聖女エルティナ
◆◆◆
「午後六時三十八分……再生鬼『ギュンター』の消滅を確認」
私は、フィリミシアを一望できる、高い崖の上から
ことの結末を、全て見届けた。
再生鬼『ギュンター』の残留思念を、小さな竜巻に融合して放った結果……
非常に興味深いデータが取れた。これは使える。
『デュリンク博士、結果はどうだった?』
『テレパス』による遠距離通話。この声は彼か……
私は簡潔に結果を伝えることにする。余計な情報は伝えない。
『午後六時三十八分、桃使いによって『ギュンター』消滅。
フィリミシアに『神桃の大樹』が発生。
尚、フィリミシアの損害は甚大』
……こんな、ところだろう。
彼も、過程には興味がないはずだ。
『桃使いはどうなった?』
彼にしては珍しいな? 敵のことを知りたがるとは。
『生存を確認。かなり消耗してはいますが……』
『そうか』
言葉短に返事を返してくる。
あの、桃使いに……何か思うところが、あるのだろうか?
『ふふふ……まさか、食い残しがあそこまで、化けるとはな?
熟す時が楽しみだ……
デュリンク博士、あれは俺の物だ。ちょっかいを掛けるなよ?』
『ええ、わかりました。覚えておきましょう……アラン様』
そう、私に釘を刺して『テレパス』終えるアラン。
……ふん。ちょっかいを掛けるなだと?
それは、こちらの台詞だ。
彼女に手を出していいのは……この世界において、私以外にはありえない。
私は、風を遮断するために、張っていた結界を解いた。
まだ風は強かったようだ。
深めに被っていたフードが風で捲れてしまった。
「ふふ……エルティナ……」
風になびく私の、黄金色の長い髪。
そして……白く長い耳が顕わになる。そう、私も……彼女と同じなのだ。
「再び、白エルフの黄金の時代が来る。君の誕生が、その証拠だ。
だれにも、邪魔はさせない。誰にもだ……くっくっく…………」
この世界を支配するのは、低俗な種族ではいけないのだ。
そう、我々白エルフこそが、相応しい。
人間でも亜人でも、ましてや『鬼』でもない。
彼女は期待どおり、この試練を乗り越えた。
最早、疑うことはない。
「時が来れば、迎えに来ますよ……我が『伴侶』よ……」
私はいずれ来る、白エルフの黄金時代を確信し……その場を後にした。
◆◆◆
午後七時二十二分。桃先生の木の下。
「うぅ……?」
「……!! エルティナ、エルティナ!! 私がわかるかっ!?」
俺は意識を取り戻した。
いったい、どれくらい意識を手放していたのだろうか?
ぼやける目に映っているのは……
「パパン……」
血に塗れ痛々しい姿のパパン。
傷だらけの手は、俺の小さな手をギュッと握っている。
そして……大粒の涙を流していた。
「よかった……本当に、よかった……!!
もう、娘を失うなんて……私には耐えられん!!」
パパン……そうか、俺には……俺が死んだら、悲しむ人が居るんだ……
あの時、諦めちゃいけなかったんだ。
今回は偶々、いもいも坊や達が助けてくれたけど、一歩間違えれば……
俺は辺りを見回した。
俺が目を覚ましたことに気付いた皆が集まってくる。
皆「大丈夫か?」とか「痛いところは?」と聞いてくる。
ライオット、プルル、ヒュリティア……皆が心配してくれている。
でも……俺は思い出してしまった。
桃先生の木の下で……横たえられているルドルフさんには
頭からマントが被されていた。
もう彼は……息をしていない。
そして……ムセルも……もう……いない。
「折角……竜巻を退治しても、こんなんじゃ……笑えねぇよ……」
フィリミシアの町のダメージも甚大だった。
町中の建物は、半壊または全壊。市民にも多数の死傷者が出た。
あの、活気に満ち溢れていた町は……その面影をなくしていた。
「エルティナ……よく、やってくれたな」
「王様……ルドルフさんが……」
王様は、ルドルフさんを見て、眉間のしわを深くする。
そして……固く握られた拳は震えていた。
「ルドルフ……立派に務めを果たしたのだな? 見事じゃ……」
とんぺーと、ぶちまるも王様に付いて来ていた。
今は……ルドルフさんに寄り添っている。
短い間だったが、共に戦った仲間だと思っているようだ。
時間が経つにつれて、人がどんどんと集まってきた。
「エルッ!! あんたっ!! よく無事で……!!」
ミシェルさんが、避難所からここまで駆けつけてきた。
ミシェルさんだけじゃない、クラスの皆も、避難していた市民達も
ここに集まってきていた。
「エルティナ様っ!! よくぞ、ご無事で……」
「エレノアさん……こんなところにきて……お腹に響くよ?」
「安定期に入ったので、少しは大丈夫です」と、俺を心配して
エレノアさんまで来てくれていた。
でも、皆なんで……ここに、俺達が居るってわかったんだ?
「やっぱり、いましたね? エルティナ様」
「無茶ばっかりして……本当に」
ティファ姉と、ミランダさんまで!
「不思議そうな顔をしてるでござるな?
学校の先輩が『ウォッチャー』の魔法で、映像を映していたので
エルティナ殿の存在が知れたのでござるよ。
「ザイン……無事だったか」
多少の傷は負っているが、大丈夫な様子だ。
他のクラスメイトも、似たような状態だった。
『目が覚めたようだな?』
脳内通信。この声は桃大佐か。
『あぁ……桃大佐、言いたいことが、山ほどあるんだが?』
『うむ、だが……先にやって貰うことがある』
これ以上、何をしろっていうんだよ……?
もう、俺はボロボロなんだぞ? スクラップなんだぞ?
『君はこの国の「聖女」だったはずだ』
『そう言うことになっている』
ふっ……と、桃大佐が笑った声がした。
『では、君に今日のラストミッションを与える。拒否権はない。
君には……『奇跡』を、この場で起こしてもらう。
詳細は桃夜大尉に……いや『桃先輩』に教えている。
では……健闘をいのる!!』
奇跡って……それができれば、最初っからやってるぜ……
ふぅ、全くなんだって言うんだ、あの爺さんは。
もし直接会うことがあったら、でこぴんを食らわせてくれるわっ!
『エルティナ、これから行うのは……禁断の術『黄泉返り』だ。
その後……桃先生と共に、ある秘術を行って貰う。
桃大佐に……感謝することになるな……』
『どういうことだ? 桃先輩?』
俺の前に、一匹の虹色の羽を持つ蝶がやってきた。
いもいも坊やが、成長した姿だ。
そして……その体が、淡い緑色の光となって解けていく。
「えっ……!? まてまて!! 何やってるんだ、いもいも坊や!?」
「エルティナ、身魂融合だ。
これは、月の神と……この子の合意の上だ」
俺の頭に、再びあの声が聞こえてくる。
いもいも坊やの声だ。
えるちん、えるちん!
ぼくのちからをつかって……たいせつな、たいせつな
ともだちと……かぞくを、むかえにいこうよ!
ぼくたちは、かなしいかおをした
えるちんをみると、かなしいよ! かなしいよ!!
「でも……そうしたら、いもいも坊やは……!!」
だいじょうぶ、だいじょうぶ!
ぼくたちは、えるちんにたくさんの、やさしさと
しあわせなきおくを、もらったよ、もらったよ!
だから、おんがえし、おんがえし!
それに……きえるわけじゃないよ!
えるちんがぼくに、ぼくがえるちんになるだけなんだよ!
さぁ……むかえにいこうよ! むせると、たいせつなともだちを!
「いもいも坊や……ありがとう! その思い、絶対に無駄にしない!
……身魂融合! 俺と共に生きよう! いもいも坊や!!」
いもいも坊やが、淡い緑色の光となって、俺の周りを漂い始める。
そして、ゆっくりと俺の胸に吸い込まれていく。
いもいも坊やとの出会いから、別れまでの記憶と思いが
俺の魂に刻まれていく。
……えるちん、だいすき。
すっと……いっしょだよ…………
「ごちそうさまでしたっ!!」
合掌して、深く……深く感謝する。
こうして、俺といもいも坊やは一つになった。
あぁ、そうだな……
一緒にまだ見ぬ、新しい景色を見に、散歩に出かけような?
いもいも坊や……
『無事に身魂融合が済んだようだな。
これより「黄泉返り」の知識をあたえる。
ただし、これは最高機密だ。外部への情報漏えいは重罪となる。
覚悟はいいな?』
『あぁ……やってくれ』
『黄泉返り』の知識が転送されてくる。
膨大な情報量に、俺の脳が悲鳴を上げる。
『よし……転送完了だ。道は彼等が開いてくれる。
いけるな? エルティナ!!』
『応! どこまでもいけるぜっ!!』
俺の頭上で十匹のいもいも坊や……いや今は光る蝶。
よし『ぴかちょう』と名付けよう! 我ながら良い名だ。
ぼくらのちからで、みちをひらくよ、ひらくよ!
おつきさま! おつきさま!
ぼくらのたいせつなかぞくに、きょうだいに!
ちからをかして! ちからをかして!
ぴかちょうの輪をとおって、今一度……俺に大切な者を取り戻す
力を与えてくれる月の光。
「いくぞっ! いもいも坊や!! 月光蝶っ!!」
俺の背中から、虹色に輝く羽が生える。
そして、ふわりと宙に浮き……ぴかちょうの輪に入る。
輪の中心で止まり……俺は『黄泉返り』の術を発動した。
俺とぴかちょうを、包み込む虹色の光が、この場に満ち溢れた……
◆◆◆
俺は暗い闇の中を飛んでいた。
何もない、本当に何もない。ただ、ただ……闇のみの世界。
『わかっているとは思うが……目標の手を握ったら
出口まで後ろを何があっても、絶対に見るな!? いいな!!』
『あぁ……わかっている! 冥府に引きずり込まれるんだろ!!』
俺は魂のみの状態で、ここにきている。
更に、魂を何十体にも分けて、亡くなった人の魂を探しに来ていた。
そう、俺達はこの、騒動で死んだ人……全員を連れ戻しに……いや……
取り戻しにきたのだ。
死亡者の名前は全員分、桃大佐がリストを作成して送ってくれている。
大佐……これに免じて、でこぴんから、でこつんに減刑してやろう!(寛大)
これは、時間との戦いだ。
魂が冥府に入ってしまえば、もう二度と……連れ戻すことはできなくなる。
急げ……急げ…………!!
俺は闇を、虹色に光る羽で、切り裂きながら飛び続けた……
◆◆◆
ここは……どこだろうか?
私は歩き続けた。段々と下りていっているようだが……
私は、だれだろうか……? 思い出せない……何も。
あるのは、ただ……ただ……闇。
私はどうして、ここに居るのだろうか?
何も聞こえない、何も見えない、何も感じない。
私は、何時の間にか……立ち止まっていた。
何か……思い出せそうなのだ。
私は……私は……
その時、だれかが私を呼んだ気がした。
いったいだれが? なぜ……その名を私だと思った?
段々と近付く声。
……私は、その声を知っている! 知っているのだ!!
「ルドルフさんっ! ルドルフさんっ!!」
私をルドルフと言った、虹色の羽を持つ少女が……私の手を握った。
途端に色づく私の記憶の数々! ……思い出した!!
辛いこと、悲しいこと……嬉しいこと、楽しかったこと。
大切な仲間達、敬愛する国王陛下……そして、守るべき少女のことを……!
「エルティナッ!!」
私は、聖女エルティナと共に、宙を飛んだ。
闇を光の羽で切り裂き、帰るべき場所を目指す。
しかし、闇は……そうはさせじと、亡者達を私達に向かわせる。
私を連れ戻そうとしているのだ。
このままでは……追いつかれる!!
私を連れているせいで速度が出ないようだった。
「エルティナ! 私を置いて脱出を!!
このままでは……あなたまで亡者になってしまいます!」
「断る! 断固として断る!」
ギュッと握られた手。
それは、少女の覚悟の証。
亡者達がもう、目前まで迫ってきた。
しかし……その時、闇から亡者が現れ、追ってきた亡者を食い止めた。
いったい、どういうことだ? なぜ……
「ここは、まだ……おまえの来るところじゃない」
「……!! ルクセン隊長!?」
次々と現れる、かつての同僚達。
皆……魔族戦争で戦死した者達だった。
「おまえが来るには、あと三十年早いよ?」
「この、もやし野郎が! とっとと、訓練所に戻って鍛え直せ!」
「いけっ! ルドルフ!! 『鉄の盾』魂を忘れるな!!」
……私は皆を守っているつもりでいた。
そうありたいと、思っていた……だけだった。
実際は……私は守られていた!
先輩に、仲間に、そして……聖女エルティナに!!
『鉄の盾魂』……私も何時か、皆のように成ることが……できるのだろうか?
いや……成ってみせる。
何時の日か、きっと、偉大なる盾になってみせる。
大切な人を、そして自分自身をも守る盾に……
そう、私は何時の日か『全てを守る盾』になってみせます!
見ていてください! ルクセン隊長! 先輩方っ!!
そして……光が見えた。
私は聖女エルティナと共に、光の中に飛び込んだ……
◆◆◆
あれから……リストに載っていた魂は、ムセルを除き全て連れ戻した。
だが、ムセルだけが……見つかっていなかったのだ。
「どこだっ!? ムセルッ!? 返事をしてくれっ!!」
喋れないのは、わかっているが……もう時間がない!
『エルティナ! 魂の道が限界だ!! あと三分で閉じるぞ!!』
どこだ……どこだ……!? お願いだ! ムセルッ!!
皆が、おまえの帰りを、待っているんだぞ!!
俺はムセルを探し、ひたすらに飛び続けた。
向こうでがんばっている、ぴかちょう達も、そろそろ限界らしい。
『エルティナ! 冥府に近付き過ぎだ! 取り込まれるぞ!!』
『……いたっ!! ムセルだ!!』
冥府の門らしき物を、潜ろうとしている
傷だらけの小さなホビーゴーレム。
……見間違えるわけがない! 俺の……息子だ!!
「ムセルぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
俺はありったけの、力を込めてムセルを呼んだ。
想いをのせて、魂をこめて……
ムセルが振り返った。
その姿は……三つあったカメラアイは二つが壊れ
残る一つもヒビが、入っている。アンテナも折れてなくなっていた。
エスザクの右腕はなくなっており、左腕も肘から先はない。
体の至るところに、亀裂が走っていた。
見るも無残な姿。
「突っ込む! 取り戻す……! 俺の息子を!!」
亡者共が現れる。
ムセルを連れて行こうと、うじゃうじゃと湧いてくる。
「坊やっ!! 俺に力を! ……月光蝶であるっ!!」
背中の虹色の羽が輝きを増し、闇の世界を照らす。
亡者達はその光に怯み……俺はムセルを取り戻すことに成功する!
「ムセル! ムセル……!! やっと、やっと会えた!
さぁ、帰ろう! 皆が、イシヅカが、ツツオウが……
おまえの帰りを待っているぞっ!!」
『来るぞっ!! エルティナ!! 今までの……比でない数の亡者だ!!』
闇全てが……亡者ではないかと、思うほどの量だった。
闇一面を覆う蠢く亡者達。
俺は光を目指して羽ばたいた。
取り付こうとする、亡者をなんとかかわしながら。
そして……光が見えた。
『エルティナ! 魂の道が閉じるまで、一分を切った!!
閉じれば俺達も、死ぬことになる!! ムセルも助からんぞ!!』
『わかってる……!? くっ!! 離せ、この野郎!!』
遂に足を掴まれた。
なんとか逃れようと、もがくが離してはくれない。
時間が……時間がないんだ!! 離しやがれっ!!
『残り……三十秒!! エルティナ!!』
『ちくしょう! ちくしょう!!』
その時……光から、赤い光が飛んできた。
暗い闇を切り裂き飛ぶさまは……『赤い彗星』のようだった。
『赤い彗星』は、俺の足を掴んでいた亡者に弾丸を放った。
たまらず手を離す亡者。
そして、俺達とすれ違う『赤い彗星』エスザク。
それが……エスザクとの最期の別れとなった。
俺の後ろで激しい戦いの音がする。
しかし、俺は振り向けない。振り向いてはいけない!!
『振り向くな! エルティナ!! 飛べ! 光に向かって!!
あと……十五秒だ!!』
「うおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺は全力で、光に向かって飛んだ。
早く……速く……はやくっ!!
『カウント! 五……四……』
「間に合えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
徐々に小さくなっていく光……!
とどけっ! とどけぇぇぇぇぇぇぇっ!!
『二……一……エルティナ!!』
「……!!」
俺達は…………
◆◆◆
俺は、ゆっくりと目を開けた。
目の前には、ゆっくりと輪を描いて舞い続ける、ぴかちょう達の姿。
俺達は間に合ったのだ。
全ての魂を、取り戻したのだ。
「よくやった。エルティナ」
「あぁ……でも、これからだ」
今俺の周りには、淡い緑色の光が、無数に漂っていた。
この光、ひとつ、ひとつが……取り戻した魂達だ。
俺は、最後の秘術のために、この魂達を食べる。
「身魂融合!!」
大量の魂達が、俺の中に入ってくる。
様々な想い、記憶、やさしさが、俺を満たす。
『さぁ……時は満ちました。
奏でましょう、歌いましょう、魂の歌を』
『あぁ……やろう。桃先生!』
俺は、桃先生の木と波長を合わせる。
心を、命を、魂を合わせる。ゆっくりと、ゆっくりと……
『シンクロ率……80%……90%……100%!?
これは……こんなことが、起こり得るのか!?』
桃先輩が何やら驚いているようだが、今はそれどころではない。
今……俺と桃先生は一つとなり……フィリミシアの町を覆うほどの
『桃力』を放っている。
そして、俺達は歌った……『魂の歌』を。
汝等は旅人、この世に生まれ、生き、死す定め。
汝等は旅人、この世で喜びを、悲しみを、希望を、絶望を知る。
汝等は無垢なる魂、例え穢れようとも、輪廻にて穢れは落ちる定め。
汝等は無垢なる魂、疲れ果て倒れても、輪廻にて癒されるが定め。
されど……傷付き、疲れ果て、悲しみの闇に沈むのなら……
我等は、汝等を優しく抱きしめよう……悲しみが癒されるまで。
我等は、汝等を労わろう……その疲れが癒えるまで。
我等は、汝等を治そう……その傷が癒えるように。
我等は歌う、魂の歌を……! 汝等の魂に届くように!
何時までも……いつまでも!!
「身魂融合……秘術! 『魂のゆりかご』!!」
俺の中の魂達が、桃先生に移動していく。
そして、その魂達はまた、俺の中に返ってくる。
ぐるぐると、ぐるぐると回る魂達。
俺達は歌い続ける。
傷付き、疲れ果て、悲しみぬいた、魂が癒されるように。
そして……魂達が癒されたのを確認した。
頃合いのようだ。さぁ……最後の仕上げだ。
「桃先生! いくよ!」
『いいですとも!』
『桃力』は万能の力、エネルギーは勿論、物質にすら変化する。
俺は、まだできないが、桃先生なら……ちょろいもん。
この莫大な『桃力』によって、勝利が約束される!(確信)
「身魂融合……秘術! 『旅人の帰る家』!!
……魂達よ! 愛しき者の元へ帰れっ!!」
桃先生の木から、凄い数の光が飛んで行った。
全て魂達である。
自分の家……すなわち肉体に帰っていったのだ。
そして……ルドルフさんの、亡骸に光が入っていった。
桃色に輝くルドルフさんの体。やがて光は収まり……
「私は……ここは……?」
ルドルフさんが、生き返った。
これには、皆もビックリしていたが……どこも、おかしくはない。
むしろ、見事だと感心する。(自画自賛)
「これは……傷が、治っていく!?」
ヒュリティアが、治っていく傷を見て、驚きの声をあげた。
そう、これが『魂の歌』の効果。
このフィリミシアの町、全体に聞こえるように歌ったのだ。
くそでっかく歌ったわけじゃない、魂に聞こえるように響かせたのだ。
みるみるうちに、傷付いた体が癒えていく。
無論、それはホビーゴーレム達にも、適用される。
なくなったイシヅカの腕が再生していく。
壊れたツツオウの発声器官が直っていく。
傷付いた戦士達が、直っていく。
そして……イシヅカとツツオウの元に、光が集まり……
人型の形を成していく。
「おかえり……ムセル」
緑色の武骨な……むせる感じのホビーゴーレムが、帰ってきたのだ。
しかし、その姿は……最初に生まれた姿のムセルだった。
右腕が……元のムセルの物。
つまり、エスザクの魂は、ムセルを逃がすために……
「ありがとう、エスザク」
俺達の目標でライバル、そして……恩人のホビーゴーレムに
深く感謝を込めて言った。
よかったね! よかったね! えるちん!
ぼくたち、うれしいな! うれしいな!!
えるちんが、また、わらってくれて、うれしいな! うれしいな!
「ぴかちょう……おまえ達のお陰だよ。
本当にありがとう……ありがとうぅ……ありがどぉぉ……」
俺の目から、大量の涙が溢れてきた。
理由はわかっている。
いよいよ……この子達との別れの時が、やってきたのだ。
いもいも坊やと、身魂融合して……わかってしまった。
この、ぴかちょうは……魂なのだ。
肉体を持ってないが故に、風に影響を受けずに飛んでいたのだ。
わらって、わらって、えるちん!
ぼくらは、しあわせだったよ! しあわせだったよ!
たくさんのおもいでを、たくさんのやさしさを、たくさんの……
しあわせな……きおくをもって、おつきさまにかえるよ!
ばいばい! えるちん! ばいばい! えるちん!
いもちゃんを、よろしくね! よろしくね!
「あぁ! あぁっ!! ばいばい! またなっ!!」
ぴかちょう達は、ひらひらと、ひらひらと……月を目指して飛んで行った。
俺は精一杯、笑顔で見送った。
かけがえのない……家族達を……
空は無数の光に満ち、夜とは思えないほど輝いていた。
ぴかちょう達と、入れ替わりに……空から何かがゆっくりと下りてきた。
それは……小さな木だった。
俺の手でも握れるくらいの……若木だった。
それを見て、桃先輩が驚きの声を出した。
「これは……!? そうか、そうか!!
エルティナ、これは……おまえの武器にして従者だ。
桃使いが一人前の証として、与えられる生涯の相棒だ!」
「これが……? おれの……」
俺は目の前で、ふわふわ浮かんでいる若木を手に取った。
ドクン! と、魂が震えた。そして……理解した。
間違いなく、この若木は……俺の相棒だと。
「名前を付けてやれ……生まれたてのそいつには、まだ名がない」
「名前を……俺が……?」
俺は無意識に、空を見上げた。
無数の輝く星が、夜空にあった。
……とても美しい光景だった。
「決めた……おまえは『輝夜』だ!
輝く夜に、俺の元にきたから輝夜だ! よろしくな? 相棒!!」
ほんのりと桃色に光った。
喜んでくれたのだろう。
「輝夜か……これも、また……宿命とでもいうのか……」
「どうしたんだ? 桃先輩?」
俺が、しんみりしていた桃先輩に話しかけると……
「いや……なんでもない。
それよりも……下の連中に手を振ってやれ。
おまえは『聖女』として奇跡を起こし、沢山の命を救った。
その姿は、もうこの町に知れ渡ったことだろう。
おまえは……今、本当の『聖女』に、なったのだからな」
俺は、言われるままに、手を振った。
沸き上がる歓声。喜びの声。俺を称える声。
どうやら……俺は本格的に『聖女』を、続けなくてはならないらしい。
「まさか……成り行きでなった『聖女』が
こんなことまでに発展するとはなぁ……これもう、わっかんねぇな?」
今日は疲れた。もう、休みたい。
今後のことは……明日以降、ゆっくりと考えよう。
ただ……ただ、今日はもう、休みたい。
俺はゆっくりと、皆の元に下りて行った……
二章 おわ~りです。
次回から三章、フィリミシア再興編……とみせかけた
何かが、始まるかもっ?