3:思い出
5年生になって何日か経った。4月の中頃になると、運動会の準備で忙しくなる。
勿論、瑞稀や拓斗たちも人事ではない。むしろ自分達の方がよっぽど忙しい。
何といっても、運動会の審判を二人でやることになっている。何故か、ほかの5年生のクラスから審判希望者が居なかった。
6年生は勿論いるのだが、この人たちも忙しい。審判は合計で8人しかいないのだ。
人数が少ない方がやりやすいと先生は言ったが、少なすぎて困る。
そのため、瑞稀と拓斗は5年生にも関わらず6年生並みの働きをしなければならなくなってしまった。
放課後は残ってパソコン室でルールブックの作成。昼休みは6年生と打ち合わせ。
運動会は5月の第一土曜日。本当に急がなくては、間に合わない。
審判がルールブック等を完成させなければ、ほかの係が動けないのだ。
しかも、ルールブックを作るのは下級生である5年生の役目。
といっても、6年生が事前に決めた種目別のルールを書いた紙を見ながら、パソコンで打ち込み、印刷して冊子にして先生の許可を貰って提出。
この流れが、本当に大変なのだ。
「八神・・コレ、どうだ?」
「んー、ちょっと待って・・」
二人してパソコン室のパソコンにかじりつき、手分けをして打ち込みをしている。
午前の部を拓斗、午後の部を瑞稀が担当している。
種目は午後の部が圧倒的に多いのだが、じゃんけんで負けてしまったのでしょうがない。
「よし。鈴乃、どれ?」
「コレ。こんな書き方でいいか?」
ちなみに、ルールブックは簡単な文章にしなければならない・・らしい。
「んー・・・なんか、ちょっと強引な書き方に見えるのは気のせい?」
「・・・・・気のせいだろ。」
「今の間は何!?あ、絶対わざとだ!」
「しょうがないだろ。」
「何が!」
明らかに箇条書きに書いたルールの紙の言葉に付け足しただけで、全く言葉の文法がなってない状況。拓斗は頬を少し赤らめてそっぽを向いてしまった。
瑞稀はしょうがないな、と思いつつそんな風に拗ねる拓斗を可愛いと思ってしまった。拓斗には言わないが。
「・・なんだよ。何で笑ってんだよ」
拗ねたように唇を尖らせた拓斗が、自分を見て笑っている瑞稀に気づいて、恥ずかしくなり毒づく。
その瑞稀は悪びれもせずに、
「だって、拗ね方が可愛いし」
と言う。
そう言われた拓斗は、余計に顔を赤くさせて今度は不機嫌な顔になる。
「・・男に言う言葉じゃないだろ。」
「ハイハイ、とりあえず、手伝うから拗ねないでって」
服を引っ張って、拓斗の顔をパソコンに向けさせる。拓斗は盛大な溜め息をつきながらも、パソコンに向かった。
「で?どういう言葉がいいんだ?」
「とりあえず、言葉を言い換えて・・」
瑞稀は自分の頭に浮かぶ言葉の文章をいくつか拓斗に伝える。
それを聞いた拓斗はその一つをパソコンのデータに打ち込んだ。そして、瑞稀に向き直る。
「お前、すごいな」
「・・・へ?」
いきなりの褒め言葉になんと答えていいかわからなくなる。というより褒められているのかさえ分かっていない。
ただ拓斗の顔を見上げて、目をパチパチさせているだけだ。
瑞稀の頭上に、大きな“?マーク”が浮かぶのが目に見えそうだ。
「だから、こんな風にポンポン言葉とか文章が出てくるのが。」
「そ、そうかな・・」
自分にとっては当たり前だったことを褒められると、照れくさくなる。
瑞稀の顔に赤みが走った。それを見られたくなくて、やや俯いてしまった。
「・・?ゴメン、俺、変な事言ったか?」
さて、この緩んでしまった顔をどうしようかと考えていると自分の頭上にちょっと沈んだような声が届く。
瑞稀は申し訳なさを感じて、勢いで顔をあげた。
「違うよ!・・そんな事、今まで言われた事無かったから、嬉しくて」
「・・そうなのか?」
まだ赤くなっている顔で笑って言葉を伝えると、拓斗は問いかけた。
その拓斗の問いに瑞稀は頷いた。拓斗は、瑞稀が頷いたのを見ると、微笑んだ。
「そっか。・・良かった」
最後の言葉は、わざと小さく言ってみる。瑞稀に、聞こえないように。
だが予想を裏切り、瑞稀の耳にちゃんと届いてしまった。
「何が?」
「・・!き、聞こえたのか!?」
「うん」
なんにも思ってないその顔で頷かれてしまい、拓斗は戸惑う。勿論、瑞稀は全く分かっていない。ただ、ここまで戸惑った拓斗を見たのは初めて。
だから、少しドキドキしてしまった。
「・・と、とりあえず、今日中に終わらせちゃおっか!ね!」
そのドキドキを悟られないように、瑞稀は自分のパソコンの席に戻った。といっても隣の席なのだが。
拓斗も、戸惑いを隠しながらパソコンに向かった。
そんな調子で時々お互いをからかいながらも無事ルールブックを完成させた。
2
「凄い!本当に今日出来たの!?」
完成したルールブックを印刷して冊子に仕上げ、審判担当の先生に提出すると驚かれた。
理由は、まさか一日で完成するとは思ってなかったとのこと。
瑞稀は笑顔で、拓斗は溜め息をつきながら呆れ顔で同時に頷いた。
すると、ちょうど担任である中岡先生が職員室に入ってきた。そして同時に二人の存在に気づいたようで近づく。
「二人とも、お疲れ様」
「先生。ありがとうございます。」
「・・ども」
労いの言葉をかけてもらい、嬉しくなった瑞稀は笑顔でお礼を言った。
拓斗もそれは同じなようで、ぶっきらぼうだが少し赤くなった顔で頭を下げた。
その二人を見比べて、先生は満足そうに笑った。
「ふふっ」
「「・・?」」
笑顔の意味がよく分からず、首を傾げて顔を見合わせる瑞稀と拓斗。
「二人とも、随分仲いいのね」
「「・・え?」」
先生が告げた言葉に一瞬なんのことだか分からずに、互いの顔を見る。
そして意味が分かったようで拓斗はバッと瑞稀の顔から自分の顔をそらす。そんな拓斗の顔を凄く赤い。
一方、瑞稀はイマイチよく分からず顔を逸らした拓斗を見る。
その二人の様子を見た中岡先生はまた笑う。
「あらら、八神さんは無自覚みたいね。天然ってこういう事いうんだね」
「へ?せ、先生、どういうことですか?」
先生の言葉に余計訳が分からなくなった瑞稀はますます首をかしげる。
そして、隣に立つ未だに顔を逸らしたままの拓斗に目線を送る。
「鈴乃、どういう意味かわかるの?」
「え・・、お、俺に聞くな・・」
「だって、鈴乃、分かったんじゃないの?」
「いや、分かったっていうか、だから、その・・っ、クソ、八神の鈍感!」
「は!?鈍感じゃないし!意味わかんないよ!」」
「だから鈍感だって言ってるだろ」
モゴモゴ言ったと思ったらいきなり告げられた言葉に瑞稀は反論する。
言ってしまった手前、あとに引けなくなったのか拓斗も負けじと言い返す。
目の前で口喧嘩が始まってしまったので、中岡先生も、審判担当の先生も驚く。
目を丸くさせて、どうしていいか分からないようだ。
そんな教師の前で、終わる気配の無い口喧嘩を続ける瑞稀と拓斗。
お互い、気持ちの変化に追いつけていないのだろう。
特に、恋愛に疎い瑞稀は・・。
3
数日後・・。
互いの気持ちの変化に気づきつつ、二人は自分たちの仕事に取り掛かる。
瑞稀は本当によく分からないので気にしないように。拓斗は・・気づいていながらも何もない振りを。
つまり、二人はよく話す“友達”として過ごしていた。
そう本人達は、思っていてもやはりというか・・。
周りは、“友達以上”と思っていて、何かと冷やかしをかけてくる。瑞稀は一生懸命弁解をするが、体力と精神力を使い果たすだけ。拓斗は全く干渉してこない。
ただ面倒なのかもしれない。
そして、運動会まで残り一週間を切っていた。
「んー・・終わった」
場所は変わって、体育倉庫。
体育等で使われる備品は全てこの倉庫に入っていて、この倉庫の掃除や管理を運動委員会がする。ちなみに、体育館にも同じ倉庫がある。
審判で使う旗などの道具を確認していた瑞稀は伸びをして、使いすぎの身体をほぐす。そして、そのまま倉庫を出ると隣の石灰が置いてある倉庫に顔を出した。
真っ白な倉庫のなかに、蒼いモノがぽつんとあった。
その蒼いモノは、人間。瑞稀はその人物に声をかけた。
「鈴乃、終わった?」
「あぁ。」
声をかけられた蒼いモノ・・鈴乃拓斗は、顔を上げて瑞稀の方を向いた。
拓斗のズボンは、裾が真っ白になってしまっていた。
「あ・・。鈴乃、出て出て!」
それに気づいた瑞稀は拓斗の出るスペースを確保してから呼ぶ。
拓斗は首をかしげながらも、石灰の倉庫にいたくないため早々に出る。
出てきた拓斗の足元に膝まづいて、ズボンの裾についてしまった石灰を取ろうと、ちょうど足首の部分をはたく。
「!!・・お、おい、八神?」
「ちょ、大人しくしてて。すっごい真っ白だよ?」
「あ・・本当だ」
瑞稀に言われ、ようやく気づいた拓斗も瑞稀がはたいていない方の足首の部分をはたく。
そのはたいた煙が、瑞稀の顔の近く舞ってしまった。
「ケホッ・・ちょ、鈴乃。煙、煙!」
「あ、わ、悪い!大丈夫か?」
石灰の煙が目に入ってしまい、涙目で訴えた瑞稀に拓斗は慌ててはたく手を止めて顔をのぞき込む。急な顔の近さに、瑞稀は驚く。
照れ隠しで、はたく手を思わず強くすると、拓斗の足首に当たったようで、「って・・」と声が上がる。
「あ、ご、ゴメン・・」
「・・いや、大丈夫だ」
拓斗はこの状況に恥ずかしさを感じたのか。瑞稀を直視出来ず顔を横に向けたまま。
その瑞稀はパンパンとズボンの裾をはたく。ある程度落ちたところで瑞稀が立ち上がった。
「こんなもんかな・・。あとは洗濯しないと。」
そう言った瑞稀は、拓斗の顔が横に向いたままなことに気づくとムッとした。
「鈴乃、何でそっち向いてんの?」
顔をのぞき込もうとしたが、すぐに拓斗はそれをかわす。一瞬だけ見えた表情にため息を付いた。
「・・足首叩いちゃったの謝る、ゴメン。だから、そんな怒んないで?」
そう、一瞬見えた時の表情は瑞稀には“怒っている”と捉えた。
だが、本当の表情は“怒っている”のではなく・・
「え?あ、いや、怒ってないから謝るな。」
「でも、何か怒ってたように見えた」
「違う、俺は・・。」
そこまで言いかけて、口を閉ざした。瑞稀に教えることに抵抗を感じたのだ。
“俺は・・ただ、やるせなかっただけ。”
そう、続けるつもりだった。
ズボンの石灰の汚れに気づいてなかったとはいえ、女に膝まづかせ、石灰をはたいてもらった上に煙を浴びさせてしまった。
そしてその時の瑞稀の涙目が不覚にも“可愛い”と思ってしまった事に、拓斗は自分がやるせず、嫌悪してしまった。その感情が、表情に出てしまった。
「・・?俺は?」
「・・なんでもない、気にすんな」
不安げな顔をする瑞稀に自分が感じた事実を告げる事ができるわけもなく・・。
拓斗は小さく笑って瑞稀の頭をガシガシと撫でた。
加減が出来ず、瑞稀はその撫で方のおかげで首を思い切り下に曲げる形になってしまう。
曲がった瞬間、瑞稀の首からグキッという鈍い音がした。
「ちょ、痛い痛い!」
「あ、悪い!」
瑞稀は痛さのあまり、拓斗の胸をビシバシ叩いて痛さを訴える。叩かれた拓斗は慌てて手を離した。
開放された瑞稀は首をさすると、耐えられなくなって笑い出した。
「ふ、アハハハ!」
「!?・・や、八神・・?」
「ゴメ、でも、ちょっと、笑わせて・・」
お腹を抱えて大笑いする瑞稀に、戸惑いの表情を浮かべた拓斗が視界に入る。
瑞稀は、首を曲げられて頭がおかしくなったとかではない。
初めてだったのか。と思わせる位、人の頭を撫でることに慣れていないことを意味するであろう無茶苦茶な加減。
痛い。というと、慌てて手を離して必死な顔で謝る拓斗。
それらが、“可愛い”と思わせてしまった。
そして、そう思ってしまった自分と、未だに状況が分かってない拓斗に対して、何故か可笑しくなってしまった。
4
気の済むまで笑い終えた瑞稀は、最後まで笑われた意味が解らなかった拓斗と一緒に
、審判担当の先生に倉庫管理が終えた事を報告しに行った。
報告を終えると、ちょうど5時過ぎだったので帰る事に。
瑞稀と拓斗の家は正反対の方向。
瑞稀は小学校の中から見て校門を出て左側に曲がるが、拓斗はその逆で右側に曲がる。つまり、一緒に帰れるのは校門まで。
まあ、昇降口から校門まで結構な距離があるので話の一つ二つは盛り上がる事はできる。
「にしても、疲れたね!」
「あぁ。・・というよりお前の場合は笑い疲れだろ。あんなに笑って・・」
「ちょ、それ言わないで!思い出し笑いしちゃうから!」
「だってなぁ・・・」
拓斗の顔には、文字通り呆れた感情が出ていた。
それを隣で見た瑞稀は頬を膨らませたが、事実なので否定の言葉は出てこない。
このときばかりは、瑞稀の口からマンガのセリフを引用する言葉も出てこなかった。
「にしても、運動会が少しだけ、楽しみだな」
「・・そうだね。皆やる気満々だしね」
二人のクラスはお祭り好きが半分以上居るので、全員が否が応でも頑張られる。
それは、二人に対しても変わらない。
そんなクラスなのだが今回残念ながら高学年で係に忙しい為、クラス対抗の競技に出られないのが唯一の無念といえる。まぁ、来年も出られないのだが。
「皆悔しがってたよね」
「あぁ、すげえうるさかった」
うんざりとした顔でため息をつき、目を伏せる拓斗に思わず苦笑してしまう瑞稀。
そこまでに、クラス対抗の競技に出られない事を知ったクラスの反応は凄かった。
一つの授業中なのにも関わらず、隣、そのまた隣の教室まで騒ぎ声が響いたという情報もある。幸い、近隣から苦情は来なかった。隣のクラスからは苦情が殺到したが。
「・・上手く、行くといいな」
「・・そうだな」
二人は自然と、夕日で赤く染まり出した空を見上げて運動会に心を寄せた・・。
5
5月2日・・・。
GW直前のこの日。待ちに待った最初の大行事、運動会が始まった。
瑞稀たちのクラスは紅組に分けられ、応援に徹していた。開会式では、高学年の鼓笛隊の演奏で生徒全員が入場した。
運動会午前のプログラムは、クラス対抗競技。紅組、白組の得点にも関係してくる。
一年生の100m走や、二年生の玉入れ合戦、三年生の大縄。
四年生による、ソーラン節も行われた。
そして、演技力を競う毎年恒例の高学年による組体操。
ここまでが午前のプログラム。
中間結果は紅組が少しリードをしているが、すぐにでも白組が追いつけそうという接戦だった。
昼休みの時間になり、各自それぞれの場所でお弁当を広げていた。
瑞稀もその一人であり、幼馴染みの千晴と桜の木の下で疲れを癒していた。
この桜の木は、この小学校のシンボルと言ってもいい。ほかの桜よりも大きく、樹齢も高い。そして、瑞稀がいつも教室から見ていた桜。
「にしても、瑞稀は審判よくやるね~」
「そう?結構楽しいよ?」
卵焼きを頬張りながら隣に居る幼馴染みに感服の言葉を告げる千晴。
その言葉を聞いた瑞稀はミニトマトを手に取り、それを自分に照りつける太陽と重ねてみる。そのトマトから視線を逸らさずに言葉を返す。
「それに、やりがいあるよ。笛吹いたりとか」
瑞稀が審判の仕事で担当しているのは、スターターと合図確認等で笛を吹く事だった。バタバタする必要が無いので思ったよりも疲れていない。
「さすが瑞稀。トランペットが役に立ったねぇ~」
「いやいや、トランペットと笛違うよ?」
審判を楽しんでるを感じれた千晴は、安心をした。だからか、ボケてみせる。
瑞稀は笑いながらツッコミを入れる。
「八神。ちょっといいか?」
そう声をかけられて、ミニトマトを太陽から開放して声のした方に目を向けると。
太陽の前に立っているため、逆光を浴びてしまっている誰かだった。
瑞稀は目を閉じてもう一度目を開けると、顔が認識出来た。それと同時に、自分を見つめている優しげな顔に出会った。
「・・・」
その顔に見とれてしまい、言葉を返そうとした口が空いたままになってしまった。
隣に居る幼馴染みの変化に気づいた千晴は、そっと瑞稀を呼んだ人物を見上げた。
その人物は、瑞稀が何も言わない事にどうしていいか分からず戸惑っているようだ。
仕方ない。と、思った千晴は瑞稀の腕を叩いた。肩を叩かれるのは嫌いな幼馴染みを一応気遣った。
その痛みに我を取り戻した瑞稀は一度口を閉じてから改めて口を開けた。
「鈴乃、どうしたの?」
そう、瑞稀を呼んだ人物は他ならぬ拓斗だった。その言葉に安心したのか、拓斗は瑞稀の目の前に立った。
「あぁ。その・・」
先ほどの優しげな顔と一転。バツが悪そうな・・でも、顔を赤くさせ、言いづらそうな顔。声も、凄く小さくなりモゴモゴしている。
そんな拓斗の態度にイライラしたのか。
千晴がもう見ていられないとでも言いたげに、不機嫌ですというのを目線で訴えた。
目線をぶつけられた拓斗は、更に言いにくそうにしてしまった。
つまり、逆効果。
その二人を見かねた瑞稀は千晴をなだめると、立ち上がった。拓斗の少し高い位置にある顔をのぞき込む。
「千晴はほっといていいよ。・・どうかした?審判の仕事?」
優しく。を心がけて告げた言葉。その声色に安心したのか、言う覚悟を決めたのか。
瑞稀に目線を送ると、小さく、でもさっきよりも大きな声で、
「・・昼、一緒に食べてもいいか?」
と、言った。拓斗の様子からして、どんな重大な言葉が告げられるのかと思っていた瑞稀はその言葉の理解に数秒かかった。そして、理解できると笑顔になった。
「勿論!いいよね、千晴?」
「ボクは良いですよ~」
「ハイ、棒読みでマンガから言葉引用しない。」
明らかにマンガのキャラのセリフを使ったと分かる言葉に瑞稀は冷たく返す。
千晴をずれさせ、自分も広げまくっていた荷物を簡単にまとめ、残っていた日陰の部分に拓斗が座れる所を確保する。
そして、自分の場所に座ると瑞稀は確保したばかりの隣をポンポン叩いた。
「はい、此処でいい?」
「あ、あぁ。サンキュー。」
拓斗は木に寄りかかって座るとお弁当を広げた。三人寄りかかっても、ちゃんと直線上に並ぶほどの木の大きさ。
その木に感謝しつつ瑞稀は拓斗の広げたお弁当のおかずに目をキラキラさせて、おかず交換を求めた。拓斗はそんな瑞稀に若干引き目を感じながらも快く交換をした。
美味しさのあまり、口いっぱいにおかずをモグモグさせている瑞稀を見た千晴は爆笑した。拓斗も、野生のリスを見てるみたいだと珍しく大笑い。
そんな二人に機嫌を損ねた瑞稀はおかずが未だに口に入ったまま頬を膨らませた。
すると、それも余計に笑わせる要素になってしまい、千晴は更に爆笑してヒーヒー言っている。
拓斗も、お腹を抱えて爆笑。
瑞稀は、不本意だったが、拓斗の屈託の無い笑顔を見れた事が嬉しかった。
お弁当を食べ終わると、食後の休憩。
持参してきたスポーツドリンクを飲みながらもう桜が散ってしまった木を見上げた。
「・・寂しいな」
「・・?瑞稀?」
「・・・?」
ふと漏れた言葉に、両隣に座っていた二人が首を傾げた。
あまりにも、今に似合わない言葉だった。
「桜ってさ、一回しか咲かない。すぐに散っちゃう。そしたら・・寂しいじゃない?」
手を太陽にかざしながら告げた言葉。瑞稀の、本音。
その重みが理解出来た二人は、言葉の答えに戸惑った。
簡単な言葉は、瑞稀を傷つけることにしかならない。かと言って、重苦しい言葉をいうのは躊躇われる。
千晴が口を開ける前に。
瑞稀が小さく苦笑して言葉を取り消そうと、口を開けた時。瑞稀の耳に声が届いた。
「寂しくない」
その声は低く、でも優しさを感じられた。
瑞稀は、その言葉で動きが止まった。そしてその言葉を告げた人へと目線を送る。
こんな優しい低い声を持った人を、瑞稀は一人しか知らない。
「俺は、寂しくない。」
拓斗はもう一度、はっきりと言った。戸惑いを見せている瑞稀に、伝わるように。
「・・どうして?」
無意識に。そう聞いてしまった瑞稀。
その言葉と、拓斗に向けられた視線は戸惑いと動揺と・・少しの悲しみが宿っていた。病気の母親を重ねているのかもしれない。そう、千晴は思った。
拓斗は、その感情を感じつつ、瑞稀にしっかりと目を合わせる。
そして、言葉を告げる。
「桜が散るってことは新しい命の為だ。夏から咲かないのはその準備だ。
嫌でも、季節は巡る。そのたびに出逢いや思い出がある。それを振り返る時間も必要だろ?ずっと咲いてたんじゃ、桜に対しての思い出を振り返ることが出来ない。」
一つ一つ。言葉を慎重に、丁寧に選びながらも自分の考えを伝える拓斗。
言葉に、拓斗の優しさも込められている。
その優しさを噛み締めながら、瑞稀は聞き逃さないようにする。
「寂しいって思うならその分だけ思い出を作れば良い。何年、何十年経っても、自分を強くしてくれる・・そんな思い出を。」
「・・思い出・・」
「あぁ。寂しいって思うことだって悪いことじゃない。むしろ必要な事だと思ってる、俺は。」
そこまで言うと、言葉は終わりと告げるかのように今日何度見たか分からない優しい笑顔で見つめられる。
その笑顔に、顔を赤くしながらも嬉しくなった瑞稀は笑顔を返した。
「ありがとう、鈴乃」
「・・あぁ。」
照れくさそうに笑った瑞稀。すると、空気を読んで黙っていた千晴が言葉を告げた。
「大丈夫だよ、瑞稀。寂しくなったらいつでもボクん家にくれば」
「うん、ありがとう。千晴」
笑顔で安心させるように言った幼馴染みに笑顔を返す瑞稀。その瑞稀を見て、拓斗も優しく微笑んだ。
すると、昼休み終了のアナウンスが流れた。
「・・昼休み、終わりか・・」
「う~ん・・もうちょい、休みたかったな~」
「十分休んだろ・・。」
拓斗の冷たいツッコミから逃れるように勢い良く立ち上がった千晴は、
「んじゃ、お先に!」
と、その言葉を残して自分のクラス席に戻っていった。残された瑞稀と拓斗は顔を見合わせると、小さく笑った。そして、同時に立ち上がった。
「さて、行きますか!」
太陽が照りつける中、二人は校庭に向かって並んで歩きだした・・。