全て溶けるか取れてしまっている。
右腕と左足は太ももから先がない。
顔も半分溶けかかっている。
もう虫の息……だということがわかってしまった。
「ふっきゅ~ん!(なんて無茶を!?)」
俺は、咄嗟に『ヒール』を試みる。
しかし……効果はなかった。
と……いうことは、ヒュウは実体を、持っていないということだ。
であるならば……だ。
「ふっきゅきゅ~ん……きゅん!(ソウル……ヒール!)」
俺はオリジナル治癒魔法『ソウルヒール』を試みた。
淡い緑色の光がヒュウを包み込む。
よかった、治っていく!
実はこれ、最初にムセルの傷を治した時の『ヒール』だ。
効果は、対象の『魂を持つ存在』一体を、元のあるべき姿に戻す、というもの。
つまり……魂さえ入っていれば、なんでも元通りってわけだぁ!
因みに魔力消費量は……まさかの三百MPだ!
測定してくれた魔導機師が、泡吹いて白目になってた。(大袈裟)
貧弱一般ヒーラーは勿論……即死! 俺も、ものすっごく疲れる!!
あんまり使いたくはないっ!
『いたいの、なおった、ありがとう、すごいね』
「ふきゅん。(それほどでもない)」
痛々しい姿から一変、ヒュウは可愛らしい精霊の姿に戻っていた。
長く透き通った白い髪。白い肌。青い瞳は宝石のようだった。
薄く透き通った氷の四枚の羽、水色のレオタードを身に着けている。
パッと見……美少女フィギュアってやつだ。
『ともだち、たすけて、くるしい、しんじゃう』
「ふっきゅん? きゅんきゅん?(友達? どこにいるんだ?)」
俺が尋ねると……どうやら、町の外らしい。
となると……これは、冒険の匂いがしてきやがったぜ!(興奮)
俺の選択肢に、NOの二文字はねぇっ!
救いを求めてやってくるやつには、救いの手を差し伸べる!
それが『ヒーラー魂』ってやつよっ!
ヒュウに案内して貰うことになるのだが……今から行くわけにはいかない。
今は深夜、皆寝静まっている時間帯である。
さて……どうしたものか?
ヒュウの傷も襲われたわけではなく
住処であった氷の傍を離れたためであった。
魔力が徐々になくなっていっても、氷がないため補給ができないらしい。
友達のために、そこまでできるとは……余程大切な友達なのだろう。
なんとか救ってあげたい。
だが……時間帯が合わない。
朝まで待てば、ヒュウの体がまた傷付いていく。
今行っても、門の衛兵に見つかって連れ戻されるだろう。
いや……迷っている暇なんてないか。
こうしている間にも、ヒュウの友達は苦しみ……最悪……
「ふっきゅ~~~~ん!!(モモガーディアンズ!)」
俺の声に野良ビースト達が集まってきた。
「わん! わん! ぉ?(およびで?)」
「ふっきゅーん! きゅん……きゅ~~~ん!!
(出撃する! ヒュウの友達を……救いに行くために!)」
俺の呼び出しに応えてくれた、とんぺー率いる野良ビースト軍団。
こいつ等がいれば、道中も平気だろう。
門の衛兵は……ごり押しで突破だぁ!
俺は急いで寝間着を着替える。
服は……気合を入れる意味で仕事着だ!
白と金の装飾の『聖女の服バージョンつぅ』を選ぶ。
金の装飾が、ダイナミックに増えている、見た目重視の逸品だ。
……これで、準備よしだ!
俺は静か~に、ドアを開けた。
「エルティナ……どちらへ?」
「こんな夜更けに、そのような格好で……何処へ?」
「おまえ等……」
ドアの両脇にルドルフさんと、ザインが立っていた。
その姿は完全武装であった。
「ご学友に、夜不思議な声に起こされている、と聞いたもので……
その御姿は、急患を治療に……でしょうか?」
「拙者も許可を貰い、護衛に参加させてもらった次第でござる。
御屋形様が、どこに参られようと……すぐに、はせ参じるのが
家臣の勤めなればっ!」
どうやら、俺達を止めるために、居たわけではなさそうだ。
「あぁ、急患が発生したっ! 『モモガーディアンズ』出撃だっ!」
「承知しました」
「ははっ! お供仕りますっ!」
俺はこうして……自分の意思で、町の外に向かうことになった。
再び……あの大自然へと向かうのだ。
頼もしき仲間達と……共に!
『魂のゆりかご』を発動したさい を
『魂のゆりかご』を発動した際 に訂正