諦めない心
ホームルーム後……俺とルドルフさんは、ラングステン学校のグランドの隅で
ザインの力量を試すための模擬戦を、開始しようとしていた。
学校のグランドは、なんと二十万平方メートル。
広すぎる……端に辿り着く前に、倒れてしまうぞ。(呆れ)
ラングステン学校は、戦闘系の授業数が多いので、グランド面積を
多くとっているらしい。
小さな集落ならすっぽりと納まるグランドで
のびのびと戦闘訓練をするわけだ。
狭いと訓練中、隣の人に攻撃が当たって危ないからな。
で……何故、その広いグランドの隅で模擬戦をするのかと言えば……
既に今日から、戦闘系の部活動を、行っている生徒達がいるからだ。
大勢の生徒達が、剣や槍を持って訓練に励んでいる。
剣術部や槍術部等は特に人気がある。この学校の二大人気部だ。
逆に拳技部は人気がない……と言うか
町に拳法の道場が多数あるので、皆そちらに習いにいくのだ。
ライオットも、実家が道場なので入部はしていない。
勿論、戦闘系以外もあるが……俺は時間の都合上、入部はしていない。
料理部とか、面白そうなんだがなぁ……
「おかし~おかしは、いらんかね~?」
「さぁ! はったはった! 賭け率は……」
そして、野次馬連中が、わらわらと集まってきた。
主にうちのクラスの連中だが、他のクラスの連中や
近くにいた部活の生徒も、手を休めて見学にきていた。
つ~か、商売すんな! 賭けをしてるのはダナンか!?
お菓子を売ってるのは……アマンダか! 一つください!
アマンダ・ロロリエは、我がクラスの狼少女である。
狼寄りの顔に、同年代では大柄な体。瞳は金色。毛の色は淡い赤。
実家がお菓子屋で、何時も焼き立てのクッキーの匂いがする。
性格は温和で大人しい。
……が、何時だったか、人間の上級生がアマンダを「いぬっころ」と
バカにしてアマンダを怒らせ、その上級生がボコボコに
叩きのめされた事件があった。
獣人……しかも獣寄りである彼女の身体能力は
人間とは比較にならないほど高い。
例え子供でも、軽く人間の大人を倒す能力を備えているのだ。
加えてプライドが高いのも特徴だ。
自分のベースになっている動物に、特別な敬意を持っている。
狼と犬は、似ているが別の動物だって、アマンダは言っていた。
それ以来……アマンダは『レッドウルフ』と、呼ばれて恐れられている。
うん……ボコった後、返り血が付いたまま、凄ぇ形相で相手を見下してたら
そんな二つ名も付くわなぁ?
俺も怒らせないように気を付けよう……(教訓)
「それでは……模擬戦を開始しますよ? 準備は、いいですかザイン君?」
「準備は済んでいるでござる! いざ! 参るっ!!」
模擬戦が始まった。
俺はアマンダから買ったクッキーを、ポリポリ食べながら模擬戦を観戦した。
クッキーは、程良い甘さとシナモンが効いていて、手が止まらなかった。
サクッ、サクッとした音と歯応えが堪らない。
これも美味しさの重要な要素だろう。
あとで、もう何セットか買って、レイエンさんの紅茶と合わせよう。
レイエンさんの淹れた紅茶は、素晴らしく美味しいからな。
おっと! クッキーに夢中で、模擬戦を疎かにするところだった!
ふむ、睨み合いが続いているのか。
ザインのことだから、すぐに突っ込んで行くかと思ったら
意外に慎重だったので吃驚だ。
「隙がないでござる……流石は、エルティナ殿の守護者!」
「さぁ、睨み合っていても勝負は付きませんよ?」
「承知! いざっ!」と、裂帛の気合を込めてザインが上段から
模造刀を振り下ろした。
模擬戦なので刃の付いていない武器を使っている。……当然だなぁ?
ルドルフさんは、半歩体を動かしただけで斬撃を避けた。
ザインは続けざまに、模造刀を横に振り払った。
が、それはルドルフさんの剣に、簡単に防がれてしまう。
「その程度ですか? 遠慮はいりません、全力で来てください」
「うぬっ! ならばっ! いぇあぁぁぁっ!!」
ザインの動きが途端に早くなった!
正直に言おう! 何やってんのか、さっぱりわっかんねぇ!!
カキンッ! シャキンッ! と、音は聞こえど姿は見えず。
ルドルフさんは普通に、立っているだけだけど……
いや、違う……ゆらゆらと揺れながら、時折剣を動かしている。
「あのルドルフってひと……意外と残酷ねぇ?
このままだと……ザインのプライドは、ズタズタになるわよ?」
と……ニタニタ笑いながら、戦いを見ていたクラスメイトの少女
ユウユウ・カサラが、俺に今どうなっているか教えてくれた。
深緑の髪をツインテールにした美少女……なのだが
なんというか……雰囲気が怖い。
整った顔は一級品だし、緋色の瞳は見る者を惹き付けて離さない。
でも、怖い。笑顔が怖い、言動が怖い。その余裕が怖い。
彼女の素質はオールDだ。俺の上位互換だ。(吐血)
しかし……戦闘に関して彼女はトップクラスの強さを誇る。
何故なら……身体能力が異常だからである。
凄い速さで振られる剣を、素手で掴み粉砕し馬乗りになって殴りまくる。
恐るべき速さの魔法を掻い潜り、一撃で相手の顔面を陥没させる。
……いくら練習用の『トレーニングゴーレム』でも哀れになってくる。
身体能力だけなら彼女に勝てる者は少ない。
『素質が全て』と、言われるこの世界において、彼女はイレギュラーなのだ。
二年生になって少し経ったある日、ユウユウと上級生が揉めていた。
上級生は、わりと名のある生徒で『音速剣のなんちゃら~』(忘れた)と
呼ばれていた。
その高い素質と技量を持った、十五歳くらいの上級生を
ユウユウは、圧倒的暴力で沈めてしまったのだ。
その時の彼女の表情は……恍惚の表情であった。
そう……彼女は『Sの人』なのだ。大変危険であるのだ!
決して逆らってはいけない!!(警告)
ただ、流石に相性はあるらしく……塊野郎との戦いでは有効な打撃がなく
少し落ち込んでいた。
ぶよぶよしたものが、苦手なのだそうだ。
「いいぞ! もっとやれっ!!」
ユウユウさん、ザインを心配しているのか、
プライドがズタズタになるのを、期待しているのか……どっちなんですかねぇ?
怖くて聞けない、そう……彼女の前では、俺は怯える珍獣に過ぎないのだ!
……そこ、何時もどおりとか言わないっ!(戒め)
「クスクス……なるほどねぇ、ああやって体力を奪っているんだ?
いいわねぇ、私も今度真似しようかしら?」
「なぁ、なぁ? 今どうなってんだ? 俺じゃあ見えねぇ」
俺はユウユウに、今起こっている戦いの説明を求めた。
だって、見えないんだもんっ!
「そうねぇ……ルドルフさんが、ザインに無駄な攻撃をさせて
体力と自信を奪っている最中よ。
自身は最小限の行動で最大限の防御を、ザインは最大限の行動で
最小限の攻撃しかできていないわ。
ザインが負けるのも時間の問題ね」
と、言ってクスクス笑う。
その笑顔がまぶしいこと、まぶしいこと……おぉ怖い、怖い。
強さなら、そこ等のへっぽこ冒険者より、強いであろうザイン。
手玉に取られている理由は、相手が元王様の親衛隊であった
ルドルフさんだからだ。
こみどり戦みたいな、持久戦ならともかく一対一の戦闘であるなら
これほど戦い辛い相手はいないって、チート様も言っていたし……
とにかく、防御や身のこなしが凄まじいらしい。
やがて、ザインの動きが目に見えて鈍くなってきた。
体力が消耗してきたのだろう。
遂に片膝を付いてしまうザイン。
肩で息をしていることから、相当な体力を使ってしまったようだ。
「それで終わりですか?
その程度ではエルティナの家臣など……夢のまた夢ですよ?」
「ぐ……!?」
ザインの目に諦めが見え始めていた。
無理もないか……ザインはまだ子供なんだし、そこまでがんばらんでも……
次があるよ! 今回は、もうゆっくり休め! な?
「君が……主と仰ぐ少女は、決して諦めませんでしたよ?
どんなに辛い状況でも、どんなに絶望な状況でも……皆を信じて
諦めませんでした。
この程度で諦めるのであれば……
君はエルティナの家臣になる資格はありませんよ?」
あぁ……そうか、これでルドルフさんが、見ようとしているものがわかった。
それは……心の強さだ。
技量や、身体能力はすぐ見れるけど
心の強さって、すぐ見えるものじゃないから、それを見たかったんだな。
「……! まだっ! まだでござるっ!!
拙者は……ここで、諦めるわけにはゆかぬっ!」
刀を支えに立ち上がるザイン。
両足は震え、呼吸は荒く、もう戦う力は残っていないことは
一目瞭然であった。
しかし……目だけは死んでいなかった。
闘志が、死に掛けている肉体を奮い立たせ、再び刀を構えさせる。
何が彼を、そこまでさせるのかはわからない。
「拙者は、諦めぬ! 何がなんでも……エルティナ殿にお仕え申す!!」
よろよろと……ルドルフさん目がけて走るザイン。
最早、模擬戦開始時の速さなど見当たらない。
無様な姿、しかし……その姿は輝いて見えた。
「ザイン! いけいけ!!」
「がんばって! ザイン!!」
何時の間にかザインを応援する野次馬達。
ザインの諦めない姿を見て感化されたらしい。
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
上段の構えから振り下ろされる刀。
それは……ルドルフさんの肩鎧に当たった。
「お見事です、君の『本当の強さ』確かに見させて貰いましたよ」
気を失い倒れ込むザインを受け止め、ルドルフさんは……そう言った。
最後はわざと攻撃を受けたのだろう。
おっとこまえだな! ルドルフさん!!
「どうでしょう、エルティナ?
まだ未熟な部分はありますが……私は彼を『家臣』にしても
いいのではないかと思います」
ルドルフさんがそう言うなら、俺としても認めざるをえない!
俺のために、ここまでやってくれたのだ。
「うん、わかった。
ザイン……これからよろしくな!」
ルドルフさんの腕に抱かれ、気を失っているザインに、
家臣となるのを承諾した俺。
う~む……なんだか、よくわからんうちに色々と変化が起こっているようだ。
これからは、行動に気を付けないといけないのかな?
とか、思いながらザインの寝顔を見ていた俺であった。
脱字 二万平方メートル
修正 二十万平方メートル