「おなかがすいた…」
ひどい。
窓からキラキラと朝日がさす自室。とても晴々とした天気なのだが、俺の気分はモヤモヤしていた。
「王子は記憶喪失!」
昨日、そういうことになって自室でのんびりしていた俺。
する事がなかったから寝る事にした俺は、誰かが夕食の頃には起こしてくれるだろうと思っていた。
それが間違いだった。
現に今、夕食も食べずに朝を迎えている。
ぐきるるるるるる…
何回目か分からないけど、お腹が鳴る。
なに、普通の生き物らしくないのに食事をするのかって?この姿を維持するのにも体力使うんだよ。
なんか食べたいなぁ…。
すると、部屋の扉がガチャッと開いた。
召し使いらしい若い女の人が入ってきた。
あぁっ、朝食もある!!
「お、王子、朝食をお持ちしました。昨日は大変でしたが、昨日の夕食はお口に合いましたでしょうか?」
…え?
「…昨日は何も食べてないよ?誰も来なかったみたいだし」
どういうことだろう、寝てる間に誰か来たような気配はしなかったけど?
すると、召使いの顔がサアッと青くなった。
「そ、そうですか。それはすみませんでした。昨日の係りのものには厳しく言っておきますので…」
一歩後ずさる召使いさん。
えぇーちょっと、なにそれ…
「いやいや、お…僕が寝てたから、きっと起こさないようにと思ってそのままにしてたんだよ。怒らないでやって」
出来るだけにこやかに返事を返す。
なんで顔が青くなって一歩引くんだよ!?
なんかこっちが悪いことした気分になるじゃんか!
「そうですか…取り合えず、朝食はおいていきますね。何かあったらいつでもお申し付けてください」
「あ、朝食ありがとう」
急いで出ていこうとする召し使いに、俺は慌ててお礼を言った。
昨日の奴は夕食持ってこない上に起こしもしなかったのに君、優しい。俺感激した。お腹の底から。
部屋の扉が閉じると早速、俺はほぼ一日ぶりの食事を楽しんだ。
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王子の部屋を出てしばらく歩いてから、私はホッと息をついた。
記憶喪失とは言え、元来王子は『闇の王子』と言われるくらい酷い性格の方だ。
王子の行いを知らない人が聞けば闇って何よと思うかもしれないが、国の犯罪に引っかからない程度の、しかし被害者の誰もが悪魔と恐れるほどなのである。
昨日の夕食係は王子が記憶喪失だからといって、日頃の仕返しのつもりだったのか、どうやら食事を持って行かなかったようだわ。
記憶が戻らなくても大変なことになっていたかもしれないのに…なんという危険を…。
さっきの様子からして、その心配は無かったようだけど王子のことだ、なにがあるかわからない。
はぁ、とため息をついて、ふと私はさっきの王子の言葉が頭から離れなかった。
王子はさっき「ありがとう」と言ったのだ。
城に仕えて、今まで一度も言われたことなどなかったのに。
このまま、記憶が戻らなくてもいいのにな。
その方が…優しい気がする。
私はそう思いながら、次の仕事をすべく、朝の忙しい廊下を早足で歩いていった。