桃の聖域防衛戦
午後十二時三十分。桃力の供給開始……
「さぁ……受け取ってくれ。桃先生!」
俺は桃先生の芽に『桃力』を供給し始めた。
両手を桃先生の芽に向け、優しく……ゆっくりと注ぐ。
そ~と、そ~っと……
桃力を注がれた桃先生の芽は、ほんのり桃色に光り始めた。
桃力の供給が上手くいっている証拠だと思う。
「そうだ、その調子だ。
焦って『桃力』を注ぎ過ぎるな?
『神桃の芽』が破裂してしまったら、全てが終わるからな」
そう、この作業は時間が掛かるのだ。
桃先生の芽が成長して『木』になるには
ゆっくりと『桃力』を注いで……ざっと三時間らしい。
……長い! 長すぐるっ! その半分で、なんとかなりませんかねぇ?
「では……私は、町の子鬼達を倒してきます」
「よろしく頼む、タカアキ殿」
タカアキは、町のこみどりを退治しに向かった。
桃先輩がタカアキに、こみどり討伐を頼んだのだ。
その際、フィリミシア城で留守を預かっている
エドワードの様子も見てきて欲しいと付け加えていた。
タカアキの能力なら可能だろう。
この作戦は、超持久戦だ。
俺がこうしている間にも、町にはこみどりが降ってきている。
他の場所に下りたこみどり達も……殆どは、ここに向かって来ているらしい。
俺の『桃力』に反応しているようだ。すっげー迷惑。(確信)
地上のこみどりは、パパン達やタカアキが減らしてくれるが
空から降ってくるやつは、そうはいかないのが現状だ。
うちの面子で、上空のこみどりを迎撃できるのは
ムセルくらいなものなのだ。
そして……『桃の聖域』に、こみどりが降ってきた。
「上空より子鬼二体! 地上より三体! 迎撃せよ!」
桃先輩が『桃の聖域』を中心にレーダーを展開して
敵の接近を教えてくれる。
あとは……ルドルフさん率いる『モモガーディアンズ』の出番だ。
「ムセルは上空の敵を! ビースト隊は地上の敵を各個撃破!!」
空の敵はムセルのヘビィマシガンと、もっちゅ達の攪乱で
地上は機動力のあるツツオウと、野良ビースト達が担当だ。
イシヅカとブッチョラビは、俺と桃先生の芽の防衛に当たっている。
この少ない戦力で、どれだけ持ちこたえられるか心配だが……
絶対に成功させてみせなくては!
「見ていてくれ……いもいも坊や達!
おまえ達が、命を賭けて守ってくれた桃先生の芽に誓って
この作戦……絶対に成功させてみせる!!」
◆◆◆
「そうか! よぅし!! おまえ等ぁ! 聖女様が作戦を開始した!
俺達も時間を稼げっ! いいなっ!!」
「おぉぉぉぉぉぉっ!!」と、掛け声が上がった。
現在俺達は、魔法使い二百名による
拘束土魔法『アースチェイン』で、竜巻の足止めを慣行中だ。
目的は勿論足止めである。
魔法で作り出した巨大な土の鎖が、竜巻を絡め取り移動を停止させる。
当然『子鬼』達による妨害が発生する。
やつ等は、土の鎖を食べて破壊しようとしているのだ。
これには魔力を補充して鎖を再生させて対処。
それとは別に、直接こちらに向かってくるもの。
遠距離から、光線を撃ってくるものがいる。
向かってくるものは、騎馬隊で撃退。
遠距離は残った魔法隊で殲滅だ。
光線はできるだけ回避。できなければ盾や武器で防ぐしかない。
俺達が、いかに時間を稼ぐかが、作戦の成功、失敗を決めることになる。
効率よく戦わねば……
「各隊! 『子鬼』共を魔法隊に近付けさせるな!
負傷した者は、すぐにヒーラーに治してもらい復帰しろ!」
こんな、危険な任務でもヒーラー達は、勇敢に働いてくれている。
いくら感謝してもし足りないくらいだ。
しかし……本当に、肝が据わった連中だぜ。
どうやったら、あの連中みたいになるんだろうか?
「なんとしても、阻止限界点を突破させるなよ!?」
阻止限界点は、フィリミシア東部の作物地帯の手前だ。
そこをやられると、大打撃になる。
下手をすれば……飢え死にする者も出てくるだろう。
そこの手前に……元Sランク冒険者、アルフォンスが陣取り
上級拘束土魔法『ガイアチェイン』を準備中だ。
「できるなら……アルフォンスのところに行く前に、なんとかしたいが……」
そうはさせじと、子鬼共がわんさかと押し寄せてきた。
その様子は……動く巨大な黒い絨毯だ。
相手は小さく攻撃が当てにくいくせに、こちらには容赦なく
攻撃を当ててきやがる。えげつないやつ等だぜ。
それに……あの、聖女の嬢ちゃんが、纏わせてくれた力も無限じゃない。
……ここが正念場だな。
「各隊! 子鬼を迎撃するぞ! 俺に続けぇぇぇぇぇっ!!」
俺は愛槍を構え、馬を走らせた。
◆◆◆
午後一時。桃の聖域防衛戦。
「上空より子鬼、十五! 地上より……三十!? うち、大型の反応……五体!!」
桃先輩の声に、焦りの色が出始める。
この三十分……休む暇なく押し寄せるこみどり達。
その迎撃に、体力が失われる上に……この雨風だ。
俺達の体力と気力は失われる一方だ。ちくせう。
「ムセルとモーニングバードは上空を!
地上の敵はビースト隊! 相手を撹乱しつつ……各個撃破!
私も出ます! イシヅカ達はエルティナを頼みます!」
相手四十五に対して、こちらはムセル、イシヅカ、ツツオウ
ルドルフさん、にゃんこ三匹、わんこ四匹、もっちゅ三羽
ブッチョラビ一羽(一応うさぎ)の、計十五名である。
俺は戦闘に加われないので除外だ。
しかもイシヅカとブッチョラビの『ひろゆき』は防衛で残るため
実際は四十五対十三である。……厳しい!
「こんなギリギリの戦いになるとは……
でも、泣きごとなんて言ってられないんだぜっ!」
「その意気だ。精神を集中させろ……!?
第二波だと!? 上空、二十……地上、十体接近!!」
イシヅカと、ひろゆきに緊張が走る。
未だにルドルフさん達は、先程のこみどり達を迎撃中だ。
『桃の聖域』は周りを、住居で囲まれているので、入り口である
一ヶ所を守れば侵入を防げるが、空からは入りたい放題である。
入場料取るぞ、こんにゃろうっ!
『こちら桃先輩! 敵の部隊三十体が、こちらに接近中!
何名か、こちらに回せないか!?』
桃先輩がテレパスでルドルフさんと会話する。
しかし、返ってきた返事は、よくないものだった。
『こちらルドルフです! こちらにも敵の増援三十程度!
もんじゃが負傷! モーニングバード一羽負傷!
……ムセルを、そちらに回します!』
『こちら桃先輩! そのまま戦線を維持してくれ!
その状態でムセルが抜ければ、壊滅しかねん!!』
こりゃぁ……腹を括らんといかんな!?
「先輩! 桃先生の供給を中断……」
「続行だ! 絶対に止めるな!!
一秒遅れるごとに、犠牲は増えるのだぞ!!」
…………!? そうだった! くそっ!!
早くしなくてはいけないのに、早く注げないもどかしさ……!
うごごご……このストレスを、だれにぶつければ……!?
「イシヅカ! 地上の敵を頼む!
ひろゆきは、上空から降りてくる子鬼を撃破だ!」
……来た! こみどりが、初めて『桃の聖域』に侵入してきた!!
「来たぞ! 迎撃!!」
イシヅカが『フリースペース』から大きな槍を取り出す。
今のイシヅカの姿は、あの赤褌にねじり鉢巻きだ。
更に愛用の釣竿も取り出し……こみどり達に突撃した!
一方ひろゆきも、上空から降ってきた、こみどり達相手に戦闘を開始した。
ブッチョラビは弱い……と、思っている人は多いと思う。
実際に弱い。……弱いのだ。
こいつを除いては。
ひろゆきは、立ち上がった。……二本の後ろ足で。
そして……走った。
助走を付けて飛び蹴りを、こみどりに喰らわせたのだ!
その後も、体当たりやピップボンバーで、こみどりを粉砕していく。
何故『ひろゆき』のみが……こんなに、くっそ強いのかはわからない。
何時の間にか、ここに居て、何時の間にか、皆と打ち解けて
何時の間にか……居るのが当たり前になったのが、この『ひろゆき』なのだ。
みるみるうちに、こみどりの数は減っていった。
すげぇ……イシヅカも、ムセルとツツオウの影に隠れがちだけど
戦術が半端ない。
槍で三体纏めて仕留めているし、釣竿でこみどりを釣り上げて
上空のこみどりに、ぶつける……なんてこともやってのけている。
「……第三波! 上空……三十! 地上三十!!」
最悪のタイミングだ! この人数じゃ防ぎようが……
その時、無数の矢が上空のこみどり達を貫いた!!
だれだぁっ!? この見事な弓使いは!!
「……やっぱり! エル! 何故こんなところに!?」
「ヒーちゃん! 助かった! もうダメかと思ったよ!」
駆けつけてくれたのはヒュリティアだった。
弓使い用に、肩の部分がない皮鎧を身に着け、腰には二本のショートソード。
そして、背中には大量の矢筒。
手には見事な装飾の赤い小型の弓を持っていた。
……というか、避難してないのかね!? ちみは!?
スラム街にある自宅でも守ってたのか?
「姉さんと、スラム街にきた、こみどり達を退治してたのだけど……
ヒーラー協会に、大量のこみどり達が向かってるから
おかしいと思って来てみれば……いずれ、ここは包囲されるわ!
脱出しないとっ!?」
「残念だが……それはできない。
エルティナがこの『神桃の芽』を、成長させることができなければ
フィリミシアは……滅びるからだ」
桃先輩の言葉が俺の口から発せられる。
そして、ヒュリティアに事情を説明した。
「ヒーちゃん……俺達も覚悟の上なんだ。
ヒーちゃんだけでも、避難しとくれ! 助かった、ありがとう!」
俺の言葉を聞いたヒュリティアは……ため息を吐いた。
「あなたは何時もそう。……少しは私を頼りなさい?
人手が要るのでしょう? あの時のようにっ!」
ヒュリティアの弓から放たれた矢は、上空のこみどり達を正確に打ち抜く。
そして、ヒュリティアは俺に振り返り、ウィンクをしてみせた。
……惚れてまうやろがっ!(赤面)
「わかったよ、ヒーちゃん! 俺に……いや、俺達に力を貸してくれ!」
「ええ! 私の……この弓に誓って、エルには指一本触れさせないわ!」
頼もしい戦力が加わった!
ヒュリティアの弓なら、今までムセルともっちゅに任せっきりだった
上空のこみどりを迎撃できる! やった! これで勝つる!!
「エルティナ! この子達に『ヒール』を!」
「もんじゃ!? もっちゅわん!?」
ルドルフさんが、戻ってきた。
にゃんこの『もんじゃ』と、もっちゅトリオの『わん』を連れて。
ルドルフさん自身も傷だらけじゃないか!?
「『ワイドヒール』!!」
俺は細心の注意を払って『ワイドヒール』を施した。
これで桃先生の芽を、爆発四散させてしまったら、もともこもない。
みるみる回復していく傷。
しかし……傷は治せても、体力は回復させれない。
かなりの疲労が目に見える、もんじゃと、
もっちゅわんは、ここでリタイアだ。
「ヒーちゃん、これヒーラー協会の鍵だ。
もんじゃと、もっちゅわんを中で休ませてくれ」
「ん……わかったわ。よくがんばったわね……」
ヒュリティアは、もんじゃと、もっちゅわんを抱いて走っていった。
「私も戻ります! エルティナもどうかお気を付けて!」
ルドルフさんも、自分の役目を果たすために、戦場へと戻っていった。
ヒュリティアが来てくれたといっても、まだまだ戦力に不安が残る。
というか、もんじゃと、もっちゅわんが抜けちまったから……
あれ? これ、ヤヴァくね!?
「敵接近! 上空十五! 地上……なんだと!?」
「どうしたんだ!? 桃先輩!?」
嫌な予感しかしない!
頼むから、五十体来ました! ……とかは止めて!(フラグ)
『こちら桃先輩だ! 地上から子鬼、二百!!
至急戦線を後退して、入り口を死守せよ!!』
……もっと酷かった。
『こちらルドルフ! 了解しました!! 後退します!!』
「戻ったわ! 状況は!?」
ヒュリティアが二匹を、ヒーラー協会に寝かせて帰ってきた。
「上空の十五体を頼む! 地上からは……二百体だ!」
「に……二百!?」
流石に、ヒュリティアの顔が引き攣った。
しかし、すぐさま立ち直り、上空のこみどりを撃ち落とした。
「戻りました! エルティナ! この子達を!!」
「わかった! 『ワイドヒール』!!」
戻ってきた、野良ビースト達は皆、大きな傷を負っていた。
これは、何匹か血が足りなくなっているな。
「ヒーちゃん、俺の腰に『増血丸』が、入ってるから
黒猫の『すみやき』と、柴犬の『おまめ』に、飲ませてくれないか?」
「わかったわ。……これね? ほら、これを飲んで頂戴」
二匹は素直に『増血丸』を飲んだ。
おまめ……おまえ、また『増血丸』かじったな?
苦いって、何度も言ってるだろうが。
すっごい渋い顔になった、おまめを呆れつつも
迫りくる……二百体のこみどり達を警戒する。
「桃先輩、タカアキと連絡は?」
「タカアキ殿は現在、フィリミシア城内にて交戦中だ。
留守を任されていたエドワードが負傷。
エドワードが、戦えない状態なので、こちらへの復帰は無理そうだ」
エドワードが!? くそっ!
城にも侵入って、どれだけの数のこみどりが降ってきてるんだ!?
「来るぞ! 迎撃用意!!
絶対に、エルティナと『神桃の芽』に、触れさせるな!!」
来た……黒い絨毯が! 総勢二百体の、おぞましき殺戮者達が!
俺は以前にも、数の暴力を経験しているが……
前回は敵なき戦場、今回は……敵がいる。
少しでも油断したり、タイミングを誤れば……死ぬのだ。
大切な仲間や友人が!!
俺は……懐に入って静かな眠りについている
いもいも坊や達に、願わずにはいられなかった。
どうか……俺達に、いもいも坊やの勇気を分けてくれと。
強烈な風が、雨を加速させて弾丸のように降り注ぐ。
空には不気味に光る雷が踊り狂っていた。
……俺達は、生き残ることができるのだろうか?