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柏木の家

 小町は、自分がどうすべきか困惑していた。柏木を前にして、狼狽を隠せないでいる。直様、気まずい沈黙が二人を取り囲んだ。

 沈黙を破ったのは柏木だった。丁度お風呂が湧いたというのだ。柏木の好意に甘える形で、小町は赤面する顔を隠しながら、バスルームへと逃げ込んだ。

 「……私は一体、どうすれば良いの」

 シャワーの蛇口から、溢れるほどのお湯が出る。小刻みに震える肩を、両腕でそっと抱え込んだ。自分のやり方は最低だと思った。しかし心のどこかで、柏木に押し倒されたいという、性的欲求があったのも事実だった。

「お待たせ」

 小町は素っ気なく言い放った。湯船にはつからず、シャワーだけで済ませた。10分とかからなかった。柏木から借りた白の半袖シャツ一枚。下は女性がはいても比較的違和感のない、無地のパジャマという姿だった。柏木は小町の方には向かず、ああ。と力なく返事をするだけだった。手には漫画を持っていて、そこから目線が動くことはなかった。

「隣に座って良い?」

 小町は無表情に努めた。距離を縮めたかった。しかし、柏木は無反応だった。

「これ、先生から渡すように言われてて」

 プリントを取り出した。社会情勢の変化により、暫くの間、休校になるという案内が書かれていた。

「テーブルに」

 柏木は小声だったが、小町は聞き漏らさなかった。小町は言われた通りにテーブルに置いた。ふと、柏木の部屋を見渡してみた。綺麗に片付いていると言うよりは、何もない部屋だった。

 ベッドと、本棚。それに今座っているソファと、プリントを置いたテーブル、他にこれといった物はない。

 男の人の家にいるのに、思いの外冷静である自分に驚いた。恐らく、柏木は手を出さないだろうという安心感が、心のどこかにあるのだ。

 柏木のヘタレ。皮肉が、脳裏を過ぎった。

 唐突に、視界が宙を舞った。一瞬の出来事で、事態を正確に把握した時には、床に仰向けに倒されていた。柏木の顔が近い。漏れる吐息が顔に当たった。

「ちょっと、どいてよ」

 懸命に声を振り絞った。

「中村さんと、付き合ってるんでしょ」

「違うよ」

「中村さん、赤羽に住んでるって」

「へぇ、そうなんだ」

 住所を知らないようだった。二人は付き合ってないのか。小町は柏木を射抜くように、鋭く睨みつけた。柏木は明らかに動揺していた。

「ふふっ」

 思わず吹き出した。小町はあどけない、少女の笑みをこぼした。柏木の頬に近づき、そっとキスをした。

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