小町ちゃん
小町雪子は、裕福な家庭の一人娘だ。家は山手線の品川駅から少し歩いたビル群にあり、30階建て高層マンションの17階に住んでいる。
小町は玄関を飛び出し、扉に17と印字された銀色のエレベーターの前に立った。頭上にはぼんやりと照らし出す、白色光のLED電球がある。白物家電の売上が低調だと、前にニュースで見たことを思い出した。かつての半導体メーカーの好調は、まるで幻でも見ているようだった。
華奢な細い手で、持っている手鏡を取り出した。そこには赤茶色のストレートに伸びた髪、ぱっちりとした大きな瞳に、化粧でピンク色に頬が染まった、顔立ちの良い少女の顔が映っていた。しかし表情はどこか浮かない、暗い雲が見え隠れしている。
低く唸る機械音が鳴った。小町の前にある3機のエレベーターのうち、真ん中のエレベーターのドアが開いた。素早くそれに乗り、ガラス張りの窓に視線を向けた。高層ビルが立ち並ぶ、東京が眼下にあった。正面に広がるのが飲み屋通りの新橋、そしてその奥に、電気街の秋葉原が小さくある。池袋はここからでは見えない。
今日は秋葉原のアニメイトで、柏木とDVDを買う予定だ。柏木のお目当ての品は、中3病だったと聞いている。柏木とは親同士の付き合いがあり、幼少の頃からお互い顔が知れていた。
小町はエレベーターのドアが開くと、足早に目的地へと駆けた。待ち合わせは9時半だが、腕時計の針はとうに9時を指している。朝出るのがあまりにも遅かった。身嗜みが上手く決まらなかったのだ。
赤茶色の髪を揺らし、人ごみを掻き分ける。品川駅の改札を小走りで通り、ホームへの階段を降りた。そしてブルーのラインが入った、大宮行きの快速電車に駆け込んだ。小町は空いてる座席がない事を確認すると、吊革に捕まり、スカートのポケットから白の携帯電話を取り出した。
ごめんね。信号トラブルで京浜東北線の快速に、遅れが出ているみたい。多分、20分ぐらいかかると思う。疲れるから、近くの喫茶店で休んでて
メールを何度か読み返した後、慎重に送信ボタンを押した。送信完了の文字を見て、ふと電車の外の景色に目を向けた。窓からは、赤煉瓦造りの東京駅が見える。小町は緊張から、カバンを強く握り締めた。
薄々気づいていた。柏木と中村が図書委員になって以来、あの二人は頻繁に連絡を取り合うようになっていた。柏木は優しい男であったが、それは誰に対しても平等に向けれていた。それが女子内では悪評で、一部の男子からも、冷ややかな視線を注がれていたのは、有名だった。