妖怪くっちゃね
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清々しい朝だ。少し目覚めるには、早すぎたかもしれない。
全開の窓には、もっちゅ達が「ちゅ、ちゅ」と、さえずっている。
俺は顔を横に向けた。
俺の部屋の机には、優勝の証であるトロフィーが飾られている。
朝日に照らされて、素晴らしく輝いていた。
尚、その隣にはダナンに貰った……例の卵が転がっていた。
今だに、何なのかわからない。
ムセル達の姿は見えない。
おそらく、桃先生の芽のお世話に行ったのだろう。
「にゃ~」
野良猫が俺の足元で丸くなっている。
どうやら……起こしてしまったようだ。ごめんよ?
俺は再度、トロフィーを見た。
「このやり取りは、もう飽きた……」
……俺はこれを、三日間繰り返していた。
うん! すっげ~暇っ! 暇過ぎて、どうにかなりそうだ!
初日よりも、魂痛の症状は治まったが、いまだに痛む。
悲鳴を上げることはなくなったが、時折ズキンと強烈なのがくる。
たぶん……痛みに慣れたのか、耐性が付いたかで
悲鳴を上げなくても、済むようになったのだろう。
しかし、動き回れるようになるには、まだ暫く掛かりそうだ。
魂痛のせいかどうか……わからないが両足が痛い。
なので、トイレに行くにも一苦労だ。
おまるを使用するかどうか、本気で迷ったが……おまるは止めておいた。
「でも、間に合わなかったら困るでしょうから……」
と、ヒュースさんが『アヒルちゃんおまる』を買ってきてくれた。
現在、部屋の隅で待機中である。できれば未使用のままで置いておきたい。
「ぐぬぬ……動けないことが、こんなに辛いとはな」
しかし、時間でしか解決しない症状なので、自分ではどうにもならない。
ここも辛いところであった。
やることもないので、俺は再び目を閉じて寝ることにする。
…………寝れん。
もう、散々寝たせいで……寝ることすらできなくなっていた。
本格的に、できることがない状態だ。
「仕方ない、また野良ビースト達の名前でも考えるか」
俺は、日替わりでやってくる野良ビースト達に、名前を与えていた。
昨日の猫は『とんぷら』と命名。
今日の猫は『もんじゃ』と命名した。
更に、今日は犬がベッドの下で横たわっている。
床が冷たくて、気持ちが良いのだろう。
「よし、良い名前が浮かんだ! 今日からお前は『とんぺー』だ!」
「おん!」
どうやら、名前を気に入って貰えたようだ。よかった。
とんぺーは、一鳴きした後……今度は、腹を見せて寝だした。
背中を冷やすのだろう。気持ちが良いのか、うっとりとしていた。
「またしても、やることがなくなったんだぜ……」
と……そこに、ドアをノックする者があらわれた。
誰だろうか? こんな朝早くから。
「どうぞ~」
「失礼します~」
俺の部屋を訪れたのは、ヒーラー協会の受付嬢。
ペペローナ・トトンだった。
「具合はどうですか?」
と、言って俺を覗きこんでくるペペローナさん。
彼女と初めて会ったのは、俺がヒーラー協会に登録しに行った時。
俺を見て、慌ててレイエンさんを呼びに行って
転んだ姿が印象に残っている。
転んだのは、間違いなく……その巨大なおっぱいのせいだろう。
初めて会った時も、大きかったが驚くことに、いまだに成長しているそうだ。
サイズの合うブラが無くて困る。……と、何時も嘆いている。
胸以外は、初めて会った時とさほど変わっていない。
茶髪のおかっぱに、童顔。そこに、丸い眼鏡が乗っかている。
中肉中背……少し太ったか? ぽっちゃりしてきてるぞ?
「昨日よりも……いいぞ~」
俺は笑って答えた。
ふふふ……話し相手確保である。
さらば、退屈よ! 暫しのお別れだ!!
さて、確か……ペペローナさんは今日は休みだったはずだ。
でも……なんで今日に限って、こんなに早くヒーラー協会に来てるんだろうか?
「ペペローナさん。なんでまた、こんなに早くここに来たんだ?」
と、言う俺の質問にペペローナさんは……
「それはですねぇ……じゃん! こんなものを作ってきました!」
「ふぉぉぉぉぉぉっ!? そ……それは!?」
ペペローナさんが、フリースペースから取り出したのは……
『オムライス』であった。……俺の好物である。
「しかも~上に掛かっているケチャップは……ミランダさんの特製ですよ~?」
「はぁぁぁぁぁん! ペペローナさん! 愛してる!」
ペペローナさんが「告られた!」……と、言っておどけている。
しかし、こいつはありがたい!
今、くっちゃねしかできない俺にとって、最高の贈り物だ!
「ささ……冷めないうちにどうぞ~?」
「いっただきま~す!」
スプーンを手渡され、俺はオムライスを一口食べる。
お? 卵は薄く半熟ではないが、これはこれで美味しい。
ケチャップライスの具は……鶏の挽肉に、にんじん、ピーマン、玉ねぎ、マッシュルームを
一口大に刻んだもの……結構、大きめだけど食感がいいなあ。
ほぅ? 刻んだトマトも入ってる。酸味を強めに出したかったのかな?
やっぱり、作る人によって具も変わるなぁ。
そして、黄色く薄い卵の皮に掛かるのは、ミランダさんお手製のケチャップだ!
アルのおっさんと結婚して、退職してしまって以来
味わうことが、できなくなってしまった味だ!
そして、その味は……あの時の味と変わらない味だった!
「く……涙が出てくるぜ! 美味い! 圧倒的……美味さ!!」
「大げさですね~」
もりもりと、食べ進む俺。酸味が強めなので、食欲もおおいにでる。
夏は食欲が落ちる傾向にあるが、酸味でそれを引き出す作戦なのだろう。
……まぁ、俺は食欲が落ちたことが無いんですがねぇ?
しかし、スプーンが止まらん……! 何という美味しさだ!!
一口ごとに加速するスプーン! 俺の口の中で踊る『オムライス』!
……まさに、至福の時間!!
「はふっ! んくんく……むしゃむしゃ……ごくん! ぷふ~」
俺は、あっというまに『オムライス』を食べ終えてしまった。満足満足!
「ごちそうさまでした!」
「喜んで貰えてなによりです~」
食べ終えた容器を、かたずけるペペローナさん。
これで……今日は、良い日確定だ。うん! はっぴー!
「ふぅ……食べてる時が、一番痛みを忘れることができるなぁ」
「そうなんですか?」
俺はうなずき、不思議がっているペペローナさんに説明をした。
まぁ、あんまり詳しく説明するとアレなので、簡単に説明するに留めた。
「ふむふむ、美味しいものを食べれば治りも早くなると?」
「そんなところだ」
……簡単に説明し過ぎたか? まぁ、だいたい合ってるからいいな!
多少のことは、誤差だよ! 誤差!!
「ふふ……エルティナちゃんが早く治るように
美味しいものを、いっぱい作ってくださいって、言っておきますね~?」
そう言って、俺の部屋を後にするペペローナさん。
そして、俺一人が部屋に残ることになる。
当然といえば当然だ。
ここは俺の部屋で、俺は安静にしてなければならないのだから。
「……また、話相手がいなくなってしまった件について」
「にゃ~?」
もんじゃに言っても……わからんよなぁ?
一鳴きしたもんじゃは、また俺の足元で丸くなって寝てしまった。
当然……とんぺーも、我関せずだ。床の感触を堪能している。
「取り敢えず腹もふくれたし……寝るか」
そう、今の俺は妖怪くっちゃね!
食べて寝ることが仕事だ!
「仕事か……じっちゃん、ばっちゃんには悪いことしたなぁ」
俺が担当しているお年寄り達には……俺が今、治療に携われないと伝えてある。
理由は伏せてあるが、お年寄り達は皆、残念そうな顔をしていたそうだ。
ごめんよ……じっちゃん、ばっちゃん。
「魂痛が治ったら、誠心誠意治療をするから勘弁な……」
そう思いながら、俺はうとうとして……寝てしまった。ぐーすかぴー。