ミリタナス神聖国教皇
穴を抜けると、少し広めの空間が姿を現した。
ここなら大人も、立って歩くことが可能だろう。
その奥には、緩やかな坂があった。
とても緩やかな坂で、それを形成している木の根は
滑りにくく、俺でも安全に歩いて行けるようだ。
俺はその坂を、慎重に歩いていった。
壁に生えている、光る苔のお陰で、宇宙を歩いている感覚になる。
その光景を楽しみながら、しばらく坂を上がっていくと……
坂の途中に穴が、ぽっかりと開いていた。
その穴の両脇には、光るキノコがピョコンと生えており
穴と自分の存在を、懸命にアピールしている。
俺は両脇のキノコをジッと見つめた。
ここは、入り口です。ゆっくりしていってね!
……と、両脇のキノコが言っている気がした。
「おじゃましま~す」
別にだれか居るとは思わないが……一応声を掛けて入った。
「ぶひっ」
……何故か、ブッチョラビのひろゆきが、横になって寝ころんでいた。
おまえ……どこから入ったんだ?
他にも、多数の野良ビースト達が、思い思い場所でくつろいでいる。
俺は内部の様子を観察してみた。
とら猫のもんじゃが床の窪みで、ぴちゃぴちゃと何かを飲んでいた。
俺は窪みを覗いてみる。
その窪みには、綺麗な水が溜まっており……
どうやら、底から湧き出ているようである。
壁には所々、大きな窪みが開いており、その中には野良ビースト達が
丸くなって寝ていた。
彼等にとっては、丁度いい寝室のようだった。
何より目を惹くのは……
部屋の中央にある、桃色の木の実が生った小さな木だ。
俺の背丈程度しかないが、丸々と太った桃先生が生っている。
カシュ、カシュと音をする方を見れば……
黒いダックスフントの『もも』が、桃を食べていた。
茶色いダックスフントの『はな』も同じく隣で桃を食べている。
「共食いか……」
「ひゃん!? ひゃん!」
違うよ!? と、言っている気がした。
子犬で胴長短足のももと、はなでも、採れるように桃先生が気を遣ったようだ。
流石……桃先生は格が違った!
それほどでもない……と、俺の頭に桃先生の声が聞こえた気がする。
しかし……野良ビースト達は、どこから入ったのだろうか?
俺はきょろきょろと、部屋を見回した。
すると、部屋の隅に俺が通ってきたものとは違う穴が
開いているのを発見した。
そこから、とんぺーが出てきたので
ここが外と繋がっているのだろう……と、確信した。
他にも入り口があるのだろう。
天井付近では、もっちゅ達が「チュチュ!」と鳴いて飛んでいる。
ふむ……これで、この部屋が野良ビースト達の住居だとわかった。
なんという、至れり尽くせりな部屋なんだぁ……
「確か、まだ上に行けるな……調べなくては!」(使命感)
この部屋を調べ終えた俺は、ムセル達を伴い部屋を出た。
「きゃんきゃん!」
「む? ざんぎも付いてくるのか?」
ゴールデンレトリーバーの子犬『ざんぎ』が、付いてきた。
まだ、子犬だが流石大型犬、既にでかい。
でも、まだまだ子犬なので甘えん坊である。
じゃれ付かれると、俺では手に余るのだ。(非力)
俺は更に、上へ上へと進んで行った。
結構上ったな……疲れてきたんだぜ! ひーこら、ひーこら……
やがて、坂は行き止まりとなった。
行き止まりには、例によってぽっかりと穴が開いており
光るキノコが穴の両脇で存在をアピールしている。
うぇるかむ! 君達を歓迎しよう! と、キノコが言っている気がした。
俺達は穴の中に入った。
「うおぉぉぉ……凄ぇ……」
そこは、外が見渡せる展望台のようになっていた。
転落防止用の壁やら、ツタやらがあるのは桃先生の配慮だろう。
俺達はかなり高い場所まで上がってきたらしく
フィリミシアの町が一望できるほどであった。
部屋の構造は、野良ビースト達の部屋の壁を
取っ払ったような構造だ。
水も湧き出ているし、簡易ベッドもある。
そして、ここには木の実ではなく、テーブルと椅子があった。
テーブルとイスは、細い木の枝が幾重にも織り込まれてできていた。
固定されていて動かせはしないが
丁度いい塩梅で設置されているので問題ない。
「これはいいな! 俺達の秘密基地だっ!」
ここで、ごはんを食べれば最高だろう。
今度みんなを連れて、ここでごはんを食べよう!
俺はフィリミシアの町を見た。
未だ傷跡の残る町……しかし、少しづつだが着実に復興していっている。
風が少し、冷たくなっていた……秋へと向かっている証拠だろう。
三日後には、学校が始まる。
少し延長した夏休みが終わるのだ。
色々あった……夏休みが終わる。
「本当に……色々あったな」
俺は髪に付けた、桃色のリボンに手をやる。
裏の空き地で、いもいも坊やと出会い、別れ、共に生きて行くことになった。
海でヤドカリ君と出会い、別れ、共に生きて行くことになった。
このさき……俺はまだまだ、幾つもの出会いと……別れを繰り返すだろう。
その時、俺は……そいつらを、笑って送り出すことができるだろうか?
「何時か……できるといいな」
吹き抜ける風に、夏の終わりを感じながら
俺達は、フィリミシアの町を眺めていた……
◆◆◆
「よく来ましたね? ミカエル・ムウ・ラーフォン、メルト・ラオ・フォースン
そしてサンフォ・スウ・クラン」
僕達は『聖女エルティナ』様に見送って頂き、帰国することになった。
そして、今……ミリタナス神聖国教皇ミレニア・リム・ミリタナス様に
招集され、ミリタナス大神殿の応接間にて待機していた。
ミリタナス神聖国教皇ミレニア・リム・ミリタナス様。
銀色のしっとりとした美しい髪は腰にまで届く。
瞳の色は左目が赤、右目は緑色のオッドアイだ。
髪の色と瞳の色以外は、初代聖女ミリタナスと瓜二つといわれる
絶世の美女だ。
年齢はわからない、噂では何百年も生きている……とも言われている。
「それで……『聖女降臨』の噂は本当だったと?」
ミレニア様の低く落ち着いた声。
その声は、聞く者を落ち着かせ、安心させてくれる。
「はい、僕達は聖女様の御傍で、しっかりと『奇跡』を目に焼き付けました」
目を瞑っても、しっかりと思い出せるあの光景……
あれを奇跡と言わずして、なんと言えようか?
「その時のことを……話してもらえますか?」
「勿論です……ミレニア様」
僕等はラングステン王国に起こった災害を
それを食い止めた聖女と、その仲間達の話を話した。
荒れ狂う竜巻、それを食い止めるために、国王自ら兵を引き連れて
戦いを挑んだこと。
町に溢れかえった、人を襲う邪鬼達。
それを、命を賭けて倒し住人を避難させる兵士とゴーレム達。
奇跡を起こした神樹の芽を、命を捨ててまで守った芋虫。
託された希望の芽を守り、邪鬼達と戦い続けた勇者とホビーゴーレム達のこと。
そして、聖女を守るために命を投げうった騎士のこと。
全てを賭して、奇跡の引き金を引き、力尽きた……聖女のホビーゴーレム。
「そして……『奇跡』が起こりました。
聖女様の懐より……魂の蝶『シャピヨン』が生まれ
月の光を聖女様に送り込んだのです」
自分でも、興奮してきているのがわかる。
サンフォも、メルトも僕と同じ様子だった。
実際に体験しているのだから仕方がない。
僕は話を続けた。
奇跡の力を神樹の芽に送り込み、驚くべき速さで成長する神樹。
そして、神樹の力で消え去った竜巻。
「奇跡は……これだけに留まりませんでした。
芋虫……キャタピノンと心を通わせた聖女様は、シャピヨンとなった
一匹をその身に宿らせて、自ら『月光蝶』となり……」
この災害で死んだ……全ての者達を甦らせた。
信じられないようなこと、しかし……実際にそれは起こったのです。
町全体を覆う、淡い緑色の光……その全ては救い出された魂達。
そして、聖女様と神樹の『歌』が、死者に再び生きる力をお与えになられた。
「そのようなことが……そのホビーゴーレムも、あなた達と共に?」
「はい、アーク達も共に聖女様のために戦いました」
アーク達がミレニア様の元に歩み寄り跪いた。
「そうですか……あなた達もまた、聖女に……こ、これは!?」
そっと、アークに触れるミレニア様。
そして……目から溢れる涙。
「なんという……優しき力。
この、土塊より生まれし者にも、差別なく惜しみなく愛情を注いでいる。
そうですか……あなたも奇跡を見ていたのでしたね?
その光景があなた達を、ここまで高めたのですね……」
ほんのりと、ピンク色に光るアーク達。
この色は『聖女エルティナ』の扱う力……『桃力』の色だ。
そうか、だからあの時……聖女様の位置がわかったのか。
「ご苦労様でした、あなた達のお陰で『聖女降臨』は
事実だということがわかりました。
今日は疲れたでしょう? 家に帰ってゆっくりと休んでください」
僕達はミレニア様に、挨拶をして退室した。
これからミリタナス神聖国は、しばらく慌ただしくなるだろう。
僕達は遠い異国の聖女……
エルティナ様に、また会えることを、夢見て家路についた。
◆◆◆
何故……聖女が、ラングステンに降臨したか?
答えは簡単だ。
この未曽有の災害を防ぐためだ。
でなければ……このミリタナス神聖国に、直接降臨できたはず。
なんと、優しき少女であろうか?
あのホビーゴーレムから垣間見ることができた光景。
この世のものとは、思えぬほどの美しさ……!
その全てが、聖女の優しさ……すなわち『愛』だ。
本来、その愛はミリタナスの民に注がれるもの……
その優しさ故に、ラングステン王国に降臨するはめになったのだ!
あぁ……なんて、かわいそうな子であろうか!?
その姿はしっかりと、ホビーゴーレムから垣間見ている。
白エルフの、かわいらしい少女だ。
将来がとても楽しみな……とても、とてもっ……!
「抱きしめたいなっ! 聖女エルティナッ!!」
そう! あの子を、正しい聖女に育て上げるのは
ラングステンのじじぃではなく!
この、ミリタナス神聖国教皇ミレニア・リム・ミリタナスであるっ!!
私はテーブルの上に乗り、くるくると歓喜の舞を踊った。
「ぐふふ……早速、聖女を迎え入れる準備を進めなくては……!
正式に『ラングステンの聖女』とか公表しちゃってくれてるみたいだが
そんなの関係ない! ミリタナスに連れて来てしまえばこっちのものよっ!」
私しか居ない部屋に、私の笑い声が響き渡る。
はぁ、はぁ……会える日が楽しみだ。
待っててねっ!? エルティナちゃん!!
◆◆◆
学校なう。
「これで、第二学期の挨拶を終わります」
校長のくっそ長い挨拶が終わった。
途中バタバタと倒れる生徒が何人もいたが……
「校長って、ここくらいしか生徒と接点ないから、張り切り過ぎなんだよな」
アルのおっさんも、少し呆れ気味であった。
「そのようですな? アルのおっさん男爵先生」
「うっせぇ、聖女食いしんエル坊」
お互いに妙な称号が付いたものだ。
思えば、アルのおっさんに出会わなければ
俺はどのような生き方をしていただろうか?
普通に、野良珍獣として生活していただろうか?
それとも……いや、考えてもしょうがないか。
「よし、戻るぞおまえら~」
アルのおっさんに連れられて、教室に戻る俺達二年八組の面々。
教室に入り久しぶりに自分の席と再会する。
「おいおい! 食いしん坊って、本当に聖女だったんだな!?」
「あれ、どうやってやったんだ? 教えろよ~!」
わらわらと、クラスメイトがやってきて取り囲まれる。
どうやら、今回の件で俺が本物だと認識したようである。
俺はぶっちゃけ、どうでもいいのだが……
「エルティナ殿~! お願いがござるっ!!」
「どうすた? ザイン、腹でも減ったか?」
クラスの侍小僧、ザイン・ヴォルガーが
取り巻きを、ふっ飛ばして突入してきた。
無茶するなぁ……
「否っ! お願いとは……
拙者をエルティナ殿の家臣に、して頂きたいのでござるっ!」
「ふぁ……!?」
ガバッと、土下座をして俺に頼み込むザイン。
いったい……どうしたんだ?
「それは、俺が聖女だってわかったからか?」
俺は、よくあるパターンを思い出していた。
身分がわかった途端、手の平を返したように言い寄ってくる連中。
そして、それらを歯にも掛けない主人公達。
これは……そのパターンか!?
「それも否っ! 拙者がことを決断した理由とは……
式典の際、首に掛けていた『始祖竜の首飾り』の所持者故でござる!
拙者の一族は代々、その所持者を探し当て、仕えるのが使命になればっ!
何卒、何卒……お頼み申し上げるでござるっ!!」
そう言って、再び頭を床に付けて、五体投地の構えになったザイン。
これ『始祖竜の首飾り』っていうのか……初めて知った。
というか、これ……例によって『はい』って言うまで続けるパターンか!?
そっちは、想定外だったぜ!
う~ん、悪いやつじゃないのは知っているが……どうしたものか?
「うむ……いいことを思いついた!」
なんか、爆発しそうな某司令官みたいなことを言ったが……
これも、考え合ってのことだ。
俺が考えたのは『モモガーディアンズ入隊試験』だ。
弱いやつが、わらわらと俺に仕えに来るのを防ぐのだ。
俺って、結構危ないことに関わっているから、巻き添え食うと
普通に死ねるからな。
でもまぁ……ザインの腕前なら、余裕で合格できるだろうが。
ザインはこのクラスでも、トップクラスの強さに成長しつつある。
ヤドカリ君の一件が、彼に相当な衝撃を与えたらしく
それ以来、メキメキと腕を上げている。
「ザイン、これから試験を行う。
それに合格したら、好きにしていいぞ?」
「おぉ! 望むところでござる! して、試験の内容は!?」
勿論、戦闘試験だ。
相手は……そうだなぁ? こういう時はルドルフさんに聞いてみるか?
俺は、教室の外で待機している、ルドルフさんを呼んだ。
本来……学校には、護衛専用の待機所なるものがあるのだが
ルドルフさんは律儀に「すぐ駆け付けなければ、護衛の任は果たせません」
と、言って教室の外で待機しているのだ。
頭が下がる思いです。はい。
「……と、言うわけなんだ」
「なるほど……ではエルティナは、だれを相手にしようと?」
と、ルドルフさんが聞いてきた。
俺が、最初に決めていた相手は……
「とんぺー」
「ザイン君を殺す気ですか?」
と、わりかしマジな顔で言ってきて、ほんの僅かビビった。
というか……どんだけ強いんだ? とんぺーって……
「二日前の訓練中に、手合わせして貰ったのですが……噂どおりの強さでした。
流石に陛下を、唸らせるだけのことはあります。
下手な冒険者なんて、相手にもなりませんよ?」
そんなに強いのか……普段、戦っている姿なんて見ないからなぁ……
まえだって、チラッと見た程度だし……俺が知っている、とんぺーの姿は
何時もベッドの傍で、お腹見せて寝っ転がってる姿だ。
「ただ……彼は手加減が苦手みたいで、私も命懸けの訓練になりましたよ」
「そっか~、じゃあ……ひろゆきでどうだ?」
ブッチョラビのひろゆきなら……いいだろう。
あいつなら、手加減もできそうだ。
そして、無駄に強い。
「その前に、手伝ってくれなさそうですが……」
「あー!? そうだったぁ!!」
究極の面倒臭がりなのを忘れていた。不覚っ!
となれば……あとは、ムセルくらいしかいないぞ?
「私が彼の力量を計りましょうか?」
ルドルフさんが協力を申し出てくれた。
護衛で忙しいのに、そんなことまで頼めないんですが……?
「おぉ! 是非に! エルティナ殿の守護者とならば
存分に力を見せれましょうっ!!」
ザインも乗り気になった。
ん~、まぁいいか……お願いしちゃおう。
今日は授業はないので、ホームルーム後……
グランドで試験をすることになった。
果たして、どうなることやら……
誤字 サインはこのクラスでも
訂正 ザインはこのクラスでも
誤字 アルのおっさんに出合わなければ
訂正 アルのおっさんに出会わなければ
誤字 ヤドカリ君の一軒が
訂正 ヤドカリ君の一件が
修正前 二日前に訓練中、手合わせして貰ったのですが
修正後 二日前の訓練中に、手合わせして貰ったのですが