「強いもの。」
美味しい朝食を食べ終わると、扉をノックする音がきこえた。
「どうぞ。開いてます」
ガチャっと扉があいて、部屋のなかに入ってきたのはランソワおばさんだった。今日もピシッとしてるねおばさん。
朝からお仕事お疲れです。
「王子は、おはようございます」
スッと頭を下げる。
「おはよう。…何か用で?」
「はい、勉強です」
…はい?
「私は世話兼教育係り、つまり勉強の面も任されています」
マジですか。
聞いた気がするけどスルーしてた。
「ちなみに私は、遥々(はるばる)遠き国まで修行に行き体術も取得しております。ある程度ならばお教えできるかと思われますので」
怖いね。だから力とか威圧感が強いんだね。
「いくら記憶喪失とは言え、あなたはこの国の王となるのです。王たるもの体力や知力が無ければなりません。早速、今日からビシバシいきましょうね」
おぉふ、せっかく朝食でテンション上がってたのに下がりつつあるよ。
まあ森に帰っても何もないし、王子やるって決めたしやってみるか。
「今から何をするつもり?」
「ざっと言うと、暗記ですね。この国の歴史などの」
よかった、俺暗記は得意な方よ。
「今日はこれくらいですね(ドサッ)」
おばさんが、何処からともなく大量の分厚い本を取り出した。
今、真面目に思ったこと。
俺、頭壊れなきゃいいな。
死にはしないけど。
──────────────
…驚いた。
私は今、記憶喪失の王子が勉強をなさっている様子を内心驚いて見ていた。
隙有らば、どこから出したのかマッチで火をつけ書物を燃やす王子に、どれだけ苦労してきたたことか!!
なのにどうだ。
今は真面目に文字に目を通しているではないか!!
私はそっと、目元の涙をふいた。
ああ、神よ。
どうかこのまま、平和な王子でありますように。
──────────────
昼過ぎ。
ふぅっと息を吐いて椅子の背もたれに体をあずけた。
一通りやっと目を通し終わった。
今度は軽くくらくらする頭を机にコテンと落とし、俺は次のランソワおばさんの指示を目を向けて待った。
心なしか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
それに便乗して、おばさんがやる気満々に見えるのは俺の気のせいだろうか。
「…で、次は何をするの?」
そのままの姿勢で俺は聞く。
「そうですね…。取り合えず、外に出て気分転換に────」
おお、やった。
昼寝でもしよっかなー。
「───体術の練習でも」
気分転換じゃないですよそれは!
そう思った俺だけど、部屋に籠りっぱなしよりは、体動かした方がいいなと思い直す。
じゃないと頭からドロドロに溶けて、座ってる椅子にくっつくかも。
いや、本気で。
そんなグロテスクな事を想像していた俺に、ランソワおばさんは言った。
「では!動きやすい服装に着替えて来てくださいね中庭でお待ちしていますので」
それだけ言うと、素早く部屋を出ていってしまった。
さすがだおばさん。出ていくときも素早いのね。
…あれっ、待てよ?
俺、中庭の場所知らないんだけど。
と言うより、城の構造自体が分からないんだけど!
しかし、時はすでに遅し。
急いで扉を開けて廊下を見たが、おばさんの姿は何処にもなかった。
は、速い…!!
あの人は人間じゃないな!?
俺が言えたもんじゃないけど!
でもまあ考えてるだけでは事は進まない。
とりあえず動きやすい服装に着替えた俺は、てくてくと廊下を歩いていた。
中庭に行く道がわからないから、誰か召し使いとかに会ったら聞こうと思ってたのだ。
なのに。
予想を裏切って、誰も通らない。
確か、この城は主に謁見の間等がある建物、その建物の四方に建っている四つの建物…の五つに分かれてたはずだ。
今俺が居るのが王子の部屋のある、四方の四つのうち一つ、北側に位置する建物だ。
王子の部屋は一番上にあって、高さ的には落ちたら原形を留めないくらいである。ミンチ肉が出来上がるレベルである。
見張らしはいいんだけどね。
とにかく誰かに道を尋ねたい俺は、黙々とその建物を下へ下へと降りていくのだが誰にも遭わない。
遂には、誰にも遭わないまま一階まで来てしまった。
…嫌われてんだな。この王子。
仕方なく、自分で中庭に行く事のできる道を探したのだった。
1時間後。
「や、やっとそれらしい所に着いた…」
あちこち歩き回った結果、俺はやっとの事で中庭らしき所に着いた。
疲れてぐったり気味の俺に、花が綺麗に咲いているのがぼんやりと見えた。
座り込みたい。
とにかく広い!この城広いよ!!
「あら、遅かったですね王子。何処に行ってたのですか」
角から現れたのはランソワおばさん。
はい、迷子になってました。
今度からはこの城の地図ください。
「道が分からなくて…」
俺が俯いてそう言うと、ハッとしたようにおばさんは口元に手を持っていく。
「あらま、私としたことが。すっかり忘れてましたわ、記憶喪失のこと」
いや忘れるなよ。
もっと早く気がついてほしかったよ。
「でも、王子も無事着きましたし問題ないですわね」
ありますよ。
「何はともあれ、早速体術の勉強です」
いきなりですか。
まあ初めてだから、そんなにハードじゃないだろう。
そう思った俺はおばさんを見る。明らかに軽い運動ではなさそうだ。
「軽く構えて…いきますよ、ハァーーッ!!」
「うあああああっ!?ちょっっ、まっ…」
俺はその後おばさんにボロボロにされ、途中からは意識がなくなっていた。