「ひとのはなしは聞こうよ」
俺は今、一人でテクテクと道を歩いている。
徐々にでこぼこの山道から舗装された人の手が施されていることを感じさせるものに変わってきた。
朝早くに森を出てきてよかった。首都である町から俺のいた森までは結構距離があるからな。
晴れた朝の空を目をさました鳩たちが、町の方から群れをなして飛んでくる。
朝市で売るのか、新鮮な野菜や肉を積んだ荷台が、道の端を歩いていた俺の横を通り過ぎていった。荷台が通っていったあとにはほんの少し、果物の甘酸っぱいような香りが残った。
そうだ、着いてから何か食べよう。
お金なら元美男子少年の服のズボンに少し入っていたから、心配はないだろう。
決して、泥棒じゃないぞ。
貰ったんだ。うん。
町に行くのも人に会うのも、何もかもが久しぶりですごくワクワクしてきた。
足取りはとても軽かった。
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早朝。
城の自室で、唯一の息子である王子の暗殺が完了したことを知る。
悪いことをしたと思いつつも、不思議と心はスッキリしていた。
最期の息子の、狩りに出かける前に言った言葉が最悪だったからかもしれない。言葉遣いが悪いわけではないが、最近は話しているだけで不快な思いになるような言葉しか聞いていない。
夕方には、王子は昨日から行方不明で捜索の結果死んでいたと皆に知らせることによう。
そこまで考えたあと、椅子から立ち上がり背後にあった窓を開けて、朝の爽やかな空気を胸一杯に吸う。
しかしそれでも、どこか胸の奥では後悔があった。瞼を閉じて浮かぶのは、自分が愛していた王妃の姿。
ああ、リメリア。
一体なぜああなったのか、あいつはとても性格が悪く育ってしまった。
おまえが、あいつを産んだときに死んでいなければ違っていたのだろうか、それとも…
私には何もわからない。
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ふう、と息をついて、俺は町の中央広場の噴水を囲むようにして設置してあるベンチに座った。後ろから微かに水しぶきが飛んできて気持ちいい。
噴水で水を流している像は、魔法でクルクルと回転する、壺を持った幼い子供の姿の天使だった。
すごいな、流石は都会。俺が籠ってた森とは大違いだ。
見上げれば太陽が真上でさんさんと輝いている。
そろそろ昼ごはんの時間かな。
さっき大体の店は見て回れたけど、せっかく来たんだし、どうせなら全部見て回ろう。
途中途中で見た美味しそうな食べ物が頭から離れない。
…やばい、ヨダレが垂れてきそう。
俺は立ち上がって、再び賑やかな市場へと歩いていった。
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その様子を、少し離れた野菜を売っている店から見ている人物がいた。
百変化の姿を見逃さまいと、後をゆっくりつけてくる。
が、百変化は全く気がついていなかった。
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どうも様子がおかしい。
俺がはっきりとそう思ったのは、立ち寄った三件目の店で美味しそうなスコーンを買おうとした時だった。
はじめの二件までは気のせいかと思っていのだが、店のおじさんに
「すみませーん、スコーンを3つください」
と言ったのに、奥から出てきたおじさんは俺の顔を見るなり、
「あんたに売るもんはないな、帰ってくれ」
と店から突っ返されてしまったのだ。
他の店で、突っ返すことはしなくとも、何故か怯えたような、離れてくれオーラ満々の目付きで見られた。
なぜだろう。
俺は何もしてない。
こいつ(美男子少年)は何かやらかしたのだろうか。顔に免じて許してはくれないだろうか。
考えれば考えるほどお腹が空いてきた。
どうしよっかなーと考えながらお腹が空いてボーッとして歩いていると、いきなり腕を強くつかまれた。
な!?
振り返ってみると相手は五十代前半くらいの、なんだかいい身なりをした少し厳しそうな雰囲気の女性だった。かなり怒った顔をしている。
ちなみに、俺にはこんな人に腕をつかまれるような事をした覚えはない。
「やっと見つけましたよ、王子!」
…今、なにか言った?
「あの、どなたですか?人違いだと思うんですけど」
というか、そうであってほしい。なんか嫌な予感がする。こういう時の予感は外れないとよく言うよな。
その女性は俺の言ったことは信じてくれないらしい。さらに怒った顔で怒鳴ってきた。
「言い訳は城で聞きます。さぁ、さっさと歩いて!」
ギリギリと腕に力を込めて俺を引きずっていく女性もといおばさん。
力強っ!
化物の俺でも地味にダメージ受けてるんですけど!?
まずい。これはまずい!
「待って、ほんと待って!ひとまず落ち着こ…イタイイタイ!」
俺の叫びはむなしく、誰も助けようとはしていない。
というか逆にホッとした顔をしてる!?
本当にこいつ何したの、濡れ衣だ!
俺は腕をつかまれたまま、結局城まで引きずられていった。