大阪の戦い
「10月12日をもって、広島は全滅」
軍服姿の青年が一礼し、静かに伝令を読み上げた。ある将軍は大きく目を見開き、また別の将軍は俯いて、考え込んでいるようだった。薄暗い地下室に、重苦しい空気が流れた。司令室にいた将軍達は皆、険しい表情に変わった。
「他の都市はどうなっている?」
一人の将軍が伝令に聞いた。顔には焦りがあった。
「はっ。福岡では飢餓が始まっており、物資不足により継戦困難。岡山、そして熊本、愛媛は三日前から一切の連絡が途絶え、状況が把握出来ておりません。神戸では」
「くそっ」
白髪の将軍が机を叩きつける。時折、地上では砲撃音が聞こえた。地下の司令室では砂埃が舞い、焼けるような嫌な臭いがした。
「もう、限界ではないか」
誰かが発した。力のない、か細い老人の声だった。
「まだ決まったわけではない。東京、名古屋、そしてここ大阪が、健在な状態で降伏など断じてない」
それに多くの将軍たちが頷き始める。さっきまでの悲痛な表情とは裏腹に、彼らの目には吹っ切れた何かが宿っていた。
「大阪では100万人の青年達が、兵役に就いている。ここで必ず逆転する」
「神戸はまだ生きてる。ゲリラ戦を続行中だ」
「京都には横浜から集まった、強大な飛行機部隊がおる」
「近日中に名古屋から、陸軍の増援が来るはずだ」
「金沢の飛行場は制空権を維持してる。大阪を空から助けてくれる」
将軍達は各々に主張した後、一人の将軍が伝令に合図する。伝令は頭を下げ、司令室を後にした。
「はぁ」
吐息を漏らす。伝令の役目を終えた青年は、緊張から崩れるように、壁にもたれかかった。薄暗い廊下には他に誰もいない。僅かに辺りを照らす照明が、小さな望みに見えた。
「将軍達は、負けを認める勇気がない」
煙草を口に咥える。胸ポケットからライターを取り出したが、火がつかなかった。再び、地上で砲撃音がした。
「この国は滅びる」
青年は咥えたタバコを落とし、それを革靴で捻り潰した。