4:季節は廻り・・
4つの季節がそれぞれ役目を終え・・再び季節が巡ってきた。
瑞稀にとって、11回目の春―・・。
4月10日。 小学校始業・入学式。そして、小学校で迎える最後の春。
「いってきまーす」
ドアを開け、ランドセルを背負った瑞稀は家の中にいる祖父母に手を振った。
巡った季節のおかげで、少し大人びた感じだ。もちろん、そのために色々な事があった。
エレベーターを待っている中、ふと服の中に隠しているネックレスを取り出した。
真ん中が膨らんだ楕円形の、少し色あせてしまった銀色のペンダント。
その楕円形の縁に指をかけると、いとも簡単に二つに割れた。
ラウンド型ロケットペンダント。この内側に、写真やシールを入れることができる。
これは、瑞稀の大切な宝物。
去年の夏。亡くなってしまった母親から譲り受けたモノ。
中には、幼い頃父親と母親と撮った家族写真が小さなサイズで収まっていた。
****
『・・母さんが、死んだ・・?』
『えぇ・・そうよ・・』
夏休みに入る頃。鼓笛隊の練習から帰ってきた瑞稀を出迎えた祖母の言葉だった。
丁度、病院から遺体を引き取った時。
長くはないだろうと子供ながらに分かってはいたが、実際にその時が来ても実感が沸かなかった。
リビングの奥にある部屋に視線を送る。中央に冷たくなった母が横たわっている。その周りを囲むように祖父母と叔父が座っている。
祖父と叔父は泣いてはいないものの、滅多に見ることの無い歪んだ顔をしていた。瑞稀に母の死を伝えた祖母はボロボロと泣き崩れていた。
トランペットケースを下ろし、母の顔の位置に膝を着いた。白い頬に手を滑らせた。
『・・冷たい・・』
これがよく推理モノにある“死”というものなのかとどこか客観的に思考していた。
『・・荷物、置いてくる』
震える手を隠すようにそう言って、瑞稀は立ち上がると部屋を出た。
自分の部屋に入って呆然としていた時、あとを追ってきた叔父に抱きしめられた。
『瑞稀には、俺たちがいるから・・っ』
泣いているのかと思った叔父は、抱きしめる力をさらに込めた。
泣いている叔父の背中に、瑞稀は手を回した。
『(泣いている・・みんな)』
瑞稀は少しも潤まない目を閉じた。
『(みんな、悲しいんだ。母さんが“死”んで・・。当たり前だよね。だけど、私はみんなの前で泣くなんて出来ないから・・。だから、涙なんて出てこないんだよね。みんなが泣いている前で・・)』
叔父の腕の温もり、殺したような泣き声を聞いた瑞稀の頬に一筋の涙が伝った気がした。
『瑞稀、お前が持ってろ。姉さんの、大切なものだから』
『・・うん』
****
叔父から渡されたコレを持っていれば、母のような優しい人になれるだろうか。自然に泣けるようになるのだろうか。
ペンダントを見つめる瑞稀は優しい微笑みを零すと、たった今到着したエレベーターに乗った。
午前中に始業式、午後に入学式。
去年までならお昼に下校出来たのだが、6年になるとそうもいかない。何しろ、最上級学年。1年生の面倒を見るのは6年生の役割。
まず、保護者と一緒に初登校してきた一年生を昇降口で迎える。自分で上履きに履き替えてもらい、教室まで案内。そこで保護者と解散してもらう。
教室に入ると、あらかじめ席が決まっているので名前を聞いて席に座らせる。
という一連の作業を一年生全員が来るまで続ける。今年の一年生の人数は140人で、4クラス。瑞稀たち6年生は全員で110人の、3クラス。
若干、一年生が多いのであらかじめ、担当を決めて取り掛かることになった。
瑞稀は、教室までを案内する係。昇降口で靴を履き替えた時に昇降口から廊下に出てもらう。そして、案内してそれぞれの教室で違う担当の子に任せる。という流れだ。
とりあえず、この準備を行うには午前中にある“本来の”目的である始業式を終わらせてからの話。瑞稀はエレベーターから降りてマンションを出た。
ふと青く澄み渡った空を仰ぐと、清々しい笑顔で歩き始めた。
2
瑞稀が学校に着くと、時刻は8時。ちょうど昇降口の扉が開いたところだった。
「さて、どうしようか」と考えていると、自分のすぐ隣を新しい5年生が通り過ぎていく。手にもっているのは、どうやらクラス発表の用紙。
その紙を見て、一喜一憂している下級生を見て、微笑ましく思った。
「・・そういえば、去年の私もそうだったな・・。」
昇降口に駆けていく下級生を、去年の自分と重ねる。去年の瑞稀も、騒ぐ程までではないがクラス替えで随分一喜一憂していた覚えがあった。(喜んではいなかった覚えもある)
そんな思い出に浸りながら、校舎を見上げる。一年後、自分はここの生徒じゃなくなる。寂しいかもしれない。でも楽しみでもある。
そう思えるのは、去年の運動会である人物から言われた言葉があるから。自分の、励みになっているから。
「・・え!?」
そう考えたところで、自分に驚いた瑞稀。今まで、そんな風に考えた事はない。
おもわず、口に出したわけでもないのに手で口を覆う。顔は勿論、真っ赤。
「~っ!!」
思わず、ズリズリと身体が崩れ落ちそうになる。だが実際、それはできなかった。
身体が動かなかったのではなく、崩れ落ちそうになった瞬間背中に背負っているランドセルへ、何かしらのやや強い衝撃があったからだった。そのおかげで、自分の世界から帰ってこれたのだが。
その代わり前へ倒れそうになり転びそうになるが、そこは耐える。そして思いっ切り後ろを振り返った。
すると、そこに見知らぬ女の子が立っていた。
「・・え?」
いや忘れているとかそういうのではなく、本当に全く見たことが無い。サラサラの、一見すると男の子と間違えそうな程のショートヘア。間違えずに済んでいるのは、女の子用である藍色のパーカーを着ていたから。
眼鏡をかけていて小顔。ちなみに身長は瑞稀より低い。よく見ると家の鍵だろうか・・鍵らしきものを首からかけていた。
「・・え、えっと・・」
「・・・もしかして、6年?」
どうすればいいのか戸惑っていると、有難い事に相手から話しかけてくれた。
幼そうな外見とは変わって、クールな物言いと声。明らかに初めましての人だろう。
「う、うん。6年2組」
どんな初対面の人でも調子を取り戻して普通に話せるようになってしまったのは、5年生の時の一年間が原因だろう。
「あぁ、じゃあ、ウチが行くとこかぁ・・」
「・・行く?」
ぽつり呟かれた言葉を聞き返すと、相手の女の子は瑞稀より先に状況理解が出来たのと、改めて警戒を解いたようで小さく微笑んだ。
「ウチ、今日からココに転校してきたんだ。柊秋乃。よろしく。」
秋乃の言葉で、やっと理解出来た瑞稀も緊張を解いた。
秋乃は転校生。瑞稀が見たこと無い人で当たり前だということだ。
つまり、さっきの呟きは秋乃が編入するクラスが瑞稀のクラスだと分かった事による呟きなのだろう。
状況が理解出来た所で、瑞稀も久しぶりに自己紹介。
「私は、八神瑞稀。ヨロシクね、・・えっと・・」
なんて呼んでいいか分からず、戸惑ってしまう。
そんな瑞稀の様子を見た秋乃は小さく笑うと、微笑みを浮かべた。
「良いよ、秋乃って呼び捨てで。ちゃん付けされても、困るし」
「分かった。じゃあ、秋乃だね!あ、私も呼び捨てでよろしく!」
おどけた風に言ってみせると、それに釣られて秋乃もプッと笑った。二人は、少しずつ自分のことについて話し始めた。そして昇降口の混雑が止むと、秋乃を職員室に連れていくため足早に昇降口へ向かった。
秋乃を職員室へ送ると、時間は20分。朝自習の時間まであと5分。
今日は始業式なので朝自習は無いが、さすがにギリギリはマズイと考えた瑞稀は急ぎ足で新しい教室へ向かった。
6年に上がっただけなので、クラス替えも無し、担任の変更も無い。ただ、教室が一つ上の階になるだけ。
階段を3階分上がり、急いで6年2組の教室へ向かう。
そして、教室の前に辿り着くと去年したようにドアに手をかけたところで目を閉じた。
「(・・新しい年。これが最後の小学校生活。・・行こう!)」
ドアにかける手に力を入れて、ドアを開けた。
教室に入るとまず何人かからの挨拶を返し、黒板に目を向ける。黒板には一枚の紙が貼ってあった。その紙は座席表。さすがに、2年連続で自由とはいかないようだ。
瑞稀の席は、出席番号が後ろの方の為、窓際で後ろから2番目。
前の席にされなかった安心を安堵の溜め息で表した。
自分の席につく。いつものように、窓の外に見える風景を眺める。
しばらくそうしていた瑞稀は、ふと自分の世界から帰ってくる。
その時、菜美と拓斗の姿がちょうど目に入ってしまった。今回、二人は隣のようだ。
瑞稀は複雑な思いを感じると、すぐに窓へ目線を向ける。去年までなら、あの場所に自分が居たのに。そんな考えしか頭を廻らなかった。
5年の時から感じているモヤモヤ。その正体がなんなのか。
成長したとはいえ、瑞稀には当分分かりそうもなかった。
ハァ・・とため息をつくと腕を机の上で組み、そのまま頭を組んだ腕で作ったスペースにあずける。いつまで経っても答えが見い出せない自分に、嫌悪を感じた。
すると、頭に自分のではない温もりが触れた。だが、起きる気が湧いてこなく、顔だけを向ける。目線を向けた先にいたのは、他ならぬ拓斗だった。
その拓斗の顔は、少し寂しそうな・・少し歪んでいた。
「・・鈴、乃・・?」
瑞稀は驚きで目をさらに開ける。先程まで、菜美と話していたはず。
拓斗は瑞稀の細い声を聞いて、さらに顔を歪めた。
「・・どうかしたのか?」
やっと、それだけ拓斗は自分の口から絞り出す。
「え?」
思ってもみなかった言葉に驚きの声を上げる。瑞稀はそこで頭をあげた。それと同時に拓斗の手が離れた。離れた温もりを寂しく思いながらも、拓斗に向き直った。
「どうかしたって・・そっちこそ、どうかしたの?」
「いや、お前が元気無さそうだったから・・」
「・・・・」
アナタのせいなんですよ、多分。
そうとは言えず、でも、それ以外にも理由があった気がするが言わないでおく。心配してくれた拓斗を少し嬉しく思いながら笑顔を向ける。
「何で?そんな事ないよ!ちょっと眠いだけ!」
瑞稀の、その明るい声と笑顔に何を思ったのか・・。拓斗は再び顔を歪める。
だが、すぐに「そっか」と言って、優しい顔に戻る。
それを見た瑞稀は、一瞬の拓斗の表情に戸惑ったが、話し始めた。
「そういえばね!さっき転校生と知り合ったんだ!」
「へえ。転校生、今回来るのか。」
「そう!驚いた。あ、女の子だった!」
瑞稀は先程の秋乃の特徴やクールな子。と伝えた。
「クール・・ね。じゃあ、八神とは正反対ってことか」
「ちょっ、鈴乃、それどういう意味?」
「いや、言葉の通りなんだけどなー」
「おまっ!」
そこまで言うと、二人で笑い合う。
先程までの、瑞稀の複雑な気持ちも拓斗の歪んだ表情も、微塵にも感じられない笑顔だった。
その二人に気づいたクラスメイトたちは「あぁ、後で冷やかしてやろう」と思いつつ、自分たちの話を続ける。
菜美は二人を冷たい眼差しで見ていた。先程まで自分が瑞稀のように隣にいたのに。
教室に着いて黒板に貼ってある座席表を見た時、凄く嬉しかった。自分が拓斗の隣にいられることに。だから拓斗が来たとき、挨拶もそこそこに話し始めた。
ちょうど、瑞稀が来るのが遅かったことも幸いして。
だが瑞稀が教室に入った時、拓斗の目線が動いた。今まで菜美を見なかった目線が、瑞稀に向いた。
菜美はそれを見た時、瑞稀のもとに行かせないように話し続けた。でも無駄だった。
瑞稀が席に着いたのを確認すると拓斗は席を立ち、菜美の横をすり抜けて瑞稀の席へ歩いていった。瑞稀の髪に触れて、瑞稀が起きるのを待っていた。
そして、話し始めた二人。その様子は本当に・・・・・。
そこまで考えた菜美は悲しかった。自分は何故、ここまで拓斗と瑞稀に嫌悪をしなければならないのか。
菜美は机の上に腕を組み、それによって出来た腕のスペースに頭をあずけた。だが、先生が来るまで起こしてくれる者は居なかった。
3
始業式が終わり、教室に戻る。そして、担任の中岡先生から転校生の紹介がされた。
やはり、柊秋乃だった。
「この子は栃木の学校から転校してきた柊秋乃ちゃん。秋乃ちゃん、自己紹介を」
先生がそう秋乃に声をかけると、秋乃は緊張した様子も無くクラス全員を見た。
そして口を開ける。
「柊秋乃です。一年、よろしくお願いします。」
クールに、でもハッキリとそう言った。外見と反した声に皆も戸惑った。
担任も、例にない生徒に戸惑いながらもなんとかしのごうとした。
「秋乃ちゃん、席なんだけど・・」
「・・何処でもいいです。・・あぁ、出来れば瑞稀の近くだと有難いです」
秋乃の口から出た名前に全員が驚いた。そして、このクラスに一人しか居ない“瑞稀”へと視線を向けた。おとなしく、自己紹介を聞いていた瑞稀も、驚いた。
すると、瑞稀は秋乃と視線が合う。秋乃は小さく笑った。秋乃の発言と様子に、中岡先生は瑞稀へ声をかけた。
「瑞稀ちゃん、秋乃ちゃんと知り合い?」
「え、朝、校門のトコで会って・・で、職員室に送りながら話したんですけど・・」
それ以上に、特別な事なんか無かったハズ。そう思いながら、未だに自分を見る秋乃を見ながら答える。中岡先生も、諦めたのか溜め息をついた。
「じゃあ、瑞稀ちゃんの隣にしようか。ちょうど1人ズレれば問題ないし・・・。」
その言葉で、瑞稀の隣に座っていた男子がランドセルを持って席を立った。そして、一つ後ろに移動。それを見た秋乃はたった今開いた席に歩み、ランドセルを置いた。
未だに状況を良く掴めていない瑞稀へ視線を映した秋乃は小さく笑って、
「よろしく、瑞稀」
と声をかけた。
去年までとは違う、別の波乱の年が始まった・・・。